とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第百二十三話
嵐のような時間が終わった。
滞在と医療用のスイートルームには怪我人多数に加えて、ホテルの壁に大穴が空いている。改めて凝視してみると、現実味の無さを感じる。
仮に自分の剣が手元にあっても、スイートルームの壁を切り裂くことは不可能だろう。魔法も使わず技術のみでやったというのだから、恐れ入るばかりだ。
世の中強者と呼ばれる人間は多くいるが、あの者達は上位に位置する者達だろう。かつて孤独に生きてきた俺の行く先だったのかもしれない、才能があればの話だが。
「お怪我はありませんか、御婦人」
「……ええ、全て貴方のおかげよ。本当になんてお礼を言えばいいか」
「礼は俺の師匠に言ってください。あの人を脅威に感じて、テロリスト達は撤退したのでしょう」
ティオレ御婦人に怪我はなかった。やや疲れを見せているが、少なくとも病状が悪化する気配はない。襲撃前にユーリとイリスより治療を受けていたのは不幸中の幸いだった。
その二人もホテルの床に転がっている怪我人の治療に当たっている。こちらも幸いというべきか、ティオレ御婦人の医療チームがいたので治療はスムーズに進んでいる。
重傷者や死傷者は一人も出ていない。そういった意味では犠牲の少ない事件ではあるが、俺達が居なければどうなっていたか。この状況を看破していたシュテルの読みがあってこその成果だった。
治療が落ち着いたところで、エリスが戻ってきて俺に駆け寄ってくる。
「ホテルは無事です。
この騒ぎを聞きつけた者もいましたが、ホテル側の関係者と連携して事を収めてきました。周囲に漏れることもないでしょう」
「あんたが速やかに動いたおかげだな。さすがは海外でも有名なセキュリティサービス、見事なものだ」
「事を収められたのは、貴方のおかげでもあります。今日貴方がここに居なければ、犠牲も被害も拡大していたでしょう。
議員ともお話していて貴方を出来る限り危険な目に遭わせるつもりはなかったのですが、考え方を変えるべきかもしれません。
初対面で貴方を一民間人だと過小評価していたことを、改めて謝罪させてください」
「いや、その認識は間違えてないよ!?」
俺がここに一人来ていたとしても、事態は変えられなかっただろう。ユーリやイリスが守り、シュテルが策を立ててくれたおかげだ。師匠の存在も大きかったしな。
ユーリ達の超能力(魔法)と、御神美沙都(サムライ)の剣技。2つの不確定要素がチャイニーズマフィアの脅迫と暴力をはねのけ、テロリスト達を撤退させられた。
俺の口先一つだけでは連中を追い込むことは困難だっただろう。裏付けがなければ、単なる見栄に過ぎない。少なくとも俺がこの局面で貢献できたことは少ない。
変にお礼を言われても困るが、謙遜してもそれこそ相手が困るだけだろう。礼を受け取るだけにしておいた。
「この場を任せてもいいか、電話の相手を迎えに行ってくる。
本当は落ち着いた場で紹介するつもりだったんだが、実は護衛として紹介したい相手がいるんだ。
香港国際警防隊所属だが、実力は折り紙付きだ」
「あの香港警防の……!?
なるほど、確かに貴方の仲介がなければ少なくとも素直に頷ける相手ではありませんね。
分かりました、この場は引き受けますので紹介してください。少なくとも私の判断一つでは出来ません」
被害が少なかったとはいえ怪我人は出ているし、スイートルームの壁に大穴が空いているのだ。この場だけで完全に収めることは難しいだろう。
少なくとも俺のような子どもがいないほうがいいだろうし、社会人の彼女に任せることにした。フィリス達もいるし、心配はないだろう。
一旦シュテル達と一緒にこの場を去って、師匠を迎えに行くことにした。あの人と会うのも久しぶりだが、こういう時は本当に頼もしい。
こうして極秘の来日は結局隠し通せず、テロリスト達の襲撃に遭ってしまった。
その日の夜、エリスから連絡があった。
ホテル側、警察側、政府側それぞれに話が通り、まずホテルは流石に移ることになってしまった。テロリスト達にバレている以上、当然の処置である。
事件は表沙汰にはならなかった。犯人達は逃げられこそしたが、言い換えると逃走が巧みだったおかげで人目につかずに済んだ。大穴が空くほどの衝撃も、ホテル側の不手際による事故で済ませたらしい。
移動先は政府預かりの宿泊施設だった。日本政府ではないというのだから、政治というのは奥が深いと感じさせられた。
「御神美沙都と申します。
このような状況下であるにも関わらず、貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」
「事情はリョウスケから伺っているわ。こちらこそ巻き込んでしまってごめんなさい」
久しぶりに再会した師匠、御神美沙都は初対面時と比べて随分落ち着いた印象を受けた。変わらず寡黙ではあるが、鋭さは和らいだように見える。
復讐に邁進していたあの頃とは違って、多くの人達と連携して着実に成果を上げているからだろう。余裕の無さは消えて、静けさが戻っている。元々こういった印象の女性だったのだろう。
師匠は再開するなり、俺の安否を確認して深い安堵の息を吐いた。彼女は一度テロリスト達の襲撃で、大事な家族を失っている。あの頃の記憶が、今回の襲撃により刺激されたのだろう。
自分を心配してくれる大人が、この一年で随分増えたように思う。ありがたかった。
「本来であれば履歴書でも持参すべきではありますが、事情は極めて特殊です。
失礼を承知で、彼を通じて面談をお願いいたしました」
「他でもない彼からの紹介だもの。こうして直接お会いして、リョウスケから聞いた通りの人であることは分かったわ」
「ありがとうございます。
此度の件――裏社会では名の知れた実力者に加えて、"ボス"を名乗る男。
素性はどうあれ、テロリスト達は本腰を入れてきたのでしょう。
香港で起きた事件について既にご主人からもお話があったかと思いますが――コンサートは、いかがされるおつもりですか」
――場が静まり返った。
香港で起きた暗殺事件ではテロリストの脅迫を一笑に付して、要人は殺された。
共日本でおきた事件はテロリストの脅迫を無視した結果、襲撃を受けた。
けが人も出ている。自分の娘が脅迫されている。今日は、自分が殺されかけた。
コンサートは、どうなってしまうのか。決断が問われた。
<続く>
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