とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十七話
朝から本降りの憂鬱な日。土曜日という事で、学生や社会人の連中は休日である。全くもって、羨ましい話だ。
俺なんて依頼人の命令で見事に休日出勤、しかも二十四時間連続勤務という法律を無視した仕事を今日からこなさなければならない。
仕事管理担当のメイドに相談したのだが、今までの人生遊んでいた分仕事しろの一点張り。
廃墟でふよふよ浮いているだけの日々だった元幽霊に言われたくは無いが、報酬の増額を念押しして渋々引き受けた。
毎日二十四時間つきっきりではなく、月村のお嬢さんや妹さんと相談して決めていいとの事。その程度の自由はあった。
どうせ剣の修行も怪我でまだ止められており、静養を余儀なくされている身。夜八神家で家族会議を強制されるよりはマシだと思う。
ただ、八神家には夕飯時には必ず連絡しなければならない。はやてが心配しているのと、居候騎士団の連中がうるさいからだ。
二十四時間連続勤務に監視までついた生活、刑務所でもこれほど極悪な環境ではない。
休みなく働かされる上に、私生活全般まで監視されるのだ。普通の人間なら精神が参ってしまう。
一人旅の再開と人間的な成長を目的とした金稼ぎなのに、毎日疲れだけがたまっている気がする。
俺ほど不幸な人間は、この世の中にいないだろう。朝から溜息ばかりが出る。
「ところで、おにーちゃん。忍さんの護衛をしていると言っていましたが、誰かに狙われているんですか?」
「あいつの家、金持ちだろう? 財産絡みで親戚同士、色々揉めているらしい。
花見の場所を提供してくれた、あいつの叔母がいたろ? そいつが仲裁に出ているから、刃傷沙汰にはならないみたいだぜ。
俺は念の為に雇われただけだ」
「襲われるかどうか分からないだけでも、不安ですよね……」
小さくとも大人の事情に敏い少女が、神妙な顔で同意する。狼の上に乗っているのは、ご愛嬌としていこう。
今後なのはが俺の護衛となるとはいえ、月村一族の事情まで話せない。表面上の理由だけ説明しておいた。
実際俺も深入りするつもりはないので、表面上の理由で終わってくれれば万々歳だ。
「あのお嬢さんは、神経が太いからな。そんな女らしさなんぞ持ち合わせていないさ。
人様が苦労しているってのに、ヘラヘラしているからな」
「それはきっと、おにーちゃんが傍にいるからだと思います。安心しているんですよ」
「……一応、仕事だからな。毎日つきっきりで不安がられても困るが」
「今日からなのはも一緒ですから、おにーちゃんも安心して下さいね!」
「歩くだけで疲れているガキが傍にいても、余計に不安になるだけ――いだっ!?」
「? ど、どうしたんですか、おにーちゃん!?」
「っ……な、なんでも、ない……」
上に載せているなのはには見えない角度から、爪で一閃。俺が傷つかない程度に、痛みだけ与える一撃。
疲労する少女を支える狼は、何事も無くただ歩いている。その顔に叱責も何も無く、鋭い眼光を前に向けて。
純粋無垢な少女を傷つける者に罰を与え、それ以上咎めたりもしない。こうされると、一番反論しにくい。
なのはの心を守り、俺を罰しても無闇に辱めない。言葉の一つも必要としない、守護獣としての仲裁――
腹の立つ狼だが、道理に適っているのは確かだった。誇りを持って生きれば、自然と大人になれるのだろうか?
ミヤやヴィータとは別に、公正に俺を判断してくれるのは間違いない。鬱陶しいが、監視役には適任だ。
「ザフィーラ、重くない? 疲れたら言ってね、ちゃんと歩くから」
「……」
首を縦にも横にも振らず、足取りは確かに少女を運ぶ。言葉ではなく行動で、少女を安心させる。
なのはにも伝わったのか、安心した顔をしてその身を預けている。
傍にいて安心させる存在――それが護衛、他人を守る人間の価値。
「おにーちゃん、この子は犬じゃないですよね……?
