とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十一話







 夜の闇に聳え立つ孤城――生きとし生けるものが存在しない墓場。

海鳴の町外れに放置されている廃墟、それが先月セカンドホームとして認定していた建物である。

町の光や人の温もりを拒む住処で俺の理想だったが、立ち寄る機会すら殆ど無かった。

高町家と復縁したとはいえ俺は一個人、退院して住んでも平気だったのだが結局立ち退いてしまった。

この先自分がどういう人生を歩むのか分からないが、俺が此処へ一人居を構える事はないだろう。

――コイツが、いるかぎり。


「やっと来たわね。まったく・・・・・・何度も何度も此処であたしを待たせるんだから!」

「何だ、やっぱりあの時忠実に俺を待っていたんだな」

「ばっ――違うわよ!? 幽霊暮らしで退屈だったから、仕方なく! 
良介の方からあたしをメイドに誘ったんでしょう、馬鹿!」


 暗闇に沈んだ廃ビルの前で、コットンリネンワンピースを着たアリサが怒鳴り返す。

――今晩十一時、二人で出会った廃ビルで待つ。

電話で呼び出した俺は晶からの夕飯の誘いを渋々断り、律儀に足を運んでやった。

待ち合わせ時間を考えればご馳走になっても支障はないのだが、今夜は既に準備がされていたので諦めた。


「はい、これ。はやてとあたしが作ったおにぎりよ。味わって食べなさい」

「おう。はやての奴、疑ってなかったか?」

「退院したばかりの身体を壊さないように、早めに終わらせて帰って来なさいと伝言を頼まれたわ。
本当は応援に行きたかったみたいだけど、はやては足の事があるから。
お陰でこうしてあたしはお弁当持参で怪しまれずに出られたんだけど――少し、心は痛むわね。

