とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十一話
――さて、咄嗟に割り込んだのはいいが、どうするべきか。このおっさんをぶん殴って済めば、話は簡単なんだが。
大雨の中月村邸の前で、月村を庇う形で成金親父と睨み合う。竹刀は袋に収めたまま、相手の出方を伺う。
スーツ越しでも分かる身体のたるみ、暴力で簡単に黙らせられるが事の解決に至れるとは思えない。
「身内の話や。ガキは引っ込んどれ」
「アンタの命令を聞く義務はないな。月村の身内かどうかも怪しいもんだ」
そう言いながら、背に庇った月村を振り返る。冷たい雨に濡れているのに、俺を見る月村が若干赤らんでいた。
言いがかりをつけてはみたものの、この男が月村の身内なのはほぼ間違いない。一族の事に詳し過ぎる。
何より――見ず知らずの赤の他人に、月村はこれほど純粋な怒りを見せたりはしない。
「こいつは、"月村安次郎"。一応、私の親戚だけど……とにかく、金に汚い男」
美貌を嫌悪に染めて、月村は自分の親戚をそう吐き捨てた。第一印象通りの男であるらしい、内面が容姿に滲み出ている。
プレシア・テスタロッサとは正反対の存在。自分自身だけを愛し、自分の身内すら食い物にする俗物。他人の為には絶対に、生きられない。
――だからこそ、俺は親近感を持てた。この男だけが特別、醜悪なのではない。
大小あれど、世の中の大半の人間は損得で物事を判断する。我が身可愛さで、他人を軽視する人間なんて珍しくもない。
海鳴町の住民は心優しき人達ばかりで、俺のような人間は時に窮屈な思いをさせられる。こういう男もいるのだと、正直安心した。
「――そうか、お前やな。最近この家に出入りしている男は。忍の男か?」
「アンタには関係な――!」
「冗談言うな!?」
背後のお嬢さんはおろか、目の前の男すら驚きのあまりに目を剥いた。
突然大声を出してしまったのは申し訳ないが、男の尊厳を踏み躙られて黙ってはいられない。
俺は自分の存在の全てをかけて、高らかに主張した。
「何が悲しくて、月村なんぞ選ばなければならないんだ!? 俺の未来を何だと思ってやがる!」
「侍君こそ、私を何だと思ってるのかなー!」
コラ、庇ってやっている男の脛を蹴るな!? 足に怪我はなくても地味に痛いんだぞ、そういう攻撃は!
俺の主張がよほど意外だったのか、男は先程まで追い込んでいた当の本人に恐る恐る問いかける。
「……なあ、忍。ほんまに何なんや、こいつ?」
「この人は一応、私の護衛。女の子の顔と心を傷つける事だけが取り柄の、すっっっっっごくお金に汚い男!」
俺の方が評価が悪い!? お前が先に俺の首を噛んだんじゃねえか!
決めた、こいつが泣いて謝るまで絶対に詫びてやらねえ。何でこんな女に頭を下げなければならんのだ。
胸の中で怒りの炎を燃やしている俺に、男は少し関心を示したようだ。
「ボディーガード? こいつが? 剣道着なんぞ着おって、正義の剣士でも気取っとるんか。
アホらしい、そんな格好して恥ずかしくないんか」
「服装の事をてめえに言われたくねえ!? 何だ、その趣味の悪い緑のスーツは! 金かければいいってもんじゃねえぞ、馬鹿」
「何やと、このガキ!?」
「何だ、やる気かコラ!」
「……同レベルだと思うけどなー」
当事者の月村お嬢さんは、俺の背中で失礼な発言をする。怒り心頭だった先程とは違って、くすくす笑う余裕を見せている。
真剣な会話に割り込んで何か言われるかと思ったが、妙に大人しく俺に守られている。
雨に濡れた剣道着の背に、額を当てる感触。しっとりとした重みが、月村の心からの安堵を感じさせた。
今までずっと、女一人で戦ってきた不安。その元凶が、こいつなのだとすると――
「ふん、まあええわ。とにかく下がっとれ。ワシは別に忍に危害を加える気はない。
ワシはただ大事な親戚とその家族の事を思って、いい提案を持って来ただけや」