はやてちゃんに名前は紹介されましたけど――アルフさんに似ています」
「そうか、アルフは確か狼の使い魔だったな。生身で戦闘して、よく勝てたもんだ」
「アルフさん、すごく強いんですよ! 勝負して勝てたおにーちゃんは、やっぱりすごいです!!」
尊敬の眼差しで見つめるなのはに、実は一度死にましたとは言いづらかった。
アリサに命を貰ってどうにか勝てたが、今度戦って果たして勝てるのかどうか――狼の強さを、肌で味わった。
そして、盾の守護獣ザフィーラ。堅牢な狼であり、ベルカの騎士の一人。恐らくその強さも、アルフに匹敵する。
形態が狼である以上、誤魔化すのも難しい。かといって、正直に話すのもまずい。
話をすり替えてなのはは誤魔化せたが、月村達にはどう説明すればいいのか。
シャマルやシグナムのように、少し距離を取って監視してもらうか。二人もそうしたのだと言えば、納得するだろう。
月村邸にもそろそろ到着する。月村のお嬢さんや妹さんにばれる前に、離れてもらおう。
「なのは、そろそろザフィーラから降りろ。月村の家に動物は入れられない」
「えっ、ここで雨の中待たせるんですか!? 可哀想ですよー!」
「そうはいってもお前、相手の家に迷惑になるだろう」
「忍さんの家は広いですから、お願いしてみましょうよ! なのはも、あの娘に話してみますから!」
「あの娘って――何をしてるんだ、あいつ!?」
月村邸の門の前、大雨も振っているのも傘も差さず――空を見上げている、一人の少女。
胸元ラインストーン飾りのロングドレスを艶やかに濡らし、見目麗しい顔には透明な水滴が零れている。
その横顔に感情はなく、在るが儘に身を任せて立っている。冷たさすら感じさせない表情は、憂いを感じさせる。
月村すずか。少女はこちらを一瞥し――ゆっくりと歩み寄って、小さく頭を下げる。
「おはようございます、剣士さん。今日もよろしくお願いします」
「いや、よろしくはいいけど……雨の中傘も差さずに、何をしているんだ?」
「時間になってもいらっしゃらないので、外で剣士さんを待っていました」
「確かにいつもよりは遅いけど、時間とか決まってなかっただろう。俺に急な用でもあったのか?」
「いいえ」
「だったら、どうしてわざわざ外で……?」
「剣士さんがいらっしゃらなかったので」
――感情を交えずに話す人間とは、こういうものなのだろうか? 理由を聞いたら、本当に理由だけを話してくる。
かといって、その理由に含まれる感情の機微を追求しても、言葉に出来る人間は少ないだろう。
俺が来ないから待っていた、それ以上でそれ以下でもない。それは分かるのだが――うーん、どう言えばいいのか分からない。
この娘と接する事の難しさを、改めて実感した。
「わっ、大変!? ボトボトに濡れてるよ! これ、なのはの傘を使って!」
「……」
なのははザフィーラから素早く降りて、ハンカチを取り出してすずかの濡れた頬を拭き始める。
大雨の中では焼け石に水なのだが、なのはの真剣な顔には有無を言わせない迫力がある。
妹さんは黙って拭かれていたが、懸命ななのはを一瞥して、
「どなたですか?」
「あ、ごめんね、急に勝手な事をして。わたしは――なのは。高町なのは!
貴方の名前を、教えてくれる?」
「月村すずかです。よろしくお願いします、高町さん」
「なのはでいいよ。わたしもすずかちゃんって呼んでいい?」
「はい」
聞かれた事をただ返答するだけの、冷めた会話。一方だけの想いが空滑りして、相手に熱が伝わっていない。
素直で良い子のなのはも、意外と友達付き合いに慣れていないらしい。話し方も不器用で、必死な感じがした。
月村すずかは高町なのはという少女を、ただ観察しているだけ。友達どころか、同じ人間として見ているのかも怪しい。
ただ――なのはが必死に顔を拭くその手だけは熱く、月村すずかの頬に赤味が差している。
「友達、ね……アンタにはそういう存在とか、いるのか?」
「――我は主を守るだけの存在。友には、相応しくない」
心を許されても、主しか想いを向けられない自分。他人に友と認められるのは許されないのだと、獣は否定する。
主を第一とするならば、友を切り捨てる事態もありえる。そんな事はありえないと否定出来る程、守護騎士の生き方は甘くない。
自分がプログラムだと認識しているがゆえの、哀しい言葉。主の為だけに生きる存在に、それ以外の価値は認められない。
裏切りが確定した関係を、相手には強いられない。ゆえに、ザフィーラは友を持たない。
