とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十二話
「外に出て行った!? 聞いていないぞ、俺は!」
月村安次郎を追い払って綺堂に報告、いい加減疲れたので一風呂浴びた途端――お嬢さんがまた、問題行動に出た。
月村忍が護衛に無断で外出、雨が止んだのを見計らって屋敷を出ていったらしい。気紛れにも程がある。
豪奢で広い御風呂にのんびり浸かって良い気分だったのに、台無しである。
――護衛が対象を放置して風呂にのんびりするのも問題なのだが、それは置いておく。
「で、でも、忍さんはおにーちゃんがOKを出してくれたからと――」
「大嘘だよ、くそ。 あの女の言う事を簡単に信じるな」
伝言を預かったなのはの話では、俺が風呂に入っている隙に出ていったらしい。ご丁寧に、ノエルに車を出させて。
なのはは月村の言う事を疑いもせずに、そのまま見送ったらしい。良い子というのも困りものだった。
風呂には三十分以上入っていたが、月村が出ていったのは十分ほど前。行く先が分かれば、まだ追いつけるか。
「妹さん、姉が何処へ行ったのか聞いているか?」
「いいえ」
月村すずかは俺が風呂に入っている間は、なのはと友好を深めていたらしい。面倒が増えなくてよかった。
乾き切っていない剣道着に袖を通し、竹刀袋を手に取る。
あんな我侭な女放置してやりたいが、目を離した瞬間に襲われたらたまらない。金の為に、何とかせねば。
「月村が行きそうな場所に心当たりはないか、お前ら」
「そうですね……よくゲームセンターに行くと、聞いた事があります」
「音楽が好きで、CDショップに時折行かれます」
子供達の返答はどちらもありえそうだった。外は雨こそ止んだが、気分転換に出歩く天候ではない。
携帯電話にも念の為かけてみたが、やはり無反応。直接出向くしかない。
月村とは気まずくなった上に、安次郎の訪問で更にややこしくなった。俺と顔を合わせづらいのは――まあ、分からんでもない。
ただ、ノエルは何故月村の外出を許したんだ? 安次郎を追い返した後で独りにするのは危険だと判断出来ない程、馬鹿な女ではない。
すずかを安次郎の前に連れ出そうとした時も、俺を止めなかった。一体どうしたんだ、ノエルは。
確固たる主従関係をこの目で見ているからこそ感じる、疑問。月村姉妹の不利益になる事は絶対にしないと、分かっているから。
これもまた変化の一つだとするならば――危険かもしれない。
「ゲームセンターにCDショップ、この田舎町でも何件かあるよな。虱潰しに回るのも効率が悪い。
一軒知ってるゲームセンターがあるけど、俺を警戒して近寄らないかもしれないし……妹さん、そのCDショップの場所を教えてくれ」
「はい」
月村すずかに地図を書いてもらい、出かける準備を整える。
ファリンに続いて月村忍の捜索、最近他人探しばかりしている気がする。そろそろ、自分探しの旅に出たいものだ。
その路銀稼ぎの為に気力を奮い立たせ、地図を片手に月村の追跡に出る。が――
「……妹さんはついて来なくてもいいぞ、別に」
「剣士さんがいなくなれば、私はどうすればいいのでしょうか?」
普通について来ようとする妹さんの疑問に、俺は言葉が詰まった。もっともな話である。
屋敷にいれば基本的には安全だと思っていたが、月村安次郎の登場でその認識も危うくなった。
おっさんの話では一族の有力者達の反対を押し切って、綺堂が月村すずかを引き取ったらしい。
現時点であのおっさんが一番怪しいが――妹さんを狙っているのは、一族そのものかも知れない。
長にどれほどの権威があるのか分からないが、強権を行使すれば反感を買う事もあるだろう。
月村すずかが一族の頂点に立つ存在ならば、強奪すれば下克上も夢ではない。一人にするのは危険だ。
「たく……だから俺一人では限界があると、何度も言ったのに」
「アリサちゃんは、剣士さんがいれば世界のあらゆる敵から守って下さると、言っていました」
「なのはも、アリサちゃんから聞きました! おにーちゃんが数百人の悪漢から、アリサちゃんを守ったって!」
……うわ、陰口の方がマシだと思ったのは、人生で初めてだ……
あいつ、俺本人には馬鹿だのロリコンだの言うくせに、他の人間には褒めまくるのかよ! 天才少女は底が知れない。
それにしても困ったな……妹さんを独りにするのも――
「あ、あの……わたしがやります!」
「……何だって?」
「き、綺堂さくら様より許可は頂いています。忍様とすずか様をお守りすべく、本日より護衛役を兼任する事になりました!