「月村と妹さんを引き取るという話か。本人はちゃんと断っていたように聞こえたが?」
「子供の我侭は可愛いけど、好き勝手に生きればええっちゅうもんでもない。時には教育も必要や。
両親もおらず、大金だけ持たせて野放しにさせる。それが果たして、本人の為になるんか?」
やばい……すげえ、いい事言っているように聞こえる。何しろ身勝手に生きてきた見本が、俺だ。
赤ん坊の頃に両親にゴミ捨て場に放り出された俺に、大金を持たされたらどんな生き方をしていたか――身震いがする。
手元にあったのが金ではなく、剣だった。それだけで、人生の進む先が変わったのだ。
「妹のすずかにしてもそうや。本人はまだ何にも知らん、子供や。
忍は確かに姉として守る事が出来るけど、親にはなられへん。そうちゃうんか?」
「……そりゃそうだな」
ギュッと、剣道着を背中から強く握られる。こすりつけた額をグリグリさせて、月村は必死で否定の意志を見せていた。
それでも言葉に出せないのは――本人も自覚しているからだろう。
俺と同じく親がいないから、月村は自分が真っ当である自信が持てない。人間として欠落していると、自覚してしまっている。
俺に優しさがないように、月村もまた当たり前の人間とはどこか違う。本人はそう思っている。
「つまり、アンタは善意で二人の面倒を見るつもりだというのか。具体的に、どうするつもりだ?」
「こんな町外れにある、広いだけの古い邸なんぞ売り払って、ワシが二人を正式に引き取る。
ワシと一緒に住むのが嫌やと言うんやったら、年頃の娘が住みやすい土地と家を提供したるわ。
忍の家は一族でも有数の資産家やったけど、今は死んでもうてコネも何も無くなった。
忍一人では、すずかは守られへん。これはお前が思っているより、ずっと根深い話なんやぞ。
お前が持っているその剣で、何が守れるっちゅうんや。人の立場や環境を、剣でどうにか出来るんか?」
……実に痛いところを、ついてくれる。魂胆は見え見えだが、反撃するには手札が弱い。
桃子やリンディのように、社会的立場のある大人なら対処は可能だ。大人の包容力に、子供の抵抗では絶対に勝てない。
月村一人ならば、こんな申し出に悩む必要はない。仮に俺の問題だったら、すぐにでも解決出来る。
断ればいいのだ――独りで生きていけると。
孤独ではないから、蹈鞴を踏んでしまっている。
「……アンタが欲しいのは月村ではなく、こいつの持っている財産じゃないのか?」
「子供が持っているより、大人が管理した方がええやろ」
「大人なら、叔母の綺堂に任さればいいだろう。二人の関係は良好だし、綺堂なら信頼出来る」
「孤立無援の忍の助けとなっていたのは、綺堂だけ。その綺堂も長には見込まれとるけど、まだまだ若輩や。
身元引受人には、相応しくない。そこでワシの出番というわけや」
梅雨空のどんよりとした空気の中で、男は得意満面に自分を親指で指している。鼻に指を突き刺してやりたい。
まずい、形勢不利だ。金の分しか二人を守るつもりがない事が、仇となっている。
こいつの目的は明らかに月村の家の財産だが、証拠が全くない。月村はともかく、すずかを育てる環境に適していないのも確かだ。
この二人を守れるのは剣ではなく、金。大金を持てる強さを持つ、人間――俺が望んでいたもの。
二人を守り切る覚悟がなければ、迂闊な事は口に出来ない。そして俺は、そこまで二人に深入りつもりはない。
こいつに唯一勝てるのは、綺堂。一族から追放されても、二人を守ると誓った女性。
その気高き女傑に認められる人間になる為に、俺は今此処で戦っている。
プレシアとフェイトに、誓った。一度関わったのなら、二度と放り出したりはしないと――
「確証のない話だな」
「何やと……?」
「口でなら幾らでも言える。月村の財産を預かった途端、アンタが二人を放り出さない保証がどこにある。
今時詐欺師だって、偽造であっても契約書を用意するぞ。
