Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その28 女王
緊急生放送スペシャルと言うべきだろうか、予定に無かった公開放送を急遽実施する事になった。
新聞のテレビ欄を上書きする緊急放送の内容は、世間を現在騒がせている王女誘拐事件の犯人逮捕。
平和な港街ではこれ以上無いスキャンダルであり、放送を見た街の住民が大挙して港に詰め掛けている。
水面下で動いていたであろう役人達もこの騒動には混乱をきたしており、結晶船への強制捜査どころの話ではない。
自分の祖国の警察やマスコミならば連携も取れるだろうが、科学技術のない世界では緊急放送に対する手段など早々思いつくものではない。
「御覧頂いておりますでしょうか、国民の皆様。急遽予定を変更して、現在特別生放送をお送りしております。
現場からの中継によりますと、現在停泊する船に強制捜査が行われる模様。
長年封鎖されていた港の開放直後とあって、港側より強い反発が起こっております」
情報戦の基本である浸透戦術。日常的な情報活動により敵対する勢力の思想を転向させ、有利な思想を普及する。
港町で毎日行っている地上波放送は期間こそまだ短いが、新たなる情報発信源として街の住民に強烈な印象を与えている。
科学技術を使用した情報発信はこの異世界では革新的であり、世界を流れる冒険者や傭兵達にもその手段は解明出来ない。
謎は謎を呼び、この街を中心に他の地方にも噂は流れている筈。案内所や教会にカスミが話を伝えている。
葵も口コミで大々的に広めており、噂が噂を呼び、この港街は訪れる人達も増えて、情報が劇的に広まっている。
当然人々の耳に伝わるのは女王が意図的に陥れた冤罪ではなく、麗しき姫君の真実の声だ。この様な暴挙を容易く許す筈が無い。
とはいえ――
(……力ずくで来られたら、こちらの敗北だな。何としても食い止めなければ)
アリスが強制的に保護されて、俺が逮捕されれば一巻の終わりだ。人々がその行為をどう思おうと、事実は変えられない。
俺は王女誘拐の犯人として処刑され、強引に口封じ。アリスは祖国へ送還されて、内々に始末されるだろう。
その後は幾らでも情報操作が可能。情報戦を制した王女の天下が訪れる。
権力とは、それほど絶大な力を持っている。国家の主の発言には国を背負うだけの重みがある。
どれほど画期的な技術を持っていても、俺は異邦者でしかない。この世界に居場所など無い。
自分の培った技術と知識だけが命綱なのだ。
「王女殿下、お戯れはお止め下さい。我々は貴方の保護に参ったのです!」
「貴方がたの正義を疑ってはおりませんわ。
貴方達の崇高なる使命を私用する者こそ、本当の悪。私は断固として戦う覚悟です」
夜空に羽ばたく白い翼、祖国にとっては希望である王の証。
見惚れるような美貌に決然とした意志を乗せて、アリスは港に集う人々の前で訴えかけている。
今日の彼女は現場リポーター、真実を伝える義務がある。
その勇姿に人々は魅了され、この強制捜査の是非を自らの内で考える。己の信じるものを模索して。
「貴方は誘拐犯に騙されているのです! 王女殿下の信じる彼者こそ、卑劣極まりない重罪人。
人々を虚言で誑かせたその罪は万死に値します。堂々と姿を見せず、影でこの様な奇妙な絡繰りを行使して、人々を惑わせている!
