とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 百十九話



――ティオレ御婦人との面会について、相手側は苦慮なさっている様子だった。どうやらティオレ御婦人の具合が悪いらしい。

極秘での来日なので騒がれておらず、外部にも彼女に関する情報は流出していない。危機管理と情報漏洩への徹底ぶりは流石の一言と言える。

面会については向こうからの希望でもあるので、難色を示されてはいない。本人の希望ではあるが、面会できる体調ではないということである。


むしろ一般人の俺なんて幾らでも後回しにして良さそうなものだが、先日の観光による同行でそれなりに信頼は得られたようだ。


「父上、恐らく先日上海で起きた暗殺事件による影響が大きいのではないかと」

「ただでさえ具合が悪いのに、心労が祟ってしまったか……」


 上海で起きた要人の暗殺事件。テロ撲滅を訴える趣旨の演説を行う予定だったが、チャイニーズマフィアより公演中止の脅迫を受けていた。

日本で発生した爆破テロ事件は事前に阻止され、国際的風潮はテロ撲滅の流れに向かっている。アジアの要人もこの機を逃さず、マフィアの脅迫を一蹴した。

公演当日も要人によって警備チームが組織されて、徹底した防衛体制でいたのだが、結果は無惨。要人は殺され、警備チームも多数の被害を受けてしまった。


テロによる目を覆う悲劇にテロ撲滅に気炎を上げていた風潮も沈静化してしまい、再びテロに怯える現実が降りかかろうとしている。


「勿論我が身や家族、身内を案じての不安もあるのでしょうけど……何より周囲を固められた可能性をあります」

「周囲……?」

「フィアッセさんのご両親がどれほど崇高で気高き精神を持ち、万全の体制と気概でコンサートに望んでいるのだとしても、周りは別です。
特に母親の容態については周囲には知らされていません。世論がテロ撲滅の流れにあれば話は別ですが、先日の事件で反転しています。

この状況下で尚コンサート開催を強行するのは、まず周囲が反対する筈です」

「なるほど、世論を固められたということか」


 俺のような政治には疎い素人でもわかりやすく説明してくれるシュテル。俺も思わず唸りを上げて頷くしかなかった。

俺の右腕を名乗るこの子は惑星エルトリアの主権をかけて戦った経験もあり、政治や経済に関して詳しくなっている。知識も相当蓄えたようだ。

チャイニーズマフィアの狙いは上海で暗殺事件を起こすことで、地元の影響力を再び取り戻すことが主目的だった。


だがそれ以外にも国際的世論に波紋を投げかけ、クリステラ家を周囲から押し潰す事も狙いにあったようだ。


「父親は英国でも有力な議員なのでしょう。それほどの人物が上海で起きた悲劇を目の当たりにして、尚コンサートを支援してしまえば、周りも黙っていません。
コンサートが成功すればいいですが、政治家であればまずリスクを考えます。

失敗すればソングスクールどころか議員である彼、そして英国そのものへの批判に向かいかねません」

「仮に失敗すれば、彼らは被害者となるんだぞ。そんな連中を責めるのか」

「残念ながら周囲は事前に反対していたのに強行すれば、批判は避けられないでしょうね。
父親も今相当周囲から反対されているでしょうし、母親にいたっては関係者だけではなく、ソングスクールからも反対の声が上がっているはずですよ」

「脅迫の件は極秘のはずだが……」

「被害者側が秘密裏にしていても、加害者が積極的に騒ぎ立ててしまうと伝わってしまいます。
流石に表立って広まってはいないでしょうけど、ここまでとなれば全てを隠し通すのは難しいでしょうね」


 歌姫達による意思があったとはいえ、いざマフィアに襲われたとあれば、彼女達のご家族だって黙ってはいない。

まして関係者に危険であることを隠して舞台になんて立たせて、本当に何かあった場合被害者のご家族は怒り狂うだろう。

ティオレ御婦人には次がないとはいえ、身内を不幸にしてまでチャリティーコンサートを強行するほど我儘ではない。


その葛藤と狭間に立たされているティオレ・クリステラ御婦人の心労は、如何なるものだろうか。


「身体的理由に精神的事情、そして政治的圧力。
今のままではチャリティーコンサートの開催は厳しいかもしれません」

「特効薬を用意するしかないか――ユーリ、イリス」


「は、はい、行きましょう」

「役に立てるかどうかは分からないけどね」


 苦慮する相手側にこちらから考慮した上で打診する。警備のエリスや主治医のフィリスからの介添えもあり、面会が許可された。

シュテルにユーリ、イリスを連れて、相手が迎えに来てくれた車に乗ってホテルへ直行。高級ホテルの一室へ通される。

ティオレ・クリステラは、体調を悪くしている。今のホテルも警備と医療の観点から用意された滞在先なのだろう。セキュリティのレベルも高く、守秘義務も徹底されている。


訪れたホテルの一室で、白衣を着たフィリスが出迎えてくれた。


「容態はどうだ、フィリス」

「お疲れ様です、良介さん。来て頂いたのに申し訳ありませんが、今朝から伏せっておられます。
事前にご連絡させて頂いた通り、コンサートの準備で忙しくされていたのもあって、負担により体調を崩されていました。