身元引受人となるあんたを、保証する人間を連れてこい」
「引受人の保証なんて、馬鹿な話があるかい!? ワシはこいつの親戚やぞ、綺堂に聞いてみればええ!」
「悪いが、俺は自分の親に生ゴミ扱いで捨てられてな――身内なんて信用しない事にしている」
「お前の事なんてどうでもええやろ!」
「月村がアンタを信用していないんだよ」
「ぐっ……」
正論で押し切る策は悪くはないが、こちらが開き直れば相手も攻められなくなる。
人を守る意志なんぞ無いが、野良犬になる覚悟はある。飼い主がいなくても生きていくのだと、好意に背を向ければいい。
その結果野垂れ死にする結果になっても、こいつにだけは頼らない。月村がそう思っているのなら、代弁してやるまでだ。
「――そうか、分かったわ。つまり、すずかがどうなってもええと言うんやな?」
「そんな事は言ってないでしょう! あの娘には、私もさくらもいる。アンタの世話にはならない」
「分かっているくせによう言うわ。少しはのぼせた頭を冷やして、想像してみい。
あの娘がもしあのまんまやったら――綺堂は破滅。すずかの身柄は、他の連中の奪い合いになるんやで。
親の愛も知らんお前に、結果はきちんと出せるんやろうな?」
「……っ」
ここがアキレス腱だ。自分は野晒しになる覚悟があっても、すずか本人はそうもいかない。
このおっさんがすずかを救う保証なんぞないが、自分の手の中にあってもあの子が幸せになれるかどうかは分からない。
世の中を真面目に生きる大人達が見れば、文字通り――家族ごっこをしているだけなのだ。月村も、俺も。
本当に正しいのは、親となれる大人の庇護下にいる事だ。ガキが独りでいても、ロクな事にはならない。
「よっしゃ、こうしようやないか。すずか本人に、聞いてみよう。
綺堂に引き取られ、忍を姉に持つ今の家族生活が――幸せなのか、どうかを」
「ふざけないで!? アンタなんかに、誰が会わせるものか!」
あっ、この馬鹿!? 頭ごなしに拒絶してどうする!
そうされると困りますと意味しているだけの発言に、安次郎は葉巻を吹かせてニヤニヤと笑う。くそったれ。
「なんや、会わせて困る事でもあるんか? 一族の面々を納得させるように、ちゃんと育ててるんやろ。
今の生活に満足してるんやったら、ワシかてもう何も言わんわ。ほんまに、満足しているんやったらな」
「……このっ……」
まずい事になった。月村すずかは基本的に受身の女の子、能動的な感情を何一つ持っていない。
問われれば素直に答え、命令されれば頷くだけ。意志らしい意志も無く、ただ生きているだけ。
安次郎が表面だけの好意で誘っても、すずかは頷くだろう。その確信があるから安次郎は笑い、月村が苦しんでいる。
一族の連中が手を焼いている、綺麗な顔をしているだけの人形。人形が人間になるなんて、お伽話にしか許されない奇跡だった。
「月村すずかを連れてきてもらえるか、ボディーガードの兄ちゃん」
「……連れてきて、侍君」
重い溜息を吐いて、月村は俺の背から離れた。振り返った先には笑顔、諦めが滲んだ悲しい微笑。
頷く事しか出来なかった。金だけで動く護衛に、心までは守れないというのか。
料金を超えた行動は出来ない。当たり前なのに息苦しさだけを感じて、俺は足取り荒く門の中へ戻る。
月村すずかは門の影――その前で両手を広げる、魔法少女。
「そこをどけ、なのは」
「おにーちゃん、駄目です!」
「本人の意思に問うだけだ。すずかが決めた事に、俺達は関与出来ない」
「他人事だから見捨てるというんですか!? そんなの、絶対におかしいです!」
なのはの言い分は、道理に適っていない。すずか本人が決める事なのに、なのはが拒絶するのは間違えている。
そして――その間違いに、こいつが気づいている。そうでなければ、純朴な少女がこんな苦々しい顔をするものか。
……俺は一体、何がやりたい? 金を必要としているだけなのに、どうしてこんなに皆を傷つけている?
