とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第百二十八話
                              
                                
	 
  師匠が行きたかった場所は、一つのお墓だった。 
 
ティオレ御婦人が極秘で来刻した際に案内された場所、御神美沙都師匠もまた同じ場所へ訪れた。意外ではなかったし、心当たりもあった。 
 
先日冥福を祈ったばかりだが、手を合わせてもバチは当たらないだろう。海外で名を馳せた人たちが必ず訪れる聖域なのだから。 
 
 
俺は自分一人で生きてきて後悔した事自体はないが、それでも死んだ後でも慕われる故人が羨ましくは思う。 
 
 
「兄さん、ただいま……そして長い間、すまなかった」 
 
 
 先日墓参りに来て以来だいぶ短くなった多数の線香に混じり、新しく長い線香が立てられた。 
 
冥福を祈る師匠の言葉に反応はしなかった。事情はある程度知りつつも立ち入るべきではないし、特に必要もなかった。 
 
復讐に生きる女性に過去を問い質して何になるというのか。悔いるべき過去はもう変えられないし、悲しい過去を打ち明けさせるほど非道ではない。 
 
 
師匠はまるで墓に語りかけるように行った。 
 
 
「あの時、お前に御神の剣を教えるのに葛藤はあった」 
 
「師匠……?」 
 
「こんな剣は誰も幸せにできないし、平和な世の中で殺しの技を教えるなんて馬鹿げている。 
私はあの時お前を戦いに行かせるのではなく、日本へ帰れというべきではないかと思っていた」 
 
「いや、俺が海外へ来たのは剣を取り戻すためであって――」 
 
「利き腕を壊したのであれば尚の事だろう、剣に縋るお前を諭すべきではないかと悩んだ。 
……美由希の知己でなければ見捨てるか、それとも死なせるか、躊躇なく選べただろうがな」 
 
 
 夜の一族の世界会議が開催された当時、師匠はロシアの夜の一族に雇われていた。ロシアン・マフィアであるディアーナ達の陣営に加わっていたのだ。 
 
俺は不慮の事故でマフィアの車を壊してしまい、弁償も兼ねてクリスチーナの護衛として雇われた。その縁で同陣営の師匠と出会ったのである。 
 
振り返ってみればロシアン・マフィアの車を不慮とは家壊してしまうなんて、恐ろしい話だった。ヤクザの車にイタズラしてエンコ詰めさせられるとは桁が違う。 
 
 
俺が窮地に追い詰められていた時、師匠は俺が持っていた高町家の写真を見て協力してくれる事になった。ほぼ一方的ではあるが、師弟となったのはその時だ。 
 
 
「だが結局教える事になってしまった。まあお前は剣も使えず、才覚もないので、生き残る知識として叩き込んだだけだがな。 
自分なりの折衷案だったのか、当時の心境を顧みても分からないが、今にして思うとヤケになっていたかも知れない」 
 
「……師匠が自暴自棄になるなんて想像もつきませんね」 
 
「龍と並んで裏社会を震撼させていたロシアン・マフィアに雇われていたのだ、復讐の為なら手段を選ばなかった。 
どれほど自分の手を血に染めようと、如何なる悪事に加担しようと、龍を潰す為であればどうでもよかった。 
誰でも殺せたし、血刀を振るう事への躊躇いもなかった。我が身すら顧みずに突き進んでいたんだ。 
 
実際あのロシアンマフィアの先代ボスは要人テロ襲撃事件を起こし、自分の娘まで手籠めにして何もかも手に入れようとした」 
 
 
 夜の一族の世界会議が佳境を迎えた頃、会議の趨勢を待たず強引に乗り込み、ロシアン・マフィア達は暴力で支配しようとしていた。 
 
日本の一族である氷室や安二郎が最新型の自動人形を入手し、改造することで最大戦力とした。実際、自動人形が猛威を震えばその場にいた如何なる人類でも殲滅されていただろう。 
 
彼らにとって残念だったのは、その自動人形がローゼというアホであったことだ。あいつは余裕で俺に寝返ってしまい、結果としてマフィアの先代ボスや氷室達は失敗してしまった。 
 
 
ちなみにあのアホは今エルトリアで開拓作業に頑張っている為、地球は平和である。帰ってこないほうが世の中にとっていいのではないだろうか。 
 
 
「まあ結果としてお前が会議に出たことで連中は駆逐され、ロシアンマフィアのボスは今の雇い主となった。 
雇い主はお前に惚れ込んでお前の敵対勢力を裏表問わず殲滅していき、私が仇としていた組織まで追い詰める結果となった。 
 
何が功を奏するか、分からんものだな」 
 
「はは、本当に結果論でしか無いんですけどね……」 
 
 
 師匠は合わせていた手を解き、ゆっくりと立ち上がった。墓を見つめる視線は変わらないが、少なくとも憂いはないように見える。 
 
悲劇が起きたことは覆せないし、死者を喪った悲しみは消えることはない。それでも生きている人間の人生は続いていく。 
 
師匠は今も復讐を続け、戦い続けている。その良し悪しは俺には分からないし、判断するつもりはない。止めるべきかも知れないが、止め方も分からなかった。 
 
 
師匠は振り返って、俺を見る。 
 
 
「お前に御神の剣を教えた事が正しかったのかどうか、今でも分からない。 
この剣は殺人剣であり、大切なものを守れる力ではない。人を傷つけるものであり、人を守るものではないんだ。 
 
その本質は理解しているな」 
 
「はい、この一年で身にしみていますよ」 
 
 
 俺が自分で言っていたことである。実際、自分の県で誰かを守れたことは本当に少ない。 
 
師匠も言っていたが世の中は基本的に平和で、何か起きても件で解決できることなんてほとんど無い。 
 
戦う手段として確かに剣を使っていたが、あくまで敵を倒すための力であって、誰かを護るために使ったことはあんまりなかった。 
 
 
事件を解決して人々を守ることができたのは、仲間や家族がいたからだ。あいつらが居なければ、俺は生き残れなかった。 
 
 
「けれど俺がこうして今も生きていられるのは、師匠から教わった剣ですよ」 
 
「……それはあくまでお前の努力あってこそだろう」 
 
「いいえ。師匠より教わった剣がなければ今の俺はありえない。 
貴方は少なくとも、自分の県で俺を守ってくれました。 
 
それはこちらにいる方の前でハッキリと言えます」 
 
 
 失礼かもしれないが、彼女が手を合わせていた墓を指さして断言した。そこは譲れなかった。 
 
剣は確かに他人を傷つける力なのかも知れないが、御神美沙都の剣は少なくとも俺を救ってくれた。 
 
師匠から学んだ知識がなければあらゆる局面で対応できなかったし、神速などの剣技がなければ命を落としていただろう。 
 
 
師匠本人が守ってくれた訳ではないかも知れないが、彼女より教わった剣は俺を生かしてくれた。 
 
 
「……お前には敵わないな。口だけはよく切れる」 
 
「ハッタリ利かせてばかりでしたからね、お恥ずかしい限りですが」 
 
「出来ればその調子で本身を抜かせたくはないがな。 
さて挨拶も済んだ、行こう」 
 
「俺が立ち入ってもよかったんですか、今日」 
 
 
「ああ、今の話を兄さんに聞かせたかったからな。きっと笑っているだろうよ」 
 
 
 ――この人、俺がどういう返答するのか分かっていて、今の話をしたのか。相変わらず敵わないな。 
 
この一年の俺を見透かされていて肩を落としてしまったが、師匠はその方に手を当てて、一緒に歩かせた。 
 
 
彼女が振り返ることはなかった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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