本当に無実であるというのならば、堂々と主張すれば良いのです」
……正論だが、虎口に無策で飛び込む勇気はない。身元証明さえ不可能な身で潔白なんて証明出来ない。
少なくとも俺の知らぬ間に、一方的に指名手配書をばら蒔いた役人達を信用なんて出来ない。
俺を連れ出した責任を取るべく、アリスも負けずに反論はしている。怯む様子も無いその堂々たる姿は見事だった。
作戦の立案者である俺も行動に移さなければならない。だが、迂闊に人前に出ても放送が中止されるだけだ。
科学技術を駆使して作り上げた地上波放送で、堂々と主張してやる。
「以前お送り致しました王女殿下の会見によりますと、母君である女王陛下に命を狙われているとの事。
王女殿下の御話が真実であれば、役人方が現在行おうとしている強制捜査こそ王女の命を奪わんとする行為に他なりません。
他国の女王が法に土足で足を踏み入れ、特権を行使するやり方に大きな疑問を呼んでいます」
こちらの立場を有利にする一方的な決め付けだが、港で起きている騒動を客観視すれば嘘とも言い切れない。
姿を見せないと言うのであれば、役人を影で操る女王も同じだ。母親は己が築き上げた権力で守られているに過ぎない。
女王に直接反撃するのは不可能でも、操っている人間を攻撃するのは十分可能だ。
権力の城に守られている女王と、科学技術で作り上げた武器で攻撃する俺。相手の土俵に踏み込むまでが、勝負。
俺は緊急生放送で役人達の動きを抑制し、港に集った人達を味方とするべく戦い続ける。
一進一退の攻防戦――裁判所となった港で、役人達と審議する。暴力沙汰に発展させないように、必死で抗戦する。
この地上波放送を成立させる土台を作ってくれた、仲間達の為に。
俺と同じく自分の存在をかけて戦う、王女の為に。
逆転の一手はある。時間さえ稼げれば、きっと生きてくる。科学を活用して、俺は戦い抜いた。
血を流さず、徒労の汗で終わらせないように、必死で。
自分の信じる全てのために、俺は脳を絞り上げて知識と知恵を活用して、戦った――
アリスを死なせてたまるか。仲間を悲しませてたまるか。こんな所で、死んでたまるか。
ただの学生でも科学者の端くれだ。魔法の世界になんて、絶対に負けない。科学者を目指すのならば、尚の事負けてやらない。
科学者が真実を信じなくて、研究なんて出来るものか! 俺は、絶対に、真実へ辿り着いて――
『京介様、失礼します! 今なら大丈夫です!!』
『な、何じゃ、お前は!?』
――逆転の一手。無駄に終わる覚悟で仕掛けた土壇場の戦略が、結びついた。
情報発信源である船の中で、俺は"ビジョン"を手に取る。テレビ電話のような機能を持つビジョンに、待ち望んでいた通信が来た。
"ビジョン"の画面に映っているのは、愛らしい妖精。そして、
「お初にお目にかかります、女王陛下。この様な形で恐縮ですが、御会い出来て光栄に思います」
『!? 貴様は、アリスの――!』
この町で起きようとしている、本当の事件。王女誘拐ではなく、王女暗殺。
国家の一大事を企んだ真犯人――『ステファニア』国の女王陛下が今ようやく姿を現した。
情報戦を制する戦術、情報発信源の探索。女王が強制捜査を行ったように、俺もまた同じ戦術を事前に取っていたのである。
偽情報やプロパガンダの流布も効果はあるが、指揮統制中枢そのものを破壊すれば立場すらモノともせずに倒せる。
女王の居場所を突き止めて、直接対決へ持ち込めば、対等に勝負に挑める。
コンピュータ・ウイルスの投入――ビジョンを持たせたキキョウを探索に出して、女王への不法アクセスを試みたのである。
『どうなっている!? 今まさに、貴様が民衆の前で話しておるじゃろう!』
「これが私の持つ力なのですよ、陛下。国を統べる権力を持つ貴方にも持ち得ない、技術」
女王が驚くのも無理はない。今こうしてビジョンでやり取りしている間も、地上波放送では俺が釈明を行っているのだから。
緊急生放送と称したが、現場中継はともかく俺が一人でアナウンスするくらいならば、事前に録画しておいて流す事は出来る。
キキョウが情報を発見した場合を想定して、予め準備をしておいたのだ。
「貴方とこうして二人だけで話す機会を得るのは、苦労しましたよ。
この街に滞在している貴方の居場所を突き止めるのは難しくはないですが、一人になる機会は少ない。
その者に前々から貴方を見張らせていたのですが、なかなか用心深いですな。
