とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五話
交差点に突き刺さる街灯――
上空から降り注いだ人工の槍は十字路のド真ん中を直撃、俺が歩いて来た方向へ向けて斜めに突き刺さっている。
陸上の投槍とは比べ物にならない威力とスケール。
三メートル以上の長さを誇る電気の槍、どれほどの力で投擲したのか想像も出来ない。
「さっき俺に警告した時、犯人の姿は見たか?」
「……ごめんなさいです……ミヤが気付いた時には既に、リョウスケに向かって投下されていましたです。
近隣周辺をサーチすれば、姿を消した犯人さんを見つけられるかもしれませんけど――」
「――けど?」
「リョウスケの魔力では、頑張っても半径一メートルしか探索出来ません」
「肉眼で見た方が早いぞ!? お前自身が使えばいいだろ」
「書が目覚めておらず、蒐集されたのははやてちゃん・アリサ様・ミヤ・アリシアさん・リニスさんの5頁。
マイスターはやての御力無くては、ミヤは殆ど魔法は使えませんです」
「ちっ、役たたずめ。修行に励め」
「何を言ってるですか、リョウスケは今のミヤより魔力も制御率も低いです」
「弱すぎるだろ、俺!?
――フン、別にいいんだよ。俺は剣に生きる。怪しげな力に頼るのは、プレシアで終わりだ」
「今立派に命を狙われていますのに大丈夫ですか、そんな大見得切って」
世界が誇るオリンピック選手を超えた人知の及ばぬ力――認めたくはないが、心当たりがあった。
――異世界で確立されたお伽話の産物、魔法。
幻想を科学で染めて世界に具現化した力が、先月一人の大魔導師によって世界を破滅に導く事件を起こした。
願いを叶える石、無限の孤独を生み出す闇、狼の力を宿した戦士、大剣を振るう巨人兵――蒼銀の妖精と、美貌の死神。
地球の常識を超えたあの力ならば、こんな超常現象を起こす事も可能だろう。
プレシア宮殿で襲い掛かった巨人兵の大剣は、田舎町の街灯より長く厚く――強大だったのだから。
……ミヤの力を借りたとはいえよく倒せたな、あんな人型兵器……
「チビスケ、これから俺達のやるべき事は分かってるな?」
「勿論です! ミヤは準備オッケーですよ!!」
「よし、このまま仕事へ行くぞ」
「ちょっと待ちやがれです」
ゴスロリドレスを揺らして、白く細い足で俺の頬を蹴る妖精。
最近態度と口の悪さが目立ってきているぞ、こいつ。教育者たる車椅子に注意しておかなければ。
ミヤは手を振り回して、不満と怒りを表現する。
「リョウスケが狙われて起きた事件ですよ! 当の本人が無視して何処へ行くですか!?
道の真ん中に街灯が刺さっていたら、他の人も迷惑しますです!」
「ほう……お前はあんなゴッツイのを、退院したばかりの俺に素手で引き抜けと?」
「うっ――ミ、ミヤと融合すれば、少しは……」
「少しとか言っている時点で駄目だろ。無理なものは、無理。
あんなもの持ち上げる力があるなら、先月だって力不足で悩んだりしねえよ」
「け、警察に連絡して手伝って貰うです! 市民の義務ですよー!」
「旅人に何を言ってるんだ、お前は。第一サツに何て説明するんだ、この状況。
仕事先に向かう途中で正体不明の犯人に街灯投げられました――とでも言うのか?
笑い話で済ませてくれればいいけど、下手すれば事情聴取のフルコースだぞ。
保護者代わりではやてに警察まで迎えに来てもらうか、ユニゾンデバイス殿」
「……火急、速やかに撤収しましょうです」
物分りが良くて結構。
早朝で人通りが少ないとはいえ、全く車が通らないなんて事はありえない。
天空から街灯が地面を貫通した衝撃も激しい、不審に思った住民が間もなくやって来る。
警察への通報は善意の第三者に任せ、孤独の旅人とミニ良心は現場を離れた――
「……でも、万が一リョウスケに直撃していたら死んでいたかもしれないんですよ?
