とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第九話
                               
                                
	
  
 
 本日6月3日、午後の予定であるアリサ紹介の御仕事は無事に終了。 
 
初仕事である頑固親父の説得は叶わなかったが、この依頼は明確な期限は無い。あえて言えば、あの爺さんの残りの寿命。 
 
ボランティア精神なんぞ欠片も無い剣士には不得手な分野で、自分の本音と折り合いをつけるのも時間がかかるのだ。 
 
とはいえ俺は日本国民なら誰でも知っている大手企業のサラリーマンではなく、日雇い労働者を遥かに下回る風来坊―― 
 
仕事があるだけでも運命の女神様に感謝せねばならない身の上、少しでも依頼人に不信を抱かせれば即刻仕事は取り上げられる。 
 
媚びるのは好かないが、仕事の進捗だけは直接伝えておいた。ついでに綺麗に食べ終えた膳も返却。 
 
 
『悪いけど、説得にはまだ時間がかかる。同居は断固反対、病院にも行く気は無いそうだ。 
――ただ、あんたが作った料理はちゃんと食べてくれたよ』 
 
『ほ、本当に? 私の料理を、お父さんが?』 
 
『カミさんの作る飯に比べればまだまだだってよ。ほんと、可愛げのない爺さんだよ。 
 
でも、これは俺が話した感じだけど・・・・・・娘のアンタの事は嫌ってないと思う。 
 
同居の話も疎んでるけど、心遣いまで拒絶はしていない。 
男ってのは妙な意地や見得張ってしまうんだ――もうちょっと様子を見てやってほしい』 
 
『そうね・・・・・・お父さんが病気になって、私も少し焦っていたかもしれないわ。 
ありがとう、引き続きお父さんの事を御願いしていいかしら? 
具合が悪ければ、出来れば病院へ連れて行きたいんだけど・・・・・・どうしたものかしらね』 
 
『別に俺に心を許しているわけでも無いから、何とも―― 
渡された御飯は何とか食べてくれたから、今度は一緒に薬とかも渡してみるのはどうだろう? 
勿論仕事だから、また俺が一緒に持っていくんで』 
 
『――宜しく御願いね。何だったら、無理やりにでもお父さんを病院へ引っ張ってやって。ふふ』 
 
『ははは、それが一番早い解決策かもしれない』 
 
 
 玄関先での報告が、何時の間にか主婦との茶飲み話に。どうなっているんだ、マイビジネス。 
 
何故か温い日本茶と羊羹をご馳走になり、帰りを待つはやてとアリサへの御土産に御菓子まで渡された。 
 
 
・・・・・・これって成功? 
 
 
茜色に染まる空を見上げながら、一円にもならなかった今日一日に疑問を抱きつつ最後の予定地へ。 
 
勿論移動はランニング、一ヶ月の入院で鈍った身体を引き摺りながら走る。 
 
治りたての肉体に鞭打つのは苦痛だが、病気の年寄りを説得するより疲労は感じない。 
 
自然の匂いを感じる素朴な町を、汗水垂らして走るのは楽しくは無いが清々しかった。 
 
強くなりたいという気持ちすら吹っ飛んで、生きる活力が漲ってくる。 
  
多くの他人を傷つけ、苦痛と苦難に喘いだ事件だったけど――俺はまだ、この町で生きている。 
 
 
この町に流れ着いたのは今年の初め、まだ一年の半分も経過していない。 
 
見慣れない景色、歩き慣れた道、知らない空間、見覚えのある店――旅暮らしで磨いた方向感覚を頼りに、海鳴町の中を走る。 
 
やがて日が沈みかけた頃、息を切らせながら俺は目的地へ辿り着いた。 
 
 
俺の新しい人生の始まりの場所、高町家へと。 
 
 
「――そういえばアリサが死んで以来だな、ここって」 
 
 
 生涯忘れる事のないであろう、大いなる悲しみを味わったあの雨の日―― 
 
美しき獣の耳と尾を持つ戦士アルフと壮絶な戦いを繰り広げ、アリサの命を犠牲にして辛くも勝利を収めた。 
 
手元に残ったものは何もなく、何もかも喪って気が付けば俺はこの家へ帰っていた。 
  
 
"私も、その娘も――知ってるもの。 
 
貴方は悲しみを微笑みに変えられる、強い子だって" 
 
 
 
