とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十話
海鳴大学病院に出迎えた綺堂さくら、「ファリン・K・エーアリヒカイト」の捜索を依頼した張本人――
彼女が運転する車の後部座席に横たわる、テーブルクロスの女の子。引き渡しの手間は省けたと言える。
後は仕事の報酬を貰えば済む話だが、おれはそれで引き下がる気はなかった。綺堂もそのつもりはないだろう。
俺はファリンに殺されかけて、そのファリンを綺堂さくらが探していたのだ。無関係では断じて済ませられない。
「――アリサ。はやてに俺の帰りは遅くなると、伝えてくれ。心配しているだろうからな」
「あたしは納得出来ていないんだけど?」
「命令だ」
「……分かったわよ。監視はある程度は誤魔化してあげる」
どれほど理不尽な命令でも、主を第一に立てるアリサは俺には逆らわない。渋々頷いて、俺の持っていた荷物袋を預かった。
アリサは決して感情で物事を推し進めたりはしない。
ファリンに関する話に第三者が踏み込んではいけない事は、俺に言われずとも分かっているだろう。
聡明な従者がここまで食い下がったのは……顔のガーゼや、身体に巻かれた包帯に触れる。余計な感情なのだろうが、悪い気はしなかった。
「晶、お前もだ。ひとまず家に帰って、ちゃんと学校へ行け」
「……。分かりました。俺どんな事でも力になりますから、何時でも連絡下さいね!」
「はいはい、せいぜいこき使ってやるよ」
高級車で現れた綺堂さくらを一瞥して、晶は何も聞かずに頷いた。
ただならぬ話だと察したのだろう、まだ十代半ばだが礼節を重んじる少女だった。
親しい間柄でもなく正直アリサほど信用は置いていないが、この真っ直ぐな精神は嫌いではない。先月迷惑をかけたレンへの詫びでもある。
綺堂さくらからの仕事が全てではないのだ。この前のようなジジババとの相手には、俺より向いている気がする。
人手が多い方が仕事の幅も増えて、金も稼げる。無料で手伝ってくれるのならば、仕事の報酬は全て俺のもの。素晴らしい。
親友の義理立てにもなって、晶も満足ならばそれに越した事はない。
「場所を変えようか。此処で長話してると、口喧しいお医者さんが来るんでね」
「ええ、分かったわ。こちらもその方が都合がいいもの。
――アリサちゃんも後でゆっくりと。これからも迷惑をかけるかもしれないけど、決定権は彼に委ねるわ」
「自分の定めた主の選択に、あたしは従うまでです。良介をくれぐれもよろしくお願いしますね、さくらさん」
優雅に微笑む綺堂と、柔らかな微笑で応じるアリサ。笑顔で交わし合う二人に、晶が引き攣った顔で後ずさりしている。
思慮深い考えで身内を庇う淑女と、深慮遠謀で主を守る少女――年の離れた友人達は、凡人の理解とは遠い関係で結ばれているらしい。
尊敬し合う仲なのは間違いないが、日常を謳歌する人間には踏み込めない世界だった。俺もちょっと膝が震えた。
「話しやすい所へ車で案内するわ。体調が思わしくないのなら、後日貴方の都合に合わせるけれど」
「気遣いは結構。連れて行ってくれ」
昨晩の死闘による怪我と疲労で身体が睡眠を欲していたが、気は引き締まっている。先延ばしには断じて出来ない要件だ。
後部座席はファリンが寝転がっているので、俺は助手席へ。綺堂は運転席へ乗り込み、車を発進させる。
助手席の窓ガラスから晶やアリサに手を振って、海鳴病院を後にする。バックミラーから元気良く手を振る二人の姿が見えて、笑いを誘う。
長雨にとじこめられた六月の日々、今日もまだ梅雨晴れの青空は見えそうにない。
