とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三話
ジュエルシードが生み出した闇の暴走、獰猛な狼との死闘が繰り広げられた地。
朝焼けの公園で出逢った車椅子の少女――八神はやての家は時を経て、新しく生まれ変わっていた。
四季を彩る鮮やかな海鳴の景観を背景に、恵まれたロケーションで快適に暮らす家が誕生していた。
「・・・・・・き、綺麗な家にう、生まれ変わったな・・・・・・ゼイ、ゼイ・・・・・・」
「――気持ち悪いほど大量に汗が出ているわよ、あんた。
海鳴大学病院からこの家まで、どれほど距離があると思っているのよ。
退院したばかりだから、無理せず一緒にタクシーに乗っていけば良かったのに」
緑豊かな高台から空が見渡せる風格の土地、上質感際立つ住居が放つ美しい存在感――
光と風を豊かに纏う街並みを楽しみながら、俺は病院から走って来た。
治ったばかりの身体がブザマに軋んでいるが、気分は悪くない。
体力は驚くほど落ちているが、息を吐き出す度に病院内に蔓延する病の毒素が洗浄される気がした。
「ハァ、ハァ・・・・・・だ、だから、体力をす、少しでも取り戻そうと・・・・・・
フゥ・・・・・・くそ、鈍っ、てるな・・・・・・フゥッ」
「そうやって無理するから、フィリス先生が心配するんでしょう。ほら、拭いてあげるからジッとして。
はやてやミヤが今か今かと待ち構えているんだから、元気良い顔を見せないと」
清潔な白いハンカチを取り出して、アリサは丁寧に俺の汗を拭ってくれた。
口を尖らせて文句を並べているが、俺を心から案じる気持ちが感じられて何処か心地良い。
甲斐甲斐しいメイドの奉仕に、疲労も癒される。
俺は大人しくアリサの世話になりつつ、リフォームされた家屋を見上げた。
――五月の事件で半壊した、少女の家。
一時はどうなる事かと思ったが、月村の保護と援助を受けて美しき新邸に生まれ変わった。
主の温もりが感じられる開放的な住まいで、覗き込んで見ると荒れた庭も美しいガーデニングパースに整備されている。
少女の孤独の闇も俺の刻んだ傷も完全に消えて、八神家は新しいスタートを迎える事が出来た。
「・・・・・・月村には世話になりっぱなしだな」
「ノエルさんが優秀な業者を手配してくれて、短期間で工事が済んだの。
改装中は忍さんの家で御世話になってたのよ」
――俺の命を救う為に自分の血を捧げ、仮初の家族を保護してくれた知人。
通り魔事件では犯人探しの協力を、二度の入院で何度も見舞いに訪れ、花見では素晴らしい場所を紹介してくれた女の子。
今まで強く意識した事は無かったが――事件が起きる度に、俺はあいつに助けられている。
月村は何故、そこまで俺に味方をしてくれるのだろうか?
それも一方的な優しさではなく、俺が悪い時は引っ叩いてでも叱ってくれる対等な女。
家は大金持ち、優しい叔母と忠実なメイドに支えられた家庭、見目麗しい容姿、モデル並のプロポーション――
お嬢様なのに気取らず、性格は御茶目で人懐こい――出来過ぎだ。
初対面では確かに怪我している所を助けたが、そんな取るに足りない小さな恩では決して釣り合わない。
そもそも、月村と俺の関係は今でも微妙だ。助ける理由が全く分からない。
・・・・・・いや五月では他人の気持ちを理解出来ず恥を晒したが、俺だって別に朴念仁ではない。
友人かそれ以上か度合いは定かではないにしろ、月村が俺に好意を抱いてくれているのは知っている。
俺が分からないのは、何故好意を抱いたのか――である。
月村は確かに性格は悪くないが、桃子やフィリスほどの他者への優しさは無い。
三ヶ月足らずしか付き合いのない人間を助ける義理はない、筈だ。
あの子は滅多に他人を好きにはならない――可愛い姪を見つめ続けた叔母の言だ。
学校ではどうかは分からないが、俺は月村の知人友人を見た事がない。
恭也とは同じクラスだが、二人の様子を見る限りでは今まで親交はなかったらしい。
本当にただのクラスメートだったのだろう、俺という共通項を得るまでは。
俺は最初異世界の友人、フェイト・テスタロッサに自分に似た匂いを感じていた。
恵まれない境遇、親にさえ愛されなかった孤独の少女。
共に捨てられた者同士、共感を覚えていたのかもしれない。
フェイトはこの先沢山の友人、温かい家族を手に入れる事が出来るだろう。
――フェイトは求め、俺は求めない。
すれ違いというほど大袈裟ではないが、彼女が更正すればするほど違いは生じる。
フェイトは純真で心優しく、脆い面はあれど逆境を乗り越えた強さがある。
なのはやクロノのように、これから先多くの他者と自分の家族を守っていくだろう。
境遇は似ているが――結局、生き方や価値観は違っていたのだ。
俺は五月の事件で人間そのものに興味は抱きつつあるが、他者への無関心は今でもある。
フィリスが頑張ってくれているが、正直少しは親しいなのは達でさえ疎ましく思う時もある。
