――幼い頃、俺にとって世界は日本だった。

施設をたらい回しにされた俺は自由を与えられず、生まれ落ちた瞬間から虜囚だった。

檻の中に繋がれて、自由を失った代償に生を得た。


日本に生まれた事だけが、俺にとって唯一の幸運だったのだと断言出来る。


発展途上の他国ならば、生ゴミに埋もれたまま死んでいた。

平和主義万歳、国民主権歓迎、基本的人権の尊重大満足である。


俺は日本が好きだ。

日本の伝統、文化――そして、自然。


孤児院を出て山間の田舎町を走り回り、野原を駆け抜けて、鬱蒼とした山並みを巡る。

ガキの頃、常々思っていた。





この大きな山の向こう側は、どんな世界が広がっているのだろう――と。


















とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四十八話







 高町なのは、フェイト・テスタロッサ。


二人の顔を見た瞬間、力が抜けて今度こそ動けなくなった。

驚き慌てる二人に――この身を純粋に案ずる少女達の表情に、疑心や策謀など微塵も感じられない。

なのはは血だらけの俺にただ涙を流し、フェイトは傷付いた俺を見て我が事のように痛みを感じていた。



何を疑っていたのか。

何故、疑いを持ってしまったのか。



少女達はこれほど、自分に思いを寄せてくれているのに――


「また――俺の、負けか」


   信じ続けた少女と、信じられなかった自分。

魔力だの才能だの如何こう言う以前に、俺は決定的に弱かった。

不思議と、恥じ入る気持ちにはならなかった。

自分の弱さに落ち込む前に――裏切られていなかった事実に、安堵する。


なのはを受け入れてよかった。

フェイトを――好きになってよかった。


間違いだらけの事件の中で、自分の気持ちだけは正しかったのだと分かったから。

ならば――己が気持ちに、正直に向き合っていこう。


プレシア・テスタロッサ――そして、アリシア。


世界の倫理や世の中のルールなど、最早どうでもいい。

自分が正しいと信じた気持ちを胸に、彼女達と向き合う。

後は進んでいくだけだ。

確固たる決意を固めて、俺は身体を弛緩させていく。

意識を繋ぐ糸が切れる前に横目で見ると、エイミィと名乗った女が俺の顔を見て笑うのが見えた。

いい顔をしていると、そう言って笑っている。


――何がそんなに可笑しいのやら……


呆れつつも、悪い気分ではなかった。

ズタボロの身体で互いを見つめ合って、アホのように笑う。

たまには、そんな馬鹿も悪くは無い。

映像の向こうで呆れ返る一同を尻目に――俺達は笑い合った。















 女の部屋に、多数の人間が訪れたのが十分後の話――

俺も女も担架で運ばれて、当たり前だが強制的に医務室へ運ばれた。

俺が最初に寝かされていた部屋である。

医療機器と睨んでいた認識は確かで、俺は手当てと同時に検査を受けた。

高度な科学技術と卓越した医療の腕――そして、人智を超越した魔法。

絶叫を上げていた身体もようやく泣き止み、魘され続けた頭痛や微熱も消える。

血液は薬と点滴で補助、歪んだ筋肉と骨は懸命な治療で補強。

消毒液と薬の匂い、注ぎ続けた回復魔法による魔力の余剰、包帯とガーゼに満たされた俺――


手当てが終わった頃――医療室の扉が開かれた。





「おにーちゃん!」

「リョウスケ!」





 ずっと部屋の外で待ち構えていたのか――二人の少女が立ち尽くしていた。

何を言えばいいのか。

今の自分の気持ちをどう表現すればいいのか、少女達は震えた眼差しで俺を見つめている。


――表情で丸分かりだけどな。


俺は苦笑して、傷付いた右腕を上げて手を振る。


「……あいよ」


 単純に答えてやるだけで――少女達の顔が歪んだ。

一筋の涙が、二人の頬をつたう。

心の堰を打ち壊してあふれ出したように、二人は泣きながら俺に抱き付いた。


「おにーちゃん……おにーちゃん!」

「……良かった、本当に……本当に……」


 号泣しながら口にする言葉は、安堵に満ちていた。

なのははともかく、フェイトまで子供のように泣いている。

その事実が意外で――あの女が言っていた事が真実であった事を思い知らされた。


フェイトは、子供なのだ。


辛い事も悲しい事も我慢しているだけの、優しい少女。

そんな子供に高い信頼性や高度な理性を求めて――傲慢に、信頼を貪ろうとした。

子供が赤の他人より、母親を望むのは当たり前なのに。