今頃御風呂沸かして待っているわよ、あの子」

「だから先に寝ていろとあれほど言ったのに。でも、信じているならいいか。
はやてには聞かせられない話のようだからな、チビスケが言うには」


 今夜の待ち合わせは、現在の居候先には内緒である。でなければ、真夜中に誰も居ない廃墟にわざわざ来ない。

車椅子の家主八神はやてに秘密の話と、この廃ビルを指定されたのだ。

今晩呼び出されて――剣術修行に集中出来る場所だと気付いたが、綺麗な銀髪の女医の御叱りが待っているのでやめておく。

とにかく此処なら周囲に人気はなく、どれほど騒いでも誰にも迷惑はかからない。

アリサ達と深夜に外出する理由には最初困ったが、俺の剣への熱い思いが受け入れられたようだ――きっとそうだ。

無断外出は先月何度も繰り返して何かと疑われがちで、こういう時気軽に出られないので困る。本人に内緒だと、尚更。

別にガキ一匹無視してもいいのだが・・・・・・はやてには妖精と死神が傍に控えている。

大魔導師との死闘に勝利した俺様も、人を超える存在には対処しようがない。

お、それで思い出した。


「風呂上りでのんびりしていた俺を、泣き落としで呼び出した本人はどうしたんだ?
電話越しに大変、大変と散々喚いていたくせに」

「家でも突然部屋に押しかけられて大変だったのよ。要領を得ないから、良介と一緒に改めて話を聞く事にしたの。
今は周辺の確認をしているわ。相当深刻な話のようね。

この本も一緒に持たされたの。事情が分からないから、はやてから借り出すのが大変だったわ」


 ――金の鎖で封印された、作者不明の分厚い本。

剣十字の意匠を凝らした古書は、少女の白い手の中で厳かに眠っていた。

はやては先月の事件で自分が所有する本の力を知り、小さな僕が誕生した魔導書を大切に取り扱っている。


――主に黙って危険な力の眠る本を持ち出す、その時点で嫌な予感がした。


ジュエルシード事件で本の力を借りていなければ、さっさと帰って眠っていたのに。

嘆息して俺は廃ビル前の階段に座り、アリサが持参してくれた弁当箱を開ける。

考えれば考えるほど安穏な話ではなさそうだ、腹が減っては戦が出来ぬ。


「はい、冷たい麦茶。今日も一日、お疲れ様でした」

「仕事帰りに何でこんな場所でおにぎり齧らなければならんのだ――美味いけどよ。
そうそう、これ依頼人から貰ったお土産。ミヤやはやてと分けろよ」

「仕事が嫌で放り出さないか心配だったけど、順調にやってるようね。感心、感心」


 今朝まで御医者様にカウセリング頼むつもりだったとは、言えない。

海の向こうにいる人助けの達人に、感謝の意味を込めて返事を出しておかねば。

国際郵便だとどうしても遅くなってしまうが、今回の仕事の解決策をレスキュー様に聞いてみようかな。


「依頼人のお父様を殴ったりしてないでしょうね?」

「力で脅した方が早いと思うぞ、あの手の頑固ジジイは。もぐもぐ」

「駄目、すぐに暴力に頼るなんて最低よ。
特に良介は一度怠け癖がつけば、今後同じような事が起きればまた力ずくで楽に解決しようとするわ。
困難な事からどんどん逃げて、人間として駄目になっていく。円満に解決しなさい」


 自分の好きな人でも、決して甘やかしたりはしない。盲目に肯定せず、悪い事は嫌われても堂々と指摘する。

他人からの干渉は大嫌いだが、アリサの指摘は俺の事を考えての厳しさである。

心にグサリと来るが、不快に感じたりはしない。


「どれほど苦手でも努力をしないと、いつまで経っても出来ないままよ。
こんな依頼を成功させていけば信頼や実績がついて、仕事も増えるわよ。良介が望む仕事だって出来るわ」

「俺のやりたい事と病気の老人の相手が結び付くとは思えんがな」

「その辺はあたしの仕事よ。今はまだ始めたばかりだけど、計画は出来ているわ。今はまだ、準備段階。
良介の今の苦労を絶対無駄にしないから、安心して」


 自分の非力に甘えて他人に縋るのではなく、己の弱さを自覚した上で他人に接する少女。

例えブザマに転んでも、誰かの手を借りずに起き上がる強さを持っている。

俺がわざわざ手を引かずとも、アリサは自分の足で歩いて手を繋ぐ。

こういう奴だからこそ、一緒に生きる事を望んだのかもしれないな。

アリサは俺の隣に座って、梅雨に曇った夜空を見上げる。

ロマンティックな雰囲気ではないが、見上げるアリサの瞳は星空のように輝いていた。


「不思議よね・・・・・・ほんの一ヶ月前まで、此処から外に出れるなんて思っていなかった。
何時消えるか分からない幽霊のまま、漠然と過ごしていた昔が嘘のように感じられる」

「何だかんだあったけど、一ヶ月程度しか経ってなかったな。まだ」


 アリサも俺も、先月は自分の人生の転換期だったのだろう。

短い時間でも濃度は濃く、一生忘れずに心の奥底まで深く刻まれている。

俺の場合激しい痛みを感じさせる傷だが、その苦痛を忘れない限り同じ間違いだけはせずにすむ。

――アリサが死んだ時に感じた悲しみは、二度と忘れない。

大いなる負の感情だが、その時の無念を剣に乗せればあるいは・・・・・・斬れるかもしれない。

プレシア・テスタロッサが抱いていた悲しみを、アリシアが感じた寂しさを――人の心の弱さを。

正義の味方とは程遠い、冷え切った剣。一人を知る俺には存外、相応しいかもしれないな。

人を助けるだの熱血なんて似合わない、所詮俺には。

アリサは俺を横から覗き込んで、儚げに微笑む。


「幽霊やってた昔は朝が来るのが怖かったけど・・・・・・今は夜が来るのが、怖い。
新しい友達や好きな人との時間が終わって、また一人ぼっちの自分に戻るんじゃないかって――

今が本当に楽しくて、幸せだから・・・・・・終わって欲しくないの」


 ――俺と同じ部屋を望んだ理由が、遅まきながら分かった。

所詮俺は人非人、他人を思い遣る気持ちすら持てない外道。

隣に立つ女の子の不安すら察してやれてなかったのだ――


不安に、決まってる。


アリサは確かに俺の法術でこの世に舞い戻った。

皆が祈りを捧げた願いの力は奇跡を起こし、消えようとしていた少女の魂を結晶化した。

物質となった幽霊は接触はおろか、人の温もりすら与えた。

他者の願いを叶える力――その秘密はまだ、何も明らかにされていない。

結果として与えられただけで、どうしてそうなったのか解明出来ていないのだ。

自分でコントロールどころか、もう二度とこんな奇跡は起こせない――ゆえに、不安にもなる。


大丈夫と言うべきか――根拠も何もないのに?
これは現実だと励ますべきか――俺だって御伽話のような感覚なのに?


