とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十一話







「月村忍の妹として一族に迎えたこの少女、『月村すずか』。この二人を貴方に守って頂きたい」


 綺堂さくらからの、第二の依頼。いや、むしろこの依頼が本当の仕事なのだろう。

月村すずかの写真を手渡す綺堂の瞳は真剣そのもので、これまで見た事のない切実さがあった。

依頼を断れば殺す事も辞さない覚悟が、月村一族の女傑から感じられる。少女の写真を受け取り、俺は嘆息する。


「あんた、俺が他人を守る事にむいていると思うのか?」


 アリサ・ローウェルに八神はやて、連れ添う人間は増えたが基本的に俺は独りを好む。

今の家族生活も所詮は束の間の日常でしかなく、借りを返せば別れるつもりなのだ。他人との馴れ合いは苦手である。

アリサは自分で雇ったメイドなので一緒にいるのは当然にしても、他の連中の面倒まで見きれない。


「忍とすずかの護衛は私からの御願いではなく、貴方への正式な依頼よ。勿論、貴方に断る権利はあるわ。
御迷惑をかけた分も含め、先日の依頼への報酬に上乗せする。
――それで、私との関係も終わりよ。貴方の信条に適した、お別れとなるわね」

「……」


 押しの強さを見せたと思ったら、あっさりと引いた。俺がここで断れば、完全に関係は途切れる。

俺だけにしか頼めない仕事――という訳でもないのか……考えてみれば、当然かもしれない。

御嬢様二人の護衛なら、その手の専門家が全世界に大勢いる。月村一族の財力ならば、プロを雇うのは容易い。

そんな仕事をわざわざ俺に依頼したのは――


――ファリン・綺堂・エーアリヒカイト捜索の仕事で、少しは俺を認めてくれたからかもしれない。


「折角、ここまで連れて来させられたんだ。仕事を受けるかどうかは、内容を確認してからにするよ」

「少しは興味を持ってくれたかしら? 嬉しいわ」


 涼しげな微笑を向けられて、舌打ちしそうになる。容姿や才能に恵まれ、人生の中で己を磨いた女性の微笑みに目を奪われてしまった。

手玉に取られるつもりはないが、認められて嬉しいという気持ちが無意識に芽生えてしまう。他人に興味のない、こんな俺でさえも。

貧民層と富豪、生まれながらに差が生じると、人間としても落差が出てしまうのだろうか?


――そんな筈はないと否定しないのが、綺堂さくらという女性を見ると自信が揺らいでしまう。


「そもそも月村に妹なんていたのか? 一度もそんな話を聞いた事はないぞ」

「忍は自分から家族の話はしないでしょう。妹だけではなく、両親の話も聞いた事はあるのかしら」

「……詳しく聞いた事はないな、そういえば。ちょっと耳に挟んだ事はあるけど」


 月村忍とは随分親しくなったが、あいつが自分の事を話す事は殆どない。俺だってそうだ、いちいち自分の過去なんて話さない。

知り合いだが、友達でも恋人でもない。勿論、家族じゃない。月村との関係は、いまでも微妙だ。どう表現していいのか、分からない。

俺もあいつも会いたい時には自分から声をかけるが、それ以外は接触はない。実際、先月の事件以後連絡もしていない。

このまま自然に別れてもおかしくないが、今新しい接点が生まれようとしている。難しい関係だった。


「忍の妹のすずかは、これまで海外で生活をしていたの。日本への生活が始まったのも、ここ最近よ」

「海の向こうでの生活か……流石は、お嬢様だな。海外での学生生活を過ごしていたのか」

「――いいえ、学校にはまだ行かせていない。一族の高名な方の庇護のもとで育てられたの。
貴方への依頼は私個人だけではなく、我々一族からの申し出と受け止めて欲しい」


 高級車の広い車内の中で、息苦しさが増していく。エアコンは利いているのに、呼吸が詰まりそうだった。

改めて、写真を見つめる――カメラに向かって視線を向ける、少女の瞳は奇麗だった。

無色透明、何も映し出されていない輝きは純粋で、宝石のように光っている。人形だと言われたら、疑いもなく納得してしまう。


「――こいつの存在は、それほど重要ということか?」

「自分の身内への表現には不適切だけど、敢えて言わせて貰えば『特殊』な存在なの。
一族の中でもこの娘の扱いはデリケート。この娘の事は一族でも上の者にしか知らされていない」