あんな小さい女の子に何を求めているの――女の言葉が鋭く突き刺さる。


俺は何も言えず、黙って落ち着かせるように二人の背中を擦った。


「よっ、この女泣かせ」

「……うるせえ」


 噂をすれば影、女――エイミィが片手を上げてやって来た。

ズタズタになった制服は脱いでおり、俺と同じ白の無菌服を着ている。

俺はなのは達を抱きしめながら、上から下まで女の隅々を眺める。


「ひでえ有様だな……」

「全部、アンタの仕業なんですけど」


 エイミィも既に治療を終えていた。

掴み合いをした髪は綺麗に梳かれているが、くせっ毛だけが何故か直っていない。

額には包帯、目には眼帯、頬にはガーゼ。

切れた唇に医療用テープが貼られて、話し辛そうだった。

俺様が御見舞いした椅子のフルスイングで、強打した足代わりに松葉杖をついている。

むき出しの腕は痛々しい青痣が無数にあり、腫れもまだ少し残っている。

俺の国で裁判を起こせば、余裕で高額の慰謝料を請求出来るだろう。

もっとも――


「俺だって似たようなもんだよ。
問答無用で引き出しクラッシュなんぞやりやがって」


 五月からの負傷の積み重ねで、俺の身体は限界寸前だった。

治療しては怪我、怪我して治療の繰り返しだ。

月村の輸血やユーノの回復魔法、フィリスの手厚い看護がなければ死んでいただろう。

身体は一応行動に支障は無い程度に回復しているが、疲労は消えていない。


全てが終わった時――多分、倒れているだろう。


エイミィのように松葉杖はついていないが、他は彼女と同様に負傷している。

血管を食い千切った腕や折れた鼻を含めて、痛々しく固定されている状態だ。

エイミィは嘆息して、空いたベットに座る。


「生きているだけマシよ。此処に運ばれて来た時は本当に酷かったんだから。


全身大火傷、出血死寸前、切り刻まれた身体――


黒煙を上げて血だらけで横たわっていた貴方を、なのはちゃん達は見たのよ」

「……」


 わ、我ながらよく生きてたな……

自分でも絶句するほど、容赦なく俺は死にかけていたらしい。


死体同然のスクラップだ、映画やドラマより生々しい。


なのは達の涙も理解出来る気がした。

小学生が死体を見て平静でいられる方がおかしい。

俺は困り果てて、泣き続ける二人の頭をポンポン叩く。


「いい加減泣き止めよ……こうして、生きてるんだからよ」

「グス……ごめんなさい……

待ってばっかりで……おにーちゃん、助けに行かなくて……」


 言葉になっていないが、言いたい事は分かる。

なのはは信じて、俺を待ち続けた――結果、助けに行くのが遅れてしまった。

待つのではなく行動に移せば、俺も怪我をせずにすんだかもしれない――てか?


「アホッ」

「はうっ!?」


 ガツンと、脳天に拳一発。

悲鳴を上げて仰け反るなのはに、人差し指を突きつける。


「黙って待ってろと、兄貴に言われてただろ。
言い付けを無視して助けに来られても、後で怒られるのが俺なんだよ。

自分の危機くらい、自分で何とかするわい」

「……うう……はい」


 しょぼんと落ち込むなのはに、仕方なく一言言ってやる。

い、一応……俺の心配はしていたようだからな。

この程度の甘さは許してもいいだろう。


「……お前が待っててくれるなら、絶対に帰ってやる。
約束しただろ、ちゃんと。

信じて待っていればいい」

「――はい! でも、次はなのはもおにーちゃんと一緒に行きたいです!」


 決然とした表情の少女。

その凛々しさに感じ入って、俺は応えてやる。


「邪魔」

「す、少しでも役に立つように頑張りますから〜!」


 ユサユサと、俺に必死にアピールするなのはが健気で可愛らしい。

首元で揺れるレイジングハートも、心なしか自己主張している気がする。

隣で、フェイトも優しげに見守っていた。


「フェイトは、もう傷は大丈夫なのか?」

「はい、リョウスケよりずっと軽傷でしたので。


……ごめんなさい。


本当はリョウスケが目覚めるまでずっと傍に居れば良かったのですが、途中で休んでしまって――」


 先程の騒ぎの原因を聞いたのだろう。

人一倍責任感の強い少女は、美しい容貌を悲しみに曇らせていた。

まあ、あれは何というか……


「いいって、気にしなくて。休んだ方がいいよって言ったのは、あたしだよ。
フェイトちゃんも、なのはちゃんも寝ないで見守ってたんだから。

ずっとぐーぐー寝てて、起きた途端暴走するこいつが悪いの」


 ……確かに騒ぎの原因は勘違いした俺だが、お前に言われるとむかつくのは何故だ!

