Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その30 兄妹
誘拐事件の解決に全力を上げて、事件後まで気を回さなかったのは手痛いミスだった。
アリスと仲間達の身の安全に注意を向けるあまり、自分の処遇にまで考える余裕がなかった。
作戦自体が成功を収めたのだが――その成功こそが、俺を新たに悩ませる原因となっている。
「テレビに出れば有名人。昭和時代の古臭い言い伝えが実現してしまうとは」
港街セージでの情報戦争、女王との通信越しの一騎打ちより、日本時間で一ヶ月余り。
女王と停戦条約を結んで戦争は終結、事件の重要参考人として俺は役人達に自らの意志で投降した。
王女誘拐の容疑は晴れても、町中で起こした騒ぎには責任を取る義務がある。
女王との対決の日港は大熱狂で、俺が出なければ収拾がつかなかったのだ。
俺はステファニア国の王女アリスと共に役所へ連行されて、徹底的に取調べを受けた。
葵達は俺の抹殺を危うんでいたが、俺はその可能性はないとふんでいた。
――科学。未知なる技術。テレビジョン放送の仕組みが分からない以上、女王は弱みを握った俺には手出し出来ない。
俺が死んで放送が完全に止まる保証はない。俺を始末して自分の汚点が放送されるリスクを、彼女は冒さない。
秘密が秘密のままである限り、俺とアリスの安全は保証される。
……とは言うものの、当事者以外の人間には関係の無い話。彼らにしてみればいい迷惑でしかない。
女王の命令で動かされ、俺の情報に翻弄されたのだ。真実がこちらにあるとはいえ、目まぐるしい日々であった事には違いない。
最初に誘拐容疑をかけた女王に非はあるが、俺にも事情を説明する義務はある。
取調べにも素直に応じて、事件の全容を語り、ステファニア国の暗部については約束通り伏せておいた。
情報に対する法律が、俺の国のように明確に定められていなくてよかった。長い裁判の果ての有罪は、御免蒙りたい。
立場の危うい俺を支援してくれたのは、テレビジョン放送を楽しんでくれた街の人々だった。
テレビジョン放送はこの世界では異端であれど、真実と真心を送り届けた。
また連日のコマーシャルにより、一時は閉鎖していた港にも活気が戻りつつある。港街ならではの交流が、放送をより遠くへ伝えたのだ。
そのテレビジョン放送が突如中止となり、報道者の俺が連行されれば、街の人々も当然混乱する。
普通は役人に捕まった俺が疑われるが、今回の場合女王の失言を流した後での放送休止だ。政治的弾圧を疑うのは無理もない。
港復興の為にテレビを通じて支援活動を行ったのだ、港街にとってはテレビジョン放送は貴重な価値がある。
一ヶ月余りで釈放されたのも、支援した港街からの礼とも言えた。
「勇者の凱旋といったところか、友よ」
「……嫌味じゃなく、本気で言っているのがすげえよ」
「ふふ、今や友は時の人だぞ。吾輩も鼻が高い」
「番組の司会をお前にするべきだったと、今猛烈に後悔している」
連日連夜の取調べからようやく解放されて無事出所、葵が出迎えてくれた。
強面の役人の顔ばかり見せられていたので、腐れ縁で見飽きた顔でもホッとしてしまう。
いつもの軽口を叩き合って、俺は青空の下で大きく伸びをする。
「街の様子はどうだ? 役所は毎日人が詰めかけて大騒ぎだったけど、あれはお前の仕業だろう」
「友の顔は街中に広まっているからな。噂を流すのは非常に容易かった。
なに、我輩が民衆に伝えたのは全て真実。女王の罪が明らかとなった以上、友の潔白を疑う者などおるまい。自明の理だ」
得意満面に語っているが、本人が意図しなくとも脚色されたに違いない。姫君を救った英雄気取りで、大袈裟な噂を流したのだろう。
指名手配で顔が広まり、テレビジョン放送で顔が売れてしまった。誇張でも武勇伝が広まれば、人々の中では英雄となってしまう。
誘拐罪で追われながらも、悪の女王に屈せず戦い抜いた男。そんな人物が不当に逮捕されたとなれば、民衆が騒いで当然だった。
テレビの中の偶像に過ぎなくとも、民衆には華やかな存在として映っている。芸能人の苦労が分かった気がする――
「冒険者案内所や教会にも、友の素性について問い合わせが何度もあったらしい。
