とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四話







 6月2日、晴天。梅雨の時期と言えど、毎日雨は降らない。

初夏の風に肌も汗ばむ頃、爽やかな初夏を迎えつつある。

出来れば退院した昨日こそ快晴であって欲しかったのに、自然とは時に厳しい。

世間が目を覚まし始める時刻、俺は八神家を出て大きく伸びをする。


「朝のジョギングを禁止とは過保護な奴だよな、あいつは」

「先月まで酷い怪我で入院していたんですよ、リョウスケは。
明日フィリス先生に看て頂いて許可を頂けるまで、修行は禁止です!」


 ご主人様に反抗的なメイドと同じ事を口にする、小さな教育係。

目の届かない場所で無茶をすると予想したアリサが、ミヤに監視役を頼んだのだ。

お陰様で妖精さんは俄然やる気、今日一日ずっと共に行動するようだ。

なのはと同世代で他人を信用出来ないとは、不憫な奴である。

――くそっ、俺の行動はお見通しか。


「昨日は楽しかったですね。ミヤはパーティーが大好きです!
手料理を美味しそうに食べるリョウスケを見て、はやてちゃんも幸せそうでした。うふふ〜」

「・・・・・・お前も幸せそうで羨ましいよ、本当に」


 退院と家族誕生記念で、八神家で慎ましく夕食会が開かれた。

家族に慣れない俺、家族に恵まれなかったアリサ、家族を求めていたはやて――家族を知らないミヤ。

不思議な関係だが、昨晩は四人共に温かい料理を囲んで優しい時間を過ごした。

酒も何もない家庭料理だが、病院よりずっと美味しかったので俺も特に文句は無かった。

俺とアリサの共同部屋には多少文句は言ったが、はやても一緒がいいと逆に不満を漏らしたので即棄却。

八神家の主の手にある書籍の圧力が、非常に怖かった。

はやての誕生日、ローソクで火をつけてやりたい――誕生日?


「考えてみれば昨晩、誕生日会も兼ねれば手っ取り早かったな。はやての誕生日、そろそろだしよ」

「何という夢の無い事を言っているんですか、リョウスケはー!
そんな事を平然と言えるから、いつまで経っても駄目駄目なんですよ。反省しなさい」


 ・・・・・・何でここまで言われなければならんのか。

合理的という判断を採点に加えて頂きたいものである。

ヴィクトリアン調のゴシックドレスを着たミヤが、可愛らしい指を突きつける。


「はやてちゃんのような年頃の女の子の誕生日は特別なんです!
怪我してばっかりのリョウスケの退院と一緒にしないで下さい。心外です。プンプンです。
一生に一度の生誕を祝う日――大いなる出逢いへの、感謝がこめられているんです。

もう少し真剣に想ってあげて下さい!」

「分かった、分かった。誕生日に、きちんと祝ってやればいいんだろ。
確かにはやてが作った料理で、本人の誕生日を祝うのも変だからな」


 思い付き程度の提案なのに、ここまで文句を言われるとは思わなかった。

やはり正統なマスターの誕生日ともなれば、思い入れも違うのだろう。

特にミヤが生まれて初めての誕生日だ、心から祝いたいに違いない。


「はやては自分の誕生日が近い事を知っているかな?」

「何を言ってるですか、リョウスケは。
自分の生まれた日を知らない人なんていません。当たり前じゃないですか!」

「俺、自分の誕生日知らないぞ」

「ふぇ・・・・・・? リョウスケは自分の生まれた日も覚えてないですか!?」

「身元不明の捨て子に何言ってる、貴様。親が誰かも知らんわ」

「――あ・・・・・・、えと、ごめんなさいです」

「ションボリするな。嫌味で言った訳じゃない。そういう奴も居るって事」


 悲しいほど素直で純真なチビスケは、心から申し訳なさそうに頭を下げる。

本当に怒ってないし、別に悲しくも何とも無いのに。

昔は誕生日に憧れた時期もあったが、今は特別視していない。

自分の過去に悲嘆して嘆き悲しむより、今を健全に生きた方が楽しいに決まってる。


「で、どうなんだ? はやてが話題に出した事とかあった?」

「えと、えと・・・・・・リョウスケとアリサちゃんが家に住む準備に忙しくて、忘れていると思います。
はやてちゃん、ずっとリョウスケの退院を心待ちにしていましたから!」


