とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十二話
                               
                                
	
  
 
「こんにちは、剣士さん。今日もよろしくお願いします」 
 
「ああ」 
 
 
 日曜日の朝、仕事で月村家へ訪問。玄関で呼び鈴を鳴らすと、護衛対象の一人である月村すずかが出迎えてくれた。 
 
本来なら屋敷の人間であるすずかではなく、メイドのノエルが客の応対をするのが基本。 
 
恐らく正面門にあるカメラで来客が俺である事を予め調べた上で、妹さん本人の強い希望で接客をしているのだろう。 
 
別に珍しい事ではない。映画に連れて行って以来、毎日この娘が出迎えるようになったのだから。 
 
……綺堂の言う通り、映画で涙を見せた俺に興味を持ったのだろうか? 好意ではないところが、この娘らしいとも言える。 
 
 
俺は監視、すずかは観察を目的に、今日もずっと傍に寄り沿う。甘酸っぱい感情などありはしなかった。 
 
 
「初めまして、月村すずか様! ミヤといいます。リョウスケがいつもお世話になっております」 
 
 
 月村すずかの感情無き瞳が、俺の肩を凝視している。俺からは見えないが、きっとチビスケはニコニコしているのだろう。 
 
こいつは今日俺の潔白を証明する為に一緒について来たのだが、シャマルやシグナムとは違って影から見守るつもりはないらしい。 
 
思いっきり姿を見せており、非常識な存在を存分に主張していた。 
 
 
「……」 
 
「分かる、分かる。首を傾げて当然だと思うが、玩具でもロボットでもない。 
説明するのは実に難しいが、モンシロチョウ的な存在だと思ってくれ」 
 
「ふふふ〜、そんなにミヤは可愛いですかー!」 
 
 
 何処にでもいる虫のようなものだと言いたかったのだが、訂正するのも馬鹿馬鹿しい。 
 
頬に手を当てて照れる現代の神秘を適当にあてやると、妹さんは手に置いて珍しそうに見つめている。 
 
特に感激も恐怖もないようだが、興味はあるらしい。人間は感情が無くとも、好奇心は持てる。 
 
 
「ようこそいらっしゃいました、宮本様。本日はお客様もご一緒なのですね」 
 
「あー、悪いな。ちょっと理由があって、一緒に連れてきている。仕事の邪魔にはならないから、無視してくれていい」 
 
「いえ、宮本様のお連れでしたら大切なお客様です。よろしければ、お昼を御一緒にいかがですか?」 
 
「……ア、アタシに聞いてるのか? よ、よろしく、おねがい……しま、す……」 
 
 
 八神家の家訓その1、初対面の人間には挨拶を忘れずに。 
 
傲岸不遜なチビッ娘を最低限の礼儀を仕込んだ車椅子の主を恥をかかさぬように、鉄槌の騎士がモゴモゴと返答する。 
 
ヴィータもまたミヤと同じく、俺について来た。曇り空の下、外で何時間も立っていたくないらしい。 
 
それにミヤが自重しないとなれば、目の届かぬところでユニゾンする危険があるとの事。信頼度は0だった。 
 
 
「ところで、この屋敷のお嬢様はどうした? 俺様が土産を持ってきてやったというのに」 
 
「忍お嬢様でしたら、昨晩作業で遅くなりまして」 
 
「まだ寝ているのか!? もう昼前だぞ!  
俺が国民の休日も惜しんで働いているのに、あの女は家でゴロゴロ――許せん、叩き起こしてくれる」 
 
「宮本様、お待ちください! お嬢様は今――」 
 
 
 ノエルの静止も聞かずに、俺は月村忍の部屋へと向かう。護衛の任に就いた際に、屋敷の中は一度案内されている。 
 
月村忍とすずかの二人家族に、ノエルとファリンのメイド二人。四人で住むには広すぎる屋敷。 
 
海鳴町から離れた土地に建てられた屋敷は近隣に住居はなく、金持ちに相応しい広い土地を保有している。 
 
屋敷の中の大半は手入れが行き届いているだけの空き部屋で、貧乏人の嫉妬を買う使い勝手の悪さだった。 
 
この家を建てたのは月村の両親だそうなのでお嬢さんに責任はないが、こんな裕福な暮らしで自堕落に過ごされるのも腹が立つ。 
 
ノックなんぞ、あのだらけた女には無用。月村忍のプライベートルームに到着した俺は、扉を蹴り開いた。 
 
 
 
