とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十二話







「――先日は主への非礼、深くお詫び申し上げます」
「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を護る守護騎士にてございます」
「夜天の主の下に集いし雲――」
「ヴォルケンリッター。……なんなりと、命令を」



「……。ア、アリサちゃんのお知り合いの方々です、よね……?
すんません。急に頭を下げられても、何がなにやら――」

「何言ってるんだ、お前。あんなの嘘に決まってるじゃないか」

「謝るとこちゃうの、それ!?」


 中世ヨーロッパ風の誓いの儀式、和風住宅の中庭で行う騎士達。

誕生日会も終わり、話し合いで一応片がついたので、正式に守護騎士達を紹介する事になった。

恭しく頭を下げる仕草は洗練されて見事の一言に尽きるが、背景が洗濯物を干された庭ではシュールでしかない。


「紹介も済んだし、俺は仕事に行って来る。後は当人同士で勝手にやってくれ」

「いやいやいや、関係者っぽいやんか!? 私の持ってる魔導書と関係あるんやろ!
わたしに関係する事は二度と隠し事せえへんと、前に約束したよね?」

「俺が約束なんぞ守――るに決まってるじゃないか! アリサ、説明を」

「はいはい。はやて、実はこの人達は――」


   一晩世話になった高町家をお暇して、車椅子のはやてを押して八神家へ帰宅。

――ちなみに面倒なので足で押したら、アリサに即行で怒られた。他人の善意とはなかなか理解されない。

事前にミヤを仲介に呼び寄せたシグナム達を、スタンバイさせておく。

随分回り道をさせたが、ようやく守護騎士達ヴォルケンリッターは主との対面を果たしたのである。


「なるほど……昨日の誕生日で正式なマスターになったんか……
それで皆が、わたしを守る騎士になってくれると――」

「はい。よろしくお願いします、我が主」


「待てよ、決定事項じゃないだろ」


 不愉快に顔を顰める四人、知った事ではない。怒りを煽ると分かっていても譲れない。

他人事なら誓いだろうが何だろうが干渉しないが、この件は俺も大いに関わっている。

はやてが承諾すれば、俺は二十四時間監視生活を強いられる。

アリサの策は俺の為だと理解しているが、気が進まないのも事実だ。


何より――八神はやてが『夜天の魔導書』の主となる事を当然とする、こいつらが死ぬほどむかつく。


「よく考えろよ、はやて。この平和な世の中に、騎士を四人も必要か?
お前に才能があったとしても、魔法なんて何処で何に使うんだ? 異世界の力なんぞなくても、今まで生きてこれただろう。
強大な力に目覚めても持て余すだけだ。特に、お前のような足の不自由な人間には」

「良介、やめなさい! 話し合って決めた事を蒸し返しても仕方ないでしょう」

「そうですぅ! 人の欠点をつくなんて酷――」


「お前らは黙ってろ!!」


 アリサもミヤも目を丸くして、言葉を失う。

今まで散々俺を窘めてきた二人が逆に黙らされて、騎士達も怒りより先に驚きが顔に出ていた。

どうして熱弁しているのか……自分でもよく分からなかった。


「……前々から言おうと思っていたけどよ、他人をあんまり信じるなよ。
こいつ等はお前を守るだの何だのと調子の良い事ばかり並べているが、お前と一緒に住む――つまり、お前の世話になると言ってるんだ。
身元不明の怪しい外人を四人も住み込みで雇い入れるんだ、近所の連中はどう思う?
お前の面倒見てくれるフィリスや、足の主治医にどう説明するつもりだ。アリサの知り合いだけでは、突き通せない。
生活費だってかかる。戸籍がなければ、身元証明も出来ない。お前は責任を取れる年齢でも、立場でもない。

魔導書が通用する時代でも世界でもない! 安易にOK出したら、引き返せなくなるぞ。

こいつ等がどういう連中か、俺達は何にも知らない。奇麗事並べたところで、いざとなれば・・・・・・主を裏切るかもしれないんだ。
状況に流されるな。厄介事を背負い込むことになるぞ」


