とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三十五話
                               
                                
	
  
  
「――そしてあろう事か女性に暴力を振るい、衣服を剥ぎ取ったんです!  
あまりにも酷い仕打ちに私も恐ろしくなって、一瞬目を逸らしてしまったんですけど……そこからがまた酷い!」 
 
「……ちゃんと見ておけよ、そこは。重要なところだろう」 
 
「ヴィータちゃんはまだ子供だから分からないの! 
密室の中で気絶させた女性に、ケダモノが何をするのか……ああ。想像もしたくも無い、下劣極まりない行為! 
 
その証拠に、この男は部屋から出て来た時……女性から剥ぎ取った衣服を着ていたんです!!」 
 
「ほ、ほんまなん、それ……?」 
 
「本当です。私のデバイス"クラールヴィント"が記録しています!」 
 
 
 八神家第二回家族会議。日も沈んだ時刻、夕飯後に守護騎士シャマルの提唱で行われた。 
 
聞き込み調査を終えて帰宅した途端に、捕縛。外出や外部への連絡を許さず、夕飯まで八神家に押し込められた。 
 
本当なら帰宅後すぐに会議を行いたかったようだが、夕御飯が冷めるからとはやてに笑顔で言われて引き下がった形となった。 
 
 
「ちょ、ちょっとした誤解ですぅ! リョウスケは女性に暴力を振るうような……ひ、人ですけど!? 
でもでも、無理やり襲い掛かるような事はしません! 剣一筋で女の人に興味なんてないんですぅ! 
 
入院中とかよく一緒だったミヤにだって、リョウスケは一回も手を出したりしませんでした!」 
 
「……ちっこいお前に手を出す奴はいねえだろう」 
 
「ひ、ひどいです、ヴィータちゃん! ミヤだって女の子なんですよー!」 
 
 
 日が長く傾きつつあるとはいえ、今は五月雨の季節。 
 
先月の事件以来改築された八神家の庭は小雨で濡れており、陰鬱な梅雨空が日を隠してしまっている。 
 
梅雨晴れはまだまだ先、湿気に濁った夜は心も滅入らせてしまう。 
 
 
「その後我が物顔で学び舎を闊歩して、学生さんにも何か怒鳴りつけられていました。 
話までは聞けませんでしたが、揉めていた事は確実です。 
その後警察と呼ばれる施設にも足を運んでいました。 
 
調査によると、警察とは管理局のような犯罪を取り締まる組織との事―― 
間違いありませんか、アリサちゃん?」 
 
「間違えてはいないわね……次にどう繋げるのか、予想もつくけど」 
 
「アリサちゃんにも想像がつきますか!? 犯罪を取り締まる組織に、犯罪者――これほどの符号の一致、間違いありません。 
学校から通報があって、強制的に呼び出されたのでしょう。 
関係者と一緒ではなくこの男が自ら出向いたのは少々不思議でしたが、すぐに疑問は解決しました。 
――警察にこの男を知る人間がいたのです! 逃げられないのだと、自ら悟ったのでしょう。  
事実、銀髪の女性に警察署の中に連れ込まれていました。 
 
流石に管理局のような組織内に突入するのは得策ではないと思い、身を引くしかありませんでしたが……」 
 
「賢明な判断だ、シャマル。かの組織に我々の存在を明るみにするのは、主にも迷惑をかけてしまう」 
 
「ありがとう、シグナム。そう言ってくれると、少しは心が軽くなるわ。 
とにかく、今日一日の行動を見てはっきりしました。この男の本性――その危険性を! 
主の手前今まで言い出せませんでしたが、今日こそはっきり言わせて頂きます。 
 
