とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十三話







 古風な口調の女の子に描いてもらった地図に書かれていた場所は、ゲームセンターだった。

相当年季が入った古びた外観、一回十円と赤ペンキで書かれた看板が不気味に揺れている。

月村と以前会ったゲームセンターは軽快なBGMが流れる明るい店だったが、此処は見落としそうになるほど目立たない。

女子供が好んで立ち寄りそうな店には見えないが、他に手掛かりはない。錆びた手動扉を開けて、中へと入る。


「……流行ってるのか、この店……?」


 古いというよりもレトロ、それがこのゲームセンターを表す全てだった。

一回十円で気付くべきだったが、一つ前の年号の香りが濃厚に漂うゲームが無駄に沢山並んでいる。

俺もゲーム事情は詳しく知らないが、喫茶店で役立ちそうなテーブルゲーム筐体なんて今時珍しいと思う。

店内は比較的広く、数だけではなくゲームの種類も多い。一つ一つ見て回るのは大変そうだった。

ひとまず店内を探し回りながら、目撃者を探してみよう。あの女に声をかけた男共の事くらいは、分かるかもしれない。



「ちょっといいか? 聞きたい事がある」

「えっ……? ごめん、今忙しい。後にして」



 元祖クレーンゲームに奮闘する、ミニスカートの女子。茶色のボブカットに、ヘアピンをつけている。

どうやら中央に埋れているカエルの人形を取ろうとしているらしい。

よほどご執心なのか、クレーンに集中していてこちらを見ようともしない。

この手のゲームは勝敗が早くつく。俺は肩をすくめて、待たせて貰う事にした。その間に、店内にも目を向けておく。


「ああん、もう! どうして取れないのよ、こいつ〜〜!」


 クレーンは空振り、空しく宙を掴んで自動的に戻ってきた。少女は髪を掻きむしって、己の不覚を嘆く。

ポケットから十円玉を取り出して、クレーンゲームに投入――おい、待て!


「終わっただろう!? こっちの話も聞いてくれよ、すぐにすむから」

「何よ、今あたしは立て込んでいるの。集中力を乱さないで!」


 シッシッ、とこちらの顔も見ずに犬のように追い払う。オッケー、よく分かった。

必死の表情で、ボブカットの女の子はクレーンの動きを目で追う。緊張で、操作する手にも力がこもっている。

一ミリ単位の狂いも許されない状況。自分で言っていた集中力を高め、額に汗を滲ませる。


「――よしっ!」


 見事に捉えた、ターゲットの真上。位置取り及び座標は、ほぼ完璧。

少女は会心の笑みを浮かべて、ボタンから手を離して――


俺が横から、力強く押してやった。


「あっ――ああああああああああ〜〜〜〜!!」

「他の人間に聞くよ。ごゆっくり楽しんでくれ」


 嘆かわしいものだ、最近の若者の身勝手さは。他人の事は全く言えないが。

悲鳴を上げて天を仰ぐ少女にキッパリと別れを告げて、俺は他の人間を探すべく周囲を見渡した。

すると――他の人間達も、こちらを見ていた。携帯電話の画面と、見比べながら。


(? 何なんだ、こいつらは……?)


 少女の悲鳴が注目を集めたのは確かだが、俺の顔を見て皆が不自然なほどに驚いている。

共通しているのは若者であるという事だけ。私服に制服、男に女、子供に大人、顔も知らない他人共が俺を凝視していた。

別れ際に投げかけられた、言葉を思い出す――


"貴方、狙われておりますわよ。くれぐれも、御注意を"


