とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十話
世界的にもそれほど評判の悪くない日本、自分が生まれた国としての贔屓もあるが自分は気に入っている。
ゴミ捨て場に廃棄された子供でも救われる国家制度と教育、優しさが許される御国柄。侍の聖地。
そんな日本に古くから伝わる民族衣装が、和服である。
「――風呂上りに着なくてもいいと思うんですけど・・・・・・宮本さんなら、師匠の服でも問題ないでしょう」
「別にあの男は嫌いでもないが、借りた服のサイズがピッタリとかだと気持ち悪いじゃねえか。
折角の退院祝いだ、ありがたく着させて貰った。男前だろ?」
「妙に似合い過ぎてて、日常で違和感を感じないのが怖いっすよ。目が鋭いからかな」
風呂上りの穏やかな時間、夕餉前の平和な居間で武道家二人が話している。
城島晶、男勝りの空手家。料理上手な一面も持つエプロンの似合う少女。
宮本良介、大魔導師を倒した剣士。――誰も讃えてくれないので、自画自賛しておく。
そんな俺が旅人生活を過ごして来た一張羅を脱いで、今新しい人生の門出に相応しい服装を着用している。
「剣道八段の風格って奴だ。へつらって敬え」
「レンが聞いたら笑われますよ、46歳の若作りとか何とか言われて」
「ええい、あの心臓病患者め。忌々しい」
――紺正藍染の剣道着と、正藍染上製木綿袴。
良質な木綿から捻出された繊維を織りあげて作られた高品質の一品で、一針一針丹念に仕上げられている。
自然の風合と芯のある柔らかさが大きな特徴で着易くて肌触りが良く、稽古服としても申し分ない。
型崩れしにくい素材に芯のある柔らかさ、永く愛用できる個性的な逸品――
高町一家の大黒柱高町桃子が用意してくれた退院祝いのプレゼントである。
通常の祝い品と趣が異なるのは、風変わりな俺が喜ぶ物を彼女なりに懸命に考えての結果だろう。
実際、こうして喜んで着ているから反論も出来ない。
・・・・・・先月家出して迷惑かけた挙句、泣いて縋った後では特に。
「改めて、本当にありがとうございました。
あいつ随分悩んでて――俺もどうしたらいいのか、分からなかったから・・・・・・」
「別に考え込む事はねえだろ」
「えっ――」
「あの時、俺は見向きにしてなかった。お前もあいつも、どうでも良かった。
そんな俺にも言える事はあったんだ、毎日同じ家で過ごしたお前ならもっと色々出来た筈だ。
ちょっとした事で歩く道が変わるのが人生の面白い所だが、俺とお前が関わった時点で結末は同じだったさ。
絶対死なせない、だろ?」
「――はい! 当然っすよ!」
その「当然」が出来なかったから、俺は先月悩み苦しんで間違い続けたんだけどな。
愚直に友達を思い遣れる晶なら、最短最速でレンにぶつかれたに違いない。
真っ直ぐな言葉ほど、相手の心に届きやすいのだから。
他人への思いを見習う気は無いが、目的に向かう真っ直ぐな気持ちだけは羨ましく思う。
フェイトにはなのはが、レンには晶がいた――それだけできっと、救われた。
俺が入ったせいで事件は複雑になり、真っ直ぐな人間関係まで混線したのだ。
けれど、後悔は無い――アリサには俺がいた、それだけで胸をはれる。
「まあでも、経過が順調ならよかったよ。俺が先に退院してしまったけど」
「あいつの場合、長年苦しめられた病気ですからね。心臓発作で切羽詰ってましたから。
