とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第百四十話
桃子に根気強く話してようやく会ってくれる事になったので、気が変わらない内に師匠に連絡を取った。
喫茶店は俺の悩み相談のために貸し切りのままになっていたので、桃子に確認を取ってそのまま会える段取りをしてくれた。
都合がつかなければ後日セッティングを考えたが、師匠は間を開けず電話に出て、すぐに行くとの事だった。
俺の仲介をよほど心待ちにしていたのだろう、職務もある筈なのだが、呼び出しに応じてすぐ駆けつけた。
「……失礼いたします」
「久しぶりですね」
喫茶店へ駆けつけた師匠は服装を改めていたが、礼装を整える程ではなかった。庶民の世界で場を改めて相手を威圧するのを避けたのだろう。
刀剣の類も持っていない。手鞄一つで慎重に来店した彼女が、見たことがないほど緊張した表情をしていた。
拳銃構えたマフィア達に囲まれてもあんな顔はしないだろう。俺まで緊張してしまいそうになったが、場を固くするだけなのでやめておいた。
おかげで引きつった笑いを浮かべそうになって、対面に座る桃子がコッソリ苦笑いしていた。それはともかく――
「ご無沙汰をしておりました」
「ええ、本当に」
本当に珍しく、桃子は他人に対して淡々とした口調で返答している。師匠は恐縮しきりだった。
俺は仲介に入って両者の気持ちを理解しているので分かるのだが、何も知らない第三者から見れば桃子の返答は嫌味や皮肉に聞こえるかもしれない。
自分の子供を放置して長い間何していたのだ、という捉え方も出来る為、相手側からすれば緊張に震わせるのは当然だろう。
俺は着席を促したのだが、師匠はその場に膝をついた。
「長い間、本当に申し訳ありませんでした」
「……」
「弁解は何もいたしませんし、許しも請いません。
ただせめて、あの子を立派に育ててくださったことにせめて感謝させてください。
本当に、ありがとうございました」
師匠は体を震わせたまま、土下座して謝罪と感謝を述べた。
許しを請わない、けれど詫びを入れる。許しを請うのではなく、ただ相手に対して誠意を尽くして謝罪を述べるのみ。
桃子は何も言わない。否定はしないが、肯定もしない。拒絶はしないが、容認もしなかった。
冷戦状態――武力ではないにしろ、介入は必要だろう。干渉ではなく、あくまで両者の間に介入する。
「桃子、師匠の事は先ほど説明した通りだ。俺の気持ちや意思も伝えている。
この人は本心であんたと会い、罵倒されることも覚悟してこの場に来ている。
納得なんて出来ないだろうし、理解してあげてほしいとは言わない。ただ」
「ただ?」
「あんたに、わかってほしいと思っている」
理解も納得もできないのは仕方がないと思う。
けれどせめて、師匠が今切実に思っている思いは伝わってほしい。
彼女の言葉や態度からでも伝わないのであれば、せめてその気持ちはわかってほしい。
それがこの場にいる俺に出来る全てだろう。
「……確かに私は貴方の話を聞いたわ。一つ聞かせて」
「なんだ」
「電話を通じて美由希と彼女が話をしたと言っていたわね。
それはあの子を騙したということではないのかしら」
げっ、やばい。確かに美由希が剣でスランプだった時、俺が仲介して師匠と話をさせた。
勿論師匠は話す資格がないと慌てて拒否したが、強引に迫って母親ではなく俺の師匠として接点をもたせた。
美由希はその時から師匠を敬い、同じ時代を歩む女性剣士として深い憧憬を抱いて、名前も知らない電話の主を慕うようになった。
この問題のややこしいところはあくまで俺のお節介に過ぎないが、師匠はそんな弁解をしないということだ。
師匠はむしろ俺にそんなお節介を焼かせたことを悔やみ、ひたすら恐縮して謝罪するだろう。
俺が否定しても、この人の責任感がそれを許さない。だからといって、このまま謝罪させればこの場はご破産となってしまう。
この俺に出来ることは……えーと、うう……ええい、こうなれば。
「それは誤解と言うより、思い違いだ。
あいつが剣に悩んでいたから、剣に詳しい俺の師匠を紹介しただけだ」
「二人の関係性を知っているのであれば、なんの思惑もなくそんな仲介はしないわよね。
この人にあの子と話をさせるために電話をしたのではないの?」
「ふふん、俺がそんな面倒臭い遠回しな配慮ができると思うか。
俺ならややこしいから、さっさと直接あわせるね」
「ふふ、確かにそれもそうね」
俺の言葉を聞いて――桃子はようやく笑って、納得する素振りを見せた。
おい、お前の中の俺はどれだけ無神経な男に仕上がっているんだ。いやまあ、そういう奴だったけどな俺は!
桃子はきっと俺がどんな気持ちで今の発言をしたか、分かっていてこういう返答をしたのだろう。
だってこの人は、気持ちの優しい女性だから。
「頭を上げてください、美沙斗さん」
「……桃子さん」
「貴方にまず言いたいことがあります」
「はい」
「海外で苦しんでいたこの子を、助けてくれて本当にありがとう。
この子は恩人で、それでいてとても手のかかる子なんだけど――
なのはのおにーちゃんで、美由希とは家族で――友達でもある人だから」
「……そんな、私は貴方にお礼を言われる資格なんて……」
「確かに美由希のことは今でも貴方のことを許せない気持ちはある。
けどあの子を生んでくれたのも貴方で、貴方が助けてくれたこの子はわたしの家族なの。
だから謝罪は受け入れます。そして私から貴方に、お礼を言わせてください」
「っ……ほ、本当に、これまで不義理を尽くして申し訳ありませんでした!」
桃子が膝づいて師匠の背中を撫でると、師匠は号泣した。
きっと今だけではなくこれまで活きてきて、ずっと心のなかで罪悪感を抱えていたのだろう。
すべてがこれで報われる訳ではないが、少しでも前進したと思いたかった。
「コーヒーでもいれるわ。海外でのこの子の話を聞かせてくださるかしら。
先程貴方のことを聞いた際も、この子が自分が何をしたのか言わなかったの。
きっとたくさん、海外の人達に迷惑をかけたんじゃないかしら」
「おい」
「そうですね、私の雇い主は彼の愛人を名乗っています」
「どういう事なの、良介!?」
「なんでそれを言ったんだ!?」
<続く>
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