この男は即刻、この家から追い出すべきです! 主が御許し頂けるのなら……私が排除致します!」 
 
 
 家族の憩いの間に俺を含めて八人、テーブルの上の湯気の立つカップに触れる者はいない。 
 
中心に立つ金髪の美人は嫌悪感剥き出しで、俺を見下ろしている。 
 
怜悧な瞳に映し出される俺はどれほど醜いのか――自分自身では判別出来ない。 
 
 
「ちょ、ちょっと待ちいな! 良介の話も聞かんと一方的に言うのはあんまりや! 
大体、なんでシャマルは良介の今日一日の行動にそんなに詳しいん?」 
 
「それは勿論――!? こ、この人が怪しいからに決まっています!」 
 
 
 勢い込んだ瞬間咳払いするアリサに黙らされ、咄嗟に言い直すシャマル。 
 
二十四時間監視は停戦の盟約、既に事実化しているが明言するべきではない。 
 
釈然としないはやてだったが追求は無駄だと切り替えたのか、俺に向き直る。 
 
 
「良介……シャマルの言うてる事はほんまなん?」 
 
「ああ」 
 
 
 何とはなしに返事をする俺。半ば上の空だったが、はやては明らかにショックを受けている様子だった。 
 
今日の俺の行動はシャマルから見れば、汚らわしい悪意に満ち満ちていたのだろう。 
 
マイナス点はなのは、自分で認めている。誤解という気にもならなかった。 
 
 
「な、なんか理由があるんやろ? それをシャマルや皆に説明したってほしいんや。 
この娘達良介の事あんまりよう知らんから、誤解していると思うねん」 
 
「誤解も何も、ほとんど本当の事だ。先公殴ったし、服も奪ったぞ。後で返したけど」 
 
「後で返せばいいものではないでしょう!」 
 
「ちなみに、強姦だの何だのってのはそいつの勝手な妄想だけどな」 
 
「ゴ、ゴウカ――!? よ、よく女性の前で破廉恥な言葉が平気で口に出来ますね! 
主の前で卑猥な単語を口にするのは許しませんよ!」 
 
 
 ――この通りである。 
 
俺にどんな事情があっても、それはあくまで俺自身の事情でしかない。 
 
体育教師を打ち倒し、晶のクラスメートに怒鳴られ、警察の中をウロウロしていたのは間違いのない事実なのだ。 
 
許してくれたというのは、後付でしかない。女教師を気絶させて服を奪う――立派な犯罪だ。 
 
シャマルの言う通り、警察を呼ばれても何の不思議もなかった。 
 
事実は認めるが、反省はしていない。事実を認めても、反省をしない。 
 
俺とシャマルは何処まで行っても平行線、一方的に憎悪を滾らせるだけだった。 
 
 
「此度の件、主には関係はない。けれど、見過ごせる話でもない。 
貴様がその程度の男でしかないというのならば、今後の生活の上でも考え直さなければならん」 
 
「主は説明を求めている。素直に答えねば、我にも考えがあるぞ」 
 
「やめて、シグナム! それに、ザフィーラも! 
――良介、全部ちゃんと話してや。良介にも悪いところがあるんやったら、謝りに行かないとあかんやろ? 
 
人様に迷惑をかけたんやから、ちゃんと頭を下げよ。な?」 
 
 
 はやてが善意で言ってくれているのは、よく分かっている。 
 
フィリスのような他者を思った親身な接し方ではなく、家族と認識した遠慮のない温かさがあった。 
 
騎士達だけなら大きなお世話だと罵り合うだけだが、はやてが懸命になってくれる気持ちを踏み躙りたくなかった。 
 
 
……やはり、高町家での家出が今も響いているのだろう。なのはの泣き顔が、今も地味に堪える。 
 
 
「さっきも言ったが、そいつの言う通りだよ。ただ学校にも警察にも、知人に会いに行っただけだ。 
その途中トラブルがあって、ああなってしまったんだ」 
 
「嘘です! 何の悪意もない人間があんな真似を平然としますか? 
常識的な考え方を持つ人間ならば、女性を殴り倒して裸にするような行為は絶対しません!」 
 
 
 ――もう一度言うが、はやては善意で言ってくれていると分かっている。 
 
善意なら何を言っても良いのではないが、家族の問題を何とか家族内で解決したいと懸命なのは好感が持てる。 
 
問題は湖の騎士を名乗るこの女だ。監視での事実を名目に、俺の排除を狙っている。 
 
迷惑をかけた唯子達ならともかく、コソコソつけまわす女に我が物顔で文句を言われるのはいい加減我慢がならなかった。 
  
ただでさえ、今日一日の無駄な行動には俺も落ち込んでいるのだ。突っつかれるのは腹立たしくて仕方ない。 
 
 
「常識的な考え方……? お前の言う常識ってのは何だよ。 
人間とはかくあるべきだと、偉そうに語れる人間像をお前は持ってるのか? 
 
守護騎士だか、なんだか知らないが――お前の持つ力は、正しい事に今まで全て使ってきたのかよ!」 
 
「……っ!? わ、私の事は今は関係ないでしょう!」 
 
「お前には何の関係もない事を、うるさく今ウダウダ言ってるだろうが!  
はやてに迷惑かけた一件ならまだしも、関係のない事にまで口出されるのはうんざりだ!! 
 