得意げな顔も腹が立つ!

とはいえここで反論しても、立場が悪くなるだけだ。


「そ、そういう事だから……お前が気にする事じゃないよ。

助けに戻ってくれただけで充分だ、ありがとう」


 素直に礼が言えたのは――フェイトを疑ってしまった侘び。

罪悪感なんて上等な感情は俺には無いが、せめて何か言ってやりたかった。

フェイトは頬を赤くして、俯く。



「誰かに……心から感謝されたのは、初めてです……


わたしこそ――ありがとうございます。


好きになってくれて……本当に、ありがとう」



 ――うぐわああああああ!


拙い言葉で、純粋な感謝の言葉を述べる少女。

俯きながらも嬉しげに表情を緩める素直さに、俺は胸の奥がグサグサ痛む。


「心が痛いんじゃないの〜、このこの」

「うぐぐぐ……」


 くっそー、お前に言われなくても分かってるよ!

嫌味な笑顔で小突く女の手を払いのけるのが精一杯だった。

本当にどうして俺はこんな良い娘を疑ったんだ。

嬉しいやら、悲しいやら――

これ以上フェイトに好意を向けられると危険なので、矛先を変える。


「あ、アルフやユーノの奴はどうしたんだ? 一緒じゃないのか」


 これには、付き合いの長い二人がそれぞれ答えた。


「ユーノ君はおにーちゃんを助ける為にずっと回復魔法をかけていたので、今は眠っています」

「アルフはリョウスケが元気になったのを見て、今は御飯を食べてます」


 過ごした時間は少ないが、あの二人も心配してくれたらしい。

野暮な口出しはせず、今は休んでいてもらおう。



――さて。



「確かエイミィ――だったよな。
あんたの話が正しかったのは分かった。
レンが無事助かったという話も信じる。

――会わせてくれないか?」


 エイミィの話は真実だった。


自分の中にある醜い疑心が生んだ、裏切りの事実――


心の弱さが生み出した愚かな選択を殴って止めた人間に、俺は頼み込む。

今更疑う訳ではないが、自分の取った行動の結果を見たかった。

呪われた運命を打破出来たのだと、自分の中で確信を抱きたかった。


今度こそ前へ進める気がするから。


何の迷いも無く、俺らしい結末を迎える為に戦う為にも一度会っておきたい。

それに――まだ、解決はしていない。

確かにレンはエイミィ達異世界の魔法と技術で救われたのかもしれない。

発作は既に治まったのかもしれないが――レンを蝕む悪夢の病巣は、今だ延々と根付いている。


レンの命を脅かす心臓病を治さない限り、未来は無い。


手術を受けさせなければいけない。

俺の心は既に決まっている。

たとえどれほど恨まれても、無理やり手術を受けさせる。

引き摺ってでも手術台に寝かせてやる。

絶対に死なせない――プレシアに突きつけられた真実を、手離さない。

小数点以下の生存確率だった俺でさえ、巨人兵を倒して生き残れたのだ。

少しでも可能性があるのなら、生きるべきだ。

アリサやアリシアの涙と笑顔が教えてくれた。



生命の、大切さを。


存在と言う名の財宝を――



――頭を下げて頼む俺の耳に、医務室の扉を開く音が届いた。





「失礼する。意識が戻ったと聞いたのだが――」

「――何や、元気そうやないか」





 扉の向こう側から現れたのは――手を繋いだ男女。

驚くほど対象的な、黒の少年と白の少女。

艶やかな黒髪、強い意志と知性を感じさせる黒曜石の瞳。

全身を包む黒衣のジャケットと銀色に輝く籠手が、異質の強さを感じさせる。

俺より少し年下に見える外見だが、生真面目な雰囲気は恭也を髣髴させる大人の鋭さがあった。


そして。


少年の手を取って歩んでいるのは――



「レ、ン……」



 俺やエイミィと同じ、ゆったりとした無菌服を着る少女。

小さな顔立ちに愛らしさと優しさを乗せて、少女は俺の傍へやって来る。


健康的な顔色――


俺を見つめる険のある眼差しは、出逢った頃を思い出させる。

俺は深く――深く、安堵の息を吐いた……


