とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六話
                               
                                
	
  
 
 生まれて初めての仕事の現場は、純和風の民家だった。 
 
アリサより受け取ったメモを頼りに此処まで歩いて来たが、近隣も散歩コースにしやすい場所だった。 
 
築年数は高そうだが純朴で品があり、隣接地には公園があって、子供のいる家庭には暮らしやすい住宅―― 
 
 
一介の剣士が必要とされるとは到底思えない、普通の民家である。 
 
 
「リョウスケ、何ぼんやりしてるですか! アリサ様がリョウスケの為に探して下さった御仕事なんですよ。 
きちんと御仕事を下さる方に、御挨拶するです」 
 
「いや、本当に此処で間違いな――待て、お前が人前に顔を出すのはまずいだろ!?」 
 
 
 今でこそ受け入れた俺でも、最初の出会いでは度肝を抜かれた存在――魔導書の少女。 
 
ジュエルシードの暴走や俺の血液や魔力、古の書物の力が混じり合って世界中に愛される御伽話の可憐な妖精が誕生した。 
 
――永き人類の歴史、地球のあらゆる場所でも発見されない稀少生物。 
 
鬱陶しいほど世話焼きでいい加減慣れたとはいえ、連れてきてしまったのは大いにまずい。 
 
友達だの家族だのデバイスだの、俺の知人達を除けばどう説明しても納得される筈が―― 
 
 
「あら、ミヤちゃんいらっしゃい。そちらがアリサちゃんが話していた――?」 
 
「はい、リョウスケです。顔も目つきも悪いですが、頼まれた御仕事はきちんと果たしますので御安心下さいです!」 
 
「何だ、貴様らのそのフレンドリーな会話は!?」 
 
 
 自然豊かな田舎町なら、愛想良く話しかける妖精すら容認されるとでも言うのか! 
 
日本中旅して回った俺でも理解出来ない世界に圧倒されつつも、一応の挨拶を交わす。 
 
事前に連絡が行き届いていたのか、マスコットサイズのミヤや人相の悪い怪我人の俺を前に動揺の気配は無い。 
 
庭の手入れを一旦止めて、自宅へと快く迎えてくれた。 
 
居間へと通されながら、俺は案内する依頼人を背後から観察する。 
 
――カシュクールデザインのワンピースを着た、ふっくらとした女性。 
 
月村やフィリスのような美貌、桃子やリンディのような魅力はなく、ごく当たり前の容貌の主婦。 
 
あえて第一印象を挙げるとすれば――少し疲労を感じさせる表情であろうか? 
 
プレシアのような圧倒的な絶望ではなく、それこそ日々の生活で感じる不満や悩みから発する精神的なストレス。 
 
取るに足りないと言えばそれまでだが、本当に世界に絶望している人間なんぞ平和なこの国では少数だ。 
 
所詮は平凡な家庭に生きる人間、仕事の内容も所詮雑務の類―― 
 
 
(――いや、待て。外見や雰囲気だけで判断するな。 
フェイトやなのは、はやてだって無垢なガキだが、超一流の素質を持つ魔導師だったんだぞ。 
クロノだって見た目こそ小さいが、異世界では絶大な権力を行使する法の番人だ。 
平凡な民家だからといって、侮ってはいけない。富豪農家という言葉もある。 
 
剣士の俺を頼む仕事となれば・・・・・・貯め込んだ金を盗まれたとか、厄介な話かも――) 
  
 仕事を探す際に、アリサは俺の適正や現時点での実力を考慮すると言っていた。 
 
五月の事件で培った魔法的要素は論外、自由自在に使えない上に履歴書にも書けやしない。 
 
大層な学歴や職歴を持たない風来坊の俺に出来るのは、精々若い身体を酷使する程度――もしくは剣を振るう事。 
 
 
(・・・・・・でも、剣は今取り上げられているんだよな・・・・・・ 
アリサは必要ないと言ってたから、何らかの肉体労働でもさせられるのかな? 
 
でも、民家ってのは引っかかるよな――道路工事現場か何かだと思っていたのに) 
 
 
 事前情報は全く与えられていない、御主人に隠し事とは不届きなメイドである。 
 
小悪魔な笑顔で見送ったアリサに心の中で愚痴を浴びせている間に、居間へ到着。 
 
空間的な圧迫感を感じさせない部屋で腰掛け、少しの間待機。コーヒーを入れてくれた。 
 
 
「アリサの紹介で此処へ今日来たんだけど、あいつとはどういった関係で?」 
 
 
 ここ海鳴町へ流れ着くまで、赤の他人との接触を拒んできた俺―― 
 
小汚い格好でアテもなく旅していた時代、こういった主婦層には特に印象が悪かった。 
 
ゆえに邪険にされない出会い頭に、どうも居心地の悪さを感じてしまう。 
 
 
「ちょっと困った事があって、この街の図書館へ行ってみた事があってね―― 
参考に出来そうな本がなかなか見つからなくて困っていた時に、車椅子の娘を連れた外人の女の子が声を掛けてくれたのよ。 
凄く綺麗な日本語で、何かお探しなら御手伝いしますよ――って言ってくれて」 
 