犯人さんを野放しにすると、また狙われる危険がありますです」
「その時こそツラを拝むさ。正体さえ分かれば対処出来るだろ。
ただ……犯人が誰なのか、全く心当たりが無いんだよな……」
「リョウスケの事だから、自覚が無い所で恨まれている可能性があるです。
ジュエルシード事件でも、沢山の人方々に迷惑をかけたじゃないですか。
はやてちゃんだってお姉様とミヤが居なければ、リョウスケは危なかったんですよ」
「あの時、お前は思いっきりはやての味方をしてただろうが!?
けどよ……あの事件では関係者全員にきっちりケリつけたぜ、俺。
アルフとフェイトは和解、時空管理局とは協力体制、プレシアともダチになった。
なのはやユーノは最初から味方だし、他に俺を恨んでいそうな奴って――ああっ!?
分かった、絶対にあいつだ!」
「犯人さんに心当たりがあるですか!?」
「いい加減、敵にもさん付けするのはやめろよ!? あいつだよ、あの怪力女。
エイミィとかぬかすメスゴリラが、憎き俺を殺そうとしたに違いない」
不倶戴天の怨敵、エイミィ・リミエッタ。
プレシア事件解決に全力を挙げてそれどころではなかったが、奴とは浅からぬ因縁がある。
重傷を負った怪我人に椅子をぶつける残忍な女だ、街灯でも背後から躊躇なく投げる事が可能。
次元世界の安全を守る時空管理局局員であり、宇宙戦艦アースラの乗組員――魔導師としての素養も高い。
加えてメスゴリラ、さぞ人とは思えない怪力を誇るのだろう。
あの女に殴られた頬は3日3晩腫れ上がった、まず間違いない。
「時空管理局ってのはいい隠れ蓑だな。特にあいつは外見だけは、雄の気を惹ける容姿。
上っ面だけ愛想良くしておいて、裏では野生本能全開でストレス発散しているんだろう。
許せねえな・・・・・・クロノ達と連絡取りたいけど、先月別れたばっかりだからな。
国外なら国際電話で話せるけど、異世界にどうやって連絡すればいいのやら」
「珍しく頭を使っていますけど、推理の根幹は私怨で歪んでいますねー」
可憐な顔を頭痛に歪ませて、呆れ返ったようにチビッ娘は嘆息する。
正面路では人目につくので、裏道から全力離脱中。
狭い道に飛空しづらいのか、ミヤはモソモソと俺のポケットに乗り込んだ。
「何だよ、俺様の推理にケチをつけるのか」
「エイミィさんが犯人だと真剣に思ってるのは、今もこの先も世界でリョウスケ一人です」
「お前はあの女の本性を知らないから、そんな風に思えるんだよ」
「リョウスケこそ、エイミィさんを何一つ理解してないです。
ミヤも話す機会は少なかったですが、思い遣りのある優しい人でした。
リンディさんやクロノさんを精一杯お手伝いする働き者で、あの時投降したフェイトさんやアルフさんの力になったそうです。
リョウスケ以外の人には、皆さんに親切にされていましたよ」
「何で俺だけ机とか投げられないといかんのだ!?」
「アースラで暴れたリョウスケが悪いです。自業自得です」
「ぐぐっ・・・・・・だ、だけど、俺が嫌いなのは事実だろ。動機はある」
「リョウスケが嫌いだったとしても、犯人はエイミィさんではありません」
「自信たっぷりに言うじゃねえか・・・・・・根拠はあるんだろうな?」
「エイミィさんは、リョウスケより強いです。コソコソしなくても、平手打ちで勝てます」
――時空管理局の事務員より弱いんですか、俺!? ゴリラの正式な役職、知らないけどよ。
強弱の程度はさておくにしても、確かにあの女なら気に食わなければ正面から向かってくる気がする。
闇討ちまがいの真似はしないだろう。
エイミィ本人は大っっっっっっ嫌いだが、性根は邪悪な女ではない。
「それに正当な魔導師さんが、わざわざ街灯を投げるのも変です。
リョウスケを攻撃するなら直接攻撃魔法を使うなり、自分の所有するデバイスで襲撃する筈です。
遠回しな手段にしても、数メートルはある重く長い街灯なんて使うでしょうか・・・・・・?」
「――確かに」
メスゴリラが犯人なら、野生の腕力で蹂躙するだろうからな。
いや、野生の動物だからこそ身近な獲物で投擲――自分でも信じていない発想を妄想と言うんだぞ、俺。
犯人探しは簡単に振り出しに戻った。
「案外、普通に事故か何かかもしれないぜ? 街灯が壊れて倒れたとか」
「交差点に突き刺さる程の勢いですよ、リョウスケ。現実的にありえないです」
「ぶっ太い街灯ブン投げられる事の、どこが現実的なんだよ!?