――衛兵を呼ばない方が、貴方の為ですよ。これから先の話は、貴方にとって不都合でしょうから」
『この痴れ者が! 貴様のような下郎と話す事など、何もない!』
「実の娘を殺そうとする母親よりは、マシでしょう」
――ビジョン越しで良かったと、真剣に思う。一人の女性の一喝で、こうも背筋が凍るとは。
通信画面に映し出されている女性は一人の娘を産んだ母であり、権力争いに勝利した女傑でもある。
美しい容貌には険があり、瞳には刃のような光がある。直接対面していたら、震え上がっていただろう。
『無駄な抵抗は止めて、アリスを返すがよい。さすれば、貴様の処罰にも多少なりとも温情を与えてやろう』
「虎に餌を与えて、私まで丸ごと食べられてはかないません。保証の無い安全など信用出来ませんな」
『一国の王の后の言葉が、信用出来ぬと申すか』
「残念ながら、私にとっては貴方は人殺しです。私の大事な友人を殺す、許し難き人間」
『犯罪者がぬけぬけと、よくもほざいた! その首、たたき落としてくれる』
流石と言うべきか、怒ってはいても理性は崩れない。
隙を全く見せず、俺を相手に余裕な態度。姿を見せぬ若造に脅威を抱かないのは、向こうも同じ事。
一市民である俺相手に本気で怒っているようでは、魑魅魍魎が蔓延る政治の世界で生きていくことなど出来はしない。
ならば、徹底的に戦うまでだ。
「私を殺して、次は娘ですか? 地上波放送は今後も続けていきますよ。
貴方にとっては不都合な、真実を赤裸々に」
『貴様の居場所は既に知れておる。民衆を巻き込んで抵抗しても無駄な事じゃ』
「これは面白い。今の放送の原理を知らぬのに、よくそこまで堂々と出来るものですな。
無知な人間が、無根拠な自信に威張る姿を見るのは、実に面白い。はっはっは」
『貴様……!』
「俺がいなくても、放送は可能です。そして技術を知らない貴方に――止める手段はない」
『――っ!?』
俺が唯一有利なのは、彼女の知らない技術を持っている事。
術は知っていても、科学は知らない。そして人間とはどの時代、どの世界においても、未知に恐怖する。
俺を捕まえれば放送は止まると思い込んでいたのだろう、初めて顔色が変わった。
……実際は俺がいなくなれば普通に止まるのだが、すまし顔。お前の負けだと、嘲笑ってやる。
「ふふふ……所詮貴方如きに、アリスは殺せないのですよ。幻想では、真実には勝てない。
偽りの王冠では、王には成りえない。貴方の国の民は、貴方など見てはいない。
彼らが敬い、崇めているのは、正当な王位継承者のみ――翼の無い貴方は、くだらない人間でしか無いのですよ」
『黙れぇぇぇぇ―ー―! あのような小娘、わらわの敵ではないわ!
わらわが直々に翼をむしり、踏み躙ってくれようぞ! 貴様もじゃ!!』
「無実の人間をどうやって裁くというのですか。証拠も何も無いというのに。放送はこれからも真実だけを、皆に伝えていく」
『ふん、わらわの言葉だけが真実じゃ。愚かな民など、容易く騙せるわ。
貴様さえ排除すれば、どうとでも罪は被せられる。取り逃がすだけの無能な役人だけが、追手だと思うなよ。
アリスだけではなく、貴様も葬ってくれる!』
「……捕縛だけではなく、暗殺まで企てているとは……」
『くくく、どうした。声が震えておるぞ。ようやく立場の違いを理解したか、タワケが』
「こ、この様なことが公になれば、民は黙っていませんよ!」
『言ったであろう。民など幾らでも騙せ――っ!?』
俺をやりこめて悦に入っていた女王が、突如手で自分の口を塞ぐ。咄嗟の行為なのだろうが、見苦しい狂態だった。
――薄々だが気づかれたか。これ以上は無理だろうが、充分だ。
俺は手元の操作を止めて、頷いてやった。頭の切れる女王が閃いた可能性を、肯定するように。
「本日は取材にお付き合い下さってありがとうございました、陛下。早速、国民に公表致しますよ。
今の一部始終を、きちんと録画致しましたので。
録画の意味は、すぐにお分かりになると思いますよ。これから始める、特別番組で」
『やめろぉぉぉぉーーーー!!!』
俺の世界の現代人なら一瞬で見破れただろうが、盗聴や盗撮の概念もない世界の住民なら可能な策。
情報漏洩の怖さを思い知るがいい、女王。
ここまで暴言を吐いた俺もただではすまないだろうが、覚悟は既に出来ている。
俺は、全てを公開した。
<第五章 その29に続く>
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