「外人? あ、そっか。 
アリサって確か・・・・・・親が英国人だったか」 
 
 
 海鳴町で出逢った人達の半数近くが日本人ではないので、既に感覚が慣れてしまっていた。 
 
特にアリサの場合人種云々より、幽霊――立体映像的な存在感に注目してしまう。 
 
殺される前は誘拐犯にレイプされたりと、人種問題どころの話ではないからな。 
 
俺はその時の光景を脳裏に浮かべて、苦笑する。 
 
 
「すいませんねえ・・・・・・余計なお節介が好きなガキ共で、本当に生意気で」 
 
「とんでもない、あの子達のお陰で目当ての本が見つけられたもの。感謝しているわ。 
あの娘達、とても賢くて良い子達よ。 
優しい従兄弟のお兄さんに迷惑をかけないように、毎日図書館で勉強しているそうじゃない」 
  
 従兄弟のお兄さん――微妙なポジションだが、他人には関与をされそうにない立場でもある。 
 
実際アリサとは血縁関係になく、はやての家に世話になっている身の上だ。 
 
家主は大人びているがまだまだ子供、小学生レベルに居候しているとあっては勘ぐられてしまう。 
 
俺やアリサの事はいいとして―― 
 
 
「コイツの事はその・・・・・・何か変だな、とか思ったりしません?」 
 
「ふふ、ミヤちゃんね。最初見かけた時は、本当に驚いたわ。 
棚の上の本を取るのを手伝おうとして、引っ張り抜いた本ごと落ちて目を回したのよ」 
 
「あわわっ!? そ、それは内緒にしておいて下さいよー!」 
 
 
 ――実に簡単に想像出来てしまうのが、怖い。 
 
時空管理局に存在を悟られるのはまずいくせに、一般市民の前で簡単に姿を晒すな。 
 
図書館の本棚は背が高く、踏み台も他の誰かが使用中のケースがある。 
 
アリサは知能指数は高いが背は小さく、はやては車椅子。見かねて、良い子のミヤが助けに飛び出したのだろう。 
 
 
「けれど、不思議ね・・・・・・この子と話していると、気にならなくなったの。 
こんなに可愛いもの、最初から気持ち悪いとは思わなかったから尚更かしらね――」 
 
「えへへ、リョウスケ聞いてくれましたか!」 
 
「ああ、気持ち悪いもんなお前って」 
 
「全然聞いてないじゃないですかー!?」 
 
 
 幽霊やゾンビ、怪獣や宇宙人――不気味な外見では、どれほど善徳な存在でも拒否反応を示す。 
 
逆に可憐な妖精の純粋無垢な微笑みがあれば、どれほど奇妙な存在でも信頼を得てしまうらしい。 
 
犬や猫のような愛らしいペット感覚で接してしまうのだろう。 
 
大衆の前に晒されればそうも言ってられないだろうが、一般家庭の主婦ならこういう認識もありえる。 
 
深く追求して、日々を支える常識を壊したくはない。 
 
――まさに一ヶ月前、俺もそちら側の人間だったのにな・・・・・・ 
 
 
「そういえば先日退院したと聞いているんだけど・・・・・・大丈夫なのかしら?」 
 
「え、ええ、もう全然問題なし。大丈夫、仕事はきちんとしますんで」 
 
「私がこう言うのもなんだけど・・・・・・頑張ってね。貴方は本当に、立派だわ。 
あの子の足を治す為に、仕事をしてお金を稼ぐなんて――」 
 
 
 ――は・・・・・・? 何を言ってるんだ、このオバハン。 
 
確認の視線を送ると、ミヤさんも大きく頷いている。だから何なんだ、その共感は!? 
 
 
「大丈夫よ、貴方の努力はきっと報われるわ。真面目に働ければ、治療費なんてすぐ貯まるわ。 
手術の日が来れば教えてね。お見舞いに行かせて貰うわ。 
 
 
早くはやてちゃんの足が、治ればいいわね・・・・・・」 
 
 
「はやての足ぃっ!? ――! アリサの奴ぅぅぅぅぅ!!」 
 
 
 仕事を貰う為とはいえ、余計な美談を作るな! 
 
