とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十八話
「全員、集まったな? 月村家第一回緊急家族会議を始めるぞ」
「家族会議でしたら、忍お嬢様をお連れしますので――」
「そのお嬢さんのことで相談したい。あいつは今、部屋に閉じこもっている」
月村すずかにノエル、ファリン。ゲストに高町なのは、ザフィーラ。
月村邸に滞在する全員を至急呼び集めて、客間の一室を借りて会議を開催した。
他人の助力を得るのは気が進まないが、この問題は自分で解決出来る気が全くしない。独力だと悪化する、間違いない。
「忍お嬢様に何かあったのですか!?」
「何かというか、トラブったというか……拳をかまえるな!?」
俺が原因だとすぐに察っして、ファイティングポーズを取るファリン。敵意剥き出しだった。
月村姉妹の護衛を始めて一週間以上経つのに、友好的な関係は結べていない。
慣れ合うつもりはないが、何かある度に襲われるのも御免だ。もっと根本的に改善しなければ、監視役がもう一人増えてしまう。
「一体何があったのか、御事情を説明して頂けませんか?」
「う〜ん、ちょっと言い辛いんだけど――」
先程月村のプライベートルームで起きた出来事を、全員に話す。一切、脚色も言い訳もせずに。
ノエルを始め、会議に集まった全員が俺の話を真剣に聞いてくれた。
「……そうでしたか、忍お嬢様が……怪我をされたとの事ですが、本当に大丈夫なのですか?」
「怪我の具合は確認したけど、本当に平気だ。
鼻血は出たけど、出血量は多くない。ティッシュで押さえておけば、すぐに止まる」
月村に絶対の忠誠を誓うノエル、主を傷つけられて怒るかと身構えていたが、珍しく苦悩を見せて黙り込んだまま。
ファリンも怪我をさせた本人を排除しようとはせず、自分の姉を心配げに見つめている。
肝心の妹は話を聞いても顔色一つ変えずに、淡々と発言する。
「お姉ちゃんと剣士さんが仲違いをした、という認識でよろしいでしょうか?」
「喧嘩するほど仲が良かったのか、激しく疑問だけどな」
「その疑問については、解消されています」
「というと?」
「はい。さくらお姉ちゃんの話ですと、一族の女が異性の――」
「すずかお嬢様!」
主の妹である月村すずかの言葉を、メイドのノエルが一喝して遮る。ありえない光景だった。
心を許し合っても、主従は成立している関係。職務に徹するノエルは、主を第一とする女性である。
主に対する無礼な行為は、メイドの誇りにかけて許さない。なのに、何故……?
「お嬢様、その事は軽々しく人に話してはいけません。さくらお嬢様からも注意されていた筈です」
「……ごめんなさい、ノエル」
「御心配いりません。忍お嬢様御本人の口から、いずれ必ずお伝えになります。
宮本様でしたら十分資格がおありだと、私は確信しています」
――前々から薄々気づいていたが、妹だけではなく姉にも何か秘密があるらしい。むしろこの一族そのものに、かもしれないが。
ノエルはこの数ヶ月の付き合いから、俺がその秘密を共有する権利があると認めてくれたらしい。
金持ちの秘密なんぞロクでもなさそうだが、仲違いの原因となっているのなら何とかしたい。
「何の秘密なのか知らんが、あいつの挙動不審の原因なんだな」
「……申し訳ございません。私の口から申し上げられません。
ただ言わせて頂きたいのは、忍お嬢様は決して宮本様嫌ってはおりません。それだけは、誤解なさらないで下さい」
「だけど、近付くなとまで言われたからな……どう考えても、嫌われたとしか」
「謝った方がいいと思います」
実に常識的な発言をするなのはさん。他人事なのに、我が事のように顔色を曇らせている。
茶化したりしない女の子なのは承知済みだが、真剣に心配されると肩身が狭い。
先月金髪の魔法少女と何度もぶつかり合った少女の発言は、重い。
「お話を聞いた限りですと、忍さんにも事情があるようですし、おにーちゃんが咄嗟に抵抗してしまうのも仕方ないと思います。
