とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第百三十九話



外出はするが俺も余裕で狙われているので、御剣いづみと相談した上で警護チームが喫茶店の駐車場で待機してくれる事になった。

海鳴に来てそろそろ一年になるが、喫茶翠屋に来たのは数えるほどだった。金が無いのもあるが、立ち寄る理由があまりなかった。

高町家とは今では家族同然の付き合いになっているが、家族がいる職場には顔が出しづらいのもある。どういう顔をすればいいのか分からんしな。


大事な話だと言っているせいもあったか、時間も調整してくれていて、翠屋はお客さんがいなかった。


「いらっしゃい、コーヒーを淹れるから待っていてね」

「おう」


去年は桃子が塞ぎ込んでいた時期があって、一時的に閉店となっていた翠屋だが、今ではその影も見えないほど明るい雰囲気に満たされている。

インテリアは飾り気こそないが、隅々まで清掃されていて、店主の温かい気遣いが感じられる。長居したくなる安らぎに満たされていた。

桃子はエプロン姿で切り盛りしており、お客さんを迎える空気が温かい。高町なのはという子供がいる年齢には思えないほど、女性らしい魅力があった。


今でも独身なのは子供達の存在もあるが、きっと旦那さんを今でも愛しているのだろう――その身内の話をしないといけないのだが。


「お待たせいたしました、お客様。
本当はケーキを出したかったけれど、大事な話だと聞いているからクッキーにしたわ」

「気を使わせて悪いな。桃子も座ってくれ」


 桃子手作りのケーキセットを優雅に食べながらする話でもないからな、少し残念ではあるが。

二人で向かい合って座り、コーヒーを飲む。ちなみに俺はコーヒー派ではないが、紅茶派でもない。何で飲むし、何でも食べる。

貧しい暮らしをしていた過去があってか、好みが芽生えず雑食じみてしまっている。あまり褒められたものではないが、仕方がない。


桃子が俺をチラリと見つめる。


「貴方から相談があると聞いて少し驚いたけど、嬉しかったわ」

「嬉しい?」

「誤解しないでね。真剣に悩んでいるであろう貴方を茶化すつもりはないの。
貴方とはもう一年の関係になるけど、今となっては私の大切な家族のつもりでいるの。

恭也と同じ年齢だけれど不思議と子供という感覚ではなく、なのはのお兄さんという感じかしら」

「なんだそりゃ」

「ふふふ、何でも気軽に相談してくれていいと言っているのよ」


 一時期子供扱いされていたが、あの頃はむしろ悪ガキという感覚だったのだろうな。

家族で揉めて家でとかしてしまったし、当時は随分なガキンチョだったと思う。まだ一年くらいしか経過していないのに、随分色々経験してしまった。

当時から顧みてなのはの兄貴扱いされているのであれば、少しは背伸びしてもいい人間にはなれたのかもしれない。


桃子が思い出したように話す。


「良介がお世話になっていた孤児院の人、この前訪ねてきてくれたのよ」

「えっ、あの女が……!?」

「お世話になったお礼を述べに来てくれたの。
貴方のおかげであいつは少しは真っ当な人間になったと、頭を下げてくれたわ。
生活費の申し出もあったけど、丁重にお断りしたわ。