違う、そうじゃない。俺はヒロインを愛する主人公ではない。

甘ったるい言葉は口にするだけで、胸焼けを起こす。そのままでいい。


「なら、徹夜しろ。本当に消える時まで夜なべして、傘張りでもして稼いでくれ。
朝お前が消えていて小銭が置いてたら、幸せな気分になる――どうわぁっ!?

お、お前、魔法瓶フルスイングなんぞ怪我人にやる事か!?」

「うるさい、黙れ! 人が悩んでいるのに、洒落にならない冗談を言うな馬鹿ーーー!!」


 ほーら、やっぱり元気じゃねえか。余計な心配なんぞしなくてもいいんだよ。

――お前さえ元気でいれば、俺はどんな奇跡でも起こしてやるさ。

両親も神様も見捨てたお前を拾ってやったんだ、くだらん事で手放してたまるか。



魔法瓶とおにぎりを武器にした死闘は、騒ぎを聞きつけたチビッ娘レフリーが両者反則負けを告げた。















 朝から通院に老人介護の仕事、誕生日会の幹事役と忙しい一日が間もなく終わろうとしている。

不気味に湿った空気に満たされた廃墟の中へ、元幽霊と妖精を連れて入場した。

割れた窓ガラスに薄汚れた壁、埃が染み付いた天井と目を覆う醜悪な内装だが、放浪生活に慣れている俺には懐かしさすら感じさせる。

屋根があるだけでも上等な寝床――人の目が届かないとなれば最高だ。

家族の暖かい空気に包まれた高町家や、家主の優しさを象徴する八神家は住み心地は悪くないがまだ落ち着かない。

アリサにとっては二度と訪れたくない場所だろうが、本人の申し出である。今夜を限りに、過去と決別するつもりなのかもしれない。

あ・・・・・・なるほど、だからさっき俺に自分の気持ちを――

先導するアリサの足取りに怯えはなく、短い時間俺達が過ごした部屋へ案内してくれた。

アリサと最初に出会った部屋であり、本に繋がれたフェイトとも束の間の時間を過ごした思い出がある。

――八神家から持ち逃げしようとした本を囲んで、密談する羽目になるなんて当時は想像すらしなかったな。


「それでお前の緊急事態ってのは、わざわざアリサに運ばせたこの本の事なのか?」

「そうです、そうなんです! 本当はもう少し早くリョウスケやアリサ様に相談するつもりだったのですが――
リョウスケは大怪我で入院していましたし、アリサ様ははやてちゃんとお勉強で忙しそうでしたので。

あーうー、とうとう明日になっちゃいました。ミヤはどうすればいいのでしょうか? 助けて下さいです!」

「――こんな調子なのよ」

「――なるほどな」


 空中遊泳しながら小さな手足をバタバタさせる、黒いドレスの少女ミヤ。

絵本から飛び出したような可憐な容姿は妖精を連想させ、純真無垢な瞳を涙に濡らす表情さえも愛らしい。

焦燥を身を震わせるチビスケを指差して、アリサは呆れた顔で俺に頷きかける。

よくはやてに気付かれなかったもんだ、この小心者め。


「助けて欲しいのなら、事情を説明しろ。お前が何に困っているのか、さっぱり分からん」

「むぅ、よくそんな平然とした顔をしてられますね! リョウスケだって無関係じゃないです。
むしろリョウスケが関わったせいで、こんなにもややこしくなったんですよ!? どうしてくれるですかー!」

「言い掛かりにしか聞こえないから、さっさと話せ。明日が何だってんだ?
はやての誕生日プレゼントに悩んでいるなら、アリサ一人に相談しろ」

「その誕生日の事で困っていると言っているんですぅ!」


 小粒サイズの拳を強く握り締めて、蒼銀色の髪のチビスケは眼前に迫る。

睨みを入れて俺を精神的に圧迫するつもりなのだろうが、全く怖くない。

平然と見下ろす俺が気に入らないのか、鼻面を掴んで騒ぎ立てる。


  「緊張感を持って下さいです! はやてちゃんの誕生日まで、もう一時間を切っているんですよ!」

「そうね、一応午前十二時を過ぎれば次の日になるわ」


 急かすと余計に騒ぎ出すと察したのか、実に差し当たりのない返答をするアリサ。

水筒からお茶を汲み出して飲み始めている、余裕だ。

俺も見習って余計な抵抗はせず、その場に腰掛けて鬱屈とした感情を垂れ流すミヤの抗議を流し聞きした。

過ぎる事十分――ミヤもようやく落ち着いたのか、失礼しましたと素直に頭を下げる。


――アリサだけに。何だ、その立場の差は。


「御二人に話す前に、一つだけお願いがありますです。今からミヤが話す事は、絶対に内緒にして下さい。
本当は誰にも話すべきではないのですが、アリサ様も無関係ではありませんし――何より、リョウスケは知っておかなければいけません。