二人で謝ってゆっくり話し合えば、すぐに仲直り出来ますよ!」
「どっちが先に謝るんだ、その場合?」
「ふえ……? それは――」
「それは?」
「えと、おにーちゃんから……そ、そんな怖い顔しないで下さいよー!?」
月村の顔を傷つけたのは、確かにやりすぎたとは思う。護衛が対象を傷付けるなんて、一番やってはいけない事だ。
でも今回の場合、先に俺を噛みやがったのは月村だ。寝ぼけていたとはいえ、こっちだって血を流している。
俺が先に謝るのは、絶対に納得がいかない。悪いとは思っているし責任の所在を問う気はないが、納得がいかない。
「剣士さんは、お姉ちゃんの事をどう思っているのですか?」
「俺?」
「はい。嫌いなのでしたら、関係を修復する必要はありません」
凄い事を平気な顔で言う妹さん。人間関係の在り方を、根本から問い直す発言だった。
他人との仲の良し悪しは個人の感情によるものだが、関係というものは感情だけでは成立しない。
利害が複雑に絡み合った、社会の構図のような関係も存在する。ビジネスは主に、その関係で成り立っている。
月村すずかは、社会について何も知らない。他人との関係でさえも、知識でしか知り得ないのだろう。
だからこそ、次のなのはのような言葉は出せない。
「す、すずかちゃん!? 駄目だよ、それは!」
「どうしてですか? 剣士さんがお姉ちゃんを嫌っているのでしたら、無理に接する必要性はありません」
「おにーちゃんと忍さんは、とても仲良しなんです! 今は喧嘩していますけど、すぐに仲直り出来ます!」
「そうなのですか、剣士さん?」
「いや、別に特別仲良くはないぞ」
「お、おにーちゃん!?」
なのはは納得出来ていないようだが、俺はどちらかと言えば妹さんの提案を真剣に吟味していた。
確かに、無理に仲直りする必要はないかもしれない。俺は月村の護衛であって、友達ではない。
借りもあるし護衛はこれからも続けるが、距離を置いた関係となるのなら望むところだ。
月村にはむしろ俺が女を傷付ける酷い男だと思われた方が、この先何かと気軽にやれそうではある。
「宮本様にとって忍お嬢様は、関係を修復する価値もない存在なのですか!?」
「ノ、ノエル……?」
「……大変、失礼致しました。忍お嬢様が心配なので、様子を見て参ります。
すずかお嬢様の身辺警護を宜しくお願い致します、宮本様」
深々と礼儀正しく頭を下げて、ノエルは退室した。先程の勢いが、幻であったかのように。
ノエルがあれほど感情を露にするのは、初めてだった。それほどまでに、憤りが深かったのだろう。
月村忍を心から大切に思うからこそ、尚更に。
「おにーちゃんは、忍さんを本当に何とも思っていないのですか?」
「――本当だよ。友達でも、何でもない」
「忍さんとおにーちゃんは二人で一緒にいると、とても楽しそうに見えました。
お二人に怒られるかもしれませんけど、その……恋人同士のように、心が通じ合っていて。
おにーちゃんが護衛となった時、忍さんはきっと心から安心出来たのだと思うんです。
なのはには、分かるんです。
――ジュエルシード事件の時、なのはもおにーちゃんが同じ魔導師だと知って、本当に嬉しかったから」
同じ魔道師だと知った時のなのはの心からの笑顔と、護衛が俺だと分かった時の月村の笑顔が重なる。
襲撃がまるでないので実感がないが、月村は今も危うい立場の人間。誰かに狙われているのだ。
普段通りにしているので図太いと思っていたが、もしかして。
あいつも毎日不安と緊張で、心が不安定になっていたのだろうか……?
「私には、分かりません」
「すずかちゃん……」
「剣士さんはお金が必要で、私とお姉ちゃんを守っていると言っていました。
この問題には、お金が絡んでいません。仕事を遂行する上で、関係を修復する必要があると解釈すればいいのですか?」
「おにーちゃんと忍さんはお金だけの関係じゃないよ、すずかちゃん!