赤の他人を簡単に好きにはなれない――月村のように。
もしかしたら、月村が俺を助けるのは――
「――さくらさんとも、随分親しくしてもらってるのよ。勉強も教わったわ。
今大学院生で、専攻は西欧の古い文化を学んでいるそうよ。話していて楽しいの」
「絶対、俺ついていけねえ・・・・・・というか、綺堂はまだ学生だったんだな。
大人びた容姿で知性豊かな物腰だったから、キャリア組だと思っていたのに」
「詳しい話は聞けなかったけど、幾つかの家業にも関わっているらしいわよ。
忍さんと海外に出る前も、実は誘われたの。世界を知る良い機会だって」
「いい機会じゃねえか。羽ばたけ、天才少女」
「入院中静かにしていたのは、毎日あたしに睨まれていたからでもあるのね。よしよし」
――ちっ、隙を見せないメイドである。
一時でも居なくなれば、一人暮らしを満喫出来るのに。
元々人類有数の頭脳を持っているが、綺堂の英才教育で知性が磨かれているらしい。
人様が怪我で苦しんでいるのに、ちゃっかり友好関係を結びやがって。
「良介も、そろそろ忍さんに恋しくなってないの? ずっと会ってないけど」
「そのまま国外退出になれ」
「・・・・・・本人が目の前にいても平気で言うから侮れないわ」
いずれにせよ、今居ない人間の噂話をしても仕方がない。
随分待たされているようなので、改築された八神家へ早くお邪魔する事にしよう。
勝手知ったるセカンドハウス、アリサと二人連れ立って玄関の扉を開ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「――いちいち、ただいまコールを待つんじゃねえ!?」
障害者に優しいバリアフリーな玄関口で二人、期待に満ちた眼差しを向けて出迎えてくれた。
ポイント柄のシフォンワンピースを可愛らしく着た、車椅子の少女。
荘厳な意匠が特徴の古書を胸元に抱き、無愛想な俺に不満な顔を見せつつも嬉しそうにしている。
足が不自由な少女の肩には、黒のレースワンピースが似合う可憐な妖精が座っていた。
銀蒼色の髪を揺らして、ムッとした顔で俺に指を刺す。
「折角はやてちゃんが出迎えてくれたのに、何ですかその言い草は!
ミヤが少し目を離すと、すぐ礼儀を忘れるんですから! リョウスケの悪いところです。
今日からまたミヤが厳しく躾けますから、覚悟して下さいね!」
「病院から走ってきたから、喉乾いたよ。水貰っていいか、はやて」
「・・・・・・ふえ〜〜ん、マイスターはやて〜! リョウスケがミヤを無視しますです〜!」
「あー、はいはい。良介は意地悪さんやから、強く責めなあかんよ」
主以外のユニゾンで一時期はやてに負い目を感じていたようだが、新しい生活で解消されたらしい。
正統なる主に素直な心を見せて、ミヤははやてに甘えていた。
今問題も俺が大いに絡んでいたので、解決出来た事は喜ばしく思う。
はやては泣きじゃくる妖精の頭を撫でながら、俺を見上げる。
「御免な、良介。本当は迎えに行きたかったんやけど、色々準備とかあって――
良介とアリサちゃんの部屋は用意出来てるから、安心してな。
今日からまた一緒に住めて、ほんまに嬉しいわ」
「別に気を使わなくてもいいよ。車椅子で病院にわざわざ来るのも疲れるだろ。
そういう事は全部、使用人に任せれば平気だ」
「・・・・・・使用人って言われると抵抗があるわね・・・・・・」
再会を喜び合う俺達の隣で、未来の美人メイドさんが不満げに何かブツブツ呟いている。
その天才的な頭脳で九九でも唱和しているのだろう、放っておこう。
靴を脱いで家に上がろうとすると――華麗なデザインを描く俺様の高貴な顎に、分厚い書籍が鋭く突き刺さる。
「痛っ!? 退院したばかりの重傷者に何てことしやがる! いつつつ・・・・・・
ぶっとい金属の鎖が豪快に骨に響いたわ!」
「あ、あれっ!? わ、わたし、手から離してないのに・・・・・・」
俺の顎を強打した古書――八神はやてが所有する魔導書。
古代の歴史より受け継がれた強力無比な本には、二つの生命が宿っている。
天使と悪魔――妖精と、死神。
純粋無垢なユニゾンデバイスは俺を優しく導き、美貌の悪魔は俺を厳しく監視している。
目の前の少女に少しでも害意を及ぼせば、問答無用で俺を殺す。
どういう原理なのか、まるで気のせいと言わんばかりに本は再び八神はやての胸の中に納まっている。
ミヤも目を白黒させているので、俺を攻撃したのは彼女だろう。
何の恨みが――ありまくるか、実際問題。
彼女は、何度も主を命の危機に晒した俺に冷たい殺意を抱いている。
今俺が生存しているのは、はやてが罪を許してくれたからだ。
怜悧冷徹な彼女だが無意味な事は絶対にしない、俺を攻撃したのもはやてに対して何か悪い事をしたからだろう。
心当たりは一つある。しかし――
(ちょっと細かいぞ、アンタ・・・・・・ミヤに似てきたんじゃないか)
目を向ける。本は何も語らない――のに、何処か不機嫌に見える? アレ?
