Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その31 青空






 異界の夜でも、人間の心次第で美しく見えるものらしい――漆黒の空を見上げて、俺は感嘆の念を抱いた。

地球とは異なる世界で満天の星空は見られないが、堕天の空に輝く二つの光が眩く見える。

二つの月、双月。俺が心の中で密かに名付けているだけの星は、闇の中で一際存在を主張していた。


「晴れ晴れしい旅立ち、とはいかぬところが不満ではあるが――闇に紛れられないというのも、風情がない。
これは難しい問題だぞ、友よ。決行は明日に延期するべきではないか?」

「お前の気分で予定を変えられるか。単なる夜逃げに風情を求めるな」

「我々が姫君を悪の王妃から救った英雄であるというのに、世の中とはままならないな」


 不平不満を口にする葵だが、出発の準備にぬかりはない様子だった。異世界での旅に慣れ始めているのか、滞りなく進められている。

確かにあまり格好の良い行動とは言えないが――俺達は、この街『セージ』から逃げ出そうとしていた。

昼間だと人目につくので夜の闇に紛れて、港町を抜け出す。今晩がその決行日だった。


「説明責任は済ませたとはいえ、我々が国家の一事に土足で踏み込んだ事には変わりはない。
天城京介の『科学』も女王や街の民のみならず、街に滞在していた冒険者達や他国の人間にも知らせてしまった。

