Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その29 改革
一国の女王との情報戦、人も町も――国すらも巻き込んで、ようやく王手をかけた。
こちらも追い詰められていたが、技術の差で逆転。立場をひっくり返して成功した。
女王の失言を大々的にテレビで流して、町の人々全員に伝える。在るがままを全て、包み隠さずに。
カスミのツテでかねてより調査していたステファニア国の腐敗をドキュメンタリーに放映して、女王の権力支配が原因だと断ずる。
一方でアリス・ウォン・マリーネット姫の苦境を赤裸々に語り、彼女が被害者である事を改めて知らしめた。
真実はようやく――人々に、届いたのだ。
「見えておりますか、女王陛下。真実を知らされた民衆の驚きようを」
『……この程度でわらわを失脚させられると思うておるのか。一国の后を侮れるでないぞ』
「ふふふ、政治家というのは何処の世界でも変わりませんな。
確かに失言の一つで失墜する貴女ではないでしょう。私もそこまで、貴女を見限ってはいない」
俺の国でも首相や他の政治家が迂闊にも失言して、民衆に非難を浴びせられた事はある。嘆かわしいが、珍しい事態ではない。
その政治家が失言だけで失脚した例は少ない。政事の構造が複雑であればあるほど、有力政治家は守られてしまう。
一国を統べる権力を築き上げた女性――並大抵の努力では、政治の世界で頂点に立ち続けられない。
彼女が号令をかければ人ではなく、国そのものが動く。
国の平和を守る法さえも、彼女の権力ならば書き換えられるだろう。だが――
「しかし、それはあくまで貴女の国の話。此処は他国であり、人と物資が行き交う港街なのです。
人の口に戸は立てられませんよ、女王。他国で貴女の悪評が広まれば、今後の外交にも大きな影響が出るのでは?」
『……っ』
アリスよりステファニア国の実情や政治方針、国の現状などを彼女の知る限りを全て聞いている。
独裁政治による他国との国交断絶でもされていたら厄介だったが、杞憂に終わった。
体面を気にするのであれば、テレビ放送を行う俺の存在を放置出来ないはずだ。
『――何が望みじゃ、申してみよ』
「おや、堂々とそのような申し出を行ってよいのですか。この会話も盗聴しているかもしれませんよ」
『これ以上わらわから何を引き出そうと、立場が変わることなどない。恥の上塗りを望んでおる訳でもあるまい』
……こちらの目的を見透かしているという事か。情報戦を仕掛けた相手の手強さを、改めて思い知った。
科学技術がなければ、確実に負けていた。相手の土俵ならば、太刀打ちも出来なかっただろう。
勇者でも英雄でもなく――科学者を目指していて、本当に良かった。自分の進むべき将来に、間違いはない。
「女王の寛大さに、感謝いたします。力による制圧をされていれば、こちらも対応に苦慮していました」
『対策は既に打っておるであろう。それに、貴様は得体がしれん。
目障りな存在を葬り去る事は出来ても、傷口を広げられたらたまらん』
懸命な判断だった。俺達がステファニア国の改革を望んでいない事も、分かっている。
相手が反撃しても徹底抗戦を行う覚悟はあるが、それこそ双方に甚大な被害の出る戦争となってしまう。
国が形骸化すれば、権力を支配する意味がない。果実は実ってこそ、甘い汁が吸えるのだ。
「まずはアリス・ウォン・マリーネット姫の身の安全を、約束して頂きたい」
『解せんな。何故ここまでして、あの娘を救おうとするのじゃ?』
――分かれ道は幾つもあった。途中退場も出来た、アリスとも一度は別れたのだ。
それでも結局は助ける事を選び、自分の持てる技術と技術の全てを費やして戦い抜いた。
御立派な理由があった訳ではない。人から見れば、とても些細な事。
「白雪姫は小人に取って、大切な友達だからですよ」
『シラユキ、ヒメ……? 何じゃ、それは』
「政治的要因ではないとだけ、申しておきましょう。貴女にとっては、それだけで充分でしょう」
英雄気取りの友人ならば謳い文句の一つでも言えるだろうが、こっちは生憎と一人の科学者。
分析出来ない人間の感情を、言葉にするには難しい。己の思うがまま、正直に語るしかない。
理解が得られない事も、分かっている。相手は政治家、俺は科学者志望の学生。
文字通り――生まれた世界が、違うのだ。
『姫を連れて逃げるつもりはない、という事じゃな』
「アリスは私にとって友人ですが、同時に一国の姫君である事も承知しています。
私や仲間達の都合で振り回す訳にはいかない。ステファニア国もまた、彼女を必要としている」
『くっ……これが公式の会見なら、即刻不敬罪で捕らえてやるものを』
国が、姫を必要としている。国を構成するのは民――全ての民が女王ではなく、アリスを望んでいる。
俺達が背負うには、荷が重すぎる。この世界から去る者が、気軽に連れていい存在ではない。
俺の痛烈な皮肉に女王が憤りを露にするが、画面越しでは何も出来ない。
『よかろう、そちの願いを受け入れよう。その代わり、即刻こちらに姫を引き渡せ』
「おやおや、何とも乱暴な物言いですな。母親の言う言葉とは思えませんよ」
『貴様、いい加減に――!』
「――いいですか、女王陛下」
俺は科学者であり、そして……一人の人間だ。
人格者だとは思っていない、そして怜悧冷徹にはなりきれない弱さも自覚している。
ゆとり世代と呼ばれた人間が、本物の王族に向かって発言する。
「この先アリス・ウォン・マリーネット姫の身に何かあれば、私は貴女の仕業だと認識します。
病死でも、事故でも、暗殺でも――真実がどうあれ、私は貴女がアリスに危害を加えたと見なします。
行方不明になれば、貴方が闇に葬ったのだと確信します。
その際は、このテレビ放送が大陸中に流れると思って頂きたい」
『なっ、馬鹿を言うでない!? 一国の姫とて人間じゃ!
