とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第百二十四話
                              
                                
	 
「香港で起きた事件について既にご主人からもお話があったかと思いますが―― 
コンサートは、いかがされるおつもりですか」 
 
 
 ――場が静まり返った。 
 
香港で起きた暗殺事件ではテロリストの脅迫を一笑に付して、要人は殺された。共日本でおきた事件はテロリストの脅迫を無視した結果、襲撃を受けた。 
 
怪我人も出ている。自分の娘が脅迫されている。今日は、自分が殺されかけた。 
 
 
誰もが聞き辛い事を、御神美沙都はこの場で問い質した。面談を受けに来た人間が、雇用主となる女性に対して。 
 
 
「……不思議なものね。今日此処に来るまで何度も自分に問いかけ、何度も自分を見つめ直したわ。 
不安と恐怖は尽きず、体も心も弱って、夢を諦めかけていた」 
 
「……」 
 
「つい先程殺されかけて、自分の本心が出たわ。コンサートは中止に出来ないと」 
 
 
 ボスを名乗る男に脅されたあの時、ティオレ・クリステラは明確に拒絶の言葉を口にしていた。あの言葉は反射的であり、本心であったと述べる。 
 
人間追い詰められた時本性が露わになると聞くが、ティオレ御婦人は我知らず口にしてその時気付いたのだろう。 
 
どんな事があろうとも、夢を決して諦められない。自分自身だけではなく、大切な家族が危険に晒されようとも、自分に嘘はつけない。 
 
 
皮肉な話である。コンサートを中止にさせたがっていたマフィア達が、ティオレ・クリステラの本心を確たるものとしてしまった。 
 
 
「それは何故ですか」 
 
「夢だったのです――長年かけた私の夢。 
子供の頃から歌い続けてきた、私の集大成。そう簡単に諦められない。そして」 
 
「そして?」 
 
 
「私の夢を、簡単には潰させないわ」 
 
 
 それはハッキリとした、戦う意志であった。 
 
つい先程まで死に伏せっていた老女の遺言ではない。自分の命を燃やして歌う、気高い歌姫の意思だった。 
 
家族を犠牲にするつもりはない。むしろ家族を決して犠牲になんてしないという決意の表れでもある。 
 
 
彼女の決意を受け止めて、御神美沙都は不意に俺を見やる。 
 
 
「私はかつて、貴方と真逆でした。 
自分の夢を果たすためなら、あらゆる全てを犠牲にする覚悟があった。 
 
犠牲の中には自分も間違いなく含まれていて、何もかも奪い尽くす事だけが全てでした」 
 
「悲しいことね……暴力で何かを変えても仕方がないのに」 
 
「確かにそうかも知れません。けれど、私にはそうするしかなかった。 
剣だけが拠り所で、敵を殺すことしか考えていなかった。それさえ出来れば、何をしても惜しくはなかった。 
 
ボスを名乗っていた男のように、立場が違えば私が貴方を脅迫していたかも知れない」 
 
 
 恐ろしい事を口にされて、傍で聞いていた俺は顔を引き攣らせた。あり得たかも知れない話だったからだ。 
 
師匠はチャイニーズマフィアの龍に自分の大事な家族を殺されて、復讐を果たすべくロシアの夜の一族に情報を求めにきた。 
 
今ではそのロシアンマフィアが若き女ボスとなって方針転換を果たし、関係を懇意にした師匠は確実な報復の手段を経て、表社会に復帰した。 
 
 
もしもドイツで彼女と知り合っていなければ、敵に回っていたかも知れない。そうなれば、もう勝ち目はなかっただろう。 
 
 
「そんな私を救ってくれたのが、彼でした。 
彼は私に救われたかのように話したかも知れませんが、実際は逆です。良介が居なければ、今の私はありえない。 
だからこそ―― 
 
彼が守ろうとしている人間を、私は守りたいと思っています。貴方の夢を叶える力にならせてください」
  
 
「勿論よ、お嬢さん。こちらからお願いしたいくらいだわ。 
私も今日彼と、彼の家族に救われたの。救われたこの命で、今度こそ夢を叶えたい。 
 
私の大切なものを守る力となって頂けないかしら」 
 
「この剣にかけて誓いましょう。よろしくお願いいたします」 
 
 
 二人は微笑み合って、固く握手をした。何か褒められているが、実際に彼女達を救ったのがあくまでも俺と縁があった人達の力である。 
 
イリスを除いて皆感動したように目の前の美しい光景を見つめているが、俺には眩いだけであった。 
 
彼女は戦うことを決めた。コンサートの中止はこの瞬間、確実に無くなっただろう。コンサートの開催は確定となった。 
 
 
そして、戦争は間違いなく起こるだろう。 
 
 
「ひとまずこれで成果を挙げられましたね、父上」 
 
「確かに怪我人こそ出たがティオレ御婦人は無事だったし、死人は出ていない。 
でも奴らは逃げてしまったし、日本での脅迫が失敗に終わった以上、また海外で勢力を伸ばすべく事件を起こすんじゃないか」 
 
「その可能性はゼロではないですが、低いと思いますよ」 
 
「えっ、どうしてだ」 
 
「上海で事件を起こしたでしょう。確かに成功したかも知れませんが、見方を変えれば事件を起こしてしまったということになります。 
私のような小娘でも次の行動が読めたのに、父上が懇意にしている一族が何の手も打たない筈がありません」 
 
 
 ……そう言えば最近、カレン達が音信不通のまま何やら行動を起こしていた。 
 
てっきり夜の一族側でおきた反乱だの何だので手が回っていないのかと思ったが、考えてみるともう随分時間が経過している。 
 
 
もしかするとあいつら、敵を油断させるためにわざと―― 
 
 
「ちなみに逃がしたのはこの場だけで、犯人達はオットーが追跡していますよ」 
 
「お前も手を打っていたのかよ!?」 
 
 
 恐ろしい奴らだ。素人の俺が右往左往としている間に、様々な手を打っている。 
 
この世界は優しくはないかも知れないが―― 
 
 
色んな大人たちが、頑張って守ってくれているのかも知れない。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
  | 
	
  
 
 
 
  小説を読んでいただいてありがとうございました。 
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。 
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  [ NEXT ] 
[ BACK ] 
[ INDEX ]  | 
Powered by FormMailer.