とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四十九話







 話し合いの末、俺とレンは海鳴大学病院へ戻る事となった。

孤児院を出てから日本全国を歩き回っていた俺に故郷はないが、不思議と海鳴町を思い出すと不思議な安堵を感じる。


――馬鹿馬鹿しい感傷である。


嫌味な宮殿の度重なる死闘と、ゴリラ女との戦闘で疲れているに違いない。

医務室で真面目少年との話し合いを終えて、俺達は帰宅の準備に入る。


病院への帰宅は俺とレン、なのはとフェイトは――正直まだピンと来ないが――この「艦」に残る事になった。


フェイトとアルフは今回の事件の重要参考人、なのははユーノと一緒に事情聴取。

話し合いの後クロノに連れられて、それぞれ自分の役目を果たしに行った。

俺も正直残りたい心境だが、フィリスが責任感じて首でも吊りそうなので帰宅組。

時空管理局と呼ばれる怪しい名前の組織の人間は驚くほど親切だった。

見ず知らずの人間を無償で救助するだけではなく、着替え類まで丁寧に用意してくれている。


……現代日本で販売されている洋服を何故異世界の連中が用意出来るのか、ツッコむのは敢えてやめておいた。


日本語も何で通じているんだろうな、そういえば……言わないでおこう。

衣類の代えは正直、ありがたかったからだ。

レンの服は病院で誘拐されて寝巻き姿、俺の服は巨人兵との戦いで血と汗に濡れてボロ雑巾。

そのまま着て帰ったら、病院の連中は血相を変えるだろう。

医務室に連なる部屋をそれぞれ借りて、俺とレンは治療時来ていた無菌服から無難な洋服に着替える。


「――っぅ……、まだ指先にさえ力が入らないか……」


 全身隅々怪我のない箇所は存在しない。

特に血管を食い違った腕や骨が折れた胸の痛みが酷く、着替えさえ一苦労だった。

腕や足を動かすだけで、痙攣に似た痛みが走る。


くぅ……情けない。


俺の不始末が原因だが、あの女と戦ったお陰で怪我が猛烈に悪化した。

歯を食い縛って支度を整えた俺は、息も絶え絶えに医務室へ戻った。

待っていたのは着替え終わったレンと見送りゴリラ。



そして――





「あら、着替え終わったのね。怪我の方は大丈夫?」




 ――優しい微笑みを浮かべた女の人が座っていた。

翡翠に似た色の綺麗な髪をポニーテールにまとめた、妙齢の女性。

柔らかい物腰と清楚な空気が印象的な、美女。

比較的落ち着いた服装でさえ、しなやかな背のラインと柔らかに実った果実を惹きたたせている。

異性には痛い目にあってばかりの俺でも、この麗しき女性には一瞬目を奪われた。

隣に居る小生意気な猫とは、大違いである。


"何よ〜?"


