とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十四話
                               
                                
	
  
 
 ――思えば。何を背負わず、後腐れもない喧嘩をするのは随分と久しぶりだった。 
 
懐かしむほど、遠い過去ではない。二月、三月、四月、五月――そして、この六月。たった五ヶ月。 
 
海鳴町に流れ着く前と後で、これほど自分の人生に変化が訪れるとは思っていなかった。 
 
 
「ほんと、やばいんだって!? そうそう、いつものアタシらのたまり場! 
仲間集めて、連れてきて! このままじゃ、全員やられちゃう!」 
 
「……あの女共、張り倒してやりてえ……!」 
 
 
 鼻ピアスの男を鼻打ちして、自分の舌も打つ。一方的に売られた喧嘩は思いがけず長期戦にもつれこんでいた。 
 
敵陣営の戦力外である女達がチームの不利を察して、次から次へと応援を呼んできやがる。 
 
携帯電話で呼び出された暇人共が、賞金首である俺を狙って、雪崩式に攻め込んでくるのだ。 
 
 
「追い込め、追い込めー!」 
 
「そんな大振りな攻撃が当たる――とっ!?」 
 
 
「……ちっ、勘がいいわね……!」 
 
 
 咄嗟に屈んだ瞬間、顔があった位置を貫く十円玉。少女の指で弾かれたコインが弾丸のように飛んでくる。 
 
レンが俺との朝稽古で面白半分に使っていた指弾とは違い、あの女の技は古武道の礫術に近い。 
 
真っ直ぐ立って腕を水平に伸ばした状態で、指と手首を器用に使って勢いよく小銭を飛ばしてくる。 
 
人を殺せる技ではないが、怯ませるには十分すぎる威力。顔に当たれば、痛いどころの話ではない。 
 
 
ただの小銭に、こんな使い方があるとは……! 
 
 
「お前もこいつらの仲間か!」 
 
「冗談言わないで。あたしは単に、あんたに一発かまさなきゃ――気が済まないのよ!」 
 
 
 次から次へと撃たれる十円玉、目では追えるが竹刀で全て弾ける技量はない。自分の未熟を恥じつつ、店内の自動販売機の陰に退避する。 
 
当たっても致命傷にはならないが、ワンピンチ・ワンコイン一万円である。賞金首である以上、着弾は敗北と同じだ。 
 
アルフやプレシアならともかく、金目当ての連中なんかに絶対負けられない。 
 
 
「集団リンチに加わっているのと同じじゃねえか、この銭投げ女!」 
 
「町中で竹刀を振り回す奴に、そんな事を言われたくないわよ!」 
 
「そうだぜ、この野郎! 彼女はな、この界隈では名の知れた人で、"電――」 
 
「恥ずかしいから、その呼び名はやめて!」 
 
 
 ゲームセンターの窓を見ると、差し込む光が弱くなっている。まずい、このままだと夜になる。 
 
仮にも護衛である以上、いつまでも月村を放ったらかしには出来ない。成金親父の件もある。 
 
このまま戦い続けていたら、体力を消耗してしまう。早く、決着をつけないと。 
 
 
「仕返しがしたいのなら、本人が直接すればいいだろ。ここへ連れてこい!」 
 
「ざけんな! てめえはここで俺達にボコられるんだよ!」 
 
「俺達って……男は既にお前含めて、三人しかいないぞ?」 
 
「ええっ!?」 
 
 
 ゲームセンター内に死屍累々と転がる男達に、吠えていた男が絶句する。 
 
余裕の勝利――ではない。ガードはしたが、何度も相手からの攻撃を許してしまっていた。 
 
何人も仲間を倒されて、敵の攻撃もエスカレートしてきている。 
 
 
今の時代、刃物なんて簡単に手に入る。凶器を持たされると――遊びではすまなくなる。 
 
 
「これ以上痛い目にあいたくないなら、月村の居所を吐け」 
 
「応援呼んでるつーの! 数揃えているから、楽しみにしてなよ」 
 
「プライドも何もない連中だな……生きてて恥ずかしくねえのか」 
 
「何だと!?」 
 
「言ってくれるじゃんか!」 
 
「仲間をやられた事に対する復讐なら、てめえら自身の手で俺をやれよ。 
困った時は他人任せ――そんなものがお前らのいう仲間なのか?」 
 
 
 人の事を言えた義理でもねえけどな、俺は内心苦笑いする。 
 
根本的なところはこいつらと、俺は何も変わらない。 
 
 
「慣れ合うだけの他人に頼るくらいなら、俺は一人で剣を振る。 
たとえ孤独になろうと――自分を辱めたりしない」 
 
 
 困った時は必ず力になる、高町恭也と美由希がそう言ってくれた。 
 
いつでも帰ってきなさいと、桃子は母親のように待ってくれている。フィリスはいつも親身になって、接してくれた。 
 
会えてよかったと、フェイトやプレシアは泣いて喜んでくれた。アリサやはやては、俺が馬鹿をやれば厳しく叱ってくれる。 
 
 
俺は今、あいつらに――助けを求めたりはしない。 
 
 
俺はあいつらに仲間意識なんて持っていない。出逢った事に、少しだけ感謝しているだけだ。 
 
あいつらには本当に世話になった。呼べばきっと助けに来てくれる、だから俺は決して助けを呼ばない。 
 
 
俺は、あの優しくて強い奴らを――助けられるような、男になりたいんだ。 
 
 
――PiPi。 
 
 
「! 携帯に着信――月村!? おい、お前。今、何処にいやがる!?」 
 
『はぁ……はぁ……侍君、ごめん……』 
 
「謝らなくてもいいから、何処に居るか言え!」 
 
『侍君と最初に会っ――くっ!? この力、まさか一族の――っ!?』 
 
「月村!? おい、おい――!!」 
 
 
 携帯電話を落とした音、何か割れたような音、月村の悲鳴――無音。あいつ、言わんこっちゃない! 
 