 強くなんてない――結局、自分独りでは立ち直れなかったのだから。 
 
俺はアリサを喪った悲しみを、死へ追い込んだ犯人への憎しみにしか変えられなかった。 
 
本当に笑えるようになったのは、アリサを取り戻す為に協力してくれた連中が居てこそ。 
 
 
そして―― 
 
 
「――なのは、我が家の前で立っているお兄ちゃんに桃子さん直伝パンチをしてあげなさい」 
 
「ええっ!? い、いいのかな・・・・・・?」 
 
「退院した事をお母さんに教えなかったのよ、遠慮はいらないわ」 
 
「う、うん! では――わきゃ!? 
ふえ〜ん、おかーさん! 逆になのはの頭をゲンコツで殴られましたぁ〜!」 
 
「聞こえまくっておるわ、馬鹿者」 
 
 
 ――御伽話よりも優しいこの母娘のおかげなんだよな、一応・・・・・・ 
 
 
相変わらず攻撃が大の苦手な魔法少女が泣いているのを尻目に、俺は投げやりに手を振った。 
 
無愛想なお帰りの挨拶だが、桃子は本当に安心したように微笑み返してくれた。 
 
 
 
――愛する娘を殴った事へのお叱りも追加で。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 すべすべの肌の上を、透明な湯が滑り落ちる―― 
 
湯の温かさが白い肌をほのかに朱く、純白の雪原を緩やかに染めていく。 
 
薄い桃色に覆われた未成熟の肢体は愛らしく、控えめだが"女"である事を主張している。 
 
ほっそりとした五つの指が茶の色を持つ木の桶を掴んで、透明な湯気を上げるうなじから裸身へと濯ぐ―― 
 
 
「・・・・・・随分と気持ち良さそうに風呂を堪能しているな、お前は。人が苦労して身体を拭いているってのに」 
 
「うう、ごめんなさいです。おかーさんのお手伝いをして、汗をかきましたので」 
 
「晩御飯の前に汗を流すように勧められたのは俺だぞ。何故、お前も一緒に入るんだ」 
 
「入院する前は一緒に入った事もあったじゃないですか! 
その――おにーちゃんと喧嘩しちゃってから、あまりこうしてお話しする機会もありませんでしたし」 
 
「甘えるな」 
 
「はぅっ!?」 
 
 
 居候を含めた高町の家の大きな風呂にて、若き剣士と魔法少女が湯船を共にしていた。 
 
今この家には俺と高町母娘のみ、兄妹達は俺を差し置いて剣術修行に出かけているそうだ。 
 
などと大層に言っても所詮俺は現在治療中の身、温かい湯に入れたタオルで洗い流す程度しか出来ない。 
 
一日の苦労が全く癒せないが、病院のベットで寝たきり生活を送るよりは健康的だ。 
 
妹気取りのチビッ娘も、俺の隣で丁寧に自分の身体を洗っていた。 
 
 
「そうだ! おにーちゃんの御背中、なのはが洗います!」 
 
「いいよ、別に――と言いたいが、腕の包帯が突っ張るから頼もうかな。 
剣士の背中を預けるんだ、名誉に思えよ」 
 
「はい、感激です! 
――ふにゃにゃにゃっ!? な、何故に頬を抓るんですかー!」 
 
「本気で喜んでいるからむかつく」 
 
「うー、そういえばおにーちゃんはとても意地悪でした」 
 
 
 先月は世話になったので幾分面倒は見てやったが、事件は無事に解決したので兄妹ゴッコは終わりである。 
 
煩わしく思えば容赦なく躾けてやるつもりだが、高町さん家の娘さんはそれでも少し楽しそうだった。 
 
先月の事件で自分の強大な魔力を認識した魔法少女――高町なのは。 
 
自分と同じ年齢の異世界の女の子との確執や願いの石が引き起こす悲劇、他人を簡単に傷つけられる自分の力。 
 
多くの要素が無垢な少女を傷つけ苦しめたが・・・・・・少女の笑顔はまだ消えていない。 
 
心配なんぞしてやるつもりは無いが、一応聞いてやる。 
 
 
「お前はその後どうだ? フェイトと戦った時の怪我は治ったのか」 
 
「はい、もう全然大丈夫です! 学校にも毎日行ってますし、体育とか頑張ってるんですよ」 
 
「成績は?」 
 
「・・・・・・聞かないでほしいです」 
 
「事件が終わった後も、魔法の訓練とかはしているのか?」 
 
「ど、どうしてそんな怖い顔をして聞くんですか!?」 
 
「いやいや、別に何もないぞ。お陰様で病院生活も終わっても、毎日厳しい監視の目がある療養生活だ。 
剣の修行も全然出来ない兄上の心情を察して、お前も平和に過ごしているよな! 
魔法の事なんか忘れて、楽しく毎日を生きているよな!!」 
 
「も、もちろんです! 
そ、そんな・・・・・・大好きなおにーちゃんが苦しんでいるのに、なのはは修行なんてしませんよー!」 
 
 
 湯気がほんのり立つ暖かな家族風呂で、義兄妹の絆を確かめ合う二人。 
 
二人の笑い声がタイルに反響して、年齢差のある男女を緩やかに包み込む。 
 
俺の背中を洗うなのはの表情は見えないが、苦笑い気味に聞こえるのは気のせいか? 
 