 不満そうに頬を膨らませるエイミィに、貴様とは雲泥の差だと悲しげに首を振ってやる。

あはは、目を吊り上げてやがる。

流石のエイミィもこの女性には頭が上がらないのか、殴り合いの再開にはならなかった。


「紹介するわね。
リンディ・ハラオウン艦長――時空管理局提督、この巡行艦「アースラ」の艦長を務めている人よ。

艦長、こいつが先程報告した奴です」

「きちんと紹介しろよ、てめえ!?」

「来賓扱いされたいのなら、品性を身に付けなさいよ」

「野生の荒々しさしか持ってねえくせに、偉そうに」

「野性の本能で引き裂いてあげましょうか!」


 鬱陶しさ、倍増。

俺の優秀な遺伝子が、勝利を求めて叫んでいる。

椅子を蹴飛ばして立ち上がるエイミィに、ファイティングポーズを取る俺。

一触触発の状況に、レンが慌てて介入しようとする最中――


「随分仲良しになったのね、二人とも。
クロノから大怪我と聞いて心配していたんだけど、元気で良かったわ」


 朗らかな女性の声に、互いに戦意が消失する。

思わず肩を落とす俺はまだしも、エイミィなど顔を真っ赤にして転がる椅子を立て直している。

失態を見せた自分を恥じているようだ、

フッ、俺の勝ちだな。

羞恥に震える負け犬に満足して、俺は改めて彼女と向き直った。


「あんたが責任者か。

……レンと俺を助けてくれた事は礼を言っておくよ」


 礼儀面は一向に気にしない俺だが、助けられた礼くらいは言える。

俺の事だけならともかく、レンを救ってくれたからな。

正体不明の組織だが、こいつらの介入がなければ俺もレンも死んでいた。

エイミィの上司――リンディは頬に手を当てて、穏やかな顔を向ける。


「人命救助も私達の仕事だから気にしないで。
こちらこそ貴方を一人にしたままで申し訳なかったわ。

――不安だったでしょう?」

「……別に。こいつのパンチで目が覚めたからいいさ」


 その点に関してだけは感謝しておく。

御互い眼帯にガーゼ、腫れた顔の酷い顔だが、示し合わせたかのように笑い合った。

喧嘩はとことんヤるが、無意味に憎しみ合えばいいってものじゃない。

大人の理解なのか、リンディも俺達の様子に目を細める。

そんな美人提督の横顔を一瞥して、レンは心底恐縮した顔で話しかける。


「あの、ハラオウンさんは――」

「リンディでいいわよ、レンフェイさん」


 レン……フェイ?

誰だそいつと言いかけて、レンの本名がフォウ・レンフェイ――鳳蓮飛だった事を思い出す。

正式名称があったんだよな、こいつに。

愛称が脳に染み付いていて、本名を聞いても妙な違和感を感じる。

リンディの温かな空気に触れて、レンも緊張がほぐれてきたようだ。


「う、うちもレンでいいです。皆、そう呼んでますから。


それで、その……リンディさんは、もしかしてクロノさんの――」


 リンディ・ハラオウンに、クロノ・ハラオウン。

――本当だ、同じ苗字じゃねえか。

確かに姉弟だけあって、二人の顔立ちは似ている気がする。


優しい姉と、厳しい弟――


典型的とも言えるが、同じ職場で家族が共に働いているのは立派とも言える。

少なくとも、俺に兄弟がいれば恥ずかしいので追い出すぞ。

リンディは静かに頷いた。


「ええ、あの子は私の息子なの。
時空管理局執務官として、この船の要となって立派に働いてくれてるわ」



「……は?」



 素っ頓狂な声が漏れたのは、他ならぬ俺様だった。

レンもレンできょとんとした顔をしている。

二人揃って、今の発言の意味が理解出来ていなかった。

逆に、艦長殿が俺達の反応を誤解して頬を赤らめる。


「お、親馬鹿だったかしら……?

でもあの子は本当に、今まで私やこの船のクルーを助けてくれたの。
幾つもの犯罪を未然に取り締まって――」

「いやいやいや、あんたの子自慢を別に疑っている訳ではなくて」


 そんな物、聞きたくも無いわ。

時空の彼方の子供の活躍なんぞ、俺には死ぬほどどうでもいい。

問題点は、そんな生易しい部分ではない。


「えーと……単刀直入に聞くけど。


――息子?」


「え、ええ……私の息子、クロノ・ハラオウンよ。

母親似だとよく言われる子なんだけど……変かしら?」


 む……息子ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


ちょっと待てよ、あの小僧どう見ても十代超えてるぞ!?