本当なら手術も検査や手続き等で時間がかかるのに、五月中に出来たのも病院や先生のお陰っすよ。
あ、勿論レンを説得してくれた宮本さんも」
「無理に付け足さなくてもいいよ、別に。・・・・・・侘びでもあったしな」
「? すんません、ちょっと聞こえませんでした」
「お茶のお代わり、頼む」
「?? は、はい。ちょっと待ってて下さいね」
首を傾げて湯飲み片手に台所へ消える晶、その背中を見送りながら嘆息する。
――先月の事件に残された自分の不始末の一つ、城島晶。
緊急入院したレンの思うが故に俺に縋ったあいつを、俺は乱暴に蹴って追い払った。
レンの心臓発作の原因に、反対を押し切って家を飛び出した俺にあるというのに。
俺は極悪非道の人非人、そこまで深く罪悪感は感じていないが、侘びの一つは入れておきたかった。
だが、生憎と俺と晶にそれほどの接点は無い。
恭也や美由希には剣士という共通点、なのははゲームでちょくちょく、桃子は世話になっている家の御上さんとして。
レンとは一分間の交流、フィアッセはラジオ代わりの生演奏。
一つ屋根の下で二ヶ月程度過ごしていたが、城島晶という少女と二人っきりで話した事は殆ど無かった。
快活で魅力的な少女なのは認めるが、異性への特別な意識は無い。
男のような言葉遣いだが礼儀正しく、年上を重んじる日本人の美徳もある。
人間関係への抵抗はある事は大いに認めるが、晶は高町一家の中では一番話し易い部類だ。
たまたま学校から帰って来た晶に、これ幸いと茶飲みついでに話しかけたってのに・・・・・・いざ詫びを入れるとなると、難しい。
風呂上りでも遊びたがるなのはを、折角桃子に押し付けたってのに――
こういうのは所詮きっかけなのだと、先月からつくづく思い知らされた。
結局晶が台所で用意してくれたお茶と茶菓子を、二人で歓談してノンビリ食べる事に。本人気にしていないし、もういいか。
いずれ、もっと別の形で借りを返そう。
――その決意が試されるのは、これより二ヵ月後の話。
今はただ平和に、友達でも家族でもない二人は絆に縛られず気軽に話す。
「無事退院出来てよかったっすね。怪我はもう大丈夫なんですか?」
「お前も海鳴大学病院で世話になるなら、銀髪のチビには注意しろよ。退院した後も口うるさいぞ」
「あはは、先生は心配しているんですよ。入院中の武勇伝も聞いてますよ、俺。
やっぱりまだ剣の練習とかは出来ないんですか?」
「次の診断結果次第、かな。今は体力取り戻す為に、無理しない程度に運動中。んで、この服装だ」
「・・・・・・そうっすか・・・・・・、あの、宮本さん。こんな事を言うのは何すけど、お願いがあるんです」
「? 聞ける範囲なら」
金なら貸さんぞ、とかベタな事は言わない。空手少女の気迫が許さない。
湯飲みをテーブルの上に置いて、晶は真剣な眼差しで見上げる。
俺はやや飲まれつつも、真っ向から見つめ返した。
俺のような人間への頼み事なんて想像もつかないが、この時聞いてやる気にはなっていた。
今度こそ、という気持ちもあった。
自分では別段意識していないようで――あの時はカッコ悪かったと、俺なりに自覚はあったようだ。
「宮本さん、入院する前はレンと毎日特訓してましたよね?」
「あんなコンビニに余裕面されるのは我慢ならんかったからな。退院したら、成敗してやるつもりだ」
「その気持ち、すっごく分かります! 俺もレンにはいつも・・・・・・って、そうじゃない!?