 休日なのに制服を生真面目に着た、風紀委員のような女の子の忠告。あの少女も携帯電話で、俺の顔を確認していた。

携帯電話にはカメラがあり、写真を撮影出来る機能がある事をアリサに教えて貰っている。

俺の写真が、こいつらに出回っている……? ターゲットにされている理由がサッパリ分からなかった。


「剣道着に竹刀袋、目つきの悪さ――間違いねえ、こいつが賞金首だ。ワンパンチ、いただきー!」


 金髪に染めた男が喜色満面で、拳を振り上げて俺に襲いかかって来る。

突然の暴挙に若干驚かされたが、周囲に顔を確認されている時点で警戒くらいはしている。

怪我していても、身体は反応してくれた。拳が届くより早く、袋に入ったままの竹刀で顔面を打ち据える。

男はくぐもった声を上げて、膝をつく。俺は男のこめかみを、竹刀の先でグリグリする。


「いきなり俺を襲った理由を説明してもらおうか」

「いぢぢぢぢ……て、てめえだろう!? 俺らのチームメンバー、やったのは!」


 鼻血を出した男を小突いて説明させると、男は苦痛混じりに事の原因を端的に吐き出した。

こんな田舎町でも、群れる連中はいるらしい。何人で構成されているのかしらないが、こいつらの仲間を俺が傷付けたようだ。


俺は基本的に、他人と揉める事はそれほど無い。一カ所に留まらないからだ。


好き勝手に生きているので他人から恨みは当然買う事もあるが、良縁でも悪縁でも長続きしなかった。

一つの場所で生きるという事は、縁が続くという事。そして縁は、常に良縁とは限らない。

そんな当たり前の事も忘れてしまうほど、この町の連中――そして違う世界に生きる人達ですら、温かかった。


生死の境を超えた縁で、生意気なメイドが一人出来たしな。


「とぼけんじゃねえよ、ケンジ達ボコっただろうが! あいつら、おめえの顔携帯に撮ってたんだよ!」

「本当に剣道着着てやがるよ、こいつ。すぐ分かるじゃん」

「馬鹿だねー、メンバーのいるゲーセンにのこのこ顔出しやがって」


 ――! あの風紀委員が俺を此処へ案内したのは、まさか……嵌められたか!?

良心的な連中ばかり相手にしてきて、勘が鈍ったのか。地図に頼り切って、警戒もせずに中へ入ってしまった。

見ず知らずの他人を信じるなんて、どうかしている。入院生活で身体だけではなく、精神まで鈍ったか。


"月村忍さんでしたら、二人の殿方に声をかけられて店を出ていかれましたわよ"


「女を一人、此処に連れて来ただろう。何処にいる」

「おいおい、命令出来る立場かよお前」

「ちょっと待って。女って――女王クイーンの事じゃないの?」


 ――前に本人から聞いた事がある。ゲームセンターでの対戦で無敗を誇った事から、女王クイーンと祭り上げられてしまったと――

常勝無敗の美人ゲーマー、人を寄せ付けない気質が女王たる所以。

あの風紀委員が敵か味方かの判断は後回しにするとして、月村が此処へ来たのは分かった。


「何こいつ、女王クイーンの知り合い? ケンジ、女誘うのを邪魔されたとか言ってなかったか?」

「えー、マジで〜? 人の女に手出しまくってるの、こいつ。最低じゃん」


 勝手な思い込みで殺意を向けられて、俺にどう反応しろというのか。当人を無視して因縁をつけられる事が多くて困る。

事情は大体分かった。女絡みで最近喧嘩をしたのは、あの映画館での一件しかない。

アリサやすずかを面白半分に取り囲んでいた連中を成敗してやったのだが、その時写真を撮られたらしい。

自分達では勝てないから、仲間を使って復讐する。情けない連中である。


「ワンパンチがどうとか言ってたのは――」

「テメエの面一発につき、一万円。ボコった顔の写真一枚で、十万円だ。けはははは!!」


 一発殴るだけで万札だと!? 近頃のガキはそんなに金を持ってやがるのか!?

なるほど、仲間意識だけじゃなく金も目当てで張り切ってやがるのか。目の色を変えるはずだ。

"賞金首"とはまた、俺も有名になったものである。


「いいのか、こんな店の中で暴れて。天下の警察が飛んでくるぞ」

「来ねえよ、バーカ。店長は俺らの言いなりだ。何せ、俺達は――お客様・・・だからな」

「ねー? キャハハハ!」


 ……なるほど、暴れても警察は来ない・・・・・・・・・・んだな。いい事を聞いた。

袋に収められていた竹刀を、ゆっくりと取り出す。ニヤニヤ顔のシャラリーから、血の気が引いた。


乾いた血で赤黒く染まった刀、"物干し竿"――本物の血の残香が薄っすら漂い、場を危険に染める。


女王クイーンを大人しく帰せば、笑って許してやるぞ。一円玉くらいは恵んでやろうか?」

「なめてんじゃねえ!!」


 憤然と迫り来る男に、テーブル筐体に備わるパイプ椅子を蹴り飛ばす。

床を滑る椅子は、スネに直撃。足をふらつかせた男の首筋に、竹刀を一閃。男が倒れるのを尻目に、パイプ椅子を持ち上げて投げる。

襲う準備をしていた男達の間に椅子が飛んで行き、連中の勢いは殺される。


「この野郎!」

「ぜってぇ、ぶっ殺す!」


 多少は怯むかと思ったが、頭に血を上らせて次々と仕掛けてきた。

見たところ一人一人の実力は大した事はないが、多人数で人を襲う事に慣れているようだ。

リンチの標的になったのは、俺が最初ではないらしい。義憤には駆られないが、こんな奴等には負けられない。


(……とはいえ、数が多い)


 男だけではなく女まで、余計な手出しをしてくる。進路妨害くらいにしかなっていないが、孤立無援では少々きつい。

少しでも足を止めれば、取り囲まれて終わる。怪我が完全に治っていない状態では、リンチには耐えられない。

竹刀にこだわらず、ゲームセンターの設備や道具を利用して戦う。


「ちょこまかと逃げてんじゃねえ!」

「じゃあ、お前からやってやる」

「ちょっ!?」


 ∪ターンして男の顎に頭突き、すかさず胸のど真ん中を竹刀で突き。倒れた――かと思えば、踏み止まれた!?