なのはより年上なのは、多分間違いない。

男の年齢なんぞ知りたくも無いから聞いてないが、少なくともクロノが生まれて十年以上経過している事になる。

母親にも当然、十年以上の歳月が流れているわけで……

俺は恐ろしく疑問視して、リンディを真正面から隅々まで見つめる。


――美しく整った目鼻立ち、曇り一つない髪。


空気さえ澄み渡る肌の白さは、触れれば吸いついてきそうなほど瑞々しい。

子供を一人生んだとは到底信じられない美貌だった。

当人は非難されているのだと受け止めたのか、表情を悲しみに曇らせる。

慌てたのが、話し相手のレンだった。


「ちゃ――ちゃいます、ちゃいます!?
クロノさんを非難しているわけではなくて、その――

リンディさんが凄く綺麗で、ウチ何ちゅうか、びっくりしたと言うか……」


 口には出さないが、同意見だった。

なのはを生んだ桃子の若々しさにも初対面ではビックリしたが、リンディへのカルチャーギャップはそれ以上だった。

十七歳の俺と二人並んでも、多分先輩後輩レベルでしか見られないだろう。

桃子もスタイル抜群の美人だからな……海鳴町と言うか、俺が知り合う女連中はどういう肌の構造をしてるんだ。

日本に蔓延する汚らわしい雄共なら美人と知り合えて喜ぶのだろうが、俺にとっては厄介でしかない。


「うふふ、ありがとうレンさん。
でも、私よりレンさんの方がもっと可愛いわよ」

「あははは、それはねえって! 