 なるほど、新しい家族の事で頭がいっぱいか。はやてらしいな。

自分の誕生日なんて、きっと頭の片隅にもないだろう。

6月から始まった新生活にウキウキ気分だもんな、あいつ。

今朝も何時から準備していたのか聞きたいほど、豪勢な朝食だったからな。


「はやてが覚えないなら好都合だな。誕生日会は事前に秘密にして、当日驚かしてやろうぜ」

「それは素晴らしいアイデアです! はやてちゃんビックリすると思いますが、きっと喜んでくれます!
プレシアさんとの戦いの時もそうでしたけど、リョウスケのアイデアには時々ビックリさせられますね」

「――サプライズは基本ですけどね」


 古代の英知の結晶とはいえ、誕生日の伝統までは把握出来ていないのか。

魔法の知識も重要だが、現実社会の文化も教えてやらねば。

朝の住宅街を歩きながら、俺達は練っていく。

凶悪無比な大魔導師を倒す方法ではなく――平凡な一人の少女の生誕を祝う、平和で無邪気な悪巧みを。


「はやてに内緒で準備となると、あの家以外で場所を探さないと駄目だな」

「パーティは大勢の方が楽しいですし、広い場所がいいですよね」

「大勢と言っても、はやては友達とか居るのか?」

「はやてちゃんはミヤやお姉様のマイスターです! 魔導師としての才覚に恵まれた、素晴らしき人格者なんです!
人の上に立つ器――王の素質を持つ御方ですよ!」

「車椅子の引き篭もりに関係あるか、そんな事! だったら俺の知り合い以外で誰が居るのか、名前を挙げてみやがれ。
マスターの御傍に仕えるデバイスなら当然知っているよな?」

「そ、それは、その・・・・・・えへ」

「笑って誤魔化すなぁぁぁ! 一ヶ月八神家に居て知らないとなると、マジで友達居ないんだな」

「でもでも、はやてちゃんも変わろうとしているんですよ!
リョウスケやなのはさん達と一緒に過ごして、一人ぼっちを嘆いているだけの自分が恥ずかしいと!
散歩に出かければ御近所の方に御挨拶したり、図書館へ行けば受付の方とお話したり――生活の改善に励まれています!」

「・・・・・・ひたすら地味だな、おい」


 家に閉じこもっているよりはマシだけどよ――その辺は今度に期待、か。

俺自身最近他人に関心を持ちつつはあるとはいえ、余計な人間関係は御免被る。

はやての交友関係にあれこれ言うのは筋違いだな。


「ともかく、友達が少ないのは分かった」

「うう、はやてちゃんは本当に立派な方なのに〜」

「あいつがお人好しなのは分かってるつーに。それに、友達居ない訳じゃねえしな。
丁度良い機会だ、高町家に頼んでみよう。
先月の家出の一件が有耶無耶で、八神家に世話になっている事をきちんと説明してなかったからな。
あの家の面倒見の良さは天下一品だ、これを機に交流を深めれば今後何かと都合が良いだろ。