先ほどの事といい、一体どういう事だろう?
彼女は確かに絶大な力を持っているが、今まで現実世界に干渉した事は無かった。
そんな力はないと、自分でも言っていたくせに・・・・・・
何にせよ彼女の機嫌を直すべく、俺は反省点を改善する。
八神はやてが今求めているもの――それを提示しなければ。
本を何度も見つめて不思議そうにしているはやてに、俺は若干の本心をこめて伝えた。
「ただいま、はやて。一度台無しにしちまったけど――今後ともよろしく」
「! ・・・・・・うん、うん!
あの時も言うたけど、一緒に助け合っていこうな。
わたしも、良介も、ミヤも、アリサちゃんも――これからや!」
改めて誓い合った約束は仮初でも強く、温かくて――
帰ってきた実感が強く、心に響いた気がした。
酷い事ばかり起きた事件だったけど・・・・・・もう一度帰って来れた事だけは、感謝しよう。
――本は何もいわず、ただ静かに主に抱かれていた。
「話が違うだろう、これは!?」
「はやてがさっき言ってたでしょう。『良介とわたし』の部屋を、用意したって」
「ええい、日本語の魔術を駆使しおって!?」
ユーティリティに設置した棚や引き出し、白一色で統一されたクロゼット。
シンプルデザインの広々とした空間に、二つの手荷物が置かれている。
宮本良介とアリサ・ローウェル――二人の為に用意された部屋である。
両側の引き戸から陽光を招く日当たりの良い室内で、小さなルームメイトに不平を漏らす。
「まだ部屋は他にも空いてるだろ! そっちに移させてもらえよ」
「勘違いしてるようね。良介と一緒の部屋は、あたしが希望したの」
「俺の希望は!?」
「はやての家が半壊した原因の意見を考慮する必要は無いわね」
絶対コイツ、俺に忠誠なんぞしてねえよ。
血も涙もない発言に閉口している間にも、アリサはご機嫌で荷物を整理整頓していく。
俺の分の荷物まで丁寧に直しているのは、確かにメイドらしいと言えるかも知れんが。
「お前ね・・・・・・そんなに俺と一緒に居たいの?」
「うん」
「あっれー、躊躇とか照れとかは何処へ!?」
「これからずっと一緒なんだから、いちいち照れてられないわ。
特に良介はちょっと目を離すと何するか分からないから、出来る限り傍に居た方がいいわよ。
だ・・・・・・大丈夫よ。良介はもう十七だし、その・・・・・・男の生理現象とか、あると思うけど――
良介なら、わたし・・・・・・何されても、いいから」
「結局照れてるじゃねえか!? 何の想像をしてるんだ、お前は!
ハァ〜・・・・・・もういいや。好きにしろ」
反対するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
別にやましい事はねえし、一人になりたい時は勝手に行動すれば済む話だ。
孤独が好きだからといって、部屋に篭る趣味はない。
高町家でも自分の部屋ではただ寝泊りする程度で、見られて困るような事はない。
――それに・・・・・・他人の機微に聡いアリサにしては、妙だ。
アリサは俺が困る我侭は絶対に言わない。
俺が好きなのは知っているけど――う〜ん・・・・・・らしくねえ気がするんだよな・・・・・・
考えても答えは出ないし、アリサ自身が喜んでいるなら今はいいか。
荷物の片付けはアリサに、はやてとミヤは夕飯の準備をしてくれているし、今はのんびりしていよう。
病院からのランニングで疲労した身体を休めていると、
「そういえば、良介。はやての誕生日はどうするのよ。
知らん顔していたら、フィリス先生に怒られるわよ」
「お前もミヤもうるさそうだからな・・・・・・どうするかな――」
6月4日が八神はやての誕生日、今日を含めて後3日しかない。
退院時にフィリスに告げられた以上、確かに知らないでは済まないだろう。
誕生日を無視してもはやては別に悲しんだりしないだろうけど、また分厚い本の角で制裁を食らうのは御免だ。
ささやかでも祝うべきかもしれないけど・・・・・・金が無いんだよな・・・・・・
結局、最初の問題に戻る訳だ。
新しい家に住むにせよ、一人旅に出るにせよ、ガキのプレゼントを買うのにも、金が要る。
「短期間で金が稼げる仕事があればいいんだけどな」
「探しておいたわよ。やってみる?」
えええええっ!? 早い、早いっすよ、アリサさん!?
当然のように連絡先が書かれた紙を取り出したメイドに、俺は心底度肝を抜かれた。
――現在所持金、23円。
<続く>
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