宮本さん。俺と、戦って下さい! お願いします!」
「――へ・・・・・・?」
空手道場に通う少女が対面で床に両手をつき、行儀良く頭を下げる。
熱血一直線な姿勢は大和撫子のような洗練さよりも、男らしい恰好良さを感じさせた。
自分の気持ちをこれほど身体で表現する子は、今時珍しい。
「お前、確か空手をやってるんだよな?」
「私立海鳴l中央2年生、城島晶。明心館空手道場で学んでいます」
「なら別にそんな改まって言わなくても、いつでも戦ってやるぞ。俺だって修行中の身だからな。
空手をやるのも面白そうだ」
頼み事と聞いて引き攣っていた頬が、安堵で緩む。
少なくとも、はやての誕生日会や病の老人の説得なんぞより余程承諾し甲斐のある話である。
最近は本当に人間関係絡みの話や、個人の悩み相談ばっかりでウンザリしていたところだ。
こういう頼み事なら喜んで引き受けてやろう。正直、俺が頼みたいくらいだ。
剣術と空手なら断然剣を選ぶが、空手の強さは古き歴史が証明している。
相手が少女だと侮る気は微塵も無い、己の卑しい傲慢はこの地で木っ端微塵に砕かれた。
出会った強者は皆俺より年下ばかりですからね、ふははははは・・・・・・ハァ。
軽く引き受けてやるつもりだったが、晶の話には続きがあった。
「よかった・・・・・・ありがとうございます! レンの代役が務められるように、俺頑張ります!」
「――ちょっと待て。どういう意味だ、それは?」
聞き捨てならない言葉に、俺は間髪いれず追求する。
この手のキーワードは放置すると、後々厄介事を生んでしまう。
少しでも引っかかれば、即聞いておかねば手遅れになる可能性もある。
晶は姿勢を正して、真正面から俺を見つめ返した。
「先月、俺はレンの為に何も出来ませんでした。悩んでばっかりで、立ち往生して・・・・・・目の前を時間が通り過ぎるだけで。
手術は無事に成功しましたけど、このままじゃあいつに合わす顔がなくて――
あ、この話レンには内緒にして下さいね!?」
「分かったから、続き」
「は、はい! それでせめて今からでも何か出来る事は無いかって考えて――宮本さんの事が、頭に浮かんだんです。
レンとは一緒に料理する事があるんですけど、あいつ宮本さんとの稽古の事をよく口にするんです。
大半文句ばっかり言ってるんですけど、レンなりに乗り気だったみたいで・・・・・・面白いほど吹き飛ぶとか、笑ってました」
――あんな中華娘、助けるんじゃなかった。レンの嫌らしい笑みを想像してテーブルを引っ掻く。
絶対俺の修行なんぞより、自分の一分間の娯楽を優先していたに違いない。
あんな細い身体と単価の安い物干し竿一本で、俺を圧倒していたからな。
奴の中国拳法は本物なので、毎日戦って勉強になっていた分余計に傷付く。
フェイトの使い魔アルフの拳を何とか耐え忍ぶ事が出来たのは、間違いなくレンとの修行の賜物だ。
「悔しいですけど、レンにはまだまだ敵いません。
代わりになれるか分かりませんけど、俺一生懸命やります。どうか、御願いします!」
「・・・・・・」
言わなければいいのに――俺は内心嘆息する。
晶の実力はハッキリとは分からないが、レンとの喧嘩は見た事がある。
体格差のある相手を最低限の力で叩きのめす、レンの実力――
大の大人を簡単に気絶させる強力な打撃を、晶は何度食らっても平気な顔で起き上がっていた。
常に己の向上心を途絶えさせる事無く、自分の意志を拳で語る晶の空手は羨望すら感じさせる。
何も知らずに打算無く戦えていれば、さぞ有意義な修行になっただろう。
代わりだと言われて、気にしない人間なんぞいない。
晶は晶のままで戦って欲しかったのだ、俺は。
今からでも断るか、彼女に直接苦言してスタンスを変えさせるべきかもしれないが――
「分かった。フィリスの許可が出たら、一緒にやろう。お前は一分間なんてケチな事は言わないだろ?」
「勿論っすよ、何度だって御相手するつもりです!
あ、すいません――胸を借りるつもりで、俺は・・・・・・」
「いいよ、言い直さなくても。てめえの弱さは自覚してる。実力で俺を認めさせてやる」
「へへ、俺だって負けないっすよ!」
俺と戦おうとする気概や親友を思い遣る気持ちに、呆れ返るほど嘘がない。
代わりを演じようとする想いは純粋で、嫌味に感じさせる隙を与えない。
彼女はどこまでも城島晶であり、心身共に健全な武道少女だった。
男であるとか、女であるとか――性別や思想の違いすらちっぽけに感じさせる、目映い人間。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉を実感させる少女。
その曇りなき信念は今まで出会ったどの人間よりも、清々しく感じさせた。
未来を失った俺の剣士としての道も、彼女と戦えば見えてくるかもしれない。
これからも宜しく――自分から差し出した手を、晶はしっかりと握り締めてくれた。
修行の約束を結んだ後、気兼ねがなくなった俺は今度はこちらから相談を申し出る。
ボーイッシュな容姿の晶だが、性別は女の子。
俺が今抱えている悩み事を、もしかしたら解決してくれるかもしれない。
フィリスや桃子には恥ずかしくて相談出来ない単純な悩みを、彼女に話してみる。
「頑固な老人の説得、ですか? 俺にもそういう人間が間近にいますけど――
人生経験豊富なだけに、一喝されると反射的に頷いてしまうというか・・・・・・情けないっすけど、尊敬しているんで余計に」
「だよな・・・・・・固い頭を杵でほぐしてやりたいぜ」
相談というか愚痴っぽくなってしまうが、ストレスの発散にはなる。
人間関係は時に精神的な疲労を生むので、非情に厄介だ。
鬱陶しいだけではないと先月助けられて理解は出来たが、他者との交流は今も気は進まない。
「女の子の誕生日プレゼント!? 絶対、俺に聞くべきじゃないと思いますよ!