では何故なのはの心を守ろうとしたのか――それを聞くのは野暮だろう。俺は口にはしなかった。
優しさは、温かさだけではない。時にはとても冷たく、他人を否定しなければならない。
ザフィーラも、もう何も言わなかった。
月村邸に出社して、屋敷の主人に仕えるメイド長と挨拶。濡れ鼠になった妹さんと魔法少女を、お風呂に入れさせるように頼んだ。
すずかに見つかってしまったザフィーラの事も、渋々説明。快く屋敷に迎え入れてくれたことに、ザフィーラに代わって感謝する。
朝ご飯も用意してくれるらしい。守護獣の名誉の為に、ドックフードではない事を祈っておこう。
「ところで、この家のお嬢さんはどうしたんだ?」
「今日は休日の為、忍お嬢様はまだお休みになっておられます」
……俺様が二十四時間働かされている原因が、まだ惰眠を貪っている。怒りは瞬時に沸点に達した。
今度はきちんと許可を貰って――同世代の男の入室を許可するノエルもどうかと思うが――月村忍のプライベートルームにお邪魔する。
飾り気の無い部屋のベットで、熟睡しているお嬢さん。その無防備な寝顔は綺麗な髪がかかっていて、とても美しい。
よって、俺の足で踏んでやった。
「むぎゅっ!? なに、なに!?」
「ようやく起きたか、コラ。今、何時だと思ってやがる」
「何時って……まだ7時!? 今日は休みなんだから、もうちょっと寝かせてよー」
完全な寝ぼけ眼で、お嬢さんは愚痴をこぼす。踏んづけたせいで、やや不機嫌だった。
俺にとっては愉快痛快なので、特に問題はない。結果こいつに嫌われようと、俺の鉄の精神はビクともしない。
「俺がわざわざ朝から来てやってるのに、貴様が寝ていてどうする」
「侍君も寝ていていいよー、ほら」
半分眠ったような口調で、寝ている自分の隣をポンポン叩く。年頃の女がそこまで無防備でいいのだろうか。
自分の睡眠欲を優先しているだけとは思うが、だらしない奴である。
大雨の中わざわざ歩いて来て、身体が冷えているのは事実。休憩の意味で、本気で隣に寝転がってみる。
――うわっ、何だこのベットの柔らかさは。寝心地が良いなんてものではない。贅を尽くした快適さがあった。
桃子に退院祝いで貰った剣道着は和服に近く、着崩れもしない。
女の匂いが浸透する布団は温かく、冷えた身体に心地良さが染み渡る。
「……、……」
微かな寝息を立てて、隣でお嬢さんは眠っている。緩やかな寝顔を見ていると、毒気を抜かれる。
綺堂さくらはこいつとその妹を守って欲しいと、依頼した。その願いとは、この表情を恐怖や不安に染めない事。
盾の守護獣ザフィーラも、主のこのような穏やかな顔を守る為に、己の強さを発揮するだろうか……?
俺の剣は、他人を傷付けるだけ。他人の痛みが己の強さとなり、傷を増やして成長していく。
今やっている事は、その真逆だ。こんな事で強くなれるのか、時折考える事がある。
「……ふにゅ……?」
「おっ、今度はちゃんと目が覚めたか」
「……あー、侍君だー……」
月村は眠りに惚けた笑顔を浮かべて、
「あは……」
そのまま、
「いただき、まーす」
俺の首筋に――噛み、ついた。
「痛っ!? 何をするんだ、てめえは」
「――あっ!?」
痛みが走った瞬間、月村の顔に掌打。咄嗟に押しただけなのだが、女はベットの外へ転がり落ちた。
咄嗟の判断。五月の事件で、より敏感になった感覚が危険を訴えただけ。咄嗟に取った行動に、間違いはない。
相手が――敵であった、ならば。
「えらく派手に落ちたな、おい。大丈夫か……? お前な、寝惚けていたのだとしても――月村……?」
「あ、あ…………」
月村は瞳に涙を浮かべて、顔を手で覆っている。付着しているのは、血。
噛んだ時に着いた俺の血。そして――月村忍本人の、血。
鼻から血を流して、月村は見上げる。今までのような親密さが嘘のような、目を向けて。
「わ、わたし……わたし、侍君に……?」
「つ、月村……?」
「来ないで!!」
恐怖に瞳を震わせて――月村忍は、俺という男を見つめていた。
「私に、近付かないで……!!」
"進展ではないわ。私が望んでいるのは、変化よ"
"変化だと……?"
"そう。貴方が望んでいる、他人との関係による変化"
他人との接触が必ずしも、良い変化だけを生み出すとは限らない。
ただ所構わず誰でも良いのならば、綺堂さくらは採用試験を設けてまで人選したりはしない。
試験を合格した後の大事な場面で、俺は失敗をした。
<続く>
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