「おいおい、その存在を気軽に俺に話してもいいのか?」

「気軽に? ――勘違いしてもらっては困るわ。私はこの場に覚悟を持って、貴方に話している。
この事実が貴方の口から他に漏れれば、私は責任を取らなければならない」


 ! 外部に漏らした俺ではなく、綺堂が責任を取らされるのかよ。俺は愕然とした。

俺を口止めする権利はないが、綺堂には俺の口を封じる手段も力もある。なのに、綺堂は自分で償うと宣言している。

俺が他人に話さない人間だと、信用しているのではない。万が一話したとしても、自分自身で背負う気概を持っている。

覚悟とは、責任とはそういうものだと、綺堂さくらという人間が己で証明していた。


女がどうとかではなく――人間としての、器が違う。


「護衛の対象に月村が含まれているのは、月村すずかの姉だからか?」

「――先ほど説明したけれど、月村すずかの存在は一族でも重要で、秘匿とされている。
日本で居を構えている私の姪の忍との生活も話し合いが行われ、相当揉めたのよ。忍は、ノエルと二人の生活だから余計に」

「月村は学生だからな。ノエルがいるにしても、社会に対して責任のとれる立場ではないもんな。一人なら気軽なのに」

「ええ、結局は忍の希望と私の助力もあって、すずかは正式に忍の妹として月村家の元へ来たの。
長も忍には甘いから、ごり押しな部分もあったけど」


 一族の長に可愛がられているのか、あの野郎。他人付き合いをしないくせに、身内との交流は最低限あるらしい。

親戚ではなく一族と表現するあたりに、俺には縁のない世界に思えてならない。

今まではそのまま見向きもしなかったが、これから先は関わらなければならない。自分を、自分の剣を磨いて行く為にも。


「そのまま平和に終われば良かったのだけれど、問題が起きてしまったの。
話し合いが長引いてしまった為に――月村すずかの存在が、一部の人間に知られてしまった。

決して知られてはならない人間に、あの娘の情報が漏れてしまったの」


   少しずつ話が見えてきた。車内で飲み物も何もない無粋な空間だが、二人だけで集中して話が聞ける。

――案外、わざわざ車を出して話しているのも、他人に知られたくない話をするつもりだったからかもしれない。

次の説明を聞いて、その説に自信が持てるようになった。


「厄介なのが外部ではなく、一族に籍を置く人間に知られてしまった事。簡単に処理する事は出来ない。
我々一族の内ではそれほど発言権はないけれど、立場は確立している。立ち回りだけが上手だから、余計に始末に困っているの。

迂闊に攻めれば足元を見られるのは、こちら。対応には注意を払う必要がある」


 月村姉妹の存在を脅かす犯人は、身内。なるほど、綺堂さくらでも扱いに困るはずだ。

山の奥の別荘を前に車内で二人話しているのも、外に漏れるのを恐れての事か。自宅でも危ないとは余程である。


「ようするに、金持ち同士の内輪揉めだろう。特別な存在である月村すずかを担ぎあげて、権力を強めるつもりなんだな」

「よく分かったわね、察しが早くて助かるわ。ファリン捜索依頼の早期達成といい、頭は悪くないのかしら」

「頭が悪いと思っていたんだな、お前は!?」

「通り魔事件の犯人捜索に、罪のない動物を使っていたもの」


 あ、あの捜索だって一応犯人は見つけられたじゃねえか!