そこへ先のニュースもあり、重い心労で体を起こすのも困難な状態です」

「なるほど、無理もないな。日本で行われるコンサートの日は迫っているが大丈夫そうか」

「……医療チーム内でも話し合っていますが、今の体調ではとても承諾はできませんね……」


 フィリスを筆頭に医療チームメンバーは全員ティオレ・クリステラの事情を知っており、彼女の夢を叶えようと最大限努力している。

本来であれば即入院、コンサートなんてとんでもないと判断するであろう医療のプロ達も、ティオレ御婦人を心から尊敬して彼女の熱意に応えようと尽力している。

とはいえ彼らは医者であり、ティオレ・クリステラは患者である。コンサートを開催すれば命に関わると判断すれば、どれほど尊敬すべき人物であっても舞台には立たせられない。


死ぬと分かっていて患者を活かせる医者なんていない。プロであれば尚の事、優しさで人は殺せないのだ。


「この子がユーリ、そして相方のイリスだ。この二人なら今の現状を変えられるかもしれない。
二人は子供に見えるだろうが研究者であり、人体に関しては医者顔負けの技術と知識を持っている。

絶対にお医者さんごっこなんてさせないから、治療の機会を与えてほしい」

「……私の同族として紹介すれば良いんですね」

「お前には申し訳ないが、この世界で彼女達の力を表現できる権威はHGS以外はない。そしてこの場に立ち会わせられるのはお前だけだ」

「分かりました、私が頼んだことでもあります。少しお待ち下さい」


 フィリスに話した事自体は嘘ではない、あくまでイリスが話す過去が真実であればの話ではあるが。

惑星エルトリアで過去存在していた研究機関、惑星再生委員会では環境改善とテラフォーミングの為に、動植物を含めた生命研究も行われていた。

イリスやユーリも研究の手伝いをしており、知識や技術だけではなく、経験も備わっている。ユーリは過去の記憶こそないが、生命操作能力がある。


死に絶えていた惑星エルトリアの環境さえ生き返らせたユーリの能力、そして補佐をしていたイリスのナノマシン技術を活かすべく、今日来てもらった。


「医療チームが立ち会い、私が主治医として同席して説明することを条件に認められました」

「分かった。シュテルはフィリスへの説明を頼む」

「了解です。私が念話――この世界で言うテレパシーを使用して、フィリス先生にユーリやイリスの行っている医療行為を説明いたします。
その内容をフィリス先生が医療に例えて、みなさんへ説明をお願いいたします」

「わ、分かりました、お願いいたします」


 重々しい空気の中で、俺達はティオレ御婦人が伏せっている部屋へ通される。

勿論俺は部外者とまでは言わないにせよ、この場にいて何か出来るわけではない。あの子達の親だからといって、医療行為に関われるはずがない。

許されたのはあくまで立会のみ、遠巻きに見守る中でユーリとイリスが寝台へ近づいた。医療チームの面々は険しい顔、当然と言える。


少し覗き込んだ先――ベットに横たわる御婦人の姿は痛々しく、疲れ果てていた。


「イリス、お願いね」

「分かった。アタシが分析するから、あんたは集中して」


 イリスもこの状況下で悪態をつく真似はしない。ティオレ御婦人に近づいて、手をかざす仕草をする。

実を言うとあの行動に意味はない。イリスは直接触れなくても、人体の解析は行える。あくまで超能力の体なので、それらしい真似をしているだけだ。

一つ一つ丁寧に容態と病状を解析し、イリスは告げてユーリが応える。俺にはサッパリ分からないが、二人の話を聞いて医療チームは驚いた顔をする。的確な診断だったのだろう。


ユーリは顔を上げて、俺を見つめる。


「お父さん、力になれそうです」

「! 本当か」


 病気を治すことはできない。何故ならティオレ・クリステラは寿命であり、定められた命が終わりを迎えようとしているからだ。

この先を伸ばすには人知を超えた行為が必要であり、それは決して超えてはならないラインであった。人を超えなければならない、それは彼女も望んでいないだろう。

今からやろうとしているのは真っ当に生きた人間が、今理不尽な理由で命を縮められている。


心神喪失に陥った彼女に対して、ユーリとイリスが力を与えて天寿を全うさせる。


「――あら」

「! 御婦人、大丈夫ですか!?」

「ええ、まるで生まれ変わったような気分だわ。体も心も瑞々しさに溢れてる、とでも言えばいいかしら。
こんなに可愛らしいお嬢さん二人の顔が見えた時、天使が迎えに来たのかと思ったわ」


「良かった……改めてはじめまして。ユーリです、お父さんの娘です」

「イリスよ。まあ一応、そこの男の娘ではあるわね。義理だけど」

「シュテルです。父の内縁――あいた!」

「便乗するな」


 一生懸命頑張った人間がもう少し生きたって、神様は笑って許してくれるだろうから。














<続く>








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