なのはだってすずかちゃんと、そんな関係にはなりたくないの」
「高町なのはさんは、私とどういう関係になりたいのですか?」
ストレートな、要求。遊び盛りな子供なら尻込みするであろう、問いかけ。
大の大人でも生意気だと眉を潜める慇懃無礼な質問に、高町なのはは全く揺るがない。
改めて、確信する。魔法はなのはに強さはくれなかったけど――
勇気を、与えてくれたのだと。
「なのはは、すずかちゃんと友達になりたいの」
「……アリサちゃんも、同じ事を言っていました。貴方も私に同じ事を望むのですか?」
「うん! なのはは、すずかちゃんの事をもっと知りたい。
そして、すずかちゃんに――友達の大切さを、知って欲しい」
「友達の、大切さ……」
他人と接しない少女に、他人と接する大切さを説く少女。話し合う事の大切さを知ったからこそ、言える言葉。
魔法で撃ち抜くだけでは届かない、理解。孤独な少女の心に向かって、必死に真心を送る。
いずれ届くと信じて、なのはは懸命に笑顔を向ける。伝わらない温かさにも、意味があると信じて。
「おにーちゃん、お願いします。忍さんの事を、きちんと考えてあげて下さい」
「……」
不覚にも、圧倒されていたのだと思う。面倒だと、みだりに口には出来なかった。
月村すずかも理解出来ないという顔で、なのはを見ている。気のせいか、その表情には若干の困惑が浮かんでいる。
ジュエルシード事件を解決した、真の立役者。俺には持てない優しさで他人を救う、魔法少女。
少女は自覚もないまま、健やかに成長していた。優しくも強い高町家の、末っ娘として。
「仲直りして欲しいですけど、おにーちゃんが望まないのなら無理には言いません。でも、今のままはきっと忍さんも辛いと思うんです。
なのははおにーちゃんも、忍さんも大好きなんです。仲の良い二人を見ていて、なのはは――」
「――分かった。もうちょっと、考えてみる」
「ありがとうございます!」
妥協した途端、なのはは本当にいい笑顔で喜んでくれた。こいつは、本当に……
考え事の邪魔をしたくないと思ったのか、すずかと連れ立って退室した。
大人しくなのはに手を引っ張られていたが、妹さんも今のやり取りに考えさせられるものがあったのかもしれない。
ふう……どうしたもんか。
「こんな話がある」
不意に響いた、男の声。とても何気なく、言葉に特段の感情はない。
自然に語りかけられて、むしろ戸惑ってしまう。
「今の主より数代前――此処とは違う世界で、闇の書は一人の主を選んだ。
主は魔導の才能に恵まれてはいたが、不遇な環境で生まれ育った。それゆえに己の才能を自覚出来ず、無意識に卑下していた面があった。
そんな主にもたらされた、絶大な力――例外なく闇の書を受け入れ、我らを戦力として更なる強さを求めた。
主は手に入れた力を我が物とするために、己が力を実感するために、嬉々として力を行使した。
他ならぬ我ら守護騎士を、的にして」
「……」
何故このような話をしているのか、全く分からない。
ただ語られる過去が壮絶で、他人事として処理出来ない生々しさが実感で伝わってくる。
男二人だけの一室で、狼は朗々と語り続ける。
「強者に対する劣等感があったのだろう。無抵抗を強制され、我らは何度も主に攻撃を受けた。
歯向かうことなど出来ない。主は絶対、我ら守護騎士は命を守るだけ。
力を授かった主を祝福し、主の力をその身に受けて感謝していた」
「……本当にプログラムなんだな、お前らは」
卑下しているわけでも、馬鹿にしている訳でもない。思った事を、ただ口にしただけ。
俺に言われて怒り狂うような男ではないと、分かっている。そういう男だからこそ、俺も自分の思った事を素直に告げている。
案の定、ザフィーラは俺を責めたりはしなかった。ただ、一言。
「お前もその娘に、好意を強いるのか」
「――!?」
「娘は絶対にお前を否定しない。今のお前は、その確信に甘えているだけだ。
人との交わりを否定するのならば――貴様は我らと同じ、人の形をしたプログラムでしかない」
人として生まれながら、人である事を拒絶している……俺が?
盾の守護獣、ザフィーラ。人ならざる身の言葉は、どんな綺麗事よりも重く胸に響いた。
俺は本当に金しか望んでいない。月村忍は、特別な存在ではない。
でも、あいつは俺の事を――
人を守る事には、意義がいる、護り抜くには、信念が必要となる。
俺が求めているのは金であり、信頼ではない。
でも、綺堂さくらが望んでいるのは――俺の力ではない。利害なんて最初から一致しないのだ。
分かっていないのは俺だけなのだと、思い知らされた。
――だったら、もう少し歩み寄ってみるしかないだろう。
ウジウジ悩んで何もせず、自分の中で完結したりはしない。先月の悲劇はもう御免だ。
なのはのように成長はしていないかもしれないが、同じ間違いは決してしない。
月村忍。彼女の事を理解してみようと、この時初めて思えた。
――語り終えたザフィーラは、静かに身を休めていた。
<続く>
|
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