こんなチンチクリン――のわっ!?」


 拳一発――

密着した状態で放たれた小さな拳打は、急激な爆発力と共に俺を豪快に吹き飛ばす。

椅子やら医療器具やらを巻き込んで、俺は医療机の下に沈んだ。


「――確かにリンディさんに比べたら全然やけど、アンタに言われたくないわ」

「げ、元気じゃねえか、てめえ……」


   レンはただ、拳を突き出しているだけ。

触れただけのパンチで、何故こんな力が生み出せるのか全く理解出来ない。

左の脇腹が痙攣している。

中国拳法、恐るべしである。

――教わるのは癪なので、完全復帰したら試合申し込んで戦いから奥義を奪ってやる。

レンの非力な腕力でこれほどの力を生み出せるなら、俺の逞しき腕ならば想像を超える破壊力が生まれるに違いない。

才能差を埋めるチャンスだ。

となれば、レンの気が変わらない内に一刻も早く病院へ帰らなければいけない。

雑談は終わらせよう。


「俺とレンにあんたが付き添ってくれるって話を聞いたんだが、本当なのか。
まだ状況を完全に理解出来てないけど――この船の責任者なんだろう?」


 俺の言いたい事を察して、リンディは表情を改めて首肯する。


「ええ。アースラの艦長である限り、船内全員の命と人生を背負う義務がある――

我々側の事件に管理外世界の住民を巻き込んだ以上、責任を果たさなければいけないわ」


 一隻を担う艦長としての義務――

優しさだけでは務まらない責務――切れ者の指揮官としての顔がそこにあった。

凛と張った威厳ある声に、俺やレンは息を呑む。

雰囲気に飲まれた俺達を見て、リンディは微笑んで付け加えた。


「それに、貴方達はこのアースラの大切な御客様よ。
御客様を私自ら御見送りしなければ、礼儀に反するわ。

私の我侭を聞いてくれるかしら?」


 ――参った……


権威と威厳を見せておいて、最後に一歩引いて相手を立たせる。

手馴れた交渉術というのもあるが、リンディ提督の器の大きさを感じ入ってしまう。

リンディを一目見ただけで、無骨な俺でも一瞬心を奪われた事ですら恥とも思えなくなった。

クロノやエイミィの尊敬も当然だ。

尊敬されて然るべき女性だ――

俺がムキになって反論したところで、子供の意固地としか誰も受け取らないだろう。


「――いいけど……大変だと思うぞ。

何せ、手強いのが大勢いるからな――説明が大変だ」


 考えれば考えるほど、気が重いの一言だ。

俺とレンが行方不明になって一週間前後――病院側は何一つ事情を知らず、二人が突如姿を消したとしか思えない。

特に俺はレンを探す為にフィリスが外出許可を出して、そのまま行方不明になったんだ。

事件性を考えて当然で、一緒に探した恭也やフィリスは多大な責任を感じているに違いない。

保護者役の桃子も同様、家族同然のはやてやアリサも心配しているだろう。

その上で事情を正確に伝えられず、現実的な話で誤魔化さなければいけない。


「大丈夫。民間人への釈明も、私の仕事の一つよ」


 苦笑して肩を落とす俺に、リンディは何とも頼もしい返答をいただけた。

その後レンは恐縮したように何度も頭を下げて、話は終了。

俺達は一時的に釈放となり、正式に海鳴町へ帰還する事になった。


エイミィの案内で俺達は私服に着替えた艦長を伴って、艦内を徒歩――


緊張するレンにリンディは朗らかに話しかけて、二人はすっかり和んでいる。

耳を傾けると、どうやら話はクロノの事らしい。

俺は寝ていたので知らないが、レンが寝込んでいる間クロノが何度も様子を見に来てくれたようだ。

ジュエルシード関連の事情を正確に知らないレンにしてみれば、艦における突然の救助は混乱の極みだろう。

丁寧に事情を説明した上で、懸命に励ましたらしい。

レンも物腰が紳士的なクロノに恩義と好意を感じて、何とか信頼出来たようだ。


――同じく混乱した俺はパンチの連打でしたけどね。


話を聞いていると忌々しいので、俺は俺の保護責任者に気になっていた事を幾つか聞いてみる。


「俺が救助された時、傍に誰かいなかった?」

「? 誰かって誰よ」

「えーと……小さい女の子と言うか――」

「なのはちゃん達なら、ずっと傍にいたわよ」

「あいつ等も確かに小さいけど、そうじゃなくて!? 