 ……もどかしくて仕方ない。俺だってはやてに世話になっている身だ。

早いところ出て行きたいが、はやてには恩がある。たった今偉そうに口にした生活費を、俺自身がまだ払っていない。

何より――『夜天の魔導書』の力を借りてジュエルシード事件を解決した、この事実が重い。

所詮は上っ面、籠の中の鳥がピーピー囀っているだけだった。


「良介……ありがとうな、心配してくれて。
わたしはまだまだ子供やけど、良介の言いたい事は分かるよ。
人の面倒を見る事がどれほど大変か――今まで一人で生きてきたわたしには、理解してるつもりや」


 ギリッ、歯噛みする。

はやての優しい微笑みを見て、自分が敗北した事を思い知る。

少女の笑顔は、決意の証だった。


「わたしは良介に出逢えて、ほんまに幸せになれた。友達も出来て、心から安心できる大人に会えた。
今度は、わたしの番や。
わたしが魔導書を捨てたら、ミヤやこの人達どうなるん? 他の人に重たい運命押し付けて、自分は知らん顔か?」

「生きる場所が違うだけだ。次に相応しい人間に巡り会えるかもしれないだろう!」

「ひっどい人かもしれんやんか。それに、ミヤとお別れするのは嫌や。
――わたしの大切な家族なんやから」

「は、はやてちゃん……!」


 純真無垢な妖精は、感激に涙を滲ませる。

これ以上何を言おうと、この話の行く先は一つだけ――

俺は、肩を落とした。


「分からん事も多いけど……わたしは自分の意思で、この本を手に取る。
主とか偉そうにするつもりはあれへん。わたしは魔法使いじゃないし、どう使えばいいか分からへんからね……
折角貰った力も、皆には悪いけど一生使わんかもしれん。

こんなわたしでよかったら……一緒に、生きよう。困った事があったら、お互い助け合っていこうな」


 礼儀正しく畏まる騎士達、その代表のシグナムの手を取ってはやては伝える。

示された忠誠心に対する、慈愛の返礼――

絶対の忠義ではなく不変の親愛を求められた剣の騎士は、応える。


「――我ら守護騎士、貴方と共に」


 はやての言葉の意味を、精一杯の気持ちをプログラミングされた騎士達には理解に及ばないものだろう。

平然とした彼女達の表情が、如実に物語っている。

一方的な力関係のみだった騎士達に、家族の概念は分からない。

――俺と同じように。


「ふふふ、無駄な抵抗でしたね。優しいはやてちゃんが皆さんを拒絶しな――リョ、リョウスケ……?
ちょ、ちょっと言い過ぎました。ごめんなさいです。

そうですね、リョウスケははやてちゃんを心配して――」


「心配なんてしてねえよ!!」


 フィリスといい、何なんだお前らは。人の気持ちを勝手に代弁しやがって。

他人を善人にして何が楽しい。優しい人間はそれほどお偉いのか?