「無事だったか……良かった……」

「……な、何や、その素直な態度。あんたらしくもない」


 レンの普段の悪態すら、懐かしさを感じさせる。

晴れた日差しの下で、暖かな中庭で毎日勝負を挑んでいた日々。

もう二度と変えられないと諦めかけていた日常の一部を――



――俺はようやく、取り戻せた。



レンは言い辛そうに唇を噛んでいたが、俺に顔を寄せて目を閉じた。


「……なのはちゃんやフェイトちゃん、クロノさんから全部聞いた。
牢屋では曖昧やったけど、全ての事情を聞かせてもろた。

――カッコつけて……このアホ。

似合わん事するから、痛い目みるんや」


 瞳を閉じたまま、レンはギュッと服を握った。

自分の小さな肩を震わせて、少女は嗚咽を噛み殺したような声を上げる。


「御医者さんの人がな、言うたんよ……


怪我の具合が酷すぎる。このまま意識が戻らん可能性もあるって――


なのはちゃん達に事情を聞いて、あんたの具合聞いた時……そないな事言うんよ。

何やそれって思ったわ。


あんたは――ウチを助ける為に戦ってくれたのに……何で死ななあかんねんって」


 閉じた瞳から、透明な水滴が溢れ出る。


「……アホや、ほんまにアホや……

良介が死にそうになって――胸が張り裂けそうになって、やっと分かった。



うちが死んだら悲しいって言うてくれた、晶の気持ち。
生きろって懸命に叫んでくれた、良介の気持ち。



友達が死んだら、こないに悲しいんやって――」


 ――喪ってから、初めて気付く大切な気持ち。

アリサを死なせてしまった時に俺が味わった苦痛を、レンも胸に刻んだのだろう。

死んでからでは遅いのだ。

何も取り戻せない、何もやり直せない――何も手に入れられない。

レンは顔を上げる。

泣き腫らした瞳に、決然とした光を放って。


「手術――受けるわ。


死ぬかも知れへんけど……ううん。
良介かて、こうして頑張って帰ってこれたんや。


ウチかて生き残ってみせる! 乗り越えてみせる!


――助けてくれたあんたの気持ちに応える!」


 彼女が決意したのなら、今更何も言う事はない。

俺の役目は――



――傷つけてしまった晶への、せめてもの義理は果たした。



てめえの馬鹿さ加減で沢山間違えたけど、こうしてやり直す事が出来たんだ。

俺らしく、背中を押してやればいい。


「……へっ、当然だろ。俺は無事に生き残ったんだ。
負けたら、あの世でぶん殴ってやる」

「ふん、返り討ちにしたるわ。
言うとくけどな、病気が治ったうちは今までの百倍は強いで。

完治祝いに、立たれへんようになるまで小突き回したるわ」


 ぐあ、そうだった!?

完全回復したら、一分間の制約すら無くなる。

小柄で力も弱く、心臓病を抱えていた状態でさえあれほど見事に戦えていたんだ。

復活したら――容赦ない中国拳法が飛んでくるだろう。

未来の好敵手に、俺は複雑な気分だった。


「……話もまとまったところで。
こちら側の意思を伝えてもいいか?」

「あっ――す、すいません! 
クロノさんの話の方が重要なのに、ウチ……」

「君の命に関わる問題だ。僕の方こそ横槍を入れてすまない」


 ひたすら恐縮するレンに、小さく微笑んで首を振る小僧。

寡黙だが穏やかな姿勢に、やはり恭也を感じさせる。

……年頃は殆ど同じように見えるのに、レンが何故か腰が低いのは気になる。

黒衣の少年が、俺に向き直って改める。


「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。先程は世話になった」

「世話……?」


 ハッキリ言って、初対面である。

俺より明らかに年下の分際で、やや態度がでかいのも気になるぞ。

エイミィが耳元に唇を寄せてくる。


"一応言っておくけど――さっきあんたを追いかけて来た子だよ。
クロノ君、あたしの上司。

顔を縛られてたからよく分からなかったけど、攻撃か何かしたんじゃないの?"

"おーおーおー、さっきのあいつか"