御願いします。他の誰にも秘密にして下さいです」

「分かった、誰にも話さない。約束するわ」

「・・・・・・お前の存在すら謎だっつーのに、お前の内緒話なんて誰も信じねえよ」


 それぞれ言い方は違うが、秘密厳守を約束する。

魔法だの、魔導書だの、幽霊だの――今時の子供でもメルヘンチックと馬鹿にするだろう。

先月の事件は思いがけず多くの関係者に魔法の存在をばらす結果になったが、元々俺は他人と仲良く話す男ではない。

約束しても、別に困る事にはならんだろう。

俺達の言葉に嘘はないと思ったのか、ミヤは表情を引き締めて語り始めた。


「マイスターはやてが所有するこの本、書名は"Buch der Dunkelheit"――『夜天の魔導書』。
ジュエルシード同様、時空管理局がロストロギアと認定した古代遺失物です。

本の形を取っていますが、本質は――膨大な魔力データと豊富な魔導知識、偉大な魔導師の技術が蓄積された融合型デバイスです」


 過去に滅んだ超高度文明の発達した技術や魔法の総称、ロストロギア。

世界を滅ぼしかけたジュエルシードもその一つで、危険物として時空管理局が管理している。

先月の事件ではジュエルシードがこの海鳴町にばら撒かれて、大変な騒動に発展した。


ようやく事件が終わり、肩の荷が下りた時に――新しいロストロギアだと?


「どうしてそんな嫌そうな顔をするですか!?
言っておきますが、『夜天の魔導書』は本来魔法関係の資料を蓄える健全な本だったんですよ!
書が認めた主に仕えて世界の偉大な魔導師の技術を収集、進化の可能性を追求するべく作られた収集蓄積型の巨大ストレージなのです」


 たかが本一冊で大層な話だと思うが、ロストロギア関係となれば俺の知らない高度な機能が備わっているのかもしれない。

同じロストロギアのジュエルシードも、次元世界に亀裂を走らせる力が小さな宝石に眠っていた。

世界の安全を管理する時空管理局のクロノ達が恐れる品だ、既に俺の想像なんて超えている。


「ミヤ。この国では文化史的意義の深い物や歴史上貴重な品は、重要文化財として丁重に扱われるの。
『夜天の魔導書』を時空管理局にロストロギアと認定しているのは――

――書物に記述された偉大な魔導師の知識を評価されたため?」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」


 希少価値の高さに目は眩まず、天才少女は鋭く問題点を追及する。

俺なんてただスケールの大きさに想像も出来ず、ただ漠然と感心していただけなのに。

確かにクロノ・ハラオウンによると、ロストロギアはその全てが危険物とは限らないらしい。

あくまで古代文明の発達した技術や魔法の総称であり、古の時代の貴重な遺産を全否定はしない。


彼らがそれでもロストロギアの存在に目を光らせるのは――宝石の中に眠る、爆弾の可能性。


ミヤは素直な性格の良い子ちゃん、嘘一つつくのも難儀する優しい娘。

見識高いアリサ相手に誤魔化しきれないと分かったのか、顔を俯かせて口を開いた。


「――『夜天の魔導書』は所有する主を自ら選びます。
巨大ストレージに蓄えられた膨大な魔力データの魔力を行使するには、持ち主と本の意思が融合する必要があります。
『夜天の魔導書』に記録された魔法は強大無比、術式の構成に高度な技術を、完璧な制御に錬度の高い魔力が不可欠。

書を使うに足る魔力資質を持つ人間――流れ往く時代の中、広がり続ける世界から選ばれる主。

ゆえに、真の持ち主以外によるシステムへのアクセスを一切認めないのです。
無理に外部から操作をしようとすると、持ち主を呑み込んで転生してしまいます。
これはリョウスケに散々説明しましたね? そうですよね!?」