娘の為に世界を滅ぼそうとしたプレシアは、犯罪者として――くそっ。

心配なんてしていない。

どれほど言ってもはやてが聞き入れないなら、俺の勝手な忠告なんか何の意味もねえ。

所詮騎士達も――八神はやても、俺の気持ちなんざどうでもいいんだ。


「――仕事があるから、行って来る」

「りょ、良介! あの……わたしは良介の気持ちも嬉しいと思ってる。それは本当なんよ」

「お前は決めた事なら、反対はしねえよ。此処は、お前の家だからな」

「良介の家でもあるよ! それは――忘れんといてな」


 顔色を伺うはやてが目障りで仕方なかったが、罵声を浴びせずには留められた。

苛立ちを含んだ八つ当たりでしかないと気付けたのは、先月似たような言い争いをしたからだ。


泣きじゃくるなのは、悲しみに沈黙するフェイト――


俺の心を映し出すような曇り空の下、重い息を吐いて俺はその場を後にした。

逃げるつもりはない。今は俺が居ない方がいい、そう思ったからだ。

面倒極まりない仕事でも、気分転換にはなるだろう。

決して勢い任せに飛び出さず、必ず帰ると意思を残して家を出る――



過去とは違う行為が成長と呼べるのかどうか、今の俺には分からなかった。












 六月に入り、スッキリしない天候が続いている。

梅雨の時期特有のどんよりした空模様に、住宅街でも洗濯物や布団を干す家はあまり見られない。

朝の忙しない時間は過ぎ、学生や社会人がそれぞれの戦場へ出向き、田舎町は静かなものだった。

十代の男が平日の朝からブラブラと出歩き回る――見咎める人間がいないのはありがたいかもしれない。

……こんな服を着ているしな。


「また来おったか――何じゃ、その大仰な剣道着は。業を煮やして、力ずくで追い払うつもりか」

「アンタこそどうしたんだ、その肩紐ゼッケン。風邪引いてるくせにスポーツかよ……」


 年季の入った一軒家に一人住んでいる、病気の老人。こいつが今の仕事のターゲット。

不自由な老人暮らしを心配する依頼人の娘さんより、同居生活を説得するように頼まれている。

病気の分際で、うろつき回るな。


「娘の手料理で年寄りを篭絡させるのは無理だと悟ったか。少しは学んだようじゃな」

「俺がもう全部食った」

「キサマ!? いけしゃあしゃあと、よくも――!」

「くくく……食べたかったんだ、やっぱり。安心しろ、今日は自宅から直接来ただけだ。
ご所望なら、娘さんと同居すれば毎日作ってもらえるぞ」

「……ぐぬぬぬ、小僧ぉ……!」


 怒る元気があるのなら、もう大丈夫だろう。娘さんに言っておこう。

今日は前向きな報告が出来そうだ、首尾は上々である。

面倒だが、今日も俺は説得を行う。


「いい加減年なんだから堪忍しろよ。諦めないぜ、娘さんも俺も」

「自分の娘はともかく、キサマに言われる筋合いはない!」

「娘さんはあんたの事を本気で心配してる。余計なお世話だろうけど、事実だ。
一人だと色々不便もあるだろう。年金だけじゃやっていけないぞ、今の世の中。
誰にも看取られず、一人ポックリ逝くのがお望みか?

少しは娘さんの気持ちを――」


「――ふん、口先だけの小僧が。虫唾が走るわ」


 爺さんが不機嫌に鼻を鳴らす。

あくまで自分の生き方を愚直に貫こうとしているだけではないらしく、俺は眉をひそめる。

自分より長く生きている男の顔が、俺を真上から見下ろす。


「娘に頼まれたと言っておったが、ボランティアなどではないじゃろ?
心が全くこもっておらん。
上辺だけの軽い言葉で、人の心を動かせるものか。自分がチンケだと宣伝しているようなものじゃ。

斜に構えておるが、キサマも所詮今時の若者にすぎん」

「何だと――!」

「なんじゃ、自覚はあったのか。それとも最近、他の誰かに言われたか?
年上として忠告してやろう。キサマはまだガキじゃ。
社会に生きる術も、生き残る強さも持っておらん。今のままでは、他の誰かに流されて終わりじゃ」