「てめえ、いつまで寝てやが――る……?」 
 
 
「えっ……?」 
 
 
 
 屋敷の主人は既に起きていた。いや、先程目覚めたというべきか。 
 
奮然と部屋に怒鳴り込んだ俺を見つめて、綺麗な瞳を見開いて驚きに固まってしまっている。 
 
 
見事としか言いようのないプロポーションを、見せつけて。 
 
 
寝間着のシャツを皺にならないようにたくし上げたところで、手が止まっている。 
 
白いシャツの下には黒レースのブラジャーが見え、確かな躍動感を感じさせる豊かな胸の膨らみを存分にアピールしている。 
 
瑞々しい二つの果実と比較して、驚くほどほっそりとした腰のくびれのライン―― 
 
下は着替えたばかりなのか、お尻の割れ目が見える下着が艶っぽく晒されている。 
 
 
「……」 
 
 
 うなじ、背、首、頤、胸、腹、ふともも――全身を僅かに朱にそめ、頬を上気させて。 
 
着替えの最中だった月村忍は、白日の下に裸身を晒されていた。俺のせいで。 
 
罵声が飛んでくるかと身構えたが……月村はペタンと、震えた手で胸を隠して座り込んでしまう。 
 
  
「……い、今、着替えているから、その……」 
 
「あ、わっ――悪い」 
 
「う、ううん、別に……」 
 
 
 
 とりあえず回れ右して外へ、後ろ手に扉を閉める。耳を傾けるが、その後も悲鳴や絶叫はなかった。 
 
軽蔑されて当然の行為なのだが、一切の文句がない。羞恥心に顔を真っ赤にするのはわかるが、嫌がる素振りを見せない。 
 
何もかも予想外で、中学生のようなキョドった反応をしてしまった。情けない。 
 
罪悪感は何も無い。悪い事をしたとは思うが、特に反省もしていない。次は注意しよう、その程度だ。 
 
ただ―― 
 
 
「あいつって、美人なんだよな……」 
 
 
 今更のように、当然のことを再認識してしまった。 
 
今でも学校に通う女生徒とは思えないほどの、大人びた容姿。同姓でも憧れるであろう、綺麗な身体。 
 
躍動感のあるロングストレートの髪が綺麗な、可愛らしさと美しさ、艶っぽさが絶妙の加減で配合された美貌。 
 
人目を引き付けて止まない女性らしさに、迂闊にも見惚れてしまった。 
 
 
当人は他人との関係を望まないらしいが、男側からすれば脳髄まで虜にされる絶世の美少女。 
 
 
この仕事はたとえ俺が望まなくても、護衛対象の私生活にまで踏み込む事になる。 
 
綺堂さくらが選別に時間と試験を設けた意味が、ようやく分かった。 
 
護衛する人間が、護衛対象に深く踏み込む事などあってはならないからだ。月村は他人との関係を好まないので、余計に。 
 
――クビになるかもしれないな、今日……俺は溜息を吐いた。 
 
 
一番情けないのは――月村の裸身にそれほどの価値があると、少しでも認めてしまいそうになっている俺だった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 カチャ、カチャと、食器の鳴らす音が食堂に響く。熟練のメイドが料理した昼食、平和な食卓で美味しさに舌づつみをうつ。 
 