「はいはい、覚えているから念押しするのはやめようね」


 ファンタジックな要素は御遠慮願いたい現実派の俺でも、居候先に危険が及ぶとなれば注意はする。

融合事故に関しては他人事では済まないのだ、失敗すれば俺も死ぬ。

その事実をはやてに内緒にしていたから、病院の中庭で闇に沈められる羽目になったのだ。忘れられるか、ボケ。


「書の頁は全部で666頁ありますが、転生した直後は全頁が空白になるんです。
全ての力を封印された書は新しい主を探索後、眠りに入ります。それが今の状態です」

「えっ、折角魔法の知識とか書かれた本が白紙になってしまうのか? 本の機能として最低だぞ、それ」


 人から人へ渡っていく度に白紙にされるのでは、本の意味がない。

折角自分が研究した魔法を丁寧に記述した魔導師は涙目だろうに。

同じく聞いていたアリサも、お茶を一口飲んで指摘する。


「媒体は書物だけど、『夜天の魔導書』様々な機能を搭載したコンピューターと考えるべきかしら。
『真の持ち主以外によるシステムへのアクセスを一切認めない』、セキュリティ面で言えば当然よね。
記録された情報が外部に漏れて悪用されれば、問題。それが世界に影響を及ぼす強力な魔法であるなら、尚の事。

でも本来のセキュリティの基礎概念は、権限を持つ人間が必要な時に、完全な形で利用出来る事を保障する事でしょう?

『夜天の魔導書』は外敵要素を排除するのみならず、主本人まで巻き込んでいる。
ミヤには悪いけど、セキュリティ面から見ても決定的な欠陥だと思うわ」


 別に責めている訳ではないのだが、ミヤは俺達の指摘に縮こまってしまう。

欠点のない完璧な機能なんて現代社会でも存在しないが、『夜天の魔導書』には決して無視出来ない欠陥がある。


「ごめんなさいです。ミヤはあくまで頁の一部、イレギュラーで生まれた存在です。
書の機能の全てを把握していなくて、理解が曖昧な部分もあるです。

『夜天の魔導書』は古代より存在するので、歴代の主や蓄積された技術に関しても、その・・・・・・」

「――なるほど、それ以外にも問題があるのね。
ミヤが把握している正当な主であるはやて、そして無断で使用した良介に関わる大問題が。
話しなさい、今すぐに」

「・・・・・・あぅぅ、きちんと説明しますから睨まないで下さい〜!」


 他人事ならかまわないが、俺はともかくアリサにとってはようやく出来た友人が絡む問題だ。

きちんと追求しなければ、安心は保証されない。

メイドさんの厳しい尋問に容易く平伏して、チビスケは土下座せんばかりに問題点を語る。


「明日はやてちゃんは誕生日を迎え、正統な主として認められる年齢となります」

「成人する歳なら分かるけど、あいつはまだ小学生だぞ」

「魔導師として認められるには充分な年齢です! フェイトさんやなのはさんだって同じ年頃ですが、既に一級の魔導師です。
三流以下の駄目駄目な十七歳は黙ってて下さいです! ――むぎゅっ」


 とりあえず踏んでおいた。続きをどうぞ。


「主として認められれば、『夜天の魔導書』は封印から解かれて正式に起動します。
主を選ぶ本の意思――管制人格が覚醒、お姉様がようやく起きられるのです!

――覚醒した直後は全頁が白紙の状態なので、完全に目覚められる訳ではないのですが・・・・・・

それでも今後、リョウスケの好き勝手にはさせませんです」

「げっ、マジかよ」


 ミヤがそこまで歓喜するのならば、夢の中だけではなく何らかの形で現世に降臨するのだろう。

先月の事件で信頼を失った俺は、彼女に嫌われている。

別に他人に嫌われる程度屁でもないが、あの美貌の死神は主を守る絶対的存在――冷然とした紅の瞳は、背筋を震わせる。

冗談の通じないタイプで、俺の苦手な女性なのだ。


「『管制プログラム』と『防御プログラム』――
この二つの機能が起動する事になって、『夜天の魔導書』が運用されるのです。

『管制プログラム』は膨大な魔法データを蓄積したストレージの管理を行います。
アリサ様の仰られたセキュリティ関連も、こちらに含まれます。
主と融合して魔力の統制、及び発動を行うので、魔導書の全機能を統括する権限を持っています。
管理者はお姉様――管制人格マスタープログラムです。

そして、『防御プログラム』。
アリサ様の仰られる機能面の保全は『管制プログラム』が行い、『防御プログラム』は魔導書本体と主を物理的に守ります」

「――物理的に? セキュリティ機能だけじゃなく、もしかしてはやて本人の警備まで行うの?」

「流石アリサ様、その通りです!」


先程から繰り返される物理的という言葉が、気になって仕方ない。

アリサの例えを参考にするならコンピューターの中身ではなく、コンピューター本体を守る警備員も務めるらしい。


――警備員?