うちの子ですとまで言うつもりはないけど、せめて見栄をはらせてほしかったから」


 あいつ、俺に黙ってそんな真似をしていたのか。孤児院をこの街に転居した理由の一つがそれだったのかもしれない。

少し恥ずかしかったが、余計なお世話かと言われればそうでもない。昔は全然理解できなかったが、今ではよく分かる。

もしユーリ達が誰かのお世話になったのであれば、俺も相手先に出向いて頭を下げるだろう。


血の繋がりなんてなくても、気持ちがそうさせるのだ。


「今日改めて時間を貰ったのには理由がある」

「ええ、相談したいことがあるのよね。勿論この場だけの話にするから、遠慮なくどんな相談でも聞かせて」

「分かった、本当に真剣な話だ。だから約束してほしい」

「約束……?」

「長い話になる。その間、どんな話題になっても一切口を出さないでほしい。
最後まで全て聞いて、冷静に受け止めてくれてから、何でも俺に聞いてくれ。

もう一度言う。どんな話題が出ようとも、話は最後まで聞いてほしい」

「……分かったわ。必ず最後まで何も言わず、貴方の話を聞くことを約束する」


 御神美沙都と高町美由希の話が出れば、冷静にはなれないだろう。だからこそ事前に釘を差した。

アリサからも忠告はあったが、話の展開次第では簡単に破局してしまう。

そして一度でも崩れたら、もう二度と立て直しは聞かないだろう。本当に、気を使って話す必要がある。


話の内容は事前にアリサと時間を取った上で、徹底的に確認と見直しを行った。破綻しないように相当気を使ったつもりだ。


「では改めて相談させてほしい。事の発端は去年の夏になるんだが――」


 ――俺は全てを話した。ただし順序には気を付けた上で。

いきなり御神美沙都の話が出れば、桃子だって約束したとはいえ感情は止められないだろう。どんな理由があろうとも、美由希を置いて出ていったのだから。

だからまず、今の御神美沙都という人物を話す。過去に我が子を捨てた母親ではなく、復習に走りつつも俺を救ってくれた女性として。


どれほど恩があって、どんなに命を救われたのか。それを前提として、過去から今へとつなげる。


「――それで俺の師匠、御神美沙都は日本へ来訪している。
正当なやり方とは言い切れないかもしれない。けれど少なくとも各国と協調した上で、あの人は復讐を果たそうとしている。

そんなあの人に、俺から申し出た。決着を付ける前に、家族と向き合ってほしいと」

「……」


「今更と、桃子は思うかもしれない。今になって、と桃子が怒るのは当然だと思う。
あの人はずっと美由希のことを思っていたと行っても、あんたや美由希には慰めにもならないだろう。

許してやってくれとは言わない。けれど、一度でもいいから向き合ってもらえないだろうか」

「……」


 話を締めくくって、俺は頭を下げた。土下座までしたこともあるが、それでもこれほど必死で頭を下げたことはなかったかもしれない。

そして俺は顔を上げる。頭を下げたままにするのは、一種の逃げだと思ったから。

桃子も視線を逸らさず、俺を見ている。その目にあるのは強い感情のみ、怒るよりも遥かに怖くて厳しかった。


桃子は静かに、息を吐いた。


「貴方はどう思っているの?」

「どうというのは」

「私とあの人と、どちらが美由希の母親だと思って、この話をしてきたのか聞いているのよ」


 ものすごい事を直球で聞かれて、息が詰まった。

それでも息を呑まずには済んだのは、アリサとのシュミレーションがあったからだ。

あいつはあらゆる過程を想定して、桃子との面談の練習をしてくれた。その中にこの質問があった。


ちなみにその時言葉に詰まって、アリサに怒られている。やっていて本当に良かった。


「赤ん坊の頃、ゴミ捨て場に捨てられた俺にとって――

生まれの親は孤児院のアイツで、育ての親があんただよ」

「! 良介……」


「卑怯な言い方だと思う。でも俺にとって、親という存在はそういうものなんだ。
美由希にとっては、あんたがきっと母親なんだろう。あんただって立派に親をやっていると思う。

けれど、あいつを生んでくれた母親もいるんだ」


「……それは」

「あの人だって許されたいと、思っているわけじゃない。
少なくともあんたに対して多大な罪悪感と、そして美由希を育ててくれた感謝の気持ちがある。

だからこそ謝罪と、感謝をしたいんだ」

「勝手な話ね……」

「そうだろうな。自分勝手な俺が、あの人に言いだしたことだからな。
俺にとってはあの人もあんたも立派な女性で、こうして頼りにしている大人なんだ。

俺も責任も持って立ち合う。あの人も――そして桃子も、今こそ話してほしい」

「! 良介。もしかして貴方は、私にもあの人と話す機会を作ろうとしているの?」

「俺と一緒なら、あんたも会いやすいだろうしな」

「私は会いたいと言っていないけど」

「でも機会があれば、言ってやりたいことだってあるだろう。だって母親なんだからさ」


「ズルい子ね……そんな事を言われたら、話さない訳はいかないわ」


 そっと目を伏せて、桃子は息を吐いて承諾してくれた。

そう、俺は師匠だけではなく逆の立場、桃子も師匠と会うべきだとお節介を焼いている。

どんな理由があろうとも、美由希を生んだのは師匠なのだ。そんな彼女に言いたいことだってあるはずだ。


その気持ちを汲んで、桃子は承諾してくれた。やはり優しい人だと思う。


「最後に一つだけ」

「なんだ」

「あの人のことを、母親とは思っているの?」

「いやー、さすがに師匠を母と思うのはキツイ」

「ふふふ、それを聞いて安心したわ」


 師匠を母親――考えてもみないことだった。

大人の女性なら誰でもという訳では無いにしろ、師匠を母と思うのは違う気がする。


何より美由希と兄妹になるのはいやだ。














<続く>








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