とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十九話
家族会議で方針も決まったので、俺は早速行動に移す事にした。女関連の問題でウジウジするなんて、男らしくないからな。
難しく考える事はない。今度の仕事に差支えの無い程度の関係に戻ればいいのだ。
フェイトやプレシアの時のように、まだそれほど関係はこじれていない。
月村が寝ぼけて俺の首を噛み、咄嗟に反撃してあいつの顔を傷つけてしまっただけ。一族の秘密だの何だのまで、意識する事はない。
とはいえ、月村の様子が変だったのも事実。ザフィーラの言葉に誑かされた訳ではないが、一応最近のあいつの様子を調べておこう。
俺は先月ノエルから貰った携帯電話を取り出し、高町家の番号をプッシュする。……覚えているのが嫌だな。
今月村はノエルが、すずかはなのはが面倒を見ている筈。今の内に――
『もしもし、高町です』
「桃子か。恭也に代わってくれ」
『良介!? 最近家に連絡もないから寂しいわ。今度はいつ帰ってこられるの?
はやてちゃんのお家の人に迷惑をかけては駄目よ』
「お前は田舎のお袋か!」
『うふふ、こういう会話に憧れていたの。
恭也は真面目でいい子なんだけど、手もかからないから少し寂しくて』
「……俺は出来が悪いと言ってるな、お前!? 子供は比べられるのが、一番傷つくんだぞ」
『そんな繊細な子じゃないでしょう。お母さんはちゃんと分かっているのよ』
天下無敵の母親だった。アリサが死んだ時に落ち込んでいる姿を見せたのは、生涯の恥だったと後悔している。
相手を理解しているから言える言葉――月村には遠慮なく言いたい放題言っていたな、そういえば。
別にあいつが特別なのではない。俺は誰であろうと、自分の言いたい事を言ってきた……つもりなんだが。
フェイトやはやてのように、絶対に泣くような子供を罵倒出来る自信はない。泣かれたら面倒だからな。
月村にはブスだの、死ねだの、日常茶飯事で言っていた。あいつが俺をどう思おうと、どうでもいいからか?
――好意に甘えているだけ、か。くそ、ザフィーラの奴……言いやがるぜ。
『最近身の回りが物騒だとなのはに聞いたけど、大丈夫? いつでも頼ってくれていいのよ』
桃子に相談してみようか――そう一瞬でも思った自分に、驚いた。
他人に頼るのを何より嫌う俺が、桃子の言葉に少しだけ安心感を覚えたのだ。
月村と喧嘩して別に落ち込んでいた訳でもないが、気分が良くなかったのかもしれない。
「おたくの娘さんが用心棒気取りで、困っております」
それでも相談しようとしないのは頼りないからではなく、頼れる自分でいたいと思うからだろう。
子供みたいな見栄だと、笑ってしまう。それでも桃子だったら、そんな意地を張るのも悪くはない。
一度弱さを見せてしまった以上、何度見せても変わらないからな。
『頼りになるでしょう。あの子も立派にお父さんの血を受け継いでいるのね……人を守るようになるなんて』
「感心してないで、引き取りに来い!」
『許してあげて。なのは、おにーちゃん子なのよ。最近会えてなかったから、寂しがっていたの』
「あいつの兄は誰なんだよ、一体!?」
『おにーちゃん、良介から電話よー!』
おのれ、はぐらかしやがって。お金をちゃんと返せたら、絶縁状を叩きつけてやる。
苛々しながら待っていると、甲高い音色のインターフォン。月村家に誰か訪ねてきたようだ、綺堂だとしたら素晴らしいタイミングに泣く。
護衛について知った話だが、この家の住民は、自宅に招く友人知人が一人もいないらしい。実に、羨ましい話だ。
俺なんて今では二十四時間監視体制の上に魔法少女の護衛、夜中でもメイドが布団に入ってくる隙のない生活ぶりだ。一人になりたい。
『宮本か。なのはになにかあったのか?』
「いきなり妹の心配かよ」
『電話で世間話をするような人間ではないだろう、宮本は』
……そういえば、この携帯で女としか話していない気がする。泣けてくる。
メールとかいう手紙機能は最近アドレスを聞いたエリスやなのは達ばかり、男の電話番号を全く登録していない。
男として大いに問題があると思うが、今はこの家の女との問題に集中しよう。
「なのはは元気でやっているよ。俺が聞きたいのは、月村の話だ」
『月村の?』
「お前、学校では月村と同じクラスだったよな。あいつ、最近なにか変わった事はないか?