携帯電話をポケットに入れて、俺は自動販売機の陰から飛び出した。 
 
即座に十円玉が襲いかかって来たが――竹刀を一閃して、全弾弾いた。 
 
 
「――嘘っ!?」 
 
 
 床に散らばる十円玉。色めき立つ一同の前で、俺がゲームの画面に―― 
 
 
竹刀を、突き刺した。 
 
 
 
「これ以上立ち塞がるなら、殺す」 
 
 
 
 静まり返るゲームセンター、ガシャンと派手な音を立てて壊れたゲーム台は、不気味なノイズを奏でている。 
 
女達は手を震わせて、携帯電話を床に落とした。男達は応援に来た者を含めて、顔を青ざめて息を飲む。 
 
月村は此処にはおらず、どこかで別の誰かに襲われている。もはや一刻の猶予もない。 
 
チームを全滅させてでも――あいつを、助けに行く。 
 
 
 
「殺すなんて物騒な事を、言ってはだめよ」 
 
 
 
 殺意が漲る修羅場を打ち砕く、力強い声。俺を含めた一同が、出入口に視線を向ける。 
 
女性が、立っていた。場違いなほど、にこやかな表情をして。 
 
主婦ぜんとした、小ざっぱりした格好。色気も何も無いのに、人目を惹いている。年若い乙女達が霞むほどに。 
 
何人もの男達が苦痛に呻いて倒れている中、まるで恐れずに俺の元へ歩み寄る。 
  
「こら」 
 
「――なっ!?」 
 
 
 ペチッと軽い音を立てて、女の拳が俺の頬に当たる。 
 
ワンパンチ――集団で襲われても頑なに守っていたのに、女一人の拳で簡単に入れられた。 
 
攻撃された事にも、気付かなかった。 
 
 
「理由はどうあれ、町中で喧嘩なんてしてはいけないわ。その力は、正しい事のために使いなさい」 
 
「こ、こいつらが仕掛けてきたんだよ!」 
 
「喧嘩両成敗という言葉が、この国にはあるんでしょう。この辺にしておきなさい」 
 
 
 俺の髪を乱暴に撫でて、女性は笑う。豪快ながらも、人を安心させる笑顔。 
 
見知らぬ他人に撫でられて、何故嫌悪よりも気恥ずかしさが生まれてくるのか。 
 
女性は俺の手を取って、力強く引っ張っていく。何だ、この女の腕力――!? 
 
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そいつはアタシの大事な人形を――!」 
 
「あなたにこの子が迷惑をかけたのね。だったら謝りなさい、ほら」 
 
「俺に指図――」 
 
「謝りなさい」 
 
 
 力で脅されている訳でもないのに、反論を封じられる。 
 
言いたい事が山のように浮かんでくるが、どれも幼稚な言い訳だった。 
 
 
「――悪かった」 
 
「ごめんなさいね、私からもこの子によく言っておくわ」 
 
「い、いえ、そんな!? あたしも、ちょっとカッとなって……ごめんなさい」 
 
 
 ピリピリしていた少女が嘘のように縮こまり、気まずそうに頭を下げる。単純だが、根は悪い奴ではないのかもしれない。 
 
怒りを収めた少女は、俺を見据える。 
 
 
「一つだけ聞かせて。女王はあんたにとってどういう存在?」 
 
「……」 
 
 
 質問をしたのは、茶髪の女の子。答えを求めているのは、この場にいる全員。 
 
月村忍という女の子がどれほど注目されていたのか、分かった。 
 
あいつが作っていた他人との壁を、こいつらは必死で乗り越えようとしていたのだ―― 
 
 
「さあな」 
 
「さあなって、あたしは真剣に聞いて――」 
  
「面倒臭い奴なんだよ、色々と。俺が助けてやらないと」 
 
 
 苦笑いする。どうにも困った奴だけど、あいつも女の子なんだ。 
 
男が女を助けるなんて前代的な事は言わないが、あいつには借りがある。金も貰える、助けない理由なんてない。 
 
手を差し伸べなくても、あいつはちゃんと生きていけると思うけど……困っているのなら、何とかしたい。 
 
 
「ふ〜ん、そっか……あたしはさ、自分で助けたいと思える人が――友達だと、思ってる。 
彼女、ちゃんと助けてあげなさいよ」 
 
「だったら、邪魔するなよ」 
 
「それはあんたも悪いでしょう。ま、こいつらはあたしがちゃんとなだめておくから安心して行きなさい」 
 
 
 一人でまとめられる自信があるのか、軽い調子で任されて女の子は俺を見送る。 
 
毒気を抜かれた一同を尻目に、女性に連れられて店を出ていった。 
 
久しぶりの喧嘩は、女達の助力でようやく停戦した。 
 
 
「――それで、あんたは誰なんだ? ご近所のおばさんという感じじゃなさそうだが」 
 
「せめて、お姉さんと言って欲しいわ。まだ子供はいないんだから。 
それよりも、急いでいるんでしょう? 早く行ってきなさい」 
 
 
 そうだ、こんな女にかまけている場合じゃない。今この瞬間にも、あいつは襲われているんだ。 
 
一人で勝手に出て行って襲われては世話ないが、見捨てたら金はもらえない。 
 
正確には聞いていないが、あいつの今いる場所はわかった。 
 
 
「世話をかけたな。名前だけでも聞いていいか?」 
 
「――ナカジマよ。また会いましょう」 
 
 
 中島か……聞き覚えがないよな、やっぱり。 
 
ひとまず詮索は避けて、俺は一目散に駆け出した。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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