とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三十四話
                               
                                
	
  
  
 人探しの専門家と聞いて一般的に思い浮かべるのは、探偵か警察だろう。 
 
無料だが、腰が重いのが警察。有料だが、フットーワークが軽いのが探偵。 
 
その他組織力や個々の能力と色々あるが、決め手となったのは知人が居るというごく平凡な理由。 
 
 
そう――あの不良警官、リスティ・槇原である。 
 
 
「珍しいな、お前から訪ねに来るなんて……ああ、それで今日は雨なのか」 
 
「御足労願った民間人様に、温かい茶の一杯でも出しやがれ」 
 
 
 学校に居る知人連中への聞き込みは新人の助手に任せ、俺は次に警察署へと向かった。 
 
全国規模で配置される都道府県警察の出先機関、コンビニと同じく24時間不在となることが無い運用体制。 
 
常時出動出来るように、警察官は署内で待機状態を維持し続けている。 
 
リスティは警察の民間協力者として働いており、警察機構からの信用もあるようだ。実に嘆かわしい。 
 
 
「叩かなくても埃が出そうな男が、ノコノコ顔を出していい場所じゃないぞ。 
怪我が直って、殊勝に罪を償う気になったのか。うん?」 
 
「ライターで火をつけられる前にそのヤニ臭い口を塞げ、この野郎」 
 
「ははは、悪い悪い。色々あって憂鬱になっていた時に、タイミング良くストレス解消相手が来てくれたからね」 
 
 
 どうやら本当にご機嫌斜めだったのか、無遠慮に肩をコキコキ鳴らしている。精神的に参る仕事でも抱えているのだろうか? 
 
城島晶と同じく、リスティ・槇原とはあまり縁はない。フィリス関係で多少なり話す程度だ。 
 
通り魔事件で関係者の俺に事情聴取した縁で、五月の事件ではアリサの一件で世話になった。 
 
今は街灯投擲事件に関して捜査をしてくれていて――というか、面倒な事件でしかこの女と関わっていないな。 
 
綺麗な銀髪をした美人だが、個人的にはご縁になりたくない人物。酒と煙草を愛する不躾な女性である。 
 
生真面目で優しいフィリスとは正反対のタイプで、気が合わ……なくもないな。あれ?  
 
むしろ説教ばかりのアイツの方が苦手だろう、俺。何時の間にか、慣れ親しんでいるぞ。 
 
フィリス・矢沢、恐るべし。その内天使の微笑みに性格が修復されそうで怖い。 
 
 
「茶ぐらい出してやるから、勘弁してくれ。何か相談事だろう? 寮の方に顔を出せばいいのに。 
僕が何時でも此処にいるとは限らないぞ。今日はあの古狸に呼び出されて……ちっ、また腹が立ってきた」 
 
「未成年の前で煙草に火つけるな!? 警察の玄関前だぞ、此処」 
 
「細かい奴だな、いちいち。 
魔の禁煙エリアから一歩踏み出した此処で堂々と吸うのが快感なんじゃないか」 
 
「こいつを逮捕しろよ、ポリス!?」 
 
 
 警察の民間協力者という立場上、海鳴の警察署に平日リスティが居るとは限らない。夜、寮へ出向いた方が賢明なのは分かっている。 
 
ただ一ヶ月間の猶予がある上に、さざなみ寮に夜顔を出すのは危険な気がする。絶対、話をするだけでは終わらないだろう。 
 
聞き出したい事は一つだけだ。サッと写真を見せて、とっとと情報を貰って退散したい。 
 
身元不明な俺が敬遠しがちな警察に自分から顔を出す危険を冒したが、本人がちゃんと居てくれたのでよしとしよう。 
 
リスティに連れられて、警察署の中へ。受付その他をすっ飛ばして、ある部署の中へ入っていく。 
 
 
「『生活安全課』……? お前は何の民間協力をしているんだ」 
 
「……っ」 
 
 
 全く華々しさが感じられない部署名を笑ってやると、当人はこちらを一瞥して不機嫌に鼻を鳴らす。 
 
おや……? この程度の皮肉、この女なら冷笑して聞き流すだろうに。この課に何かあるのか? 
 