……まあ、いいや」

「変な奴」


 くそ――あのチビ妖精、マジで何処行きやがったんだ。

消滅の危機はアリシアが助けてくれたので事無きを得た筈なんだが、一向に姿を見せない。

なのはやフェイト達と一緒かと思ったが、気配すら感じなかった。


――主のところへ先に帰ったのかな……


俺は最初こそ誤解していたが、時空管理局とやらに拾われて安全に保護されたのだ。

チビスケからすれば、充分役目を果たしたと言える。

俺は真の主ではない、あいつにとって守るべき対象は別にある。

俺にかかりっきりで一週間以上留守にしたのだ、はやてが心配になって当然だろう。

今まで付き合ってくれた事だけでも感謝しなければいけない。


分かっているのだが――やっぱり、はやてが一番なんだよな……あいつは。


可憐な妖精の怒った顔を思い出す。

今回の事件では怒られてばかりで、優しいあいつに心配までかけてしまった。

危なっかしくて、とてもではないが面倒を見切れないだろう。

――レイジングハートやバルディッシュに認められているなのは達が、少しだけ羨ましかった。

別に依存していないが、居なければいないで不安にはなる。

病院へ帰れば元気な顔を見せる事を信じて、俺は次に気になっている事を問うてみる。


「俺が救助された後、事件の経緯はどうなったんだ?
お前らが何処まで知っているのか分からないけど――」

「その辺の話は後で。あたし達も、あんたに聞きたい事は沢山あるから。

そんな事心配するより――あんたがまず最初にやらなければいけない事は、他にあるでしょう。

病院へ帰って、心配かけた人達に謝りなさい」

「――分かってるよ、くそったれ」 


 この女……神経に触る事ばかり嫌がる。

的確だからな、言い返せないんだよな……

正論を指摘されれば、自分が間違えていると分かっても腹が立つものだ。

むしろ自分が間違えているからこそ、その正しさを簡単に受け止められなくなってしまう。

本当に……今回の事件では、てめえの醜さを思う存分味わった。


――分かってるよ……謝らないといけないって事くらい。


こうして今歩いていても、これから病院で待ち受ける大嵐の前に立ち尽くしてしまいそうになる。

間違いなく、大騒ぎになる。

嵐を予感させる海岸線になんて、誰だって立ちたくない。

怒られるのはまだいいのだが、泣かれるとなあ……


頭を掻き毟る。


   知り合ったばかりの俺なんてほっとけばいいのに、かまってきやがる馬鹿な連中。

そんな連中より遥かに自分が弱いと分かって、顔を見せるのは何となく辛かった。

気が滅入る……だけど、決めた事だ。


前を向いて向き合う、と――


「この先に転送ポットがあるわ。貴方達が住む町に直接、繋がっている。
病院前の目立たない場所に送還されるから、後は頑張りなさい。

また会いましょう」


 そう言って一度だけ振り返り――エイミィは快活に笑う。

――惜しいと、この時は真剣に思った。


こいつが男だったら、きっと――ダチになれたのに。


今時、男にだってこれほどカッコいい奴はいないぞ。


「……ああ。また世話になるけど、宜しくな」


 少しだけ元気付けられた俺は、今回だけは素直に親指を立てて返してやった。

傷だらけの顔で微笑み返すエイミィに、少しだけ胸を高鳴らせて――





こうして俺達は束の間の別れを告げて、懐かしい自然の故郷へと戻った。















 ――星明りを封じた暗雲をいだいて黒々と聳える魔城。

渦巻く暗雲を背景にそびえ立つ恐怖のシルエットに、向かう所敵無しの俺でさえ戦慄に震える。

伝説の勇者に相応しい剣は俺の手に無く、時空の彼方に浮かぶ希望の船に置いてきてしまった。


昼は眠り夜は目覚め、俺を求めて暗黒を徘徊する化け物達――


目の前に暗雲が立ち込めたように感じられて、俺は踏鞴を踏んでしまう。


「アホな事言うてビビッてんと、はよ行こう。
良介に迷惑ばっかりかけてるからこんな事言いたくないけど、皆心配してると思うから」


 ――海鳴大学病院、正面。


海鳴町へ帰還した俺達を向かえたのは、空模様の怪しい天候と聳え立つ病院――

薄暗い空気に満たされて、その日の終わりを予言するような静寂に満たされている。

病院なんて静かで当然だが、いざ入るとなると緊張する。


「私がきちんと説明するから安心して、ね?

貴方がレンさんを助けたのは、間違いなく事実なのよ。胸を張っていい事だわ」


 何処で調達したのか、モダンな洋服を着たリンディ提督がそっと背中を押してくれる。

美女に励まされて、奮い立たないようでは男ではない。


俺はレンを背負ったまま、病院へ向かって歩き出す――


ちなみに、この軽い小娘を背負っているのはリンディの演出である。

普通に歩けるのだが、重い病気に苦しむ少女を助けて帰りましたと思わせれば話を通し易いらしい。

俺の心証が良くなれば、確かにフィリス達もある程度は納得してくれる――に、違いない。


やべえ……すっかり俺、あの連中に頭が上がってないぞ。


フィリスだって散々世話になったが、内面はまだまだ甘ちゃんの小娘ではないか。

優しい美人女医だからといい気になっているようだが、俺が一喝すればあいつだってビビって何も言えなくなるに違いない。

あいつが何か言えば、「うるせえ!」の一言でノックアウトだ。


よーし……俺はレンを背負って、病院の大きな自動扉を潜る。


リンディが俺の隣で優雅に歩き、一緒に正面玄関から受付口へと歩いていく。

病院内は今日も盛況――と言うのも変だが、多くの人間が居た。

病気や怪我をして訪れた患者に、見舞いの親族。

入院している患者や、長期療養の年寄り連中。


カルテを落とす看護士に驚愕に見開く医者、呆気に取られる顔見知りの患者達。

血相を変えて、何処かへ電話する警備員――って、ちょっと待て。


「……あ、はは……やっぱり、ウチらって――」

「思いっきり指名手配くらってたみたい、だな……」


 病院関係者達は俺達の顔を見るなり、すげえ勢いで周囲を取り囲み始める。

ナース軍団はバタバタと騒ぎ出し、医者は自動ドアの封鎖を命じている――あほか、貴様らは!


