とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第七話
「――素晴らしいです、良介さん!
御仕事を始められるとは聞いていましたが、まさかボランティア活動なんて・・・・・・」
「目を潤ませるほどの事か!? 嫌々顔を出せば、大袈裟にマジ泣きしやがって」
六月に入って初めて晴れ渡ったこの日、病院へ訪れていた。
南向きの窓から太陽の恵みが降り注ぎ、午後の日差しが診察室を明るく照らしている。
ベッドが据え付けられた部屋で、診察用の椅子に座って俺は診察を受けていた。
「俺がタダ働きする筈がないだろ。家庭内事情に接する問題でも、立派な依頼だ。報酬は貰うぞ」
「うふふ、私は良介さんの治療をさせて頂いている医者ですよ。知らないと思っているんですか?」
「な、何だ、その満面の微笑みは・・・・・・?」
「はやてちゃんの足の治療、そしてアリサちゃんとの健全な生活の為の費用――でしょう?
本当に立派になりましたね、良介さん。
悲しい事も沢山ありましたが、先月起きた出来事は貴方を大きく成長させたようですね」
だ、誰か、俺の全身を激しく波立たせる蕁麻疹を止めてくれ!? 痒くて死にそうだ!
褒め殺しとは新しい精神攻撃を身に付けたな、この女は。
清潔感あふれる白衣を羽織った美人女医は、祈るように両手を組んで感激の眼差しで俺を見上げている。
――海鳴大学付属病院の医師、フィリス・矢沢。
日本では非常に珍しい銀髪に、透き通るような白い肌。
ガラス細工のように繊細な女性だが、医者泣かせな患者達も手玉に取る芯の強さがある。
儚さを秘めた美貌に柔らかな微笑を浮かべて、フィリスは嬉しそうにカルテに書き込む。
「新しい怪我もありませんし、退院後の生活も健やかに送られているようですね。
私との約束をきちんと守って下さって、今日は本当に安心しました」
「――それはつまり俺の事を全然信じていなかったって事だろ、こら」
「良介さんの人間性は信じていますが、生活態度は別です。
今まで全然、私の注意を守って下さらなかったじゃないですか」
入院すれば脱走、外出許可を貰えば行方不明、大怪我しても戦いに挑む患者――普通なら見捨てるか、たらい回しにする。
海鳴町に流れ着いてまだ四ヶ月程度だが、フィリス・矢沢は桃子と並んで世話になった女だ。
フィリスの献身的な看護と医療的配慮が無ければ、俺は心身共に死んでいただろう。
その点は感謝はしているし、治療費を稼ぐつもりなのだが、事前に本人に悟られる訳にはいかない。
だからこそはやての足の治療等といった屈辱的な嘘をあえて被っているのだが・・・・・・言い出せないのが悔しい。
まさか自分の為とは夢にも思っていないフィリスは、何も知らぬ無垢な表情を俺に向ける。
「鍛錬も控えて下さっているようですが、無理な運動も禁物ですよ。この病院まで走って来たでしょう?」
「病院までのダッシュはともかく、何故剣の修行をしていないと――」
「私は良介さん担当の医者ですよ、良介さんの御身体の事は分かります。
弱った筋肉を使って無理に全身運動を行うから、余計に身体が痛んでしまうんですよ。
先程軽いマッサージを施しましたので、感じていた重みも無くなった筈です」
何でもない顔をしていたのに、俺の不調を簡単に見破った天使さん。
ベットの上に寝かせて、華奢な身体で容赦なく俺を締め上げた。
プレシアとの戦闘より苦痛を感じて、俺は情けない呻き声を上げてしまった。
包帯で固定された体の節々がまだ痛むが、身体全体はむしろ軽い。
流石と言うべきだが、カッコ悪いところを見せてしまったので釈然としない。
「怪我も順調に回復しているようですね。包帯を巻いて・・・・・・はい、今日はこれで終わりです」
「退院して2日では、あんまり変わらないと思うんだけどな――」
「次は6月5日、御時間ありますか?」
「だから、その無意味な2日スタンスはやめろよ!?」
フィリスの好意で診察費は無料だが、様子見という言葉を知らんのかこいつは。
家族でも、これほど手厚い看病はしないぞ。
完全に回復するまで、自分の目の届く範囲で診ないと心配で仕方ないらしい。
このままでは一生付き添いそうなので、流れを変えねばなるまい。
幸いにもフィリスに持ちかけたい提案がある、これでどうにかしよう。
「ふぅ・・・・・・明後日より明日ならどうだ?」
「明日では早過ぎます。
早く治したいお気持ちは分かりますが、怪我の容態は時間を置いて様子を見る必要もあるんです」
「明日と明後日でどう違うんだよ、一体!?