俺やアリサとの家族ゴッコよりも、はやてのような年頃は本当の大人が必要だと思う」


五月の事件、俺は結局なのはやはやて――子供にさえ、勝つ事は出来なかった。

そんな俺を厳しく叱り、優しく勇気付けてくれた大人達。

広がり過ぎた怨恨の輪を断ち切ってくれた彼らの支援あってこそ、俺は最後まで戦う事だけは出来たのだと思う。

家族を知らない俺に、家族の役割を果たすのは無理だろう。

愛する夫を失っても温かい家族を作っている桃子の方が、きっとはやての心を支えられる。

ミヤは反対はしなかったが、少し不服そうな顔をしている。

俺の存在も重視してくれるその気持ちだけ、静かに受け取っておこう。


「アースラの連中――クロノやフェイト、リンディも誘いたいけど難しいな。
再会の約束はしたけど、連中からすれば管理の外の世界だ。別に守る義務はねえし」


   短い付き合いだったが、世界を舞い込んだ事件を共に戦った人達――異世界の法の守護者、時空管理局。

再入院前に別れの挨拶を行って以来、彼らとは一度も会っていない。

事件の容疑者プレシア・テスタロッサは重病により、娘のフェイトと使い魔アルフは現在裁判中。

次元犯罪は通常事件の規模により長期に渡っての裁判となるが、今回は被害も少なく容疑者も自首している。

特にフェイトは無罪はほぼ確定で、裁判も短期の内に終わると優秀な執務官が確約してくれている。

とはいえまだ一ヶ月、彼らとの再会は叶わない。

特に寂しくは無かった。たとえもう逢えなくても、悲しみを覚える事はない。

自分の未来から目を背けず生きると誓ったのだ、別々の道でも己が足で歩いていく。


「リョウスケじゃあるまいし、絶対に逢いに来て下さいますよ!
ユーノ先生も出廷義務が発生するまで、この世界に残って下さっています。連絡を取ってみてはどうですか?」

「先生かよ・・・・・・俺なんて、今もあいつの顔も知らねえのに」


    フェイトやクロノ達との崇高な誓いに水を差すように、あの透明人間はこの世界に今も滞在中である。

時折病院へ見舞いに来てくれたのだが、サウンドオンリー(念話)で姿を一向に見せない。

一緒に訪れる高町なのはさんの苦笑いは、今でも俺の脳裏に焼きついている。

平和主義な義妹からすれば俺達を仲良くさせたいのだろうが、ユーノが頑なに拒否するのだ。

どれほど人には見せられない不細工な顔をしているのか、興味をそそられる。

あいつの回復魔法には世話になっている、俺個人は別に否定的な感情はない。

ユーノ自身も性格が真っ直ぐで正義感も強い、特定の人間に意地悪する気はないのだろうがどうしても嫌らしい。

俺もそこまで他人に深入りする気は無いので、好きにはさせているのだが――気になる。


「お前、あいつに結界や回復魔法を教わってるんだろう。
フェイト達と連絡取れるか、駄目元で聞いてみてくれないか?」

「分かりましたです! はやてちゃんもフェイトさんと逢えれば、きっと喜ぶと思います。
――リョウスケも、少しは魔法の勉強をしないと駄目ですよ」

「魔法の制御と構成はお前に任せるよ。俺は魔力提供と戦略担当で」

「もう、リョウスケは本当にミヤが居ないと何も出来ませんね・・・・・・プンスカです。
はやてちゃんの為に、仕方ないですから力を貸してあげますけど――知識がないと戦い方も分かりませんよ。
アリサさんと一緒に今日から勉強しましょうです!」

「うげぇ、俺もアリサと勉強する――アリサも?」

「はいです。ミッドチルダやベルカの歴史、魔法及び科学技術や文化を詳しく知りたいと仰られていまして。
ミヤが知る限りの情報と、ユーノ先生より教えて頂いた知識を講義しています。えっへん」