なのちゃんや桃子さんに話した方がいいですって、いや本当に!?」
「そんなに必死に否定する事はないだろ!? 顔を赤くするな、気持ち悪い」
「いや、だって一応俺も女ですけど・・・・・・自分で言うのもなんですが、女らしくないですしね。
なのちゃんから話は聞いてますんで、明日は協力しますから勘弁して下さい」
「くっそ、役立たずめ。他に相談しづらいから聞いたのに・・・・・・」
誕生日にプレゼントを贈る風習を決めた第一人者に文句を言いたい。
遂に明日となった八神はやての誕生日、仕事の成果は無く報酬は当然ゼロのまま。
子供以下の有り金で、何か準備しなければならなくなった。
これも人間関係が生んだ弊害――やはり旅に出るべきだったかもしれない。
「誕生日はプレゼントを贈るよりも本人を祝う気持ちが大切ですよ、きっと」
「限りなく正論だが、プレゼントを贈る気持ちも大事とか言われるのが関の山だ。
それも俺の性格を知る人間から見れば、悩んだ挙句に逃げたと思われる」
俺のメイドを努める天才少女や、俺の世話をする主治医は特に。
下手に正論を吐いても、性格を知られている以上怒られて終わりだろう。
はやて本人が気にしなくても、周りがうるさいのだ。
――それに。
八神はやて本人は許してくれたが、俺が彼女の命を危険に晒したのは事実。
ジュエルシードを持ち込んだ為に、はやては自分の家ごと闇に飲み込まれてしまう。
何とか救出には成功したが、その後も彼女の持つ本の力を頼った為に命の危機に遭う羽目に。
美貌の死神が宿る書――金の鎖で封印された、謎に満ちた古の書物。
真の持ち主以外によるシステムへのアクセスを認めず、外部からの強制操作は持ち主を呑み込んで転生してしまう。
俺の場合ミヤや彼女の助力でどうにかなったが、今後も大丈夫という保証は無い。
はやてに真実を話した時も暴走し、彼女は真の所有者として覚醒してしまう。
――世界を飲み込む強大な魔力、偉大な魔導師の技術が生み出した古代魔法。
説得出来なければどうなっていたのか、一介の剣士は想像すら出来ない。
その後事件も解決して平和が訪れたが、あの本に関しては結局一切触れられていない。
俺と出会わなければ、はやてはジュエルシード事件に無関係なまま平和に五月を過ごしていただろう。
城島晶とは別件だが、彼女にも借りを返さなければいけない。
この誕生日はまさに絶好の機会、ここで誕生日プレゼントを贈って彼女を喜ばせれば少しは――
「おにーちゃん、ミヤちゃんから電話です! すごく慌てていて、すぐかわってほしいと」
「――ミヤから俺にわざわざ電話?」
俺様が他人の為にわざわざ悩んでやっている時に、別件で用事――しかも高町家に。
戸惑いに満ちた顔でなのはに差し出された受話器に、不吉な何かを感じさせる。
八神はやての誕生日会、こんな平和で幸せなイベントに――何も起こらない、よな?
生まれて初めて神に祈りたい心境で、俺は電話を取った。
――そして、俺は出向く事になる。
先月全てが始まった場所――今や誰もいない孤独な廃墟へ。
<続く>
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