妖精と鉄槌の騎士。魔導の存在と守護の騎士が共に卓についても違和感はなく、休日の穏やかな食事に華を咲かせている。 
 
料理の美味しさに喜ぶ二人の客人をノエルはもてなし、見習いであるファリンは忙しなく働いている。 
 
 
「……」 
 
「……」 
 
 
 月村忍とすずか、この二人の間だけが会話はない。対面に座る俺は元々団欒する性質でもないので、無言で食事を取る。 
 
妹さんはともかく、姉の方は普段色々と話しかけてくる。特段の変化のない普通の話題から、プライベートな事まで。 
 
遠慮のない関係であるはずなのに、今日のお嬢さんは無言で食べている。時折俺を見ては、顔を赤くして俯いて。 
 
 
やはり、裸を見られた事を気にしているようだ。月村でも、女らしい繊細さがあるとは。 
 
 
「お姉ちゃん、剣士さんと何かあったのですか?」 
 
「っ!?」 
 
  
 ガチャン、とスプーンを落とす姉。他者の感情の変化に敏感な妹は、姉の以上を感じ取ったらしい。 
 
典型的に蒸せたりしないところは可愛げがないと取るべきか、恥ずかしさが残っていると微笑ましく思うべきか。 
 
食器を拾い直して、月村忍は誤魔化すように笑う。 
 
 
「ど、どうしたの、急に?」 
 
「何故、剣士さんの顔を見て羞恥を感じているのですか?」 
 
「しゅ、羞恥って……別に恥ずかしい事なんて、ないわよ」 
 
「そうですか。では、今剣士さんを見ても何もありませんね」 
 
「う、うん、勿論! 侍君の顔なんて何回も見ているし、特に…… 
 
……。……ほら、何もないでしょう」 
 
「視線がずれています。剣士さんの顔はもっと下です」 
 
 
 ――やばい、面白すぎる。月村すずかが真剣なだけに、余計に。 
 
嫁と姑ばりの家庭内の陰険なイジメに見えるが、妹さんはただ純粋に姉の変化を追求しているだけ。 
 
むしろ姉が敏感に反応しているので、容赦のない質問攻めとなってしまっている。思いっきり不審だからな、今のアイツ。 
 
 
偶然だが、これは良いチャンス。反応に困る月村をここで助けてやったら、クビは免れるかもしれない。 
 
 
今は恥ずかしさが先走っているが、後で思い出して嫌悪や拒絶反応が出たらやばい。 
 
下着姿とは言え、女にとって裸は剣に等しい価値がある。それなりの付き合いがあるとはいえ、男に無遠慮に見られたら嫌だろう。 
 
その事実を、女の口から言わせるのは恥だ。雇い主の援護をしなければ。 
 
月村に嫌われようと俺は痛くも痒くもないが、金が出ないのは精神的痛手だ。四十万円の男の沽券に関わる。 
 
 
「その辺で勘弁してやってくれ、妹さん。俺が悪いのだ」 
 
「剣士さんの何がいけないのですか?」 
 
「俺が、月村の――」 
 
 
 ――監視役の目が突き刺さるのを感じ、俺は言葉を失った。 
 
先日はシャマルから学校内でのセクハラを追求されたばかり。女を殴って気絶させ、衣服を脱がせたあの事件で信用を失っている。 
 
そこへ仕事の雇い主である美少女の裸を見た事を、ヴィータやミヤが知ればどう思うだろう? 
 