 
「でも、本当に魔法の訓練はあまりしていません。 
ユーノ君やレイジングハートの話では、なのはにも適した魔法技術があるそうです」 
 
「確か魔力資質とか言ってたな、そういうの。俺らの世界では資質を持つ者は珍しいとか――」 
 
「はい、それで遠近取り揃えた『ミッドチルダ式』と呼ばれる魔法体系が向いているそうです。 
この体系は次元世界でもっとも普通に使われている魔法なので、魔法については勉強不足ななのはでも使いやすいと」 
 
「一般的って事か。俺が知っている限りでも攻撃に回復、結界魔法とか種類があったもんな。 
人畜無害なお前だったら、回復とかいいんじゃないか?」 
 
「そ、それがですね・・・・・・なのはの魔力量や誘導性能ですと、回復よりも威力や攻撃力に変換するタイプが優れているそうなんです。 
 
特に、魔力をダイレクトに放出する砲撃魔法―― 
 
通常の射撃魔法とは異なる集束型ですと、練度の高い魔法が使えるようになると太鼓判を押されました」 
 
「うわ、お前の性格と真逆な資質だな」 
 
「うう、そうなんです・・・・・・誰かに向けて魔法を撃つなんて、怖くて出来ませんよー」 
 
 
 漫画やアニメでは主人公が平気で敵に向かって撃っているが、実際にやったら死ぬからな。 
 
遊び半分では済まされない事は、先月プレシア・テスタロッサと戦った俺が実戦で嫌というほど味わっている。 
 
あの時は柔らかな盾で防ぎ切ったが、直撃していたら身体に穴が開いていただろう。 
 
この世界の銃器と同じく、素質さえあれば子供でも手軽に扱える人殺しの力だ。恐れを抱いて当然。 
 
なのはの場合少しの練習で使えるからこそ、実用化を恐れている。 
 
 
悪い敵を倒すヒーローよりも、味方を優しく励ますヒロイン役が似合う女の子だ。 
 
 
「リンディさんやクロノ君も、魔法の修行は許可してくれたんです。 
今から一生懸命トレーニングすれば、五年十年でユーノ君の世界でもエースクラスの魔導師になれるそうです。 
 
それで、どうしようか悩んでしまって・・・・・・もしおにーちゃんの力になれるなら、なのはも――」 
 
 
 ――これも、一緒に風呂に入った理由の一つだな。 
 
魔法を知らない家族や友達には相談出来ない、ユーノやクロノ達は推薦してくれているので複雑な心境を告白出来ない。 
 
レイジングハートは常に一緒に戦ってくれるパートナー、ゆえにこれ以上の心配はかけられない。 
 
そこで、俺に――純粋に甘えられる人間に、自分の悩みを話した。 
 
気遣い無用と常々言っておいたが、ようやく俺の教えを守る気になったようだ。 
 
ガキの気持ち悪い気遣いなんぞかけられたくないからな。 
 
機嫌が良い俺様は寛大にも、愚かな妹の悩みに答えてやった。 
  
「才能ってのは、情熱や努力を継続できる力だ。努力し続ける事だって、才能になる」 
 
 
 魔法や剣の才能が無い、俺自身が痛感している事実。 
 
その源にあるのは天才達への強烈な劣等感、恭也やなのは、クロノに対する嫉妬。 
 
彼らに追いつこうと足掻こうとする前に、俺は自分の醜い感情に敗れた。 
 
この敗北はもう二度と、取り返しがつかないだろう。 
 
 
「言い換えれば、才能なんてその程度の事でしかない。 
どれほど目映い光を放っても、未来の全てを照らし出してはくれないんだ。 
なのはがもしこの先砲撃魔法を練習すれば、多分誰よりも早く実力を発揮して――高みに上れるだろう。 
 
