とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十三話
日曜日に女と二人っきり、寝室で恋愛映画の鑑賞。欠伸が出そうな退屈極まりない時間だったが、雇い主はそれなりに満足してくれた。
嫌味なほど広い部屋で男女がくっつき合って座るのは無駄な気がするが、女心の機微には疎いので口出ししないでおく。
ご機嫌伺いなんぞ御免だが、月村相手だとそれほど苦痛でもない。気心くらいは知れている。
「恋愛映画を、男の人と二人で見るのは初めてなんだけど――意外と、ドキドキするね。ちょっとビックリした」
「驚いたからドキドキしたんじゃねえの」
「私も知らなかったけど、繊細だったみたい。ふふ、いい経験したなー」
薄っすら頬を赤らめて微笑んでいる、お嬢さん。DVDの内容よりも、恋愛劇を異性と二人で見た事による感情に浸っているらしい。
レンタルショップでランキング入りしていた恋愛映画だったが、実際話の内容に感動や感慨を覚えたりはしなかった。
揺れ動く女の気持ちを疎ましく思ったり、煮え切らない男の態度にイラついたりはしたが、心に残りはしない。
フェイトやアリシア、プレシア・テスタロッサ――世界を波乱に巻き込んだ彼女たちの強い想いに、比べれば。
「飯食って映画見ている間に、もう夕方か……部屋に閉じ篭っていれば、お前は安全な気がしてきた」
「その場合侍君はクビになるんだけど、いいの?」
「素っ裸で表に立っていろ。襲われたら、俺が守ってやる」
「警察が先に飛んでくるよ、きっと!?」
などと笑い話をしながら、DVDを片付けてカーテンを開ける。スッキリしないお天気も、日が落ちるにつれてくすんできている。
月村忍のプライベートルーム――初めて入室した異性の人が俺だと、照れ笑いしてお嬢さんが招き入れてくれた。
女の子らしいインテリアはないが、部屋は綺麗に片付けられていて、女を感じさせる小物類が可愛らしく並んでいる。
逆に男が好みそうな書物やゲーム類も目立つのが、いかにもこいつらしかった。
「あれ、お前ってパソコンも持っていたのか?」
「うん。インターネットとゲームが主だけど、製作や分析でも必要になるから」
「製作や分析……? 何か作っているのか、お前」
「ん〜、ちょっとね」
曖昧な表情で言葉を濁す月村。隠し立てするつもりはないが、言い辛い――彼女の顔に出ている。
追求すれば、きっと答えてくれるだろう。だから、俺はそれ以上何も触れなかった。
隠し事をするなんて良くない――そんな生温い感覚で、俺達は付き合ってはいない。
「メールアドレスを持っているなら教えてくれよ」
「ええっ、侍君がやっと私に興味を示して!?
メール交換なんて面倒だから誰ともやり取りしていないけど、侍君となら面白そう!」
「いいや、はやてと。お前と一緒で友達いないから、話してやってくれ」
「……お兄さんのアドレスも教える事を、条件に」
俺様が仕事で手に入れた二十万円のパソコンに、八神家の面々が多大な興味を示している。
特に車椅子で自由に動けないはやては早速図書館でパソコン関連の本を借りて、操作を試しているらしい。
アリサの仕事とはやての趣味に使われるのは少々不本意だが、俺自身ハイテク機器に関心はないので渋々貸してやっている。
セルフィ・アルバレットとの文通も嫌々やらされているのだが、月村もそういったやり取りはしないらしい。
他者との関係を好まない男女が、こうして気安く付き合っているのは不思議な気がした。
「今日も何事も無く、仕事は終了だな。夜は出歩かないように、お疲れさん」
「待って、待って。夕御飯も食べて行ったら? ミヤちゃんや……ヴィータ? あの娘も、一緒に」
「俺はいいけど、あの二人ははやての料理が大好きみたいだからな。一応誘ってみるけど、多分断られるぞ」
俺と忍が寝室で恋愛映画を見ている間、あのガキ共は応接間でライダーショーで盛り上がっている。
広い屋敷内に大音量で響く三人の歓声を聞けば、丸分かりだった。月村の部屋の中にまで届いてくる。
妖精に守護騎士にメイド――この世では異端の三人が、悪を倒す正義の味方の勇姿に感激している。理解不能な感性だった。
世話役のノエルも大変だろう。DVDをケースに収納して、俺はプライベートルームから出る。
「うおっ!? 何だお前、何しているんだ……?」
「読書です」
月村忍の部屋の間で一人、月村すずかが床に座って本を読んでいた。
上品な黒いロングドレスを高級絨毯の上に広げ、ラインストーンで飾られた胸元から白い肌を覗かせて。
お伽噺に出てくるような幻想的な美少女が、本を閉じて見上げてくる。深い黒の瞳に、俺を映して。
「本を読むのならば、自分の部屋で読んだらいいだろう。何もこんな所で、わざわざ――」
「――侍君を待っていたの、すずか?」
「はい」
俺の疑問を姉が確信と共に重ねて質問すると、妹は素直に肯定した。
見つめ合う二人の横顔は本当に似ていて、姉妹である事を実感する。その事実が、より疑問を深める。
綺堂さくらの話では月村すずかは一族でも極秘の存在――繋がりがあると考えるのは不自然なのだが、二人は明確な血縁を感じさせる。
「俺に用事? 何か話でもあるのか」
「いいえ」
「では、他に相談か何かあるのか?」