きょ、今日から、よろしくお願い致します……」
かつてテーブルクロスを身に纏っていた怪人、ファリン・K・エーアリヒカイト。
他人の心を理解せず、ノエルの為と他人を襲った女の子が、完全に萎縮した様子で他人に頭を下げている。
どういう心境の変化か、考えずとも分かるが――肝心な事だけは追求しておく。
「綺堂かノエルに、命令されたんじゃないのか?」
「いいえ、違います!? あっ、お、お姉様を蔑ろにするつもりはないです!
……わたし、今の自分がよく分からなくなって……お姉様に相談したら、私が望んでいる事をしてみなさいと、言って下さって……」
今まで聞いた事のない、ファリンという少女の心。たどたどしく、不器用で、苦しそうに、今の自分を表現しようとしている。
月村すずかとは異なる、孤独な女の子。他人に接した事がないような、赤子のような存在。
ゆえにその声はとても純真で、驚くほど美しく透き通っている。真っ白な心を、映し出しているように。
「俺と一緒に仕事をする事になるんだぞ。いいのか?」
「せ、正義と悪も、時には共闘するものです!」
――どっちが悪なのか激しく問い質したいが、こうしている間にも時間は過ぎていく。
口を利くようになっただけでも進歩だと、自分を無理やり納得させて同僚に利き手を差し出す。
白のフリルのカチューシャを組み合わせたメイド服に、正義の仮面をつけた女の子。
最初はきょとんとしていたが、一緒に観た映画のラストシーンを思い出したのか――感激した様子で、熱く手を握り締める。
やっぱり映画やDVDの影響を受けているな、こいつ。
「妹さん、悪いけどライダーと一緒に家で大人しくしていてくれ。姉から連絡があった場合は、すぐ俺に電話を頼む。
くれぐれも家から出ないように。悪いけど、客が来ても居留守を使ってほしい」
「分かりました」
「あっ!? 待って下さい、おにーちゃん!」
「何だよ、急いでいるのに」
「急いでいるのは分かりますけど――町まで走っていくんですか?」
魔法少女の鋭い指摘に、走りだそうとしていた足が止まる。
相手は高級車、こちらは体力が戻ったばかりの怪我人。日本全国を旅したキャリアを持つ黄金の足も、車にはまだ勝てない。
「おにーちゃん。あのあの、よかったらなのはにお手伝いさせて下さい!」
ようやく役に立てると、海鳴町の小さな魔導師がレイジングハートを手に満面の笑顔を浮かべていた。
「この店に来ていた!? この顔の女で間違いないんだな!」
飛空魔法による魔法少女の宅急便により、町まで送り届けてもらった俺。初めての空は曇っており、実にロマンが無かった。
大人と子供の体格差があり担いで飛ぶのは難しく、魔法の杖に二人で乗る形で運んで貰った。
監視役のザフィーラも当然同行、今の異世界では狼も空を飛べるらしい。世の中の全てが信じられなくなりそうだ。
「お姉様には負けますけれど――同じ女のわたくしから見ても、とても美しい女性でしたもの。ハッキリ覚えております。
この絵の女性が先程まで、新作の視聴をされておりましたわ」
町のど真ん中に着陸は出来ないので、人通りのない場所に降りて行動開始。狼を連れて行動出来ないので、なのはが面倒を見ている。
俺は地図を頼りにCDショップへ行き、店内を覗いて見るが月村の姿はなかった。
せめて手掛かりを、と聞き込み捜査を開始したら――意外にも、一人目で大当たりだった。
「こいつの他に、もう一人女がいなかったか?