詮索されれば、天城や水瀬の素性を勘繰られる事もある。深入りされる前に、身を引いたほうがいい」

「女王も俺の技術を警戒して大人しくしているが、思い切った行動に出る危険性もある。
俺だけではなく、氷室さん達の身柄を確保されればまずい。姿を消すべきだ。

公式の上では国家間の友好を深める為の訪問だからな。俺達を深追いしたりはしないさ」


 女王との情報戦は何とか勝利を収め、アリス姫の安全を確保する事は出来た。

娘を殺そうとした母親のスキャンダルは全てこちらで握っている。権力で成り上がった女王にとって、この手の情報漏洩は致命的。

女王の圧政に苦しむ民どころか、政治にはつき物の反対派の勢力を勢いづかせる事にしかならない。

『セージ』街での情報戦で手痛いダメージを被ったのだ、今は名誉回復に専念する筈。その間に――自分の世界へ帰ればいい。

夜中に逃げ出すなどという不名誉な行為も、カスミは護衛面を理由に納得してくれている。


「といってもまだ遠いんだよな、王都まで――結局、町で問い合わせても術者も見つからなかった」

「ごめんなさいですぅ、一生懸命探したんですけど駄目でした。で、でも、次の町で見つかるかもしれませんし!」

「町というか村なんだろう、次の目的地。しかも厄介な噂があるみたいだしな……」


 俺達が異世界に来る原因となった妖精が、責任を感じて落ち込んでいる。そんなキキョウを、責め立てる気にはならなかった。

事の原因は間違いなくこいつだが、女王との情報戦で勝利を飾れたのはキキョウの活躍のおかげだった。

彼女がコンピューターウイルスの如く女王の懐に侵入出来なければ、国家権力に押し潰されて敗北していたかもしれない。

報道の自由なんてのは、平和な世界でしか実現できない。放映者が一介の民間人である以上、国の権力者に楯突くのは難しいのだ。

それは、地球に刻まれた過去の歴史が物語っている。


「……寂しくなりますね」

「――大丈夫。あいつは元気にやっていけるよ、きっと。俺よりずっと、性格が悪いから」

「そんな事はないと思います」


 氷室さんが何を言いたいのか分かり、俺も笑顔で返答する。この街での、たった一つ残した未練――アリス・ウォン・マリーネット。

王族として身柄を丁重に保護されて、予定より早く帰国となったようだ。他国で誘拐事件が起きた以上、当然の措置ではあるが。

女王の失言が他国で暴露されて、国そのものにも今後影響が出るだろう。

失言一つで国家が揺らぐ事はないにしろ、王女の権威に傷をつけたのは事実だ。全国民に知られた以上、取り消すのも難しい。

アリスの周辺も混乱をきたしてしまうが、謀略の闇が払われるのならそれに越した事はない。

今この状況でアリスが抹殺されれば、第一に疑いがかかるのは女王だ。俺がそうなるように仕向けている。

民に圧政を敷く傲慢な女性であれど、権力闘争に勝ち残った女傑だ。私怨だけで己が不利になるような真似は絶対にしない。

アリスの安全が保証されれば、俺の望みは全て達成される。かの国の政治がどうなろうと、関わるつもりはない。

部外者だった俺を無理やり権力闘争に引きずり込んだのが、女王側なのだ。尻拭いさせて然るべきだろう。

国の民には気の毒に思うが、今回の一件で女王の圧政が緩む事を願うしかない。これ以上巻き込まれる前に、俺はもう退散させてもらう。

こんな俺を、氷室さんは非難しなかった。それだけでも慰めにはなる。


「拍手喝采とはいかぬのが、ままならぬな。友は一国の姫を救った英雄であるというのに」

「政治の世界に英雄など存在しない。そういう意味では、皆瀬にとっても不本意であろう」

「葵は今回、表舞台には立てなかったからな。不満くらいは聞いてやってもいいぞ」

「友が立派に役目を果たせたのだ。誇りにこそ思い、不満など感じたりはしない」

「……皆瀬と天城は不思議な関係だな……
友人同士であれば尚の事天城だけが賞賛を浴びて、不愉快に思う事はないのか?」

「愚問だな、カスミ殿。友は、吾輩が生涯の友として認めた男だ。吾輩の自慢だ」


 ……恥ずかしい事を平気な顔をして言うな。男の戯言で顔を赤くしてしまいそうになる。

懐の広さも英雄の資質の一つであるのならば、案外葵にむいた職業なのかもしれない。

自分の友人を朗らかに笑って褒め称える葵を見て、カスミも目を丸くしていた。

嫉妬や妬みには無縁な男なんだよな、こいつって……だからこそ、この腐れ縁も続いてはいるんだけど。


「葵様も素晴らしいお方だと思いますよ!
先日関係者の方々に御挨拶をなさった際、皆さん別れを惜しんでいましたから」

「……旅に必要な路銀や物資も提供して下さいました」


 テレビ放送終了にあたって、スポンサーである港側に必要最低限の説明は必要だった。

彼らとの取引は俺が務めたが、その後の交渉や進捗報告等は全て葵に一任していた。営業役に、この男は適任だったのだ。

俺は始終テレビ放送を通じて女王と情報戦を行っていたが、王族側と戦う土台を作り上げたのは葵の功績といっていい。

地域住民の協力がなければ、女王の謀略を阻止するのは不可能だった。葵がこの港町との信頼関係を作り上げたのだ。

認めたくはないが――こいつのおかげで、俺達はこうして安全に旅立てる。


「キキョウはともかく、氷室さんまで……この男を褒めればつけ上がるだけだよ」

「フッ……嫉妬か、友よ」

「うわっ、何だ、その腹の立つ笑顔!? 準備も出来たなら、さっさと街から離れるぞ」

「……仲がいいことだ」


 急かす俺に、カスミが嘆息する。うぐぐ、心の狭い男だと思われてしまった。

結局この港街では少しもゆっくり出来ず、観光の思い出どころか人生最大の汚点として誘拐容疑をきせられそうになった。

挙句の果てに人目を忍んで、夜逃げまがいの真似をさせられている。心のオアシスが欲しい。

それというのも、バカンス中だった俺の部屋に忍び込んだ――あの悪戯好きのお姫様のせいだ。


「キキョウ、ちゃんと仕掛けてきたか?」

「は、はい、京介様の言いつけ通りに……で、でも、本当にあんな事していいんですか?
アリス様、きっと怒ると思いますよ」

「くっくっく、気付いた瞬間の顔を見られないのが心残りだ」


 見上げる空は真っ黒で、何も見渡せない。雄大に広がる天も、日が沈めば闇に染まってしまう。


だからこそ――天使のような白い羽が、とても綺麗に見える。


権力の闇に取り込まれた誘拐事件騒ぎ、ビックリ箱を引っ繰り返したような数日間。

子供の思い出とするには鮮烈で……だからこそ、忘れられない日々となる。

城の中に閉じ込められて育った姫君に出来た、最初の友達。異世界より来た小人達――

俺達と過ごした時間が彼女の孤独を慰める温もりとなる事を願って。



新しい旅路に、ついた。















『おはようございます、アリス・ウォン・マリーネット姫。
本日は我々"七人の小人"が、お姫様の可愛い寝起きを覗きに参りました!』

『友の発案による、"寝起きドッキリ"。お喜び頂ければ幸いです』

『あっ、汚いぞ葵!? お前がノリノリで企画した案だろう!』

『どちらでも同罪だ、馬鹿者!
ひ、姫、このような無礼千万な行為……どうか御容赦願いたい。これも、その、テレビ放送の一環であるとの事で――

早く謝罪するんだ、お前達も!』

『カスミ様ぁ……この放送は録画なので、これをアリス様が見た時点で同罪ではないかと……?』

『くっ……そ、それはそうなのだが……機材を破壊すれば、作戦が続けられなくなってしまう!』

『――ちなみに、この放送は作戦遂行中に撮られたものである事をお伝えしておきます』

『……氷室さんまで積極的に参加してくれたのは、ちょっと意外だったけど――


アリス。この放送をお前が見ている時は、作戦が上手くいって――俺達と別れた後だろう』


『早朝に自動放映されるように友が設定して、このビジョンを貴女の側に忍ばせておきます。
失礼なのは重々承知の上で、貴女にメッセージを送りたかった』

『アリス様。ほんの僅かの間ですが、貴女と一緒にいて――本当に、楽しかったですぅ!』

『……貴女とお逢い出来て良かったと、私も思っています』

『これから先も貴女に何かあれば、必ず力になると勝手ながら御約束致します』

『アリス姫。貴女と過ごした日々、吾輩は絶対に忘れません。生涯の思い出といたします、ありがとうございました。

ほら――友からも姫君に、メッセージを』

『俺もかよ!? まあ、何だ……放送はこれで終了だけど、科学ってのはこの程度じゃないからな。
俺も勉強して、一人前の科学者になってみせる。お前が驚くような技術をいっぱい見せてやるよ。


だから、お前も――俺から結婚を申し込んでしまいそうな、素敵なお姫様になれよ。


遠く離れていても、俺達はずっとお前の、その……友達、だ』

『放送中姫に一国の結婚を申し込むとは驚いたぞ、友よ。素晴らしい』

『今はまだ友達だと、言っただろう!?』

『……素敵です』

『氷室さんもそこで感心しないでくれ!?』

『まったく、お前達は最後まで……姫様、本当に申し訳ありません』

『あはは、では最後に皆さんでご一緒に!』



『また会える日まで!』














































<第六章に続く>






小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします









[NEXT]
[ BACK ]
[ index ]

Powered by FormMailer.