特に、あのテレビジョン放送はこの世界には無い技術だ。友の釈放も、そうした者達の働きかけがあったようだな。
――カスミ殿が各方面に働きかけてくれなかったら、友はこの瞬間引っ張りだこになっていただろう」
「盗賊団退治や長雨対策とは違って、一国の女王相手に街中で見せてしまったからな。
スポンサーを得る為に街の有力者にも原理を説明したし、隠し立てするのは無理だったよ」
科学技術の偉大さをこの魔法世界に知らしめるのは大いに結構だが、俺の存在が公になるのは困る。
異世界の住民である以上身元を探られても痛くも痒くもないが、身動きが取れなくなると元の世界に帰り辛くなってしまう。
有名税と割り切れるほど、まだ大人にはなりきれていない。異世界に根を下ろすつもりはないのだ、人助けで止めておきたい。
「お前やカスミは立ち回れるだろうけど、氷室さんは大丈夫なんだろうな。あの人は俺達の責任で、異世界に迷い込んだ被害者なんだぞ」
「安心するがいい、友よ。氷室女史は友が思っているよりも気高く、強い女性だ。己の役割を理解している。
作戦終了にあたって、テレビジョン放送は終了としなければならないからな。どうしても、説明が必要となる。
逮捕された友の代わりに街の協力者に挨拶をして、一人一人丁寧に説得して下さったのだぞ」
テレビジョン放送のCM効果が高ければ高いほど、俺達への貢献もまた高まる。
女王相手に街中で長期間放送が行えたのも、資材と場所の提供をしてくれた人達のおかげだ。
ギブ・アンド・テイク、そのつもりだったが――存外に、旨みが出たらしい。
テレビジョン放送の継続を求めて、協力者が嵐のような催促を行ったのだろう。
無口な氷室さんには困難な役割だっただろうに、あの人には本当に頭が下がる思いだった。
「しかし、そうなると――早くこの街から出ていった方がいいな」
「いいのか、友よ。此の街に居る限り、友は一生安泰だぞ」
テレビジョン放送の設備は現状も残っている。街中に置いた機材もそのまま、放送はいつでも再開出来る。
利権目的で残しているのではない、あくまで女王対策。脅しの道具として置いているだけだ。
女王がアリスに危害を加えたら、俺は形振り構わず全世界に向けて女王の悪行の数々を放映する。手段は選ばない。
この機材を上手く活用して個人の放送局を作れば、街の有効な情報発信源として機能するだろう。
街の人々から応援される番組を作り、有力者達より支援を受けてこの街で末永く生きていく事も出来る。とはいえ――
「俺はなりたいのはアナウンサーじゃない、科学者だ」
この街での科学実験は成功した。小さな友人を助ける事も出来た。これ以上何を望むというのか?
終わった事件の成果を元に、新しい研究に挑む。技術を磨き、知識を積み重ね、日々を研鑽するのが科学者だ。
安穏とした日々に停滞は出来ない。魔法世界における、俺の居場所は存在しない。
「友がそう言うのならば仕方あるまい。休暇とはならなかったが、友のおかげで楽しませてもらったぞ」
「……あんな高級ホテルに泊まるんじゃなかったよ、本当に」
少しはゆっくり出来るかと思ったのに、とんだ休暇となってしまった。
王女誘拐の罪を科せられて、眠る暇もない緊張の日々。一ヶ月以上過ごしたのに、休まる暇もなかった。
これ以上留まっていたら、何が起きるか分からない。早く退散しよう。
「王女殿下も近日中に、祖国へ戻られるらしい」
「アリスが……?」
「視察どころの話では無くなってしまったからな。女王陛下の一存で視察は中止となった。
あんな放送を流されては、さぞ肩身の狭い思いをさせられているだろう。自業自得ではあるが」
「……そうか……」
暗殺組織は壊滅し、女王に狙われる事はなくなったとはいえ、彼女は王族。
取調べが始まったその日の内に引き離され、アリスは騎士達の元で手厚く保護されている。
――別れの一言も言えなかったな……
旅には出会いと、別れがつきもの。だけど、俺は旅人ではない。
異世界の科学者として、せめて彼女に何かしてあげたい。
忘れられない休暇をお恵み下さった姫君に、せめてもの仕返しを――
<第五章 その31に続く>
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