何か様子が変だ。警察署前で偶然再会出来た時も、俺を見てあまりいい顔をしなかった。 
 
歓迎すべき客でもないのは分かっているし、俺だって好んで訪ねたのではない。 
 
それでもこうして雨の中、傘を差して――学校には置き傘という便利なアイテムがある――訪問した意図を察する事くらい出来るだろう。 
 
 
やれやれ……晶といい、梅雨の空は女の心まで湿っぽくしてしまうものか。 
 
 
「その辺に勝手に座れ。今、お茶を入れて来てやる」 
 
「取調室にまで連行するかと思えば、案外普通の部屋だな」 
 
「警察の協力者といっても、好き勝手出来る訳じゃない。しがらみはあるんだよ、何処でも」 
 
 
 取調室の使用にも上の許可が必要で、許可を取る手間暇なんぞ無駄という事か。犯人でもなんでもないからな、確かに。 
 
私服警官が仕事している部署を横切り、面会用の部屋で待機させられた。雑居っぽい感じが落ち着く。 
 
生活安全課というからには、この部屋は地域住民との相談や面会人との話し合い等で使用しているのかもしれないな。 
 
敢えて生活空間を演出する事で、落ち着いて話が出来るようにする為だ。犯人でもない人間に取調室は警察の心証を悪くするだけだ。 
 
 
「ほれ、入れて来て貰ったぞ。粗茶だが、警察の真心に感謝して味わえ」 
 
「へりくだっているようで、思いっきり見下ろしているな貴様」 
 
 
 自分はちゃっかり紙コップに、温かいコーヒーを入れて飲んでいる。コーヒー党ではないが、差を付けられているようで腹が立つ。 
 
面会室の中で二人っきりなのをいい事に、携帯灰皿を準備。吸い始めたら茶をぶっ掛けてやる。 
 
俺は煙草に手を出した事はない。煙がどうとかいう以前に、一箱何百円もする高価な嗜好品なんぞ買えない。 
 
肺を煙で満たすくらいなら、胃を食い物で満たす。俺はそんな放浪生活を送って来た。 
 
 
「で、今日此処へ来たのはお前が襲われた事件の事か」 
 
「別件だが――その件も気になってはいる。その後。何か進展はあったのか?」 
 
「お前がまた襲われた事くらいかな、今のところは」 
 
「何、だと!? フィリスの奴、もうお前に話したのかよ!」 
 
「いや、今聞いた」 
 
 
 美貌を喜悦に歪めて、煙草に火をつけるリスティ。お、おのれ、誘導尋問とは卑劣な! 
 
フィリスが他人の事情をペラペラ話す女ではない事は百も承知なのに、ぐうう…… 
 
他人を信頼する事は愚かだと笑っている俺が、信頼しなかった為に嵌められてしまった。何という皮肉な! 
 
 
今更黙秘しても、安っぽいプライドすら守れない。俺は渋々テーブルクロス女の事を話した―― 
 
 
「テーブルクロスね……また珍妙な奴に狙われてるな、お前も。心当たりは?」 
 
「あるか、ボケ。知り合いたくもねえよ」 
 
「思い出せる限りの特徴を話してくれ。顔や身体は見えなくても、背格好とかは分かるだろう。 
その時の言動や態度、攻防戦の一部始終を詳しく。テーブルクロスの柄やサイズ、出来ればメーカーも知りたいな」 
 
「……いやに真剣だな……てっきり馬鹿にされるだけかと思ったのに」 
 
「本当に殺されかけたのなら、真剣にもなる。好き放題生きているお前でも、立派な命を持ってる。 
フィリスのように親身にはなれないけど、知り合った以上はその命は守ってやる。 
 
……あいつは誰にでも優しいが、見込みもないクズにあそこまで面倒は見ないよ」 
 
 
 口元は綻んでいるが、目は真剣で使命感に満ちている。自分の仕事に誇りを持っている人間の、目だった。 
 
共通点は綺麗な銀髪くらいだと思っていたが……職務に対する熱心さは、フィリスと実に似ている。 
 
この町の人間は一見ただ甘ったるいだけに思えるが、どいつもこいつも芯は強い。 
 
自分自身の生き様をありありと描き出す、物語を持っている。 
 
 
綺堂さくらの依頼――アリサの推薦で始めた、この仕事。いずれ、誇りを持てるようになるのだろうか? 
 