 エイミィを人質に取った時、小煩く追い掛け回した奴だ。

蹴りを入れて撃退はしたが、戦い慣れた手強い人間として印象は残っていた。


クロノ――エイミィが散々自慢していたお気に入りか。


なるほど……身体は小さいが、挙動や佇まいに隙がない。

いきなり殴りかかっても、冷静沈着に対応するだろう。

クロノは怪我をしたエイミィを見やり、俺に厳しい目を向ける。


「艦内の騒ぎに、クルーへの暴行――

本来は見過ごせないが、こちらにも不手際はあった。
説明もせずに放置していた事は謝罪する」

「艦長にも報告しておいたから平気だよ、クロノ君」


 和気藹々と、気安い態度でエイミィが上司に接している。

フランクな彼女に、クロノは呆れた顔をして息を吐いた。


「仮にも君は女性なのだから、殴り合いなどせずに対話で解決してほしい」

「艦長は笑って許してくれたよ。
緊急態勢発動で起こったアースラの巡航停止は確かに大問題だけど、罰則はもう充分与えただろうからって。

えへへ」

「やり過ぎだ。昨日まで死に掛けていた怪我人だぞ」


 ……何だ、この和んだ雰囲気は。

困り顔のクロノ少年を前に、エイミィは心から楽しそうにしている。

その心を許した微笑みは――上司への尊敬以上に見えた。


「……何よ」

「べっつーに。

……年下好きかよ、気持ち悪」

「――っ! ふっふ〜ん……

……チビッ娘好きのくせに、この変態」


 オッケー、トコトン話し合おうではないか!

医務室をリングにした第二ラウンド開始は、年下上司と年下少女が止めた。


「何で、そう喧嘩早いねん!」

「落ち着け、エイミィ。怪我が悪化するぞ」


 お互い大事な人間に抑えられて、俺達は渋々矛を収める。

無論、牽制し合うのは忘れない。

俺が唾を吐く仕草をすると、カチンと来たのかエイミィは舌を出す。


……怪我が治ったら、リハビリ代わりに殴ってやる。


睨み合っていると、何処からともなく苦笑する気配が二つ。


「……大変そうだな、君も」

「あはは、もう慣れてますから」

「僕もだ」


 中華娘と異世界の少年が意気投合していた。

なのはやフェイトも、互いを見つめ合って必死で笑いを堪えている。

……流石に居た堪れなくなって、俺達もフンッと目を逸らした。


「……話を続けよう。

宮本良介、君には色々と聞きたい事がある。
君も突然此処へ連れてこられたままで、事態を把握出来ていないだろう。

僕達に聞きたい事は沢山あると思う」

「まあな」


 悪い連中ではない事は分かったが、正体不明なのは分からない。

時空管理局なる名前から察するに、御役所的な立場の連中である事は想像出来るが。

とにかく、事情は聞きたかった。

クロノと名乗った少年は、レンに視線を向けて、


「――ただ、その前に彼女を病院へ送り届ける必要がある。
危険な状態からは脱したが、彼女はまだ入院患者だ。君もそうだろう?

一度病院へ戻り、関係者に話せる範囲で事情を説明した方がいい」

「うーん……まあ、そうだな……」


 何か、こう――正論を語られると、妙に反論したくなる。

本当はプレシアの件を含めて事情を聞きたかったが、レンが心配なのも事実だ。

折角手術を受ける決意をしてくれたのだ。

時間が経過すれば、またビビッてしまうかもしれない。

決心が揺らがない内に、フィリスの元へ送り届けるべきだろう。



――あれ?



「そ、そうだ、やばい!? フィリスとか、ほったらかしだ!」


 やっべー、病院を出て何日経ったんだ一体。

数日はおろか、一週間近く留守にした気がする。

行方不明になったレンを探しに出て――帰って来ない事、一週間。


普通に考えて――警察様が動いているよね、あっはっは。



……笑ってる場合じゃねええええええええ!



フィリスとか責任感じて、首でも吊ってるんじゃねえか!?

一緒に探しに出た恭也も心配しまくってるだろう。

桃子とか泣いてるんじゃねえかな……


――うげ、そうだ。アリサやはやてもいたんだ。


やり直そうと誓った矢先に、また居なくなった家族。
第二の人生を一緒に歩むと誓った矢先に、消えてしまった主様。


連絡が途絶えて、二人もさぞ心配しているだろう。


「……うわ、どうしよう……説明がひたすらややこしいぞ……

事情を全部説明する訳にもいかねえし、あの面々相手に嘘をつくのも限界が――」

「――話は最後まで聞いてくれ。

君の心配はもっともだが……大丈夫だ、問題はない」


 頭を抱えまくる俺に、そっと肩を叩いてくれる少年。

他者に厳しくも優しい態度で接するのが、こいつのスタイルなのだろうか?

大丈夫と断言出来る根拠が分からない。

不安に身悶えていると、レンがよしよしと俺の頭を撫でる


「平気やよ。艦長さんが一緒に行って、事情を説明してくれるそうやから」

「艦長……?」



 ――その時、不思議と。


映像の向こう側で俺に優しく微笑みかけた、長い髪の美女が脳裏に浮かんだ。


























































<第四十八話へ続く>







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