なのはを突き飛ばして、俺はすずかの手を引いて連れ出した。一切、少女達は抵抗しなかった――なのはも、すずかも。
不思議と、ノエルまでただ俺を見送るだけ。すずかを連れ出す俺を咎める気配もない。何故だ。
せめてもの慰めに、すずかが持っていた傘で雨からは守ってやった。本人は、安次郎の前に――
「すずか、ワシの事を覚えているか? ほれ、ドイツで一族の者が集った会議の時に」
「はい」
「そうか、そうか。ほんま、すずかは素直でええ子やな……意地悪な姉とはえらい違いや。
どうや、すずか。ワシと一緒に住まへんか? 欲しいもんあったら、何でも買ったるぞ」
実に気持ち悪い笑顔を浮かべて、月村すずかの頭を撫でる安次郎。欲望がにじみ出た親切とは、これほど不快なものか。
純粋な好意を鬱陶しいと常に思う俺だが、下心が混ざると吐き気がするとは思わなかった。
何でも買ってやると幼稚な誘い文句を並べているが、建前なのは安次郎本人も自覚しているだろう。
誘いにさえ乗れば、それでいいのだ。すずかは二つ返事で承諾する筈と――
「いいえ、お断りします」
「は……?」
安次郎ではなく、俺が目を見張る。素直に返事をすると、薄情にも俺も思っていたのだから。
月村すずかは何でもないように――自分の意思を、伝えた。
「お姉ちゃんと一緒に、わたしは住みます。剣士さんに守って頂いて、お礼をしないといけませんから」
はっ……はは。ははははは、はっはっはっはっ!
――あんなの、ただの口約束だったのに。守ってやるなんて、金だけで成立する誓いだったのに。
口だけの約束だと安次郎を否定した俺の言葉を、他ならぬ本人が今でも忠実に守っている。
単なる口約束が、月村すずかの中で確かなモノとなっている。小賢しい大人達の思惑を、遥かに超えて――意志となっていた。
「あ、安心せい、お前の事はワシが守ったる! こんな奴、必要あらへん!!」
「わたしは、剣士さんが必要です」
「こんな男に何ができるねん!」
「アリサちゃんが、言っていました。剣士さんは、この世界で一番頼れる人だと――」
「友達のガキンチョの言うことなんて、いちいち信じてどないする!」
「なのはちゃんが、言っていました。
信じられると思う人が、"友達"だと――
なのはちゃんの言う事はまだよくわかりませんけど……きっと、大切な事なのでしょう。
アリサちゃんが好きだと言っていた、剣士さん。
なのはちゃんが好きだと言っていた、お姉ちゃん。
わたしは、アリサちゃんとなのはちゃんを――友達の言う事を、信じてみようと思います」
――友達の存在の価値を、きっとまだ分かっていない。だからこそ、知りたいと思っている。
アリサもなのはもすずかにとって、優しいだけの存在ではない。幽霊と魔法少女、二人は時に驚くほど残酷で厳しい。
心から思い遣っているからこそ、他人であっても本気になれる。一生懸命、相手に理解してもらおうとする。
月村すずかは、そんな二人だからこそ――友達だと、認めたのだ。請われたからではなく、自分から求めて。
「なっ……何やねん、これ……どないなっとるねん!?
どんな英才教育でも何ともならんかったこいつが、何でこんな――こんな人間らしい言葉が、吐ける……!!
一体何をしたんじゃ、お前は!!」
「別に。俺は何もやってない」
「嘘つくな! お前が必要やと言うとったやんけ、このガキは!!