 
今はまだ何も見えないまま、闇雲に歩いている。 
 
すぐに結果を出せる採用試験ではないのは分かっているが、足踏みしている状況が腹立たしい。 
 
 
「一番分からないのは動機だな。一度なら事故や偶然の可能性もあったが――」 
 
「偶然で街灯を後ろから投げられたらたまらんわ!」 
 
「二度目ともなれば、確実にお前個人を狙っている事になる。本当に何も心当たりはないのか?」 
 
 
 ――あるにはある。異世界で警察をやっている知人からの情報が、俺への関与を物語っている。 
 
プレシアが生み出した悪魔の技術と、技術が生み出した生物の模倣。盗難にあった、紅いジュエルシード。 
 
ジュエルシードの暴走は未然に防げたが、かの石が世界と世界の壁に穴を開けてしまった。 
 
世界の壁の穴を潜るのは、決して法の守護者ばかりではない。 
 
アリサの儀式に参加してくれたリスティなら信じるだろう。管理局との連携も可能かもしれない。 
 
 
ただ……妙に、引っかかる。奴は本気で、俺に殺意を持っていた。殺気が見えない殺意が、本当に不気味だった。 
 
 
法術使いだとか、プレシアの事件がどうとかではない。ただ、俺を殺す気だった。 
 
損得云々ではない。白昼の襲撃が何より物語っている。 
 
保身のない殺意がどれほど危険なものか――愛する娘の為に世界を滅ぼす魔女と戦った俺にはよく分かる。 
 
自分の印象を語ると、リスティは難しい顔をする。 
 
 
「怨恨か……厄介だな。捜査範囲は絞り込みやすくなるが、再犯の可能性は高い。十分に用心しろ。 
折角警察に来たのなら、保護を求めた方がいいぞ」 
 
「捜査してくれるだけで十分だ。心当たりもなく命を狙われて、大人しく閉じこもるなんて御免だ」 
 
「プライドが高いのはいい事だけど――」 
 
「お前が犯人を捕まえてくれればいい。それとも、自信がないのか」 
 
「……やれやれ、お前が死ぬのは勝手だが、フィリスに怒られるのは僕なんだぞ」 
 
 
 俺が死ねば泣き喚くだろうと、嘆息するリスティが子供っぽく見えて苦笑する。立場関係はあっちが上らしい。 
 
結局襲撃に関する手掛かりは得られなかったが、収穫はあった。 
 
警察なんて所詮頼りにならないと思っていたが……その協力者は、存外職務熱心な奴らしい。優秀であるなら尚更いい事だ。 
 
これで性格が悪くなければいい女なんだが――いや、案外その意地悪い性格も俺以外の男には魅力的なのかもしれない。 
 
その後リスティから正式に連絡先を教えてもらい、何かあればすぐ連絡するように念を押された。 
 
警察よりは通報しやすいだろうと、含みある微笑を浮かべるリスティが憎たらしかった。まあ、今後は少しは連携するか。 
 
憎たらしい騎士共といがみ合っているせいか、こんな不良警官が善人に見えるから不思議だ。 
 
 
その効果も後押しして、俺は少しの期待を胸に写真を取り出した。 
 
 
「……? 何だ、この写真」 
 
「俺がお前をわざわざ尋ねた理由だ。単刀直入に聞くが、そいつを何処かで見かけた事はないか?」 
 
「見たも何も、誰だか顔も分からないじゃないか。他に何か持っていないのか、名前は?」 
 
「……分からん」 
 
「じゃあ分かる訳がないだろう、常識的に考えても。こんな犯罪者」 
 
 
 ぐぬぬ、警察署の前で堂々と吹かす女に常識を問われるとは! 屈辱、何という屈辱……! 
 
それでもリスティに詰め寄って尋問したが、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。ええい、役立たずめ。 
 
犯罪を取り締まる組織の協力者のくせに、人探しも満足に行えないのか! ……俺も全く成果を出せていないけどな! 
 
くっそう、依頼人の意図がまるで読めない。ノエルの妹が行方不明なのに、真剣に探す気があるのか! 
 
採用試験で俺を試そうとするのは結構だが、こんな調子では一ヶ月が一年でも難しいぞ。 
 
くっそう、情報が無さ過ぎる。この写真一枚では、誰に聞いても同じ反応が返ってくるだろう。 
 
ノエルに似た美少女というのも、想像でしかないからな……姉妹が似るとは限らない。 
 
せめて顔が分かれば捕まえやすいのに! 
 
この警察署に張られている手配書だって、犯人の顔がちゃんと―― 
 
 
 
――。 
 
 
 
――。 
 
 
 
……。あん? 
 