「もしかして・・・・・・彼女以外に、まだ誰か居るのか!? この本の中に」

「はいです!
主である八神はやて様を御守りする守るために生み出された、魔法生命体――『守護騎士ヴォルケンリッター』。


「剣の騎士」シグナム。
「湖の騎士」シャマル。
「鉄槌の騎士」ヴィータ。
「盾の守護獣」ザフィーラ。


4人からなる守護騎士システムが、はやてちゃんを万全に御守りするのです!
魔導書の第1次覚醒と共に現れますので、封印が開放されればお逢い出来ると思います。
主の事を第一に考え、主を害するあらゆる敵を倒す最強の騎士達です」

「・・・・・・もしかして、俺に関係する問題ってのは・・・・・・」


 いちいち聞くまでもない。

魔導書の機能を管理する役目を持つだけの彼女でさえ、先月の俺の行動にあれほどの怒りを見せたのだ。

主の安全を第一とする役目を担う者達ともなれば――


「ようやく分かってくれましたか!? そうなんです、その通りなんです!
『夜天の魔導書』が正式に起動すれば、お姉様や守護騎士達も目覚めます。
本をそのままにしていれば、はやてちゃんだって絶対気付きます!

そんな事になったら・・・・・・折角今日まで内緒にしていた誕生日会が、台無しになっちゃいます!」

「お前が散々喚いていた問題ってそっちかよ!? そんなもん、今はどうでもいいわ!」


 魔法生命体と聞いて連想するのは、フェイトの使い魔アルフ――死闘を演じた俺だからこそ、彼女の強さは身に染みて分かる。

あの時は何とか勝利出来たが、アリサの死が引き金となって生まれた火事場のクソ力的な効果が働いたからこそ。

落ち着いた状態でもう一度再戦すれば、地に沈むのは俺だろう。


彼女の拳が生み出す圧倒的な破壊力に、俺はなす術もなく殺されたのだから――


「どうでもいいとは何ですかー! 一年に一度のはやてちゃんのお誕生日なのですよ!?
誕生日だと知られてしまうより、内緒のまま当日驚かせた方が劇的じゃないですか!

ですから、こうしてアリサ様に御願いして持って来てもらいました。ミヤのこの機転に感謝するですよ、リョウスケ」

「彼女はともかく、その騎士達が主の下へはせ参じれば一瞬でばれるだろ。だから、お前だってさっき大慌てしてたんだろう」

「はぅわー、そうなのです。
忠義ある騎士達を仲間ハズレには出来ませんし、だからといって今はやてちゃんに会わせるのも困ります」

「俺と会うのも充分危ないんだって!? アリサと相談してくれ、天才メイドで頼りになるぞ。
俺は帰らせてもらう」

「待って下さい、何処へ行くのですか!? 逃がしませんよ、うっふっふ。ミヤと一緒に考えてもらうです。
マイスターはやての明日の為に!」

「そのまんまの意味じゃねえか! 離せ、俺は帰る。絶対、話がややこしくなる。間違いない」

「逃げるつもりですか、リョウスケ!? 男らしく戦って下さい!」

「戦う意味が分からんわ! はやてとの問題は、本人同士で話し合って解決したんだからこれ以上――」



"――そんな言い分が、我らに通じると思うのか"



 真夜中の廃墟を騒がせていた口喧嘩が、ピタリと止まる。

醜い言い争いはたった一言で制止、焦燥に狂っていた感情に冷水を浴びせられる。

脳髄の奥を突き刺すような、鋭い女の威厳ある声に――俺は息を飲んで、確信した。


『守護騎士ヴォルケンリッター』、主を守る防御プログラムの脅威を。



「時間よ」



 静止した場を動かしたのは、知性ある少女の一声。

置き去りにしていた古の魔導書がアリサの宣告と共に、中空へ踊り出す。

縛り上げていた金の鎖が弾け飛び、大いなる光が闇に沈んだ世界を照らし出す。

ハッピーバースデー、今宵の生まれに祝福を。

愚か者に、大いなる罰を。





――ロストロギア『夜天の魔導書』、起動。



















































<続く>







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