友達とか言うのを作らせたのも、お前の差し金やろ!」
「紹介したのは、確かに俺だ。だけど、あんたは勘違いしている。
お前らが、妹さんをどうしたいのか知らんが――俺はな、このままでいいと思ってる」
「何、やと……?」
「月村すずかは、今のままでいい。人間かどうかなんて、関係ない。
たとえ人間じゃなくたって――俺は姉も妹も、嫌いじゃないよ」
俺は人を思い遣る気持ちも無い、欠陥人間。自虐する気も、自嘲する気もない。
まともな人間にはなれなくても、生きていける。俺の存在が証明している。ならば、何を変えろと言うのか。
アリサはこんな俺でも好きだと、言ってくれた。はやては家族として、迎え入れてくれている。
高町の連中も、フィリスも――異世界の、奴らだって。
人でなしを否定するということは、彼女達を否定するということ。俺を救ってくれた血と魂にかけて、そんな事を許してはいけない。
本人が望んでもいない変化を強制されて、人間として生きていける訳がない。
「……本当ですか?」
「妹さん――」
「剣士さんは、今のわたしを必要としてくれるのですか?」
「……金を貰う為、だけどな」
「はい」
それでいいと、すずかは頷く。雨に濡れた頬をそのままに、何度も、何度も。
何か気恥ずかしくなって、俺はすずかに傘を渡して下がらせた。姉貴は――いない。
ノエルもファリンもいないので、邸の中に戻ったのだろうか? 何にしても、客扱いされていないおっさんである。
「すずか本人も望んでいないらしいぞ。次は家庭裁判で訴えてみるか?」
「……ガキ……このままにはしとかへんぞ」
けっ、と葉巻を投げ捨てて、車に乗り込む。俺は即座に拾って、運転席の窓ガラスにぐりぐりして火を消す。
憤慨した様子で窓越しに俺を睨むが、喧嘩する度胸はないらしい。そのまま乱暴に車を発進させて、斜面を下っていった。
――疲れた。が、やるべき事はまだ残っている。
邸の中に戻るのも、まどろっこしい。俺は携帯電話を取り出して、急ぎ発信コールを行う。
『もしもし、どうかしたの?』
「月村安次郎という男が来て、話を聞かせてもらった」
『――っ、安次郎が!?』
電話の相手は社会的立場で脅すだけの男とは違う。端的に話しただけで、今此処で起きた状況が凡そ伝わる。
息を飲む気配、それも束の間の事。小さく――されど重く息を吐いて、相手は電話越しに謝罪する。
『ごめんなさい』
「謝って欲しくて、電話したんじゃない。勘違いするな」
『怪我をさせた上に、貴方を利用した――忍とすずかの為、大切な事を何一つ話さずに。
けれど、勘違いしないで。これは一族の長が望んだ事ではない。私の独断で、貴方を選んだの。
忍が見せてくれた笑顔が嬉しくて……すずかにまで求めてしまった……
その為なら貴方を危険に晒しても、私は――それでも……』
依頼人が望んだのは、俺の剣の腕では無かった。そんなもの、何一つ必要としていない。
本当に望んだのは、俺という他人が関わることによる変化。その結果だけを、こいつは求めていた。
剣士にとっては、侮辱。二人が狙われているのも事実なだけに、尚更性質が悪い。一石二鳥を狙ったのだ、俺個人の意志を無視して。
もしも依頼の本当の内容を話していれば、俺が断ったであろう事も承知の上で――騙した。
ならば。
「勘違いするなと言ってるだろう」
『えっ……?』
「綺堂さくら。あんたの依頼はもう、引き受けている。月村も、すずかも、ちゃんと守る。
だから、あんたも投げやりになるな。死に物狂いで抵抗しろ。一族の連中の言いなりになるな。
あんたが追放されたら――誰が俺に、金を払ってくれるんだよ」
『……っ……』
「金が払えなくなったら、俺もあいつらを守るつもりはないからな。
金の切れ目が、縁の切れ目。俺は善人じゃないんだ、そこまで期待されても困る。
……月村にも、すずかにも、あんたが必要なんだ。俺に預けっぱなしにしないでくれ
俺が言いたいのは、それだけだ。切るぞ」
『待って』
――雨にうたれたせいか、携帯の調子が悪い。
綺堂さくらの声が、雨に濡れて湿り気を帯びている――
『……ありがとう……貴方を選んで、よかった……
今更嘘みたいに聞こえるでしょうけど、本当に――貴方には、期待していたの。
こんな電話をかけてくれるほど、素敵な人になった……貴方の、変化に。
たった一ヶ月で……これほどまでに人は変われるのだと、私は本当に救われた思いだった。
何が、貴方を変えたの?』
変わったつもりはない。でも、変わった部分もあるのだとすれば――
「赤の、他人だよ」
――友達の言う事を、信じてみようと思います。
他人を信じようと思ったその時から、俺は変わったのだと思う。きっとな――
<続く>
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