Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その27 相対
情報源の物理的排除、情報戦を制する最も野蛮で確実な手段。
ソースそのものではなく発信源を突き止めて、情報公開を妨げる。
情報がたとえ一点の曇なき真実であっても、民衆に伝わらなければ闇に消えていくのみ。
ついに俺達の潜伏先を突き止められて、女王側は逮捕という名目の抹殺にかかった。
「ちくしょう、どうして此処が分かったんだ!」
……「どうして?」って、アンタ……
お世話になっている船長が焦る姿を見て、俺は逆に冷静になる事が出来た。
俺は科学者にはなれても、やはり勇者にはなれそうにない。
指揮する人間が動揺してミスを生じさせれば終わりだと理解はしていても、法の番人に迫られると腰が浮ついてしまう。
「CMであれほど渡航の安全性や結晶船の見事さを宣伝したのですから、港湾関係に協力を得ているのだと推測出来ます。
この港町全体が法の網の中、街中はそれこそ隅々まで探したでしょう。
残るは港関連の建物、もしくは停泊中の船――そこまで辿り着けば、後は時間の問題でした」
冷静に、と自分を戒めて、考えを整理する。
拠点を常に変えているのならまだしも、俺は一箇所に腰を下ろして戦って来たのだ。
港にいるのだと判明すれば、停泊する結晶船を捜査対象とするのも当然。
異世界の警察の役割を担う組織を相手に、世間知らずの学生がいつまでも逃げ切れるとは思っていない。
そう、文字通りの世間知らず――この異世界について、俺はまだまだ分かっていない。
「役人たちは、確たる証拠を突きつけていますか?」
「いや、大勢で怒鳴り込んでいる。通報があったのかもしれねえ。くそ、誰が裏切りやがったんだ!」
……もしくはでっち上げによる強制捜査かも。違法だが、こちらのやり方も正攻法ではない。
一刻の姫君の誘拐ともなれば、歴史に残る大事件。強引な手段であっても、姫君の命が優先される。
いずれにせよ、足元が危うくなっているのは確かだ。作業の手を止めて熟考する。
「連中は俺達が何とか押さえる。その隙に出港しちまえば――」
「この場での逃走は可能かもしれませんが、追い込まれるのは確実です。
それに今度こそ船長や船員達が犯罪者となってしまう。ご厚意は本当にありがたいですが、それは出来ません」
恐怖を噛み殺して、俺は船長にキッパリと申し出を断った。
さっさと逃げ出したいのは本音だが、情報戦の最中に逃げ出せば真実は虚構に埋もれてしまう。
俺は王女誘拐犯、葵達や港関係者は共犯――連れ戻された姫君は、陰謀の渦中で葬り去られる。
責任は重大、重苦しさに胃が締め付けられるが、重圧に耐えられない人間は科学者になるべきではない。
科学を追求すれば、自己満足ではすまなくなる。自分の研究次第で、多くの人間を巻き込む事だってあるのだ。今のように。
これは現代の科学と異世界の権力との戦争、絶対に負けられない。負けたくはない。
勇者のような、人を救いたいと思う立派な信念ではない。これは科学者としての、矜持だ。
成功するまで何度でも実験を――対策を講じて行く。多くの犠牲の果てに、輝かしい結果があるのだと信じて。
「この船を預かった以上、俺には責任がある。逃げるのならば最後の最後、この船がもたないと決断した時です。
船員達を最優先に、自分は最期まで残って――そうでしょう?」
「そうか……船のルールを盾にされちゃ何も言えねえよ。お前さんも、なかなか意地が悪いな」
「虚勢を張らないと、足が震えて立てそうにないんですよ」
「がっはっは、そんときゃ俺が担いでやるよ。お前さんのような痩せっぽちな小僧、酒樽より軽いぜ」
「はは……いざとなったらお願いしますね」
船長は笑って船室を出て行った。船を預かる頼もしき人物、船と船員を守る為にあらゆる努力を惜しまない。
その船員に、俺達もきっと含まれている。自分の立場が危うくなっても、役人に俺達を引渡したりはしないだろう。