――実は明日の6月4日、はやての誕生日なんだ。
それで明日の夜、本人に内緒で誕生日会を開く計画をアリサと今立てているんだ」
「サプライズパーティ、ですね。ふふ、悪戯好きな良介さんらしい提案ですね」
「俺がこんな子供騙しな催しを考えるか!? アリサが提案かつ司会者だ。
初めて出来た友達が余程嬉しいのか、当人以上に誕生日を喜んで計画してやがる」
「いいじゃないですか、友達を大切に思う心は大人になっても宝物です。
なるほど、それで明日と――
でも、私のようなおばさんが参加しても宜しいのですか?」
「お前はどんだけ自分を見下ろしてやがるんだ!? そんなに綺麗な顔で、皺の一つもねえくせに!
謝れ、世の中のエセ十代に謝れ!!」
「きゃっ――髪の毛を引っ張らないで下さい!?
分かりました、行きます。行きますから!」
「初めからそう言えばいいんだよ、このアマ。
その時ついでに俺の怪我の具合と、退院後の俺の生活内容をアリサに聞けばお前も少しは安心するだろ」
「話は分かりましたけど、もう・・・・・・少しは立派になったと思ったのに、乱暴なところはまるで直っていませんね!
いいですか、良介さん。女性にとって髪は――」
しまった、最近褒められていたので油断してしまった!?
自分の長い髪を整えながら、久し振りに盛大な雷を落とすフィリス先生。
抵抗すれば余計に怒られるだけなので、俺は目を閉じて静かに聞き流す。
長い剣術修行で必要な我慢強さと忍耐の修行――彼女を師として鍛えられる。
内容は学校の教科書に乗っているような道徳論だが、母親の説教と同じで心に染みるんだよな・・・・・・ん?
「フィリス先生、私から一つ御願いが――」
「まだ話は終わっていませんよ、良介さん!」
「分かった、御免なさい、反省しています。もう女に乱暴しません」
「本当ですか! そんな事を言っていつも貴方は――痛っ!
さ、早速殴っているじゃないですか!?」
「お前がいつまでもしつこいからだろ! いいから、聞けって。
昨日受けた俺の仕事、お前が代わりにやってくれよ」
「先程聞いた良介さんのボランティア活動を、私が――ですか!?」
「面倒だから、お前に仕事を押し付けようとかは思っていない。純粋に適任だと思うんだ。
フィリスはさ――俺みたいな問題児でも、一人の患者として親身に接してくれるだろ?
怪我や病気の治療だけじゃなくて、友達とか家族の大切さ――身近な存在の温かさを、思い出させてくれる。
正直言わせてもらうと、今でも俺はお前の言う思い遣りって奴が分からん。
他人に迷惑ばかりかけているけど、自分から他の誰かを助ける気持ちにはならないんだ。
それでも、俺を助けてくれたお前には感謝してる。医者嫌いの俺が感謝だぜ、感謝? ありえねえよ。
俺にこんな気持ちを抱かせたフィリスなら、絶対説得出来ると思う」
俺の心に人を思い遣る優しさや、己を罰する罪悪感は微塵も無い。
先月の事件では沢山の人間を傷つけたが、事件を終わらせた事で決着がついたと勝手に思っている。
そんな筈は無いというのに。
大量の血液を与えた月村、魂の半分を削った那美、命を丸ごと危機に晒したはやて――涙を流したなのはに、心を砕いたフェイト。
俺は彼女達に何もしてやれない、その事実に何も感じていない。
けど、彼女達に何かあれば――きっと、平然と出来ないだろう。何かしようとするだろう。
損得に関係なく、剣を振るだろう。
他人を傷つけるだけの俺の剣に、意味を与えたのは――誰かの為に真剣な人が、見本のようにこの世界に居てくれたから。
フィリス・矢沢と、この海鳴町で出逢ってしまったから。
「今回相談を受けた時にも、仕事を引き受けるかどうか悩んだ。いや・・・・・・報酬が絡んでなかったら、絶対断ってた。
依頼人が親を心配する気持ちは当然なのかもしれんが、俺から言わせればお節介だ。ありがた迷惑だ。
親父が一人で生きたいと願っているんだ、例え死んでも親父の責任だ。
