とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十話
『若い時の苦労は買ってでもせよ』と言うが、無益な苦労が増えている気がする日々。
山と海の自然に恵まれた町に辿り着いて、数ヶ月。まだ半年も過ぎていないのに、もう五年は経過した気がする。
梅雨空の続く六月も早十日余り、俺の新しい人生は赤の他人との関係が生んだ苦労に満ちていた。
『護衛のお仕事、ですか……退院したとはいえ、良介さんは怪我人なんですよ。
本当に、危険な御仕事ではないのですよね?』
『大丈夫。俺の知人のちょっとした揉め事だ、リハビリ代わりに面倒見るだけ。駄賃を貰って終わりだよ』
『御友人でしたら、お金を取っては駄目です! もう……』
生活習慣になりつつある、海鳴大学病院での診察。ジュエルシード事件で負った傷を、少しずつ癒している。
患者と医者の関係は退院で既に切れているのに、辛抱強く俺の面倒を見る天使のような女性。
フィリス・矢沢ドクターは、無事に退院しても美貌を心配と不安で曇らせている。
『でも、感心しました。良介さんの鍛えた剣を、御友達を守る為に使われるのですね。
好んで人を傷つけるよりも、よっぽど素敵な使い方だと思います』
『金の為に決まっているだろ。俺の剣はそれほど安くねえよ』
『素直じゃないんですから、良介さんは。私はちゃんと分かっているんですから。
本当の良介さんは不器用ですけど、とても優しい人だって――はい、今日は終わりです。
次は三日後に来て下さいね』
『だから早いんだよ、お前は!? 退院してもずっと、お前と会ってばかりじゃねえか!』
『良介さんは私の患者さんですから、当然です。怪我の回復は早いので、それほど長くはかかりませんから。
――本当ならもっと早く回復していたのに、最近また大怪我しましたから』
『ぐっ……』
『良介さんもそうですけど、お友達の女の子は大切にしてあげないと駄目ですよ。
誰かに狙われているのなら尚更、不安に思っている筈です。良介さんは男の子なんですから、心の支えになってあげて下さい』
『――待て。何故俺の友達と聞いて、すぐに女だと断定する?』
『良介さん、男友達がいるんですか!? 素晴らしいです、今度是非私にも紹介してください!
ああ、お茶とお菓子の用意をしておかないと……』
『お前の反応、色々とおかしくないか!?』
ガールフレンドが出来た息子を持つ母親のように喜ぶフィリスは、俺の気苦労の種である。向こうも苦労しているのだろうけど。
俺の友人関係を心配する前に、お前の友人もいい加減どうにかしろ。
テーブルクロスの怪人襲撃事件で困っていた時、海鳴町の警察のとある警官モドキに新しい苦労を背負わされてしまった――
『非常識な通報の対応!?』
『この町が平和なのか、この国が緩んでいるのか、どうにも困っていてね……
最初はきちんと対応していたんだけど、件数が増えるにつれて、本来の業務に支障が出始める始末。
結局生活安全課に丸投げされて――最後は僕に回ってきたんだ。やってられないよ』
フィリスの友人、リスティ・槙原。綺麗な銀髪のお姉さんだけど、正確と生活態度が最悪の民間協力者。
タバコを吸うヤニ女だが実力は確かで、警察との関係も良好。高い信頼を誇る女性らしい。
そんな女にファリン襲撃事件解決の協力を迂闊にも申し出てしまい、協力者への協力をさせられようとしていた。
『今日のお昼頃にも、こんな電話があった。若い男からだ。
"台所にゴキブリが出てきて、気持ちが悪い"――常識ある大人が、こんな通報を警察に寄越して来たんだぞ!』
『アホかの一言で断ればいいだろ、そんなもの』
『僕はお前と違って、大人の女性だからね。守るべき市民に、丁寧に断った。お前にも聞かせてやりたかった、おねーさん対応だ』
『死ね』
『なのにだな……十五分もしない内に、同じ野郎からまた電話があったんだ!
助けてくれ、助けてくれ――腐った女のような、薄気味悪い悲鳴を上げてな! ああ、思い出しただけで鳥肌が立つ〜!
僕はこういう、ナヨナヨした男が死ぬほど嫌いだ!』
『たすけてくだちゃーい、ぶあっ!? マジで殴るな、怪我人に!』
平和な世の中に毒されているのか、警察に世迷言のような内容の電話に目立つようになっているらしい。
先程リスティが例に挙げた害虫駆除の他にも、就職に恋愛相談、家族や友人同士の悩み――
地域住民と向き合う警察にとって、どれほど非常識でも市民の声を無視するのは難しい。
かといってこんなしょうもない通報に追われいたら、治安の低下に繋がる恐れもあると危惧されているようだ。
『署長も所長で、市民が助けを求めてきた以上むげに断ることは出来ないと仰っておられるからね……
何度もお世話になっているから、僕も無下に断れないんだよ。ここ最近捜査にも出られなくて、本当に困っていたんだ』
『――で、それを俺にやれと……?』
『暇だろ、お前。少しは、この国の平和の為に頑張ってみろ』
『警察の仕事じゃないと、散々自分で言ってるじゃねえか! 市民の安全に全く貢献できないだろ、これ!?』
ゴキブリの処理のどこが、警察の本来の業務なんだよ!