些細な事でも構わない。普段と違った点があれば教えてくれ」
『……なるほど。六月に入って晶が毎日うちのクラスを覗きに来ていたのは、お前の指図か』
げっ、勘のいい奴である。俺の質問から周囲の状況の変化と照らし合わせて、背後関係を見破ったのか。
状況認識力の高さ、戦いに生きる者には必須の能力。やはり、こいつは侮れない。晶の奴、ばれているじゃねえか。
その観察力を頼りに、開き直って話を聞いてみるしかない。
『最近まで休学していた事と、何か関係があるのか? 彼女の周囲を伺う人間もいるようだが』
「付き纏っている人間がいるのか? 晶じゃなくて?」
『付き纏うという程ではない。不自然ではない程度に、月村の周囲でよく見かける。
男子学生だ。最初は知り合いかと思っていたが――晶の方がよほど怪しいので、気にならなくなっていた』
……どういう事だ? 押し掛け助手となった城島晶から、そんな報告は受けていない。
恭也ほどの男だから気付いたのか、他に何か理由があるのか。いずれにせよ、後で追求するしかない。
『もっとも、今の月村を注目する男子学生は非常に多い。不要な警戒は必要ないかもしれないな』
「あいつ、学校で何か問題でも起こしたのか」
『嫌われているのではない、むしろ逆だ。最近の月村は明るくなり、笑顔を見せるようになった。
俺は去年も月村と同じクラスだったが、彼女は目立たない存在だった。
一人で静かに座っている事が多かった……と思う』
確信を持って言えないのは、今まで意識していなかったからだろう。別に悪い事ではない。
俺のように他人との関係を望まない人間ではなくとも、親しくもない人間の行動を始終注目したりはしないだろう。
どれほどの美人であっても接触しなければ、男の心には残らない。
『ただ彼女は見ての通り、美人だ。意識していた男子学生は多かったと思う。
表情が柔らかくなった彼女に声を掛ける人間が増えている。呼び出される回数も多いらしい。
大変だと、本人も苦笑いしていたよ』
「なるほど、お前もその中の一人か」
『違う! いや、確かに最近よく話しかけているが……お前との縁を通じて、話せる関係になったというだけだ。
月村が明るくなった原因も宮本、お前だろう。校門で剣道着姿の男が月村と話している所を目撃されて、噂になっているぞ』
くっ、和服のどこが悪いと言うのだ。洋服よりも機能的で動きやすいんだぞ。
桃子より退院祝いに剣道着を贈られたのだ、彼女の息子である恭也も当然その事実を知っている。
すぐに俺だと連想出来たのだろう。寡黙な男が電話の向こうで、笑っていた。
「しかしそうなると、悪い変化ではなさそうだな……別に原因があるのか」
『晶を呼ぼうか? 今日は家にいる』
……ザフィーラといい、高町恭也といい、俺の周りの男はどうしてこうも義に厚いのか。
勘繰れば月村の周囲が不穏である事も、今俺が原因で落ち込んでいる事も分かる筈。
知人としての立場と思い遣りで質問はするが、追求しようとはしない。好奇心で聞くような事ではないのだと、弁えているからだろう。
俺や月村が話してくれるのを、じっと待っている。もし相談されれば、力になろうとしてくれている。
他人との関係を敬遠しているだけの俺とは違う。この距離の取り方は、見習うべきかもしれない。
「そうだな……ちょっと呼んでくれ。お前の言っていた男子学生の事を、聞いてみる」
『分かった。少し待ってくれ、今呼んでくる』
「――恭也」
『何だ』
「いや――またそっちに、顔を出すよ。病院の先生からようやく、許可が出そうなんだ」
『ああ、分かった。それまでに、きちんと解決はしておけよ。剣に迷いが出ないように』
言ってくれるぜ、嫌味を言われたのに笑ってしまう。恭也もきっと、同じ顔をしているのだろう。
晶を呼ぶ声が聞こえる。低い声なのに、よく通る。人に安心を与える落ち着きが感じられた。俺とは真逆の人間だ。
やがてバタバタと足音が近づき、受話器が慌しく取り上げられた。
『良さん、仕事っすか!? 俺、いつでも出れますよ!』
「やかましい、この役立たず」
『ええっ、一生懸命頑張ってるのに!?』
「月村の周囲に怪しい奴がいたら報告しろと言っただろ、こら」
『う、うっす。でも本当に、校内で怪しい奴は今のところ――』
「お前の目は節穴か。あいつに付き纏っている男がいるだろう!」
『どの男っすか?』
「どの……?」
『はい。忍さん、男子学生の間で最近すごく評判で、よく声かけられていますよ。
聞いた話だと今までは無視されていたのに、最近は気軽に話しているみたいで――告っても断れるんですけど、それでもいいみたいっす』
「あんな女の何処がいいんだ、男共。顔が良くて、胸がでかいだけなのに」
『いや、自分女っすけど――大半の男は、そっちに惹かれるんじゃないっすか?
