とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十一話
日曜日、世間一般では休日に該当する日。日々戦い続ける戦士にも休息が必要だ。
至極当然の権利を主張したのに、電話の相手に冷たく断られた。
『駄目よ。今日も忍とすずかの護衛をお願いするわ』
「家の中に閉じ込めておけば大丈夫だろう。迂闊に出歩かないようにさせればいい」
『貴方を雇った意味がないわ。あの娘達には平和な日常生活を過ごしてもらいたいの。その分の報酬は約束しているはずよ』
日曜日の朝八神家を出て、いつも通りに月村家まで徒歩で向かっている。
傷つき弱った身体を鍛え直すための運動も毎日距離を重ねると効果も出て、少しずつだが体力も戻りつつある。
不本意だがお嬢さん方を悪党共から守るべく、早く日本中を旅して回った状態まで戻さなければならない。
……俺に大怪我させたのは、この一族のメイド見習いだけどな!
「交代要員を雇う気はないのか?」
『忍とすずかの護衛は貴方一人よ。他の人にはとても任せられない。すずかはともかく、忍は絶対に認めないわ。
――先日の報告を聞いて、貴方が相応しいと確信を持てたもの』
「最初は怒っていたじゃねえか!」
『当たり前よ。あれほどすずかの存在の重要性を説明したのに、初日に大勢の人のいる場所へ連れて行くなんて……
実際、トラブルも遭ったのでしょう。あの子の立場は今非常にデリケートなの。何かあったらどうするの?』
「その為に俺がいる。四十万円の男に隙はない」
『喜んでもらえたのならよかったけど……護衛として、貴方を雇ったのだということを忘れないでね。
とはいえ……ふふ、こういうのを怪我の功名というのかしら?
すずかとファリンが、待ち望んでいた変化の兆しを見せるなんて』
護衛初日の出来事は全て綺堂に報告してある。無遠慮に連れて行った事は減点だったが、結果としては興味を引けたらしい。
ライダーに魅せられたファリン、恋愛映画の挿入歌に泣いた俺の涙を舐めたすずか。
『子供達の英雄――多くの人に愛される、改造人間の物語。ノエルと同じ教育では上手くいけなかった理由が分かったわ』
「一人一人違うから当然だろ。姉妹でも、オツムの良し悪しがある」
『……一人、一人、違う……本当に、そうね……同じように愛そうとする行為も、差別に繋がるのかもしれない。
難しいものね、育てるというのも。
――これからも色々と教えてあげてね、あの娘に。悪い遊びは駄目よ』
「避けられているけどな、思いっきり」
今まで俺を執拗に狙っていたのに、あの映画の日から露骨に避けられている。
主の命令だけに従い、ノエル第一に行動していたファリン・K・エーアリヒカイト。
人形のような少女が憧れた存在、自分とはあまりにも違う熱き正義に燃える"個"の生き様に、戸惑ってしまっている。
欲する命令はなく、ノエルの為と実行した俺の抹殺も怪人と同じ悪行だと悟り、自問自答の迷路に陥っていた。
「ガキの家庭教師まで頼まれた覚えはないぞ」
『ええ、これは仕事ではなく私個人のお願いよ。無視してくれてもかまわないわ』
……押すばかりが脳ではないという事か、この女。
そのまま無視したら仕事の評価は下がらないが子供だと思われ、引き受ければ綺堂の思い通りとなる。
手強い大人だと、改めて思い知らされる。金を使える人間の強さ、使われるだけの成金とは別格だった。
『すずかが貴方の涙を口にしたのは――その時のあなたの感情を、知ろうとしたのよ』
「しょっぱい涙の味なんぞで、何が分かるんだ?」
『あの娘が感情を表に出さないのは、感情というものを知らないからなの。
赤ん坊のように透明で、安定のない存在。けれど不安定ではなく、理性だけが成り立ってしまっている。
だから――
……理解、出来ているかしら?』
「うむ、さっぱり分からん」
『……。……、赤ん坊は何でも口に入れようとするでしょう?』
「ああ、そういう事か」
他人に興味がない俺に、他人の心の構造を説明されてもよく分からない。全然ない――といえば、嘘になるけど。
電話越しに溜息を吐いて挙げてくれた例に、俺は大いに納得した。
年相応の少女としてはある種異常な行為だが、月村すずかに関しては謎が多い。
『すずかは貴方に興味を抱いているのだと思うの。その後、何か変化はなかった?』
「……ファリンとは逆に、不気味なほど俺に無言でついてくる。仕事じゃなかったら殴ってるぞ」
『うふふ、分かりやすいわね』
月村忍とは違い、学校に通っていない妹さんは普段屋敷から出ない。義務教育とかどうなっているのか、聞くのが怖い気がする。
前は静かに本を読んでいたそうだが、護衛に雇われてからは何かと俺に付き纏う。
なのはやはやてのような親しさはなく、観察されている気分だ。護衛としては手間はかからないが、非常に落ち着かない。
「姉貴の方が分かりやすい態度に出ているけどな……毎日、やたらと映画の催促をしやがる。
ずっとシカトしているから、いい加減暇を出すとか言ってなかったか?」
『いいえ、貴方がいて心強いそうよ。分かりやすい態度に出ているのは、貴方にそれほど心を許している証拠よ。可愛いじゃない』
「自分の姪を甘やかせるな!」
結局何の解決にもならないまま、今日の報告は終わった。相談しても、答の一つも出しやがらねえ。
今日は日曜日で学校も休み、早朝から出向く必要はないのでゆっくりと歩く。
俺一人なら衰えた身体に活を入れる為に走るのだが――
「何でお前もついてくるんだよ。意味ねえだろ、お前が来たら」
「ヴィータちゃんもシャマルも、みんな酷いです! リョウスケばっかり悪く言っています!