急所狙いがずれたのか、威力が浅かったのか。自分の未熟さを嘆く暇はない。

苦痛に涎を垂れ流しながらも、男は猛然と反撃。突いた竹刀を引くが、攻撃にまで至れなかった。

直撃は防げたが、刀身に拳が当たって一歩下がらされる。そこへ、背後から新手が迫った。


「じょーがい、乱闘ぅぅぅーーー!!」

「――ぐっ!?」


 頭から爪先まで響く、衝撃。パイプ椅子で殴られたのだと気付いた時には、竹刀で頭部を守っていた。

五月で何度も潜った修羅場の経験による、賜物。完全に防げなかったのは、経験の足りなさ。命を危機に晒した数が、足りない。

指が衝撃で痺れるのを我慢して、体当たり。パイプ椅子で殴りかかった男が、勢い余って床に転がる。

そのまま顔面に踵を落とす――気持ち悪い音を立てて、男の鼻が潰れた。


「……こ、こいつ……!」

「つええぇ……ただの剣道馬鹿じゃねえぞ!?」


 体力だけでも戻しておいて、本当に良かった。アリサやフィリスに怒られても、身体を動かした甲斐はあった。

汗は流れているが、息は切れていない。こいつらが馬鹿にする剣道着の運動性は抜群だった。

俺は竹刀で床を高らかに打ち据えて、怒鳴った。


「月村忍は、何処にいる――答えろ!」

「うっ――うるせえ!? たかが数人倒した程度で、調子に乗ってんじゃねえぞ!
ここにいる全員、テメエの顔は覚えたからな!」

「チームメンバーが、ここに居る全員だと思ってんの!? アタシらだけじゃねえよ。
メンバーじゃなくても、協力してくれる連中は幾らでもいるんだから。

アンタの顔に万札ぶらさげりゃ、お嬢ちゃんお坊ちゃんだって牙を向くさ。学校の奴らも敵に回すよ、アンタ」


 仲良しグループの延長で、町全体に拡大しつつあるのか。チームと言っても、組織として成立しているのはごく一部だけだろう。

名前だけ売れた看板を掲げて、ガキ共がつるんでいる。学生だからこそ成り立つ、ネットワーク。

俺みたいな変わり者は別にして、携帯電話なんて今時誰でも持っている。気軽に持てる通信機器が、仲間の証であり繋がり。


若さを武器にした、他人達に――俺は、笑ってやった。


「いいぜ、何人でもかかってこいよ」

「ばっ――ハッタリのつもりか! 本気だぞ、俺らは!」

「どんな縁であっても、俺は最後まで付き合うと決めたんだ。本気で相手をしてやる」


 高町なのはから逃げて、八神はやてから逃げて、フェイト・テスタロッサから逃げて――山の中で、月村忍に拾われた。

高町の家から出て、町から出ようとしても、何にも変えられなかった。現実は元通りにはならず、悪化し続けるだけだった。

そして、最後の最後に……アリサを喪ってしまった。あの悲しみと悔しさは、反吐が出るほど忘れられない。


「女が相手でも、容赦しねえぞ。向かって来るのならば、全力で斬る」



「……ふーん、そういうヤツなんだ。アンタ」



 カッ! 鈍い音を立てて、竹刀に突き刺さる――小銭? 十円玉!?

俺だけではなく、取り囲んでいたギャラリーまで一斉に振り向いた。


「ワンパンチじゃなく、ワンコイン一万円でどう? その女の敵、あたしが狙い撃ちしてやるわ」


 親指で弾いたコインが、軽やかに宙を舞う――

先程のミニスカートの女が敵意に満ちた笑みを浮かべて、俺に狙いを定めていた。


銭投げ・・・のスキルを持つ少女との、因縁――自分の行動の結果に、舌打ちせざるをえない。


この縁がどう繋がるのか、予想もつかない。逃げ出さないと、確かに決めた。

でも、その結果――あいつとの縁が切れてしまったら、意味がない。


くそ、したくもない心配させやがって……月村!

































































<続く>







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