――あー、もうヤメだ。考えるのヤメ。
最近魔法だのジュエルシードだの、奇想天外波乱万丈摩訶不思議意味不明な展開に巻き込まれて錯乱してる。
現実的にありえない事は全て魔導師の仕業とか、メルヘンチックに考えてしまう。
ジュエルシード事件解決して、プレシアも自首。クロノ達も異世界へ帰ったんだ。ファンタジックな妄想は終了。
俺は今日から夢の無い社会に戻るぞっ! 地道に金稼いで堅実に生きてやるんだ、うおおおおおおーーー!」
「ああっ・・・・・・何故でしょうか、お姉様!
言っている事は凄く立派でまともなのに、根幹で駄目になってる気がするです!?」
色々あったが事件の首謀者であるプレシアならまだしも、事件解決に貢献した俺が恨まれる筋合いは無い。
時空管理局の人間はゴリラ除いて論外。
待てよ? アルフが悪戯で怪力を発揮して――裁判中だっつーに。
プレシアは入院、アリシアは俺の新妻(気取り)、リニスは猫。
グレーゾーンでユーノ・・・・・・でも襲撃かけるなら、まず結界張るだろうからな。
この世界――日本でも俺に敵意を抱く人間に心当たりは無い。
幼少時代過ごした孤児院の人間は論外、旅の間は関わりを持った人間は少なく、この海鳴町が俺の人生の第二期。
迷惑をかけた人間は――数ヶ月で結構いるけど、背後から街灯を投げるトンデモ人間に心当たりは無い。
高町家の人間は心強く優しい人達で、人畜無害。
さざなみ寮の人間は性質の悪い酔っ払いや不良警官はいるが、人殺しなんぞしない。
フィリスは俺の健康第一、久遠は家来、那美は魂の共有者。
月村やノエルは海外旅行、アリサはメイド、はやては家族――彼女は俺を心底疎んでいるが、街灯なんぞ使わんでも殺せる。
――関係者で心当たりは無い。やっぱり事故だな、うむ。
洗い直して気分も爽快。拳を握り締めて、俺は社会復帰を決意。
ミヤは頭を抱えているが、気にしない。
俺は心置きなく現場を退散して、アリサのメモを頼りに仕事場へ向かった。
――さて、一度ここで自分自身を振り返ってみよう。
宮本良介17歳、中卒。職業経歴、一切無し。
義務教育終了後、中学時代を含めた数年間の旅生活を過ごす。
住所不定、身元保証人無し、貯金も皆無。
俺個人は不便はあれど自由気ままな暮らしだが、社会が見れば立派な浮浪者。
不況だの政治不信だので不明瞭な今の世の中、資本主義国家の中で貧富及び強弱の差は確実に生じている。
そんな社会より天才メイドが見つけ出した、俺に出来る仕事とは――
「・・・・・・普通の民家、だよな?」
「はやてちゃんの家よりは少し小さいですが、立派なお家じゃないですか。あ、リョウスケ!
アリサさんが仰っていた仕事の依頼人が、あの方ですよ」
やる気に満ちた妖精さんが指差す先は――花に水遣りをしている主婦。
キャリアウーマンの片鱗も見出せない、どこにでもいる中年の女性。
――生活施設が整う、住宅地の民家。
住所と依頼人の名前を書かれたメモを手にしたまま、初仕事の現場で俺は呆然と立ち尽くす――
<続く>
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