今日こそミヤも一緒に行って、一緒に見守ります。リョウスケはダメダメですけど、悪い人じゃないんです!
ミヤがこの目でちゃーんと見て、証明してみせるですー!」
「……ザフィーラの奴、主の守りを優先して、監視役をアタシに押し付けやがって……」
盾の守護獣は改竄の影響を探る意味も含め、八神はやての護衛役に就いた。
代わりにヴィータが本日の監視役、ミヤは監視の監視役として無理やり付いてきている。
ユニゾンの危険もあって皆反対したが、背は小さくても意志の強いミヤに押し切られてしまった。
「リョウスケ、アリサ様から話は聞きましたよ。人を守る仕事に就いたそうですね。
立派ですけど、また何か問題を起こしていませんか? ミヤに話してみて下さいです」
無駄に偉そうだが、100%善意なので手がつけられない。
先程の携帯電話のやりとりを耳にして、俺が悩んでいる事を何となく察したのだろう。
困っている人は、例え赤の他人でも助けようとする少女。荒んだ御伽噺より、現実に存在する可憐な妖精は心も綺麗だった。
こいつも一応、性別は女。月村家までの暇潰しがてらに、話くらい聞いてもらうか。
一族に関する秘密は口にせず、月村達との最近の関係について説明する――興味なさげな態度で、耳を傾ける赤毛の少女にも。
「リョウスケが悪いじゃないですか!」
「オメーが悪いだろ、それ」
話を聞かせた途端に怒られました。女心、恐るべし。男同士の友情よりも共感度が高い。
妹さんやライダーメイドはともかく、お嬢さんを映画に誘わなかった事は大いに不評だったらしい。
月村に可愛がられているミヤは、とにかく奴の味方だった。
「あんなに綺麗で優しい忍さんに、どうして良介は冷たくするのですか!」
「俺は誰にだって優しくなんてしないぞ」
「そんな事だから、リョウスケは駄目なんです! 改善しないと、人間はいつまで経っても変われません。
リョウスケは、忍さんが嫌いなのですか?」
「うーん、別に……」
「ハッキリしねえ奴だな、男のくせに」
そもそも月村忍とは、ハッキリしない関係なのだ。今は雇われている身だが、普段はどんな言葉でもしっくりこない。
恋人どころか、友達かどうかも分からない存在。赤の他人ではないが、目に見える絆は何一つとして存在しない。
月村はハッキリと俺を意識しているようだが、密接には踏み込んで来ない。最初から踏み込む位置を、お互いに決めているように。
約束も何一つしたことがない。今は携帯電話を持っているが、それでもお互いに連絡は取り合わない。
縁があれば、出会っている――冷たくも、不思議な関係。運命の糸に、ただ任せっきりにしている。
「別に嫌いではないのですよね? だったら、仲良くした方がいいです。
忍さんだけではなく、ファリンさんとも!」
「月村はともかく、あの怪人と仲良くする理由が全くないのだが……
護衛の仕事が終われば警察に売り渡そうか、真剣に検討しているぞ」
「ファリンさんだって、話せばきっと分かってくれますよ! その為のキッカケをまず作りましょう!