チビスケなんて俺の無罪を証明する為に、今日わざわざ一緒に来たのだ。この告白は、ミヤの行為を踏み躙ってしまう。 
 
 
――第五回八神家家族会議、開催決定である。今度は味方が誰一人いない、孤立無援の戦い。 
 
 
不慮の事故なのだが、シャマルはそうは思わないだろう。 
 
ノックをすれば良かったとか、扉を蹴破るとは何事だとか、女性の部屋に押し入るなんて変態だとか、色々言われてしまう。 
 
しかしここで俺が説明しなければ、月村の口から己の恥を明かさなければならなくなってしまう。 
 
主に恥をかかせる護衛――綺堂さくらが絶対に、許すはずがない。だとすれば、やはりここは俺から―― 
  
「……分かりました」 
 
「な、何が……?」 
 
「お姉ちゃんが羞恥を感じている理由です。剣士さんが訪れた時、起きたばかりでしたから」 
 
 
 驚いた。感情を一切見せない少女が、他人の感情の機微に気づいている。 
 
偶然着替え中に入ってしまったのだと、あの短い言葉のやり取りで察したのだ。俺や月村が言い出しづらい理由まで。 
 
闇より深い黒に満たされた瞳だが、知性の光はあるらしい。俺よりもずっと、頭が良いのかも知れない。 
 
何にせよ、察してくれたのは嬉しい誤算。ここぞとばかりに、話題を変える。 
 
 
「お嬢さんや妹さんの、午後からの予定は何かあるか?」 
 
「読書をします」 
 
「もうちょっと寝たいけど、侍君やお客さんも来ているし……ゲームでもしよっか」 
 
 
 ……お前らはお日様の下で、健全に遊ぶという発想はないのか? 曇っているけど。 
 
温室育ちのお嬢様方の静かな午後の生活予定に、俺は頭を抱えたくなった。外で身体を動かしたい。 
 
とはいえ、今日ばかりは良いタイミングだ。ミヤを促すと、嬉々として袋を持ち上げた。 
 
 
「でしたら、忍様、すずか様! 一緒に映画を見ませんかー!」 
 
「映画……? あれ、それって駅前にあるレンタルの――」 
 
「お前がグチグチうるさいから、借りてきてやったんだよ。恋愛映画を見たいとごねてただろう?」 
 
 
 理由を説明してやると、月村は一瞬目を見開いて――興奮に輝きだした。 
 
チビスケから袋を預かって、中身を開封。店の販売戦略に乗せられて、五本以上借りたDVDの内容を確認する。 
 
恋愛、任侠、アニメ、そして―― 
 
 
「改造人間が大活躍する特撮物も借りてきてやったぞ、ライダー」 
 
「!?」 
 
 
 持っていた食器を乱暴にテーブルに置いて、ファリンは猛然とDVDを手に取る。 
 
映画館で感じた感動がまだ胸に残っているのか、彼女は今日もライダーの仮面を被っている。 
 
その仮面には使命感に彩られた憎しみはなく、ただ純真な憧れで光っていた。 
 
 
「昔からのシリーズ物で、映画で見たのは最新版だ。お前、人々に愛される正義の味方に憧れているのだろう? 
だったら初代から目を通して――英雄とはどんな存在か、自分の目で確認しろ」 
 
「……」 
 
「そのままずっと、怪人でいるつもりか?」 
 
「……っ」 
 
 
 ブンブンと、一生懸命に首を振るファリン。綺堂の言ったとおりだ、変化の兆しが見え始めている。 
 
腹が立つ。悔しさもある。綺堂の思い通りになる事が、子供のように苛々させられる。 
 
これが精一杯の反抗――自分を襲った怪人をこの世から葬り去る。自分のやり方で、この少女を変えて。 
 
 
「ファリン。こいつらは、ミヤにヴィータと言う。あの時お前が踏んだ本と、水筒に関係する者だ」 
 
「――!?」 
 
「俺はあの時お前を倒した。剣で自分の思いを伝えたい上、俺からはもう恨み言を言うつもりはない。 
ただ、そのDVDを見て少しでも感じ入る何かがあれば――謝ってもらうぞ。 
 
俺ではなく、あの二人に」 
 
「……お前……」 
 
 
 ヴィータは複雑な表情で、俺を見つめている。気持ちの通じないプログラムではない事は、あのゲートボールの試合で分かった。 
 
俺達は確かにあの時、共に戦う戦友だった。ギリギリのゴールを掴んだ手応えは、今も忘れない。 
 
映画館で感じた感動とはまた違う、熱い気持ち。それを踏み躙られた気がして、多分あの時真剣に怒ったのだろう。 
 
 
「謝ってもらう、ね……侍君も、私に何か言うべきことがあるんじゃないかな?」 
 
「……うぐ」 
 
 
 台無しである、でも反論出来ない。事情が分からずとも察したのだろう、ヴィータがニヤニヤしている。 
 
どういう勘違いを下のか、仲良しさんだとミヤも微笑んでいた。くそ、こいつらの為に怒ったのか俺は! 
 
憤然としていると、月村がDVDを両手で持ち、顔を半分隠して見上げる。 
 
 
「この恋愛映画……部屋で二人で一緒に見てくれたら、許してあげる」 
 
「二時間以上あるんだぞ、その映画!?」 
 
「ほー、だったらアタシらはその間別のもん観てようぜ。邪魔したら悪いしな」 
 
「賛成でーす! 一緒にライダーを見ましょう、ファリン様」 
 
 
「……うん」 
 
 
 あっさりと、素直に声を出してる!? 俺なんて、殺されかけてやっと声を聞けたのに! 
 
俺以外だと円滑に進む人間関係に、頭痛がしそうになった。何故、俺だけがこう上手く進まないんだ!? 
 
結局、機嫌を直した月村と一緒に部屋で映画を観ることになった。着替えを覗いた、あの部屋で。 
 
騒がしい休日、感情の縺れ合う日。その中で―― 
 
月村すずかは一人、冷たい食事を取っていた。淡々と、人の輪から外れて。 
 
 
一人で、生きていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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