騒乱に満たされた病院玄関に、患者達の多くが何事かと集まってくる。


注目度抜群、娯楽の少ない病院では少しの騒ぎで有名人。

今度入院する上で、俺やレンはちょっとした顔役になるのは間違いない。


勿論伝説に華を添えるのは――この人以外にありえない。





「良介さぁぁぁーーーーーん! そこを動かないで下さーーーーーい!!」





 ……後に、病院関係者や患者が物語る。


あのフィリス先生が――キレた瞬間を見れた自分は幸せだったと。


これほどの歴史の舞台を観覧出来たのは、病院設立以後後にも先にも――この瞬間のみだったと。

白衣を振り乱して、フィリスは廊下の向こう側から俺達に向かって迫り来る。

絶対に逃がさないと、恐るべき速度でやって来たフィリスは俺の顔を見るなり叫んだ。



「良介さん!! あな、あな――貴方と――貴方と言う人はーーーーー!!
一体、どれだけ心配……グス……うう……ふあぁぁぁぁぁぁん!!!」

「ええええっ!? な、何なんだお前は!?」



 顔を真っ赤にして怒り出すかと思えば、俺の胸に飛び込んで号泣する御医者様。

逆上し過ぎて神経が切れたのか、赤ん坊のように大声で泣き喚く。

病院関係者や患者が目を剥いて、俺達の様子を凝視している。


「い、いや、あのな、フィリス……その……」

「ひぐぅ、うえええ……」


 怒られる事は覚悟していたが、号泣されるとは思わなかった。

人目を顧みず泣き叫ぶ女に、俺はどうしろというのか―― 

抱き締めるのはレンを抱えているので無理、話し合える様子ではない。

レンも絶句しているようだ。

リンディだけは落ち着いた様子で、周囲に理解を求めるべく事情説明をしている。

もしもーし、こっちをまず何とかしてくれよ!


――などと考えている俺が迂闊だった。





「あああああああっ!? 

良介――やっぱり良介じゃない!!」





 聞き覚えのある幽霊ボイスですね、畜生!

騒ぎが騒ぎを呼ぶかのように、一際大きな声を上げて俺に向かって駆けて来る少女の姿。

柔らかな髪を乱して、息せき切ってお嬢様ドレスの美少女が俺の前に舞い降りる。

今度こそ失敗はしないぞ、俺様は!

落ち着かせるように、俺の方から先ににこやかに話しかける。


「た、ただいま――アリサ」


 馬鹿野郎な俺。

うっかり――思い出の一言を、つぶやいてしまった…… 



「――っ!

……ば、馬鹿……馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!


待ってたんだから……



ずっと、ずっと――心配して……待ってたんだからーーー!!」



 だーかーら、泣くなと言うのに!!

綺麗な顔をクシャクシャにして、アリサは気丈な表情を簡単に崩して泣き喚く。

恥も外聞も無く、俺だけの帰りを――ただ、待ち望んで。

自分の心配が解消されて、満たされた安堵を身を委ねて涙を零している。


ど、どうすればいいんだ……





「――え……嘘……良介、なんか……?」





 どうやら――悲劇というのは、重なるらしい。

胸にフィリス、腰にアリサにしがみ付かれたまま、引き攣った顔を待合室の方へ向ける。


――床に飲み物を落としたまま、呆然とするはやて。


よく見ると、その背後の自動販売機の陰に――探し求めていた妖精さんが、こっそり顔を覗かせている。

主従関係とは、本当によく出来たもので。

申し合わせたように、俺の怪我だらけの姿を見て大きく息を吐いて――涙を流した。



「よ、良かっ……わたし、心配……なのはちゃんも、アリサちゃ……ん……あれ……

な、何や……こ、言葉になれへ……うぐ……


……嘘、つき……連絡するって、約束し……わたし、どれだけ待っ……うう、ううう……」



 もう好きにしろ、この野郎!

感動の対面に涙するのは、何も関係者だけではない。


――俺達の様子を見ていた者の、涙、涙、涙……


患者も病院関係者、警備員達――人種や年齢、職業など関係ない。

誰もが皆涙を流し、感じ入ったように涙のコーラスを見せる。

少女達の麗しい再会場面に、誰かが小さく拍手――そこで何であんたが拍手してるんだ、艦長!!

拍手の輪はだんだんと広まっていき――



――病院全域を震わせる大賛美となって、拍手の渦が巻き起こる。



レ、レン、何とか言ってやれ……駄目だ、泣いてやがる。

病院が今一つとなり、感動の舞台に皆が心を震わせて心を明るく浸す。

何時の間にか、行方不明などの事件めいた空気が吹っ飛んでいる。


舞台をセッティングしたお姉さんは、観客に混じって微笑みを向けて小さくピースサイン。



――あんた、すげえよ……



見事に誤魔化した美人監督に俺は心から賞賛しながら。泣き続けるアリサ達をどうするべきか悩んだ。


























































<第五十話へ続く>







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