鬱陶しい季節を迎えるにつれて、海鳴の山々の緑も雨に打たれて色濃くなっていた。
自然の風景を壊さぬように配慮された山道に車を走らせ、こぢんまりとした別荘地へと辿り着く。
田舎の澄んだ空気に包まれて、気ままな時を過ごせる別荘――月村家の所有地に建てられた、セカンドハウス。
「――この別荘に今、忍とノエルが滞在しているの」
「月村とノエルが此処に……?」
電線が地下に埋設されている現地は周りに人はおらず、他人を気にせず静かに過ごせる。
春の通り魔事件で潜伏した別荘とは違う場所で、陽当たり良好な平坦地に建てられていた。
外見からでも見受けられる生活利便性の高い別荘、永住にも最適であろう。
他の地では感じることのできない格別の空気が漂う山の地に、高級車は停車していた。
「学生の分際で別荘暮らしとはいい御身分だな。学校まで休みやがって、怠け者め」
「あら、あの娘が学校を休んでいる事を知っていたのね。忍に連絡を取ってくれていたの?」
「6月に誕生日会を開催した時に呼んでやった。普通だったけどな、あの野郎」
「そう……仕方ないわ。あの娘は今、この別荘から気軽に出ていけない身だから」
別荘から出れない? 俺は山の中の私有地に建てられた別荘を助手席から見つめる。
よく見ると別荘の窓にはカーテンがかかっており、中の様子が外から全く覗けないようになっていた。
周囲は木々に覆い隠されており、見ようによっては自然の要塞に感じられる。
通り魔事件で犯人として追われた俺のように――隠れ住んでいるのか、あいつ?
「――宮本良介君、『ファリン・K・エーアリヒカイト』を保護してくれた貴方に頼みたい事があるの」
「おい、話の順序を間違えているぞ。月村が今どうしていようと、俺には関係はない。
俺を殺そうとしやがった、このファリンの話を聞きに来たんだ。
場合によっては、俺はこいつを警察に突き出すつもりだ。俺の身内まで巻き込みやがって」
……おいおい、どうしたんだ俺? まだ怒っているのか、昨晩の事を。
八神はやての弁当、ミヤがお茶を入れた水筒、守護騎士達の魂が籠もった本――彼女の意志。
踏み躙られたからといって、何故こうまで怒る必要がある。どれも俺には関係ないだろう。
「ええ、この娘は許されない事をした。警察に通報されても何の文句も言えないわ。
――けれど、貴方はファリンを警察ではなく私に引き渡してくれた。それは何故?
友人知人、家族よりも――貴方にとっては、お金の方が大事だからなのかしら」
「てめえ――!?」
「ぐっ――ふ、ふふ、違うのね? お金よりも――自分よりも大事なものを、見つけられたのね。
ごめんなさい、どうしても貴方の心を知りたかった」
胸倉を強く掴み上げる俺の手を触れて、苦しげにしながらも綺堂は微笑する。俺は愕然とした。
他人よりも自分の身銭の方が大事、当然の事だ。堂々とそうだと答えれば良かった。
だが、無意識に俺は拒絶した。考えるよりも早く、俺は綺堂を吊るし上げた。
心よりも早い、脳からの命令――それは剣にも反映されて、自分より遥かに身体能力が上だったファリンを倒した。
「出来れば、聞かせて頂きたいわ。一体先月、貴方に何が起きたのかしら?
4月でお花見の相談をした時と今の貴方、まるで別人よ。いえ、別人のように生まれ変わったと言うべきね。
これほど短期間に心を磨かれた人間を見るのは、初めてよ。どうしても試してみたくなるほどに」
「……あんたには関係のない事だ」
舌打ちして、俺は掴んでいた胸倉を離した。息苦しそうに咳をしているが、俺を責めようとはしなかった。
熱のこもった自分の手を見つめる……そんなに変わったのだろうか、俺は?