自分の人生を、自分の責任で死ねるなら――幸せなんじゃないかと、思うんだ。
フィリス、俺はな――どうして誰かを助けようとするのか、その気持ちが今でも分からないんだ。
自分の親を大事に思うのなら尚の事、そっとしておいてやるべきなんじゃないかな・・・・・・?」
「良介さん・・・・・・」
――アリサが見つけてくれた、俺の初めての仕事。
昨日謎の街灯襲撃があったものの、俺は依頼人の家へ行って仕事の内容を聞いた。
同居を拒む、病気がちな父親の説得――
断ってもよかった。断るべきだった。不本意な依頼だった。やる気の欠片も出ない仕事だった。
それでも断り切れなかったのは、この町で芽生えた僅かな人間らしい心。
俺が少しはマシな人間になったのは赤の他人の存在、その事実が俺を今までのように嫌な事から逃げるのを止めさせた。
結局一応の努力はするとだけ、言っておいたのだが――フィリスなら適任だ。
依頼人の願いを最高の形で叶えられる白衣の天使、出来損ないの魔法使いとは違う。
「私は厳しくも優しい父を持つ一人の人間として、その依頼人の方のお気持ちは分かります。
けれど――良介さんのお考えも間違えているとは思いません」
「えっ、だって俺の考えは親父寄りだぞ。依頼人と反してるんだぜ?」
意外な意見に面食らってしまう。
てっきり親を思い遣る依頼人に賛成して、俺のような考え方を叱り飛ばすと思っていたのに。
フィリスは患者ではなく、一人の人間として俺と向かい合う。
「良介さん。この御仕事は私が安易に関わるべきではない、と考えます」
「フィ、フィリス!? お前は医者だろ! 病院が居るってのに――」
「勿論その方がご病気なら、治療するのが私の仕事です。
心のカウセリングは私の職務であり、患者さんの心を少しでも癒す事が私の願いでもあります。
貴方が私を必要としているのは、私が医者だからですか? 医者として、患者さんを助けて欲しいと思っているのですか?」
「それは・・・・・・」
親父の病気を治すためにフィリスを呼ぶのか、俺は?
それとも、依頼人と親父の不和を直すためなのだろうか?
いずれにしても、フィリスなら適任だと思う。俺よりずっと依頼人の立場に立って、豊富な経験で助けてくれる。
なのに、俺はどうして――フィリスの目を真っ直ぐに見れないんだ?
「ごめんなさい。良介さんには、良介さんに出来る仕事があると思うんです。
私は貴方の味方です。本当に大切な、私の患者さんです。
医療の相談のみならず、プライベートな事でも助けになりたいと思っています。
本当に困っているなら、私を頼って下さい」
「――分かった」
ここでもう一度フィリスに頼れば、今度こそ力になってくれるだろう。
俺は何もしなくても、依頼人も親父も救われて――依頼料も手に入る。
楽だと分かっているのに、席を立つ見栄っ張りな自分が嫌になる。
こんな俺をあくまで信頼して、あえて断ったフィリスの正しさに萎縮してしまう。
腹が立つほど――フィリス・矢沢は、心も身体も美しい女性だった。
「良介さん、これを読んでみてください」
「封筒・・・・・・手紙、か?」
フィリスは白衣のポケットに大切にしまっていた封筒を取り出す。
手渡しされただけで感じられる、封筒の厚み――
「『どうして誰かを助けようとするのか?』、答えがその中に入っています。
一ヶ月前貴方自身が己の心の中にあった疑問を、海の向こうへ投げかけたのですよ?」
「う、嘘っ!? まさか、この封筒の中身は――」
「はい。ニューヨーク消防署『FDNY』のレスキュー部隊所属――セルフィ・アルバレットからの手紙です」
海外でも有名なレスキュー部隊のエースが、日本の片田舎に住む俺に返事を書いただと!?
数枚の紙が入っているだけなのだろうが、何故か重みが感じられた。
<続く>
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