……探偵のように事件の情報から推理していくのではなく、久遠を連れて歩き回っていただけなのは認めるけど。

今は頭脳担当の天才メイドがいるので、それで勘弁してほしい。


「月村すずかがどのように特殊なのか、そこまでは話せない――だろうな」

私の口からは・・・・・・話せないわ。
一族でも最重要なのも勿論だけど、何よりこの秘密はあの娘達自身のもの。

貴方に説明するとなれば、我々一族の秘密まで語らなければならない。申し訳ないけど、今の貴方にその資格はない」

「護衛の役目に集中しろという事だな。どんな理由があっても、誰が相手でも、守り通す――ただそれだけ」

「これは仕事の依頼。金銭が絡む以上、交渉に不手際があってはならない。余計な私情は挟めないわ」


 俺がキャリアを積んだ専門家ならともかく、先日まで放浪の旅をしていた一介の剣士だ。

そんな人間に、そもそも自分の大切な身内の命運を託したりはしない。ここまで来るのにも試練はあり、苦難があった。

言わば依頼内容の説明すら、ファリン捜索の報酬に含まれている。

八神はやてや他の人間を巻き込んだ責任も取るべく、綺堂は一族全体に関わる重要事を話してくれている。


「――この者は月村すずかの存在だけではなく、忍の財産も狙っている。
私の姪は一族の直系だけど、今はまだ学生で立場も弱い。付け入る隙を虎視眈眈と狙っているの」

「その言い方だと、前々から狙われていたように聞こえるけど?」

「今回に限った話ではないわ。私の目の届かないところで、あの娘の生活を脅かしていた。
こちらから圧力をかけても諦めず、醜悪なやり口で忍を追い詰めようとしている――涎を垂らして餌を貪り尽くそうとする、醜い豚だわ」


 洗練された大人の女性である綺堂にここまで吐き捨てられるとは、どれほどの悪党なのだろうか?

話し振りからすると相当嫌っているようだが、ガキの金を強請るだけのチンピラ程度ではない。

綺堂さくらに隙を見せないのだ、悪党としての質はプレシアには及ばないにしても厄介であろう。


「特にノエルには御執心で、その妹であるファリンの身も危ういわ。多分、存在も嗅ぎ付けている」

「ノエルやファリンも!? 金だけではなく、女の体まで狙うとは――なんて、欲望に忠実なやつなんだ!」

「……そうね。身体が目当て・・・・・・ではあるわ」


 やはり金持ちともなれば財産や権力だけではなく、愛人も求めたりするものなのだな。おのれ、メイドだけでは足りないのか!

女なんぞに興味はないが、女を侍らせている犯人を想像すると腹が立つ。貧乏人の僻みとは思いたくない。

俺を襲ったファリンはどうせ豚にも劣るブサイクだろうけど、ノエルは美人だからな……寝取られると思うと、妙に腹が立つ。

別に金にそれほどの興味はないが、金を稼げる人間にはなりたいものだ。頑張らねば。


「ファリンの捜索を急いだのも、そいつから保護する為でもあったんだな」

「期限を自ら短くしたのは貴方でしょうに――理由の一つではあるけれど」

「つまり、犯人の目的は――月村忍の財産にノエルとファリンの身体、そして月村すずかの存在。
月村家そのものを乗っ取って財力を貯え、月村すずかを利用して権力まで手に入れようという腹か。

そこまで好き勝手されたら、一族の連中も黙っていないだろう?」

「何より、私が許さない。忍は私の可愛い姪であり、ノエルはあの子の家族よ。
ファリンやすずかにだって……私は人間らしく・・・・・、幸せになってほしい。自分の生きる意味を、見つけてもらいたいの」


 綺堂さくらの声に切実さがあった。端正な顔立ちにも苦悩が見えており、その陰鬱さは窺い知れない。

人間の感情を理解出来ない怪人、ファリン。姉のノエルを勝手に主と認識して、知人である俺に牙を向いた無法ぶり。

特別な存在である月村すずか――この少女にも、大きな秘密が隠されている。一族全体に関わる、謎が。

だけど、綺堂さくらはそれとは別の事で悩んでいるように見える。そして、人でなしの俺だからこそ理由が分かる気がした。


月村すずかが映っている、この写真――本人の感情が一切、見えない。奇麗なだけの、ガランドウの人形だ。


黒のゴシックロリータのドレスが少女の底知れぬ闇を美として魅せており、恐怖に満ちた魅力を演出していた。

栄養不足ならば、食事を取ればいい。乾いているならば、水を飲めばいい。


だが、心がないのならば――どうやって与えればいいというのか?