ミヤにいい考えがあります。リョウスケの話を聞いて思いつきましたぁー!」
「……絶対に、余計なお世話で終わりそうな気がする……」
「……空回りするタイプだよな、こいつって……」
ミヤの強引なお節介で、何故かヴィータと仲良くなりつつあった。苦労話だけで華が咲きそうな気がする。
仕事前から苦労を抱えながら、俺は付き合ってやる事にした。
休日の午前十時。妹さんはともかく、気まぐれなお姉さんはまだ熟睡しているらしい。
ノエルに連絡を取って月村姉妹の様子を確認、ミヤの思い付きを話すとメイドさんも賛成してくれた。
――普通だからこそ思い付けなかった、発想。一般人の日常とは疎遠の放浪生活に、庶民的な文化は存在しない。
「レンタルビデオ屋さんか……雨宿り以外で立ち寄った事がないな」
ミヤに案内されたのは、自然生活の長い俺でも知っている大手のレンタルビデオ店。
客のニーズに応える24時間営業、広い駐車場もあって気軽に入れる店作りがされている。
店内も怪しげな空気は一切なく、清潔感で満たされていて品揃えも豊富だった。
とはいえ。
「ビデオが一本もないぞ。どうなっているのだ、この店」
「遅れていますね、リョウスケは。今の時代は、でぃーぶいでぃーなのですよ!」
……はやてより聞き齧った情報を、自慢げに語るチビスケ。この店も買い物帰りに教えて貰ったらしい。
俺の居候崎の主である少女は車椅子。足が不自由で、趣味はどうしてもインドアとなってしまう。
本以外にも興味があったのは喜ばしい事かもしれないが、子供の頃から泥だらけになって遊んでいた俺の趣味ではない。
「このお店で忍さんやファリンさんが好みそうな映画を借りて、お家で観るです。
一緒に泣いたり笑ったりと、一緒に感動を味わえばきっと仲良しさんになれると思います!」
「仲良くなれるかどうかは別にして、機嫌は直してくれるかもしれないな……
ガキが好きそうなコーナーの棚もあるし、探してみるか」
俺のポケットに入ったミヤが明るい笑顔を見せている。役に立てそうなのが嬉しいのだろう。
先日の映画への御招待分を含めても、まだ口座には金がある。栄養にならない出費は嫌だが、それほど出費にはならない。
宣伝広告を見ると、五本借りれば一本につき一週間レンタルで100円らしい。見事な戦略だった。
わざわざ映画館で観る必要はない――と思いがちだが、俺の心にはまだ歌姫の奏でる声の音色が流れている。
あの大画面だからこそ味わえる、感動。剣以外で熱く心を震わせられた、音楽。それはビデオでは再現出来ないものだろう。
「なんだ、音楽CDも借りれるのか。エレンの曲を探して――お前は、どうする?」
「興味ねえ」
欠伸一つの返事。一介の武人に、庶民の娯楽は性にあわないのかもしれない。
態度が悪いとは思わなかった。むしろ笑い出しそうになってしまう。
映画を体感する前の俺は、多分こんな態度だっただろうから。
「そう言うなよ。意外と面白いものがあるかもしれないぜ?
アクションにホラー、恋愛にSF、アニメに特撮とか、ジャンルは幅広い」
「あの黒いカーテンの向こうには何があるんだ?」
「はやてちゃんが絶対に入っては駄目だと、言ってました。ミヤも気になります」
……あの手のジャンルを説明してやってもいいのだが、見せた途端に魔法やハンマーが飛んでくるのは間違いない。
興味を持たれて借りられても困る。月村と一緒にそんなもの見たら、どんな事になるのやら。
家族会議の新しい議題になるのは御免だ。適当に誤魔化しておいた。
「アタシに見せたいのなら、お前の気に入っているものを教えろよ。つまんねーのは、見たくねえ」
「それはそうだけど……お前が気に入るかな、これは……」
ヴィータのごもっともな意見に頷くしかない。確かに自分が面白いと思わないものを勧められても、嫌だろう。
そして先日の映画が初体験な俺に、どれが名作なのか検討もつかない。
となれば……子供の頃より好んで見ていた、このジャンルしかない。
時代劇。
義理と人情を美学として、剣で織り成す活劇ロマン。
白黒で描かれた古き時代より、長きにわたってファンの心を捉え続けてきたジャンル。
江戸時代の剣術ロマンをいきなり見せると時代錯誤しそうなので、現代でも通じるチョンマゲを取った時代劇を推薦した。
任侠映画である。
<続く>
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