え〜と、ちょっと待っててくれ――こう、いう、顔の、年上の外人さんなんだけど」
「器用ですわね……予約カードの裏に、鉛筆で描かれるなんて。
この女性は存じ上げませんわ。そちらの絵の女性が御一人で来店されておりましたわよ」
学校の制服に身を包んだ、小柄な少女。休日なのに学生服で堂々と歩いて目立っていたので、声をかけた。
俺の剣道着を見て怪訝な目で見られたが、正直お互い様だと思う。
頭の両側で綺麗にまとめた茶髪を揺らし、少女は二枚の絵から顔を上げる。
「ところで、貴方はこの絵の女性とどういう御関係ですの?」
「知り合いだ。訳ありで、今探している。店を出て何処へ行ったのか、分からないか?」
「……訳あり、ですか……どういう訳がおありなのでしょうね……」
茶髪の少女はポケットから携帯電話を取り出し、俺の目の前で操作。画面を凝視して、ゆっくりと視線を上げる。
まるで俺自身を見定めているような目線――画面と見比べる回数に沿って、少女の瞳が警戒に染まっていく。
何なんだ、一体……? 確かに洋服で着飾るガキ共と比べたら怪しい格好なのは認めるが、剣道着を着歩く男がいても別にいいだろう。
「貴方の質問に答える前に、どうしても御伺いしたい事がありますの」
「悪いけど、本当に急いでいるんだ。知らないなら知らないと、言ってくれよ」
「大した事ではありませんわ。事実確認をしたいだけですの。
数日前――女性を巡って、町中で暴力行為を起こしませんでしたか?」
女との揉め事により町中で暴力行為、心当たりがありすぎてどれを指しているのか分からない。
海鳴町で起きた連続通り魔事件を最初に、女絡みで何かと問題が起きている。関わりたくもない事が、大半で。
その大半が当事者だけの問題で処理されたが、考えてみれば第三者が偶然見ていても不思議ではない。
「……別に、やってねえよ」
「心当たりがない、とは仰らないのですのね」
携帯電話をそっと口元に当てて、少女は不敵に微笑む。まだ幼さを残す顔に、危険な艶を感じさせた。
失言ではない。けれど、間違いなく勘付かれた。根幹には届かなくとも、疑いを抱くには十分なものを。
見た目で判断するとは、俺もまだまだ甘い。警戒度を引き上げた。
「俺は、質問には答えたぞ」
「月村忍さんでしたら、二人の殿方に声をかけられて店を出ていかれましたわよ」
「!? お前、何を知っている!」
胸倉を掴もうとするが、たった一歩のステップで簡単に躱される。素早い身のこなし、優雅ですらあった。
小柄な体格を最大限生かした、敏捷性。生まれつきの身の軽さに加えて、体術に優れている。
高町家での鍛錬とジュエルシード事件での実戦が、この少女のポテンシャルを教えてくれた。
「今度はわたくしが質問する番ですわ。貴方は、月村忍さんとどういう御関係ですの?」
「その質問には、さっき答えた筈だ」
「答えておりませんわ」
赤の他人ではなく、俺という男に問い質している。茶化さず、真剣に向い合って。
惚ける事は出来る。無関係を装えばいい。追求を避けたところで、避難される謂れはない。
あらゆる逃げ道があるのに――俺は一番真ん中を選んでいた。
「……知り合いだ。月村は、他人じゃない」
「さしずめ彼女を守る騎士様――と言ったところでしょうか」
「生憎と、そんなご立派な身分じゃない。俺は騎士ではなく、剣士だ」
竹刀袋を手に軽く振って答えると、少女は軽く目を見張って――笑った。
人を馬鹿にする嘲笑ではない。人を好ましく思う微笑だった。
持っていた携帯電話を閉じて、少女は礼儀正しく頭を下げた。
「失礼な事ばかりお聞きして、本当に申し訳ありません。お約束通り、御教えいたしますわ。
恐らく――ではありますが、彼女が連れられた先はこちらですわ」
今度は彼女が予約カードを手に取り、裏にボールペンでサラサラと地図を描き上げる。
素早く丁寧に描いて、少女は俺に手渡してくれた。
不可解な点が多く残ってしまったが、基本的には誠実で優しい女の子らしい。俺はありがたく受け取った。
「お詫びと言ってはなんですが、貴方に一つ貴重な情報を」
綺麗な指先でクルクルとボールペンを回し、少女は俺を見上げる。
身長差は歴然なのに、向かい合うと対等に見えてしまう。古風な話し方に、貫禄があった。
ピッと、少女はペン先を俺に向ける。
「貴方、狙われておりますわよ。くれぐれも、御注意を」
海鳴。此処は人と人が出会い、交差する町――
<続く>
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