生活環境は劇的に変化したが、内面は自分ではそれほど変わっていないように思える。
気付いたのは、自分には何もない事――世界は広いのだと、思い知った事だけだ。
狭い自分と広い世界、この二つの事実は己を矮小にするだけだと思う。
堕落でしかないのだが、高町家の連中や海鳴の知人達は俺の変化を喜んでくれているように見える。
……俺は、変わったのか? 分からない。考える時間だけが、増えた気がする。
「『ファリン・K・エーアリヒカイト』、この娘はノエルの妹だけど――血は繋がっていないの。
ファリンをノエルの家族として迎え入れたのはまだ最近の事で、正式な縁組ではないわ」
「赤の他人を自分の家族にしたのか、ノエルは。俺には理解出来ないな」
「ふふ、貴方がそう言うのならばそうなのでしょうね」
「……何だよ?」
「いいえ、考え方は人それぞれよ。私は尊重するわ」
うぬぬ、見透かされているような言い方が気になる。だからと言って追求すれば、余計な事まで言いそうだ。
アリサを大人しく連れてくれば良かった気がする。相手を陥れるのは大好きだが、こういう思惑を孕んだ会話は苦手だ。
話を促すと、綺堂もそれ以上追及せずに説明を続ける。
「……ファリンは家族というものを知らないの。人として本来家庭の中で育んでいくものを、この娘は与えられなかった。
ただ命令されて、生きて来た。誰かに許される事で、初めてファリンは生きる事ができる。
誰かに命令される事で、行動理念が成り立つ――「造られた」心の、存在。
ねえ、宮本君。自分の意志で動けない存在を、貴方は『人間』と呼べるかしら?」
「死んでいるだろう、そんな奴は」
自分自身の為にしか動かない俺とは、真逆の存在――他人の言いなりで生きている、人間。俺には理解不能な存在だった。
誰かの言いなりになっていれば、さぞ楽に生きられるだろう。自分の起こした責任の何もかもを、命令した人間に押し付けられるのだから。
特別な存在だとは思わない。多かれ少なかれ、社会に生きる人間は誰かの命令に従って行動している。
ファリンがどれほど不遇な環境で育ったのか知らないが、自分の意志で生きられないのならばとっとと死ねばいい。同情もしない。
問題は別にある。
「そうなると、こいつに俺を殺すように命令した誰かがいるんだな? そいつの命令に従って、俺を殺そうとした」
「――いいえ、誰からの命令を受けていない。だからこそ厄介なの」
車の後部座席に横たわるファリンを、綺堂さくらは憂いの帯びた瞳で見つめる。
同じく後ろを見て気付いたのだが――俺が施したテーブルクロスの拘束が解けていない。
廃墟で縛り上げていたファリンを、そのまま車に乗せたらしい。何故身内を自由にしないのか?
易々と解けないように丹念に縛ったが、テーブルクロスそのものを取り上げれば済むのに。
「長よりこの娘に関する事情を知り、私はノエルと忍に話した。
話を聞いたノエルは忍の許可を得て、この娘を家族として認知――『ファリン』という名前を授けたの」
「えっ……親から名前も与えられなかったのか、こいつ?」
「――正式名もあるけれど……名前とは到底呼べないわ。記号と同じでしかない。
私は身元保証人として資金援助と、ファリンを家族とするノエルの後見を申し出た」
人間の名前も記号と同じだと思うのだが、その辺の考え方は綺堂とは違うらしい。反論する意味もないので黙っておく。
ファリンの素性を詳しく話そうとしないのも同じく、追求は避けた。酒の肴にもなりそうにない。
それにしても……ノエルはどうして、ファリンを引き取ろうとしたのだろう? 犬や猫とは違う、同情で飼えるモノではないのに。
「引き取られたファリンは、ノエルを――自分の主と定めたの。命令に従おうとした、指示を求めた。
その度にノエルは根気強くファリンに説明して、家族の概念を教えようとしたの。自分の家族として可愛がろうと努力した。
それが仇となってしまった――
ある日、ノエルは一つのぬいぐるみを見せたの。心から大事にしていた、宝物。
自分に温もりを与えてくれたものをファリンに見せて、ノエルはその時の思い出を語ったそうよ。
その時感じた想いを伝えて……人としての喜びを知って貰いたかったの」
――ノエルのぬいぐるみ? 一つのキーワードが頭の中の引き出しより、一つの記憶を出した。
平和だった春の季節に、ゲームセンターで遊んだ思い出。キャッチャーで手に入れたぬいぐるみを、気まぐれにノエルにプレゼントした。
別に他意はなかった。ぬいぐるみなんぞ持っていても食えやしない。ノエルには通り魔事件で世話になったので、礼の意味も含めて。
俺が、プレゼントした。
「ノエルはミスをした。忍も判断が甘かった。人の感情は――言葉だけで教えるものではないのに。
自分の意志を持たない人間は、感情を抱く事ができない。表面的な知識だけで全てを理解したつもりになる。
ノエルの感じた、苦しくも温かな感情を――主への危害と受け止めたファリンは、行動に出た」
"お姉様の名前を――貴方が口にしないで下さい!!"