「――アリサめ、俺に内緒でそこまで視野を広げていたとは。
ミッドチルダやベルカってのは、異世界の地名か何かか?」

「そこから教えないと駄目ですか・・・・・・やれやれですねー」


 何だ、その得意げな顔は。全部受け売りのくせに生意気な。

でも考えてみれば、異世界の科学技術や魔法知識があればこの世界で財を成せる。

空間モニターや戦艦製造技術でも夢のような産物だ、一般化すれば世界にまた新たな技術進化を遂げられるだろう。

――そういった世界の変革は多分時空管理局の法に引っかかるだろうから、あくまで個人で使用するだろうけど。

勉強なんぞしたくはないが、知識もまた武器になる。

先月てめえの弱さを嫌というほど味わったのだ、選択肢は多いに越した事はない。

バリアジャケットの拘束仕様も、バインドを知って生まれた戦法なのだ。


「フィリスから許可を貰うまで、しばらく本格的な修行は出来ないからな。
まずは体力を取り戻す事と、知識を蓄える事に専念するか」

「そして、はやてちゃんの誕生日に向けて準備を進めましょうです!
どうしますか、早速なのはさんの家へお邪魔しますか?」

「何の為にこんな朝から出かけたんだよ!? ――俺はこれから仕事だ」


 ポケットから取り出した、一枚の紙――仕事引き受け先の名前、住所と電話番号が書かれている。

アリサが早速取ってくれた仕事、予定も金も無かったので引き受ける事にした。

御主人様の承諾を得て、アリサは昨日の内に相手先に連絡してくれた。

身元不明の放浪者を雇う相手――企業名ではなく、個人名・・・なのが気になる。

はやての家の近所で交通費がかからんのはありがたいけど・・・・・・大丈夫なんだろうな、この仕事。

アリサの引き受けた仕事なので問題は無いだろうけど――



「!? リョウスケ、危ない!!」



 顔を上げた瞬間。



全てが始まり――



――終わっていた。



冷静になった後で振り返っても、起きた出来事の全てが信じられない。

危機的意識を感じる瞬間も与えない。

ただ危険を知らせる声に従って――俺は馬鹿の一つ覚えのように、足を止めるしか出来なかった。


住宅街を抜けた先の交差点、陸橋が整備された十字路。


辺鄙な田舎町の早朝、車も走らず人の往来もない。

車俺が今まさに渡ろうとしていた道路の真ん中に――



――街灯・・が、突き刺さっていた。



「が、街灯!? 街灯って――おいっ!?」


 まるで名のある選手に投げられた槍のように、華麗に突き刺さる街灯。

衝撃どころか揺れすら感じさせずに、見事に地面を貫いている。

もしも何も知らないままぼんやり歩いていたら――

戦慄に身を震わせて、俺は自分が来た方向を振り返る。


「ミヤ、これが飛んで来たのは――」

「は――はい、リョウスケの背後からです! 上空から凄い速さで突き抜けて、刺さりました!?
ちょ、直接狙ったのではないと思うのですが・・・・・・ふええええ〜〜〜!?」


 異様な光景にようやく事態を認識出来たのか、ミヤが悲鳴を上げる。

道路などを照らすために立てられた街路灯――大の大人でも投げるどころか、引き抜く事も出ない。

振り返った先に、人影はない。だが、身を震わせるような何かを感じる。

何処かで感じた、肌を突き刺す感覚。


――見られている。


臨戦態勢を整えながらも、俺は立ち尽くすしか出来ない。

高さ数メートルの街灯を豪快に投げるなんて芸当、オリンピック選手でも不可能。

出来そうなのは古代書に眠る彼女だが、美貌の死神が動けばミヤが絶対に気付く。

ミヤの知る相手ではない。

そうなると他の魔導師・・・・・・あっ!?


この交差点――フェイト・テスタロッサに二度目の襲撃を受けた、場所だ。


自分が冷静さを失っていた事に、未熟ながらようやく気付く。

今感じている濃厚な気配、背中に突き刺さるような鋭い視線――その正体。

プレシア・テスタロッサが放っていた、あらゆる絶望を込めた一つの感情――


――憎悪。


彼女と違うのは、この憎しみは理不尽な世界に向けられていない。

俺自身――

まるで恋焦がれるように、俺一人だけに殺意が向けられていた。




















































<続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     










[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]