どのような不幸が災いして死ぬなど、神ならぬ身では分からん。わらわの仕業でなければ、どう責任を取るつもりじゃ!?』
「ならば、アリス姫を大切に扱う事だ。自分の本当の娘のように優しく、育てればいい。
王女殿下。私は貴女を、アリス姫を、貴女達の国をいつも見ている。貴女がどのような国を作るのか、見つめている。
私は貴女の国に、何もしない。栄華を誇り、民を極貧に陥れようと、興味はない。
――アリス・ウォン・マリーネット。
彼女に如何なる災いを与えぬよう、くれぐれも注意して頂きたい。
私は何時でも貴女と敵対する準備があるのだという事を、ゆめゆめお忘れなきように。
――俺の仲間に手出しをすれば、科学が牙を向くと思え」
怒っているのは、俺だって同じだ。母親に命を狙われるアリスの苦しみを思うだけで、拳が震える。
まだ幼い女の子が、死の危険に震える事など絶対にあってはならない。
そのような所業は許される国ならば、とっとと滅びればいい。殺してやりたいが、所詮は気持ちだけの一時的な想い。
本当に行動に出れば実現は限りなく不可能であり、叶っても人殺しだ。矛を収めるしかない。
『……一体何者じゃ、貴様は?』
神妙な顔つきで、女王が最後に尋ねる。自分の理解を超えた存在に、恐怖と畏怖を浮かべて。
自分という存在が何者であるか、既に答えは出ている。
何処の世界に行こうと決して変わる事のない、俺という存在を示す名称。
「私は、『科学者』です」
『カガク……? それが貴様の持つ力か』
「力ではない、これは技術だ。貴女の知らない、私が持つ唯一の武器。
仮に私が死のうとも、技術は永遠に不滅。術とは違い、決して消える事はない。
世代を超えて進化し、人の手に渡って磨かれ、国すらも変える強さとなる――それが、科学技術です」
そこへ、別の"ビジョン"より連絡が入る。連絡を入れた相手はカスミだった。
一言二言話して、俺はビジョンを切る。予想通りの結果となった。万事上手く事を運んでくれた彼女に、心から感謝する。
俺はにこやかに微笑んで、決断に苦悩する女王の急所を刺した。
「貴方が手配した、暗殺組織――現時点を持って、壊滅致しました。
この町に滞在する前に、組織に依頼した事も判明しましたよ」
『何じゃと!? わらわは一切関与はしておらぬ!』
「無論、直接依頼するほど貴女は愚かではないでしょう。ただ、部下はもう少し有能な人間を雇った方がいい。
組織にもプライドはある、依頼人の名を明かしたりはしない。けれど、依頼人に裏切りが発覚すれば話は別だ。
貴女が用意した額面通りの報酬を、支払わなかったようですよ」
『ぐうううう、何という事じゃ!』
水面下の会談は、これにて終了となった。女王にはもう、暗殺に執着する気力は残されていない。
引き際は心得ている。その後行われた和解の交渉もスムーズに進められた。
俺の要求を素直に受け入れて、女王は憔悴した表情でフェードアウト。通信は、切られた。
「キキョウは引き続き、女王を監視しろ。何か良からぬ企みを見せたら、直ぐに報告するように」
『はいです! 頑張りますね、京介様!』
使命感に熱く燃える監視役というのもどうかと思ったが、何も言わずに通信を切る。
そして――そのまま作業机に、突っ伏した。
「……ハァ、ハァ……科学実験でも、こんなに緊張した事は無かったな……」
情報戦で分析した、敵。権力欲が強く邪魔ならば娘でも排除する、冷徹さ。そして、頭の切れる優秀な政治家。
俺の国によく居る二流三流の政治家ならば、執拗に食い下がっていただろう。何が何でも、俺を倒すまで抵抗したに違いない。
その結果多大な犠牲を出そうとも、面子にこだわって狂走する。そうされていれば、俺は間違いなく破滅していた。
何とも皮肉だが、作戦が成功したのは敵が手強かったからだ。強大だからこそ、何とか倒す事が出来た。
「このままグッスり寝たいけど、船の外の騒ぎも何とかしないとな……自分の蒔いた種だ。
役人達にも説明しないといけないし、しばらくは眠る暇もなさそうだ」
科学は、この世界にとって未知なる技術。王女も俺自身より、その技術に恐れて退いた。
港街全域でも準備が大変だったのに、大陸中ともなればどれほどの労力がかかる事か。
全てはハッタリ、監視だって出来ない。本当にアリスがこの先殺されても、報復はまず不可能だろう。
だが、人間とは未知なる存在にこそ恐怖する――
「今の俺に、国は不可能でも……人の意識の改革くらいは、出来るさ」
精神的にも肉体的にも疲労した身体に鞭打って、何とか立ち上がる。
港に集まった人々全員に意識改革を行う為にも、テレビジョン放送を行わなければならない。
自分の技術が生み出した結果を、見届ける為にも。
夜空に舞う姫君の白い翼を、平和の象徴として――全ての人に、伝えよう。
<第五章 その30に続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[NEXT]
[ BACK ]
[ index ] |
Powered by FormMailer.