「いいえ」
「――そろそろ殴ってもいいか、こいつ」
「まあまあ、落ち着いて。私はミヤちゃん達と遊んでくるから、すずかと二人でお話してあげて。ね?」
……こんな無口な子供と二人で何を話せと言うのか? 俺はそんなお喋りな男ではない事は、知っているだろうに。
嫌だと言いたいが、奴は携帯電話片手にお願いしますとポーズ。俺は拒否すれば、あの電話が何処に繋がるのか分り易すぎる。
報酬貰ったら刺客側に回ってやると固く心に誓って、渋々承諾した。
――姉の申し入れも、俺の承諾も意に介さず、月村すずかは普通に座り込んでいた。
月村すずか、この娘と二人で話すのはこれが初めてだった。彼女は護衛対象であって、友人ではない。節度ある対応が必要だった。
……などと言いながらも、結局は避けていたのだろう。その事に罪悪感も後悔も感じない。彼女もまた、会話を求めたりしなかった。
顔と名前を知っている他人同士、それが俺達の関係。年齢の差以上に、俺達はあまりにも繋がっていない。
「……」
「……」
姉に置き去りにされて、二人。見つめ合うのも変なので、気分を変えて外に出てみた。月村すずかには声を一切かけずに。
必要はなかった。この娘は自分の意思を持っているが、願いはない。夜天の魔導書が教えてくれた。
大人しく俺についてきて、冷たい風の吹く庭で俺の隣に立っている。本は置いてきたのか、手ぶらだった。
月村と同じ長い髪をなびかせて、何処を見つめる事も無く。
会話はなかった。生まれた境遇や環境など聞きたい事はあるが、好奇心でしか無い。他人への興味なんて、所詮は映画と同じ。
俺とはまるで違う世界の人間を垣間見ても、面白いか面白くないかだけ。いずれは忘れて、消えていくのだ。
だったら、
「――人を知る事に、意味があるのでしょうか……?」
「!?」
まるで俺の心を見透かしたように、少女の孤独に満ちた声が胸に響いた。
隣を見つめるが、月村すずかは俺を見ていなかった。ただ前だけを、一日が終わり往く悲哀の世界を見つめている。
少女の独白が、誰にも向けられずに続く。
「お姉ちゃんはわたしに、剣士さんとの会話を望んでおられます。
お互いを知り、交流を結ぶ事――その行為に、どのような価値があるのでしょうか」
「俺に聞かれても困るけど、話したくないからとっとと帰るぞ」
「はい」
俺を嫌がっている、様子はない。本当に意味が無いと、唯自分の在るが儘に感じているだけだろう。
月村すずかは、本当に他人を必要としていない。一人である事に苦痛も何も感じていない。
世界に生きる多くの雑多な人間のように、欲望も何も感じず、ただ生きるだけ。
特別な存在――聖人。世界に汚されていない、純粋で綺麗な存在。
狂おしいほどの欲望と、嫉妬が沸き上がってくる。俺も世界に生きる大多数の凡人でしかないからこそ、この感情を止められない。
――そんな自分の感情を他人事のように冷静に観察出来る俺も、きっとどうかしている。
「俺にとって……他人との交流に、価値なんてない」
「はい」
「でも多分、今は――他人の存在は、必要だと思ってはいる」
好き好んで仲良くなるつもりはない。彼らと通じた事で今、俺は生きている。その事実を認めているだけ。
何処かで何かが間違えれば、俺は先月死んでいた。この数ヶ月誰か一人でも出逢う事がなければ、俺は倒れていただろう。
高町一家、さざなみ寮の連中、八神家、月村一族、フィリスや優しい大人達、異なる世界の連中――アリサ・ローウェル。
価値が無いと思っていた交流、他者との繋がりが俺をここまで導いた。
他人と仲良くなる事は今でも嫌だけど、本心では無駄とまでは思っていない。
「剣士さんにとって――
わたしは、存在する価値があるのでしょうか……?」
月村すずかは、初めて俺を向いた。感情も意志も何も映らない目は、真っ直ぐに俺を向いている。
他人に価値を感じない少女は、もしかすると自分の存在も顧みていないのだろうか?
だとするならば、それは実に哀しくて――滑稽だった。
「あるぞ」
「……」
「お前がいなくなると、仕事が無くなって金が貰えなくなる」
本心である。確かに他者の存在が必要としているかも知れないが、誰でもいいのではない。
クロノ達時空管理局の連中のような、高尚な正義感はない。顔も知らない人間の誰が死のうと生きようと、知った事ではない。
月村すずかは護衛対象であり、それ以上でもそれ以下でもない。話も満足にしていない人間に、何の親しみを感じろというのか。
今この娘を守っているのは、仕事だからだ。価値を感じるのは、彼女の命に報酬が約束されているからだ。
仕事でなければ、俺は月村すずかが死んでも悲しんだりはしない。そのまま忘れるだけだ。
「でしたら、生きてみます」
「お前――?」
「剣士さんがお金を貰えるその時まで、わたしは生きます」
お互いの事を何も分かっていないが故の、会話。
何をどう言ったところで、俺達は分かりあえない。分かり合おうとしない。
だからこそ、何を言っても傷つかずにすむ。言いたい事を、自分が思うままに言い合える。
そんな関係を、何というのか――俺も、月村すずかも、知らない。
<続く>
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