「犯人の正体や目的をそこまで察知しているんだ。当然、アンタ自身も動いているのだろう?」

「証拠もなしに、一族を動かす事は出来ない。私も個人で動くしかないけれど、一族の中に協力者はいるわ。私やあの娘を支援する勢力も。
なかなか尻尾を掴ませないけど、時間の問題。一族追放は勿論の事、相応の裁きが下されるでしょうね。

ただ私が犯人を追い詰める前に、忍やすずかを押さえられたらまずいの。私の身も危うくなる。

一族も一枚岩ではない。すずかの存在を危ういとする勢力も存在するのよ。
だから――犯人を追いつめる材料が揃うまでの間、貴方に護衛をお願いしたいの。貴方がいれば、忍も復学出来るわ」

「学校に行かせるのか!? おいおい、それは……」

「私が内々に動いている事は、敵も察知している。下手には動けないわ。この隠れ蓑も、念のための処置に過ぎない。
実際、閉じこもっている訳ではないのよ。ノエルを護衛に、表には出ているの。

貴方が護衛を引き受けてくれれば、あの子達は日常に戻れる」


 助手席から別荘を見上げる。自然の要塞の中で今、お嬢様達が身を隠している。

落ち着いた環境の中での生活は俺には心地良いが、恵まれた育ち方をしたあいつらにはきついだろう。

綺堂が保証するのならば、多分間違いはない。少なくとも校内での襲撃の可能性は低いのだろう。

まあ立派に表沙汰になるからな、水面下もくそもない。


「一年も二年も月村のお守りをしなければいけないという事でもないのか。
護衛対象は月村姉妹、ノエルも護衛役なのは分かるとしても、ファリンはどうするのだ? 俺はアイツに嫌われてるぞ」

「ノエルは忍の専属、ファリンはすずかの専属でメイドを務めているの。ファリンはすずかの護衛も兼任してもらうわ。
あの子の実力は、あなたもよく知っているでしょう? ノエルが認めれば、あの子は逆らえない」