なるほど、この手の愛のドラマは典型的だが――いや、むしろ典型的だからこそ主婦層が大変気に入りそうな設定である。 
 
昔ならいざ知らず、今は親が子供を癇癪で殺すような時代。 
 
若者は生きる価値観を見失い、中年や老年は家庭や社会問題で心を枯れさせている。 
 
世の中を斜めで見やり、愚痴を垂れ流しながらも――彼らは何処かで感動を求める。心を癒すために、日常を潤すために。 
 
ドラマや映画の中では使い古されていても、現実ではありえない話だって多い。 
 
 
もう二度と足が動かない、車椅子の女の子。 
故郷も両親も失った、一人ぼっちの英国少女。 
 
 
――少女の日常を守り、怪我を押してでも治療費を稼ごうとする男。 
 
見ているだけで感動を誘う麗しき家族ドラマに、仕事の提供という形で参加する事が出来るのだ。 
 
この主婦にとっても、たまらない娯楽である事に違いない。 
 
赤い羽根の募金などとは違い、目の前で直接援助出来る――何よりの善行だ。 
 
俺のような人間には理解し難いが、大抵の人間は良い事をすれば気持ちがいいものだから。 
 
 
アリサめ、まさかこんなドラマティックな事業開拓を行うとは。 
 
 
張り紙出して仕事を求めるより、よっぽど早く有効的に仕事を見つける事が出来る。 
 
しかし良心の権化のミヤもそうだが、当人のはやてまであいつは騙したのだろうか・・・・・・? 
 
 
――いや、違う。生前世界まで裏切られたアリサが、ようやく出来た友人を決して騙したりしない。 
 
 
あいつ・・・・・・本当に治すつもりなんだ。 
 
俺にとって金を稼ぐのは世話になった人への借りを返す為だが、アリサもきちんと目的を見据えている。 
 
この事業開拓の大きな目標の一つに、はやての足の治療を視野に入れているのだ。 
 
この街の治療が不可能ならば、別の街、県、国――世界すら、超えて。 
 
――とんでもないメイドだ・・・・・・医者が匙を投げた足の治療すら、可能にするつもりか。 
 
 
「話を、聞かせてください」 
 
 
 アリサは友人を救う為に、小さくも偉大な第一歩を踏み出した。 
 
俺如きが、覆せる筈がない。 
 
敬語を恥と思うちっぽけな見栄さえも、アリサの決意の前に霞んで消えた。 
 
正面から問うと、主婦もまた表情を改める。 
 
 
「私はこの町の生まれで、実家がこの近所に在るの。 
優しい母に、厳しい父―― 
我侭ばかりの一人娘だったけど、二人は私をとても大切に育ててくれたわ。 
 
その母が昨年病気で亡くなってしまって・・・・・・今実家に父が一人暮らししているんだけど――」 
 
 
 ――現時点で、既に剣とは何の関係もない家庭事情。 
 
アリサが俺をどう売り込んだのか――ひしひしと、嫌な予感を感じた。 
 
話が続くにつれて、女性の表情も重くなる。
  
 
「父は昔ながらの人で、恥ずかしい話母に家事は頼りっぱなしだったの。 
料理も洗濯も何も出来ない人で・・・・・・一緒に住もうと夫も言ってくれているんだけど、拒絶されたわ。 
私も何度か話し合ってはみたんだけど、歩み寄ろうとするほど頑固になってしまって。 
 
母との思い出がある家で死ぬと聞かなくてね――」 
 
「――まあ、こう言っちゃなんですけど・・・・・・男ってのは、頼るのが苦手な生き物なんで」 
 
 
 俺としては、その親父さんの主張に同意している。 
 
自分の育てた娘に今後の世話を任せるのは親として、男としてプライドが許さないのだ。 
 
加えて、自分の満足する生活を干渉されるのは御免なのだろう。 
 
俺だって今でこそ渋々受け入れてはいるけど・・・・・・周りの連中の好意がうざったく思う時だってある。 
 
アリサで無ければ、同じ部屋で過ごすのだって本当は嫌なのだ。 
 
俺の場合極端ではあるが、男一匹気軽に暮らしているのだから邪魔はされたくないだろうに。 
 
 
――げっ、まさか今回の仕事って・・・・・・ 
 
 
「それでね近頃風邪をこじらせたみたいで、ずっと寝込んでいるようなの。 
食事も満足に取っていないみたいで・・・・・・私も看病に行くんだけど、怒鳴り散らされて追い返されてしまうのよ。 
せめて病院に連れて行きたいんだけど、本人の意思は無視出来ないし、無理やりにすれば今後どうなってしまうか―― 
 
ふぅ・・・・・・図書館に行ったのも介護に関して知りたかったからなんだけど、そこで貴方の話を聞いたわ。 
 
家に閉じこもっていたはやてちゃんに、病院に行くキッカケを作ったそうね。 
先月も母親を説得して、家庭内のトラブルを解決したとか――是非、うちの父も説得してくれないかしら? 
 
やっぱりこういうのは男同士の方が話しやすいそうね、あの子達が太鼓判を押してくれたわ」 
 
 
 全っっ然、剣なんて関係ねえじゃねえかぁぁぁぁぁーーー! 子供に説得されるな! 
 
むしろ次元世界で一番不向きな人間じゃ、俺は!! 介護センターにでも相談しろよ、そんな事!! 
 
 
他人事に関わるのは先月で終わりと決めていた矢先に、この最初の依頼―― 
  
親父さんに超共感している俺は、厄介な依頼に頭を抱えた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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