テーブルクロスの怪人が初めて発した言葉、俺に向けた殺意の塊――
自分の主人に災いを招く張本人を排除する為に、ファリンは単独で行動に移した。
ノエルからの命令ではない。けれど、自分の意思による行動でもない。
守護騎士達と同じ、身勝手な義務感――主を守る為の最善の手段として、ファリンは俺を殺害しようとした。
「……それで俺を殺そうと?」
「貴方を排除すれば、ノエルからその嫌な感情は消えると誤認したの」
――何なんだ、お前らは? 俺は何か、害虫か? 俺が死ねば世の中全て丸く収まるのか。
湖の騎士シャマルの嘲笑が脳裏に浮かぶ。俺は八神はやての害になる存在だと、あの女も明言していた。
偽りの家族であるファリンも同じだ。俺とノエルとの繋がりが本人の災いになると判断して、削除に乗り出した。
古代の騎士の忠誠心、命令に順ずる人形の独善――自分勝手に生きる俺。独り善がりな人間達に、家族など成り立つ筈も無く。
「本当にごめんなさい。私は全てを知っていて、貴方にファリンの捜索を依頼した」
「……ファリンがテーブルクロスで姿を隠していたのは?」
「このテーブルクロスは忍の家から持ち出したモノなの。姿を隠せれば何でも良かったのだと思うわ。
恐らく、理由は唯一つ――主人以外の人間に、自分の姿を見せない為に」
「違うだろう」
「……っ」
「アリサほど頭は良くないが、察する事は出来るさ。嫌われ者だからな。
ファリンは――俺に、自分の姿を見せたくなかったんだ。自分の姿も、声も、何もかもを。
ノエルの中に在る感情は、自分自身の楽しかった思い出が生んでいる。記憶がノエルの感情を揺らしている。
それを悪しきモノと判断したのなら、俺との接触を絶対に拒む。顔を見るのも嫌だった筈だ。
しかし、排除するには相対しかない。せめてもの抵抗として、自分の姿を隠した。
嫌いなどという、生易しい感情じゃない。
ファリン・K・エーアリヒカイトは……俺がこの世に存在しているさえ、許せなかった」
「……ごめんなさい」
人間誰でも好き嫌いの感情はある。聖人君主、博愛主義者でもこの世の何処かには拒絶反応を示す人間はいるだろう。
けれど、記憶にさえ残したくない程に嫌う人間は稀だろう。出会う瞬間すら拒み、見敵抹殺を実行する。
世界で一番の嫌われ者――綺堂さくらは身内の恥だと頭を下げている。当然だろう、殺されかけた者からすればたまったものではない。
ノエル本人が望んでもいない事で、しかも誤認だ。そんな理由で殺されたら、無念極まりない。ふざけるなの一言だろう。
「これは報酬に上乗せして貰わなければならないな、迷惑料として」
「え……?」
「何だよ、その顔は。言っておくが、治療費も別で請求するからな。請求書送るから覚悟してろよ」
「違うわよ! 他に何か言うべき事があるでしょう。優先的にしなければならない事があるでしょう。
私は、貴方に殴られる事も承知で来たのよ。警察に訴えられても仕方が無いと、覚悟もしている。
この身を差し出してでも、と考えていたのに――」
「? ようするに、ファリンは俺が嫌いだから殺そうとしたんだろう? 本能的な感情か、理性的な判断か、その辺は置いておいて。
俺だってこいつがムカついて、昨日成敗してやったんだ。これ以上どうしろというんだ。
はやてやミヤに土下座させてもいいけど、それだとまるで俺が――あいつらの為に戦ったみたいで嫌だからな。
他の人間に嫌われる事なんぞ慣れてる。こんな小娘にどう思われようが、俺は知った事じゃない。