 
 
「どうして犯罪者なんだ?」 
 
「急に怖い顔してどうしたんだ、一体」 
 
「お前、今言っただろう。こんな犯罪者と」 
 
「気を悪くしたなら謝るよ。別に他意はないんだ。この子が目線を隠しているから、つい――」 
 
「それだ!!」 
 
 
 大声を上げられて驚くリスティを尻目に、俺はもう一度写真を取り上げて注目する。 
 
――やっぱり!? この子は顔が写っていないんじゃない、身元を隠しているんだ。 
 
誰だか分からないのは一緒だが、意味は全く違う。この写真の見方だって全く変わってくる。 
 
犯罪を犯した未成年の身元が公に出ないのは、明らかになった場合に日常生活を送る事が出来なくなるからだ。 
 
加害者やその家族にも人権があるから、公は人権を守るための手段を採らなければならない。 
 
もしもこの写真が同じ理由で生まれたものだとしたら―― 
 
 
『ファリン・K・エーアリヒカイト』、彼女が社会的に公に出来ない存在である可能性も出てくる。 
 
 
「――綺堂、さくら」 
 
 
 ギリッ、写真を強く握り締めたまま俺は歯噛みする。身が震えるような屈辱に、強い痛みすら感じた。 
 
後ろめたい人間である事を隠していた事は、別にいい。依頼人の事情に踏み込むつもりはない。 
 
俺の依頼はあくまで人探しであって、それ以上でもそれ以下でもない。 
 
発見して連れ帰ればそれでいい。その後どうなるかなんて知った事ではない。身内で勝手にやればいい事だ。 
 
正義感も生憎と持ち合わせていない身、警察に協力する義理もないだろう。 
 
問題はそんな事ではない。俺が憤りを感じているのは…… 
 
 
綺堂さくらがこの写真の少女をノエルの妹だと――俺に教えた事だ。 
 
 
俺はとんだお人よしだった。綺堂が俺にノエルの妹だと教えたのは、彼女が少しは信頼してくれたからだと思った。 
 
俺の決意を聞いて心が動いたのだと、まるで初心な少年のような期待と喜びを感じた。 
 
馬鹿が!! 
 
――そんな女ではない。綺堂さくらは微塵も、俺を信用などしていない。 
 
この写真に秘められた本当の意味が何より物語っている。 
 
綺堂さくらが俺に、写真の娘がノエルの妹だと伝えたのは―― 
 
 
『ファリン・K・エーアリヒカイト』が善人であると、俺に思い込ませる為だ。 
 
 
あの情報は信頼の欠片じゃない、彼女からの試験項目だ。 
 
月村を主とする誇り高いメイド、そのノエルの妹なら何の問題もない人物だと認識してしまった。 
 
その結果友人知人に聞き込みをして、平和的に解決するやり方を選んだ。効率の良いやり方ではないと、知りながらも。 
 
誤った思い込みは、真相を遠ざける。真実を見えなくして、歩くべき方向を見失ってしまう。 
 
今の俺はまさにそれ。この写真にはもっと深い意味があったのに……綺堂の言葉一つで、簡単に探る事を止めてしまった。 
 
何度も、何度も、念を押されただろうが!! 
 
これは俺という人間を試す、綺堂さくらからの試練であると。一切の手助けはしない、自分の力で見つけろと―― 
 
 
「お、おい!? どうしたんだ、急に!」 
 
「――変な事を聞いて悪かった」 
 
 
 俺はその場で、写真を――引き裂いた。リスティの前でビリビリに破いて、部屋にあったゴミ箱に捨てる。 
 
自分の浅はかさに眩暈すらした。あまりの悔しさに、俺ともあろうものが涙さえ出そうになった。 
 
 
――俺の決意なんて、お前にとって何の価値も無かったか。ああ、そうだろうな。 
 
 
お前が求めているのは、結果。ただそれだけ。 
 
信頼を得る為に決意を語るガキンチョを見て、綺堂は内心どう思っていたのか想像もしたくない。 
 
面接とかで自分の理想を語るだけの男を、会社が採用するだろうか? ありえない。 
 
一つだけ言えるのは、俺はまだ金を稼げる大人ではないという事。 
 
 
散々馬鹿にしていた信頼すら――俺は手に入れる事が、出来ない。 
 
 
「リスティ、アンタが真剣にやってくれているのは分かった。けど、もういいよ」 
 
「は……?」 
 
「捜査は、もういい。俺の命を狙っているのなら――好きにさせてやるさ」 
 
 
 破いてしまった写真は、二度と元には戻らない。どれほど修復しても、傷跡は残ってしまう。 
 
引き裂いたのが誰であるかは、関係ない。真実は変わらない。 
 
 
 
壊れたものはもう二度と、直せない。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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