それに忍さんは性格もいいですし、正直憧れますよ』
木を隠すには森と言うが、確かにそういう状況では特定は困難だ。
しかし月村が狙われている現状況で、安穏と見ているだけでも困る。
「だったら、素行の怪しい奴をマークしろ」
『告白出来る度胸のある人は少なくて、大半は声もかけられずに悶々といますよ。他のクラスの人は特に。
合同体育の時間がうちの学校ではあるんですけど、忍さんのブルマ姿なんて犯罪レベルっすよ』
「お、女のお前でもそう言わせるとは……
じゃ、じゃあ、近付く男連中を一人一人調査しろ。やばそうな奴をリストアップするんだ」
『ぜ、全員っすか!?』
「嫌だったら、悪いがお前をクビに――」
『何言ってるんですか!? 喜んでやりますよ! くうう、腕が鳴るな〜!
城島晶、只今より聞き込み調査に行ってきます!』
「えっ、今日は休日だろう? 明日学校で――もう切りやがった!?」
探偵は警察とは違って、何でも合法的に捜査は出来ないんだぞ。コッソリ調査するタイプではないので、不安だ。
俺も含めて個人主義が多くなる一方の社会、他人に探られるというのは気持ちのいいものではない。
墓穴を掘らない事を祈るしか無いが――男女含めて友達が多そうなので、行動範囲は広そうではある。
その辺、上手くやってもらうしか無い。
「それにしても月村の奴……学校生活は馴染みつつあるのか」
気持ちが明るくなったというのは、不安が解消された事の裏返しだろう。
休学までして別荘に引き篭って隠れていたのだ、精神的に参っていたのも頷ける。
ただ、極端に性格が変わるというのもおかしい話だ。一時的な不安の解消で、そこまで活発的になるものだろうか……?
考えられるのは――一時的な不安ではなかった、という事。
つまり本格的に狙われたのは最近で、俺と出会う前から月村は危うい立場にあったのかもしれない。
この広い屋敷には、月村忍とノエルしかいない。女二人の生活、保護者の綺堂も常日頃傍にいられた訳ではない。
他人に干渉しない女。もの憂げな雰囲気を持ち、気の合う人間にしか笑顔を見せない。
無論個人の性格によるものも多いのだろうが、本当は――
他人に、怯えていたのかもしれない。
"宮本良介、私は貴方に――月村忍と月村すずか、私の大事な家族を預けたい。
ノエルやファリン、綺堂の名を冠するあの子達も支えてあげてほしいの"
"侍君なら全然大丈夫、護衛を引き受けてくれて本当に嬉しい!"
"宮本様ならばお嬢様方を御守りして頂けると、勝手ながら確信しております"
――やっぱり、俺から謝ってやるか。
「おにーちゃん、大変!?」
「何だよ、突然。お前の希望に従って仕方なく、俺が自ら月村を頭を下げに――」
「その忍さんが、表で誰かと争っています!!」
さっきのインターフォン!? しまった!
携帯電話を懐に入れて、俺は袋から"物干し竿"を抜き放って玄関まで走った。
<続く>
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