警察に差し出しても、俺に何の得も無いだろう。刑務所送られてザマアミロでもいいけど、金にならん。
綺堂や月村は金持ちだからな、迷惑料や慰謝料を分捕った方が稼ぎになるじゃないか。がははははは」
「……」
ぽかんとした顔をしている。何故だ、至極当たり前の要求ではないか。
ノエルの妹に嫌われても――いや、世界中の人間に憎まれても、俺は笑って生きていけるぞ。
他人から学べる事もあると知ったけど、何も学ばなくても人間は生きていけるのだ。一人で、充分に。
ただ強くなれないから、こうして一人でも多くの他人と接している。でなければ、誰が他人なんぞと好んで関わるものか。
……最悪、アリサだけは俺と一緒に生きていくだろうからな。あいつは俺のメイドだから当然だ、うむ。
それ以上何を望むというのか。この世界は自分の都合良く出来てはいないのだ。一度だけの奇跡で最高の贅沢だ。
だからこそ悲しくて、苦しくて、辛くて――面白いのだと、異世界の人間達から教わった。
「ファリンを、許してくれるの……?」
「許さんわ、ボケ。また襲い掛かってきたら、今度は格の違いを見せ付けてくれる」
「……ふふふ、そう……そうなの……ふふふ。
そうね、たとえオプションでも自力で倒せた貴方なら――可能かもしれないわね。
ありがとう、本当に。貴方は熱い優しさを持っている子ね」
綺堂さくらは涙を滲ませた瞳を向けて、俺と握手をしてくれた。感謝のこもった温もりが、伝わってくる。
それだけで充分に誠意となった。怪我と疲労でクタクタだが、仕事としてはやり甲斐はあったと思う。
報酬面に関しては、メイドに任せておこう。二十万円はまず確定だろう、笑いは止まらない。
「宮本良介君、改めて貴方にお願いするわ。信用に足る人物として、この仕事を任せたい。
これは私からの御願いだけではない、私達一族の長からの依頼でもある。是非とも、聞いて頂きたい」
採用試験は合格したのだろう、綺堂さくらの顔付きが変わっている。
子供にお使いを頼む顔ではない、重要な仕事を依頼する大人の表情で向き合ってくれていた。
今までとは空気が変わっている。口でこそ仕事と言っているが、嘆願に近い。
何が何でも聞き届けて貰うのだと、執念に似た強い意志が瞳に宿っている。
――自分の娘の蘇生を願い出た、プレシア・テスタロッサのように。
「貴方に頼みたいのは、護衛。身内が今、重大な危険に晒されている。
対象は私の姪である、月村忍。そして――」
綺堂さくらは目先に在る別荘を見つめて、深く息を吐く。しばし見つめ、思い切ったように封筒を取り出した。
封筒の中には、一枚の写真。綺堂は写真を一瞥して、俺に差し出した。
ファリン捜索時は顔が無かったので、受け取った時警戒してしまう。が――写真には、ちゃんと顔は写されていた。
顔だけは、ちゃんと――
「月村忍の妹として一族に迎えたこの少女、『月村すずか』。この二人を貴方に守って頂きたい」
写真に写っている、漆黒のドレスを着た少女――月村すずか。この少女の写真には、何も写ってはいない。
綺麗な顔は写っているが、顔だと認識出来ない。
未成熟な身体は写っているが、少女の身体だと認識出来ない。
人間では、無かった。
椅子に座らされている、美しい人形――心の籠もっていない、写真。
『造られた』心のファリン、『空虚』な心のすずか、『定められた』心の守護騎士達。
何も知らない男との、「家族」生活が始まろうとしていた。
<続く>
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