此処の世界の住民でもない俺に、本当にありがたい事だ。
異世界に召喚されて嫌な事ばかり起きているが、運は尽きていない。
俺だって子供ではない。世界がどれほど厳しくて冷たいか、大学生にもなれば知識でも経験でも悟れる。
もし出会う人が皆悪人ばかりだったら、俺は当の昔に狂っていただろう。この異世界の常識に埋れて、心を変質させて。
俺には友人がいた。親切にしてくれる人がいた。仲間と呼べる人達に出会えた。
裏切ってはいけない、絶対に。ここで人道に背けば、俺に先はない。異世界に生きる人達こそが,俺の生きる糧なのだ。
「アリスを助ける――その目標に、変更はない」
情報戦における目標に辿り着くには人間の精神、重要な決定をなす覚悟が必要だ。
戦略構造に組み込まれたあやゆる資財と能力を執行する。指針が揺れ動けば,情報的価値まで変質する。
女王側が潜伏先を突き止める事は、時間の問題だと思っていた。その時間は,予想以上に早かっただけだ。
「向こうの方が早いとは、アリスの母親も積極的に動いているな……本国でもないのに、これほど強引な手段に出るとは」
相手側に出し抜かれて動揺するなんて、俺もまだまだだな。
元より全ての戦略で上回れるとは思っていなかったが、やはりショックは大きい。陰謀の世界に生きる女の強さを思い知らされた。
心を落ち着けて深呼吸、俺は異世界の連絡手段であるビジョンを取り出した。
「――もしもし、カスミか?」
『キョウスケ、無事か!? 潜伏先が発見されていると、聞かされたばかりだ!』
「向こうも内々に進めていたようだな……」
俺達を逃がさないように、強制捜査を行うまで内密にしていたのだろう。
船長から聞いた話だと、相当の人数が動いている。これほどの逮捕劇ともなれば、空振りは絶対に許されない。
人数を揃えれば情報の漏洩は防げないはずだが、冒険者の案内所や教会に根回ししている俺達には伝わらなかった。
緘口令が敷いて短期間で準備、一気に行動に出る――女王が強権を行使したからこそ行える芸当だ。
となると、表側だけではないだろう。
「カスミ、予てから頼んでいた事は準備出来ているか?」
『なにっ!? しかし役人達が……いや――このタイミングだからこそ、か……』
一瞬で連想したらしい、熟練の冒険者の頭脳に感心する。近代の情報戦を知らなくとも、概念は既に理解出来ているらしい。
懇切丁寧に一から十まで説明しなくても、カスミなら把握して行動に出てくれている。
カスミは電話の向こうで頷いてくれた。
『お前達を守る事が、私の仕事だ。船では不甲斐ないところを見せてしまったからな、必ず結果を出す』
「その方面では、俺は対処出来ないからな。役人に関しては、こちらで対応するよ」
ビジョンを切り、拳を握り締める。いよいよ正念場だ。
後はキキョウ次第だが……今も連絡はない。この一手が決まれば、逆転のチェックメイトとなる筈だ。
考える事を続けて、俺は足も動かす。もはや、一刻の猶予もなかった。
この町セージが誇る港に停泊する結晶船の前で、役人と船員達の押し問答が続いている。
本日の運行予定は終了した後で、港に出入りする客は少ない。その辺も考慮して、役人達は大挙してやって来たのだろう。
確たる証拠もなしに強制捜査となれば、住民の信頼も損ねてしまう。
王女誘拐の重罪ともなれば多少の無茶は仕方ないにしても、彼らにも立場はある。他所の国の女王からの命令ならば、尚の事足踏みする。
とはいえ、彼らもこの町を守る人間。いざとなれば躊躇わない。犯罪者の隠匿は明らかに罪だ。船員達の立場は弱い。
勝敗の見えた押し問答――ここで攻める。
『突然ですが、臨時ニュースをお知らせします。本日未明港町セージの湾口にて、強制捜査が行われようとしています。
現場のアリスさん、状況はどうなっていますか?』
運航を終えた港を騒がせていた両者の声は、一瞬で停止する。
唖然呆然の彼らが見上げているのは空――突然始まった地上波の臨時公開放送に、目を奪われている。
当然