 ――息を飲んだ。

大魔導師でも、時空管理局員でも、天才少女でも――他の誰でもない、その辺の一般人に指摘された。

俺がちっぽけな凡人だと、見破られた。

特別な誰かではない・・・・・・・・・老人の言葉が、俺を萎縮させている。


「よいか、小僧。
相手を諭すなら、誠心誠意心を込めて語れ。騙すのならば、相手に一生気付かれないように死ぬ気で騙れ・・
中途半端が一番いかん」


 目から鱗が落ちた気分だった。

今朝のはやてとのやり取り、麗しい決断ではあるが俺にとっては大敗北だった。

どれほど言葉を重ねても、はやての心を揺さぶる事さえ出来ない。小学生レベルのガキの決意さえも。

悔しさより感じたのは、虚しさだった。先月より感じ続けていた、無力感。

正義にほだされず、悪に落ちない心――弱さを抱えたまま強くなる、口では大層に言っても現実は変えられない。

ジュエルシード事件で残された遺恨、自分の立ち位置が定まらない苛立ちがあんな形で出てしまった。

俺は、中途半端だった――


「全く図体がでかいだけのガキは可愛げがなくて、始末に困るわい」

「……ほっとけ」

「お前さんが連れてきた嬢ちゃんを見てみい。素直なもんじゃないか、ふふふ……随分嫌われておるのう」


 玄関先――開いた扉の向こう側で、珍妙なハンマーを持ったガキが睨みを利かせている。

燃えるような赤い髪に、ワインレッドに輝く瞳――

野暮ったい黒いシャツ一枚を着用して、隙のない姿勢で俺の一挙一動を監視している。


――仕事に出かけた俺を、無言で追い続ける少女。


八神はやてと正式に主従関係が結ばれ、監視生活が開始した。

前もってシフトを決めていたのか、俺が仕事に出た際一番にこのガキが追いかけて来やがった。

他の三人は本来の役目、八神はやての護衛――

今頃アリサやミヤが手伝って、生活環境を整えているだろう。


「怪しいとは思わねえのか? 髪に目の色、あの厳ついハンマーとか」

「可愛らしいじゃないか。少なくとも、チンピラ顔のお前さんよりマシじゃ。
まあ……剣道着はなかなかサマになっておるがの」

「どっちなんだよ。とにかく、あのガキの事はどうでもいい。
アンタに一つ、提案がある」

「そろそろ出かける時間なんじゃが……一応、聞いてやる」


   頭を切り替えよう。最近、他人の主張に引き摺られている。

自分が納得するやり方でいけ。プレシアの時は、世界を管理する組織を相手取って主張したじゃないか。

この依頼を聞いた時、俺は依頼人に共感したか? むしろ、反発しただろう。

一人でも生きていける、俺が散々言ってきた事だ。他人の言葉で、説得は出来ない。

だからといって、爺さんに賛同すれば仕事が成り立たない。人間関係の鬱陶しさは、この点に尽きる。

自分の考え方と、他人の主張――二つを合わせる事で、新しい可能性が生まれる。

願いを叶える宝石が起こした悲劇が、教訓として俺に教えてくれた。


「同居ではなく――入院・・ならどうだ?」

「ど、どういう意味じゃ!?」

「娘さんは一人暮らしのアンタを心配し、アンタも娘さんを憎からず思っている。
せめて体調が完全に回復するまでの一ヶ月間、娘さんの家で養生して欲しい。

住み心地が良ければそのまま同居、気に入らないなら退院・・すればいい。アンタの意志に任せる」

「……それで娘は納得するかの? それにワシが出ていけば、お前さんの仕事も達成された事にはならんじゃろ」

「俺の仕事は説得・・だ。後は、アンタと娘さんの問題だろ?」

「なるほどな……ぬわっはっはっは! 小賢しい提案をしおる」


 そう、無理に他人事に突っ込めば解決するものではない。

正義と悪――嘘と本音が交差するギリギリまで踏み込んでいく。

自分と他人を分けるライン上こそ、孤独――他人を否定しきれない・・・・・、俺の新しい立ち位置だ。


「よかろう、ワシとの勝負に勝てばその提案を飲んでやる」

「本当か!? よっし――勝負……?」


 風邪を引いているとは思えない、溌剌とした顔で告げられる。



「ゲートボールじゃ」



 ゲートボール、五人一組のチーム戦。

俺は当然参戦として――後の四人・・・・は……?



ジジイがニコニコ顔で見つめる先に――訝しげな顔をする、少女騎士がいた。



















































<続く>







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