「……そうか……、ノエルを主と認識している以上、命令すれば俺への敵愾心も消えるんだな」

「あら、不満そうな顔をしているわね。面倒が一つ減ったとは思わないのかしら?」


 命令一つで簡単に変わってしまう、人間関係――御手軽ではあるのに、俺は納得していない。

考えてみれば、守護騎士達との関係もそうだ。はやてが仲良くしろと命令・・すれば済む話。

はやてを説得して命令させればいいのに、俺はなぜ野放しにしているのだろう? 家族なんてゴッコでしかないのに。


「最後に確認させてくれ。俺は今この通り怪我をしていて、護衛も今まで一度務めた事はない。
そんな人間に、あんたは自分の大切な身内を託せるんだな?」


「宮本良介、私は貴方に――月村忍と月村すずか、私の大事な家族を預けたい。
ノエルやファリン、綺堂の名を冠するあの子達も支えてあげてほしいの。

お願い、出来るかしら?」


「……」


 まだ報酬も提示していない依頼、謎は大きく厄介事は山ほどある仕事。

接する人間も問題を抱えた者達ばかり、ウンザリする毎日だけが約束されている。

全部が他人事、俺が生きていく上で縁のない話。たった一言ノーといえば、この物語は終わる――



俺は、返答した。











「――忍、以前から話していた貴方達の身の安全を守る護衛を雇ったわ」

『その人って……どういう人?』



「ごめんなさい。

貴女やすずかの護衛に相応しい人は――雇えなかったの。これは私の不手際だわ」



『……。そっか……、駄目だったか……
――はは、そうだよね。うん、私を、守ってくれるはず、ないか……仲よくしていても、結局赤の他人だし』

「忍……あのね」

『いいよ。そうだったらいいな、とちょっと思ってただけ。
さくらが味方でいてくれるだけで、私は勇気付けられているもん。平気、平気』

「護衛は他にきちんと雇っているから心配しないで。紹介するから、会ってもらえる?」

『さくら、その話だけど……ごめんね、やっぱり断らせてほしいの』

「忍、お願いだから我儘を言わないで。貴女だけではない、すずかも危ないのよ。ずっとこのまま隠れてはいられないの」

『大丈夫だよ。ノエルもいるし、ファリンだって見つかったんでしょう?
二人が居れば、私もすずかも平気。さくらだっている、無敵だよ。あんな奴に負けたりしない』

「もう新しく雇い入れて連れて来ているの。このまま帰すのは申し訳ないわ」

『報酬ならちゃんと払うよ、私から出すから安心して』

「でも、これでは門前払いで私も心苦しいわ」

『さくらには迷惑をかけないし、何だったら倍出すから。護衛は必要なくなったと、言っておいて』

「もう……仕方ないわね。お帰り頂くけど、本当にそれでいいのね? 何度も言うけど、貴女が危ないのよ」

『他の人に、私はともかく――この子は預けられないよ。さくらも分かっているでしょう?』

「――分かったわ。今回の仕事は無かった事にして貰うわね」

『うん、ごめんね。迷惑をかけて』


「いいのよ。貴方も御免なさいね、宮本良介・・・・君。折角引き受けてくれたのに、こんな事になってしまって」


 ――インターフォンの向こう側で、派手に倒れる音が聞こえた。

最近のドアホンは便利である。ただ鐘を鳴らすだけではなく、こうして家の主と会話が出来るのだから。

別荘の中でバタバタ騒ぐ音が響いた後に、声が繋がった。


『侍君!? 侍君がいるの、そこに!?』

「まいどー、たった今断られた護衛役でーす。
――俺様を門前払いとはいい度胸じゃねえか。金はちゃんと倍払えよ、コラ。俺は帰る」

『ちょ、ちょっと、ちょっと待って!? 

……さーくーらぁぁぁぁぁー!! どういう事なの! 侍君は雇えなかったと、さっき言ったじゃない!』

「酷い言い掛かりだわ。私は貴方達の護衛に相応しい・・・・・・・人を雇えなかったと、言ったはずよ」


 インターフォンの前で、ニヤニヤ笑っている忍の叔母様。完全にからかっている。

何故事前に俺から名乗り出ないように口止めしたのか、理由はよく分かった。

可愛い姪の命がかかっているのに、からかうチャンスを逃さない女。恐るべき女傑である。


『侍君がどうして相応しくないの!? 私の希望にピッタリだよ、ピンポイントだよー!』

「彼が、貴方をちゃんと守ってくれると、自分の命をかけて誓えるのね?」

『うっ……』


 詰まるなよ、そこで返答に困るなよ! 人民を守るのに相応しい侍とは言うべきだろう!

そんな模範的な人間ではない事くらいは分かっているが、それでも腹は立つ。

馬鹿馬鹿しくなって帰ろうとするが、そこは数か月の付き合い。気配を察した月村が叫ぶ。


『侍くーん! ごめんね、機嫌直してよ。侍君なら全然大丈夫、護衛を引き受けてくれて本当に嬉しい!』

「俺はもう帰る気満々だけどな」

『うう、侍君は私が死んでもいいの……? 悪い人に捕まって、ひどい事されちゃうかもしれないんだよ!』

「馬鹿だな、月村」


 曇りがかった梅雨空の下で、俺は大らかに笑った。


「お前を守っても守らんでも、報酬は貰える。だったら――答えは一つだろ?」

『うわ、最低だ!? わ、私が死んだら報酬は払えないよ!』

「金はちゃんと死ぬ前に払っておけよ、馬鹿。何言ってるんだ、お前」

『侍君こそ何言っているのー!? い、今からすぐそっちに行くから逃げないでね! 絶対だよ!

……もう、さくらの意地悪〜〜〜〜〜!!』


 よほど慌てているのだろう、回線を切るのを忘れたまま声が遠ざかっていく。

話の一部始終を聞いていた綺堂は腹を抱えて笑っていた。今まで一度も見た事のない、本当の感情――

涙すら滲ませて、綺堂は笑顔で言った。



「やっぱり貴方が一番、あの娘達に相応しいわ」


































































<続く>







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