ただでさえ爺相手にゲートボールの相手したばかりなのに、これ以上つまらんことに首つっこんでられるか!
俺の苦情を華麗に流して、リスティは珍しく弱々しく嘆息する。
『全国の警察本部でも110番とは別の電話番号で不急の相談を呼びかけているけど、こういうのはどうにもやり辛い。
業務と関係ない個人的な要求や苦情までは想定していなかったからね……警察全体でも生じている問題だよ』
『仮に俺がゴキブリ退治とかやっても、警察が解決した事にならないだろう。
俺に警察手帳持って訪ね回れというのか、お前は』
『お前に国家権力与えたら、警察の不審どころか市民の暴動が起きるだろう。警察だと、絶対に名乗るなよ。
それと、僕の名前も出さないように。いざとなったら、無関係で済ませるから』
『警察を名乗るヤニ女に、一市民の正義の怒りをお見舞いしてくれるわー!』
『面白い、ストレスが溜まっていたところだ。寮でもぶつけられる相手はいなくなったし、お前をボコってやる!』
二人揃って大暴れしたおかげで、市民安全課どころか海鳴署中に顔が知れてしまった俺。
リスティが上司に怒られてスカッとしたが、俺も俺で逃げ道を失ってしまった。
破壊した安全課の備品を修理しながら、顔を腫らした男女が話を続ける。
『……っぅ……女の顔に、遠慮なく拳入れやがって……』
『先月胸骨折った男の胸に蹴り入れる奴に言われたくねえ。てめえに遠慮なんぞするか』
『一ヶ月くらいで回復するお前にこそ、手加減なんてしないよ。そんなんじゃ、恨み買うのも無理ないね』
『ほっとけよ』
『……フィリスにあんまり心配かけるなよ。何かあったら、ちゃんと僕に言え。
先月のゴタゴタといい、どうもお前の周りは騒がしくなってきてる。
これは僕の直感だけど――まだまだ何かありそうな感じがするよ、今回の事件以外でも』
『不吉な事を言うな。巻き込まれる前に、路銀稼いで出て行ってやる』
『出て行ければいいんだけどね、ふふ……ほれ、これが最近の通報リスト。電話番号や通報の内容などを記してある』
『……あれ? 市民の電話番号とか、俺に教えていいのか?』
『駄目に決まってるだろう、普通は。警察として動くな、と言っただけだ。僕の名前は伝えているから、それで対応してくれ。
この情報をどう生かすか、お前に任せる。結果次第では――これからの関係を考えてやる』
緊急性がなくても、警察としては役立てる内容であれば相談に乗りたい。それも本音だろう。
その辺を民間人の立場からどう接していけばいいのか――その辺もリスティは見定めようとしている。
気品ある女性の綺堂さくらとは別種だが、リスティもまた一人立ちした強さと魅力を持つ大人の女性だった。
乗せられているようで気分は複雑だが……俺はこの仕事も引き受けてみる事にした。アリサとも相談して、対応を検討する。
仕事とは別方面でも、苦労はある。傍にはおらず、どれほど細くとも繋がっている他人との関係が苦しめる。
『こんにちは、宮本さん。セルフィ・アルバレットです。
写真を送って下さって、ありがとうございました。想像していた通りの方で、失礼ながら笑ってしまいました。
勿論想像していた通りの素敵な人、という意味ですよ?』
『――フィリスの奴、俺の知らない間に写真まで同封しやがって……』
海の向こうから届いた、セルフィ・アルバレットの手紙。顔しか知らない女からの、声のないメッセージ。
ゲートボールの爺さんを説得出来た事を手紙に書くと、我が事のように喜んでくれていた。
フィリスに散々言われてお礼も書いたのが、気恥ずかしいとの事。
外人には似合わない奥ゆかしいというより、人助けについて真面目に語った自分に照れているようだ。
『御年寄りは頑固で困るというのは、私も同感です。と言うのもここだけの話ですが、私の教官が――』
『口煩い奴がいるよな、何処の世界でも……って、赤の他人の手紙に共感してどうする、俺』
……気のせいか、文面が以前よりも親しみが篭っている気がするのだが……
病院でフィリスに渡された日本語訳の手紙なので、きっと良い解釈で翻訳したに違いない。
下品な罵声が並んでいても、英語では俺には理解不能なのだ。おのれ、フィリスめ。国際的有名人を無理やり友達にしようとは。
『――ごめんなさい、文句ばっかりになってしまいましたね。
でも、文句を言いたくもなります。来週からとても厳しいスケジュールで、しばらくは手紙を書く時間もなさそうなんです』
『よし、フィリスの野望はこれで潰えた! 見ろ、この遠回しなお断りの仕方を!』
『ですので、私のプライベートアドレスを送ります。良かったら、宮本さんのメールアドレスも教えて下さい』
『顔しか知らない野郎と友達にはなりたくないんだとよ、ふっふっふ――って、メールだと!?』
『自分の出来る事を精一杯、やっていきましょうね。海の向こうから、貴方の事を応援しています。
お手紙、ありがとう。
セルフィ・アルバレット』
……。
……。
……。
「――今度俺に英語と音楽と、外人との関係を断ち切る方法を教えてくれ、フィアッセ。うう……」
「え、えーと……コー、コーヒー、出してあげるね。元気、出して!」
喫茶店でほっと一息。悩める大人の男は、今日もストレスを抱えて仕事場へ向かう。
<続く>
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