 
それが家族ってんなら――俺はいらねえよ!!」 
 
 
 憤然と立ち上がる。反動でテーブルの上のカップが倒れるが、知った事ではない。 
 
今にして思えば……高町家はお節介こそ焼いても、俺に深く干渉しようとはしなかった。 
 
『家族』を名目にせず、時には厳しく、時には優しく、俺という人間を大事にしてくれていた気がする。 
 
 
――家族とは何なのだろう……? どちらが正しいのか、俺には分からない。知るきっかけもなく、独りで生きてきたのだから。 
 
 
「逃げるつもりですか!? どこまでも卑怯な男――キャッ!」 
 
「どけ。鬱陶しいんだよ、てめえは」 
 
 
 シャマルを突き飛ばして、ソファーに立てかけていた竹刀袋を手に取る。 
 
ヴィータやシグナムは武器を取った俺を警戒、狼のザフィーラははやてに歩み寄って守りを固める。 
 
一触即発の状態、ミヤは中間に浮かんで泣きそうな顔でおろおろしている。 
 
メイド服を着たアリサだけは、職務に忠実にテーブルに零れたお茶を丁寧に拭いていた―― 
 
 
「はやて」 
 
「良介……お願いやから、もう――」 
 
「迷惑かけてごめんな」 
 
「――え……?」 
 
 
 何とか説得しようと思っていたのだろう、素直に謝られてはやては目を丸くしている。 
 
俺は竹刀袋を背中に担いで、シグナムやヴィータ達に向き直る。 
 
――シャマルだけは視界に納めずに。 
 
 
「お前らとの協定は守る。八神はやてにも迷惑はかけない。 
俺が起こした問題は、俺自身で解決すれば文句はないだろう?」 
 
「……確かに」 
 
 
 抜き放とうとしていた体勢を正し、自然体でシグナムは頷いた。 
 
やはりというべきか、彼女は正統なる武人。理由のない非難は決していない。 
 
ヴィータも小さいながらに騎士、興味をなくした顔で欠伸をする。あれほどの切り替えは、演技でも俺には出来そうにない。 
 
流石という他はない。悔しいが、やはり彼女達は一流だった。 
 
 
「このまま済ませるつもりですか!? たとえ関係がなくても、この男には罰を与えるべきです!」 
 
「もういいじゃないですか、シャマル! リョウスケも反省しています。 
ミヤからも言っておきますから、許してあげて下さい! えぐ、えぐ……お願いします、お願いしますぅ!」 
 
「ミ、ミヤちゃん、どうして貴女が泣いて頭を下げるのよ……!?  
 
何よ……これじゃあ――私が悪者じゃない!」 
 
 
 あのシャマルまで、瞳を濡らして俯く。決して泣くまいとしながらも、理不尽な怒りと悲しみに身を震わせている。 
 
ミヤはただ泣きじゃくるばかり。大好きな人達の仲違いに、心の底から悲しんでいた。 
 
はやてはただ、呆然と見つめている。 
 
求めていた家族が――ホームドラマとは違う光景を見せ付けられて、うちのめされていた。 
 
 
心が未熟な、家族に憧れるだけの車椅子の少女。 
家族を知らない、プログラムの騎士。 
人間愛を説きながらも、理想と現実の折り合いが出来ない妖精。 
親に捨てられた、独りの男。 
 
 
俺達は、本当の家族ではない。血の繋がりもなければ、心の結び付きもない。 
 
一つ屋根の下で生活するだけが、家族ではない。条件はまだまだ満たされていない。 
 
 
それとも……これもまた、家族なのだろうか? 人間関係の一面だと言うのだろうか? 
 
 
「今日は――もう終わりにしましょう。急いで結論を出そうとしても、こじれるだけよ。 
今日の良介の行動に問題があった、だからシャマルが報告してくれたんでしょう?  
真偽を言い争うのは不毛なだけ。当事者にしか分からない事だもの。 
 
報告だけに留めて、今度どうするかはおいおい話し合っていけばいいのよ。 
早急に対処が必要ならば、それこそ貴方達の出番となるわ。頼りにしてもいいのよね?」 
 
「当然だろ! これ以上ゴタゴタするんなら、アタシがまとめてぶっ飛ばしてやる!」 
 
「――シャマルも泣かないで。報告してくれた事には感謝してるから。ありがとう。 
 
そうだ、お風呂に入ってきたら? 
今日は外は雨だったし、身体をゆっくり温めて――風呂上りにでも、あたしにもう一度話を聞かせて」 
 
「ア、アリサちゃん――! 私、私……ただ主の為を思って、なのに……」 
 
「うんうん、分かってる。あたしはちゃんと、貴女の言葉を受け止めているわ」 
 
  
 湿っぽくなった空気に活を入れるように、アリサは普段通りの態度で会議を締め括ってくれた。 
 
居心地の悪さも完全に入れ替わり、天才少女を中心に場が動き始めている。 
 
すっかり愚痴っぽくなったシャマルを宥めながら、俺に苦笑いを向けた。 
 
 
(此処はあたしが治めておくから、良介は――) 
 
(――悪いな、お前にいつも任せっきりで) 
 
 
 アリサには全て事前に話している。仕事の話を、はやてに伝えられない事も。 
 
弁解しようと思えば出来た。けれど、そうすると人探しを含めて全部話さなければならない。 
 
「嘘を吐かない」、それが八神はやてとの約束。隠すしかなかった―― 
 
アリサは勿論の事、俺も良く分かっている。 
 
 
――これでは何の解決にもならない。 
 
 
少女が仲介に入れば穏便に解決する関係、そんなものを家族とは呼ばないだろう。 
 
一人の人間が中心で成り立つのならば、そいつがいればいいだけ。繋がりなど必要なくなる。 
 
でも……どうでもいい事だ。 
 
アリサにも直接依頼内容を口にしていないが、今日の俺の失敗――綺堂さくらの試験、その勘違いも話している。 
 
 
 
聞き込み調査、ファリン・K・エーアリヒカイトの捜索を正式に終わりにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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