クロノ達が住む世界のトップ――あの時空管理局すら超えるエースになるかもしれない。 
 
でも、それがお前が将来なりたい人物像とは限らないよな?」 
 
「それは・・・・・・そうかもしれません」 
 
  
 叶わぬ望みを抱き続けて――それでも、俺は生きていくと決めた。 
 
誰でもなく、ただ自分の為に。 
 
何故なら俺は恭也やなのは、クロノよりも、他の誰よりも――やっぱり、自分が好きだから。 
 
本当に自分勝手で、大事に思えたかもしれない人達さえ傷つけたけど、それでも俺は自分が見捨てられなかった。 
 
何度も死に掛けて、苦しみ続けたけど、他の誰かになりたいとは思わなかった。 
  
それはきっと、天才達の苦悩を知ってしまったから―― 
 
 
「お前はさ、人を傷つけるのが嫌なんだろ? 喧嘩とか戦争とか、何時だって反対なんだろ? 
砲撃魔法はどうしたって、人を傷つけてしまう。 
そしてその傷付けた人達を見て、お前もまた傷付く――そんな未来の自分を想像してみろ。お前はそんな人間になりたいのか?」 
 
「・・・・・・」 
 
「誰かを守るためとか、自分の正義を貫くためとか、そういうのも大事かもしれん。 
そんな人間が守ってくれているから、世界は平和なんだろうな。クロノ達時空管理局がいい例だ。 
 
適材適所ってのもあるが、それ以前に自分のやりたい事を優先するべきじゃないか? 
 
お前はまだ未来を想像出来ないかもしれないし、これから先心変わりするかもしれない。 
けど、今お前の中に抵抗はあるんだろ? その気持ちを大事にしろよ」 
 
「砲撃魔法を学ぶべきではない、ということでしょうか?」 
 
「決め打ちするなって事。世界最強レベルの魔導師なんて、選択肢の一つに過ぎないだろ。 
ガキは自由が特権なんだから、自分の好きなようにやってみろよ。 
特にお前って妙に頑固で諦めの悪い部分があるから、やり始めたら止まらんぞ。 
 
・・・・・・俺の帰りだって、しぶとく待ちやがって」 
 
「にゃはは、ごめんなさい。 
でもなのはは、おにーちゃんが帰って来てくれると信じてましたから!」 
 
「はいはい、そういうお人好しな面を忘れなければいい。 
砲撃魔法なんぞよりよっぽど、お前らしい長所なんだから。無理せず学んで、遊びまくれ」 
 
 
 子供が職業を決める事が早すぎるとは思わんが、遊び盛りの子供にはもっと学ぶべき事がある気がする。 
 
俺の心に優しさや温もり――人間らしさが無いのは、子供の頃から他人を拒否していたからだろう。 
 
自分の今までに後悔は無いが、今の自分が弱いのは紛れも無い事実。 
 
高町なのはの本当の強さは魔法とかではなく、あの高町家で育てられた母譲りの精神だ。 
 
俺のような人間にさえ優しく出来る心が、一人ぼっちだったフェイト・テスタロッサを見事に救ったのだ―― 
 
 
「・・・・・・、そうですね。はい、もう少し考えてみます。 
 
話を聞いてくれてありがとう、おにーちゃん。 
 
なのはは、おにーちゃんのような優しくて強い人になりたいです」 
 
「ほほう、憎たらしい事を言ってくれるじゃないか。相談料は十分千円にまけてやろう」 
 
「えっ、これって有料だったんですかー!?」 
 
「当然だろ。何で疲れているのに、お前の悩み事を聞かねばならんのだ。お前の裸ごときじゃ、何の足しにもならんわ。 
第一、俺の方がお前に話があったんだよ。 
 
実は明日、はやての誕生日で――」 
 
「はやてちゃんの! 早く言ってくださいよ、そんな大切な事!?」 
 
「うっせえ、お前がグダグダ言い出したんだろ。それで誕生日会を開くので、お前にも――」 
 
「でしたら、お母さんに頼んで――」 
 
「なるほど、喫茶店を――」 
 
「はい、それで――」 
 
「――!」 
 
「――!」 
 
 
 ――風呂場で行われた、将来有望な魔法少女の進路相談。 
 
たった十分足らずのこの会話が、やがて来るはずだった未来を大きく変える結果となった。 
 
 
高町なのはが魔法に専念しなくなった――ただそれだけの事が、多くの人間を変えてしまう。 
 
 
未来は誰にも分からない、ゆえにこれから先も誰も気付く事は無い。俺自身でさえ。 
 
確定していた未来を知るのは、神の視点を持つ者だけだ。 
 
ただ、神でも変えられない未来はある。 
 
 
神をも殺せる強者達が、この世には存在する―― 
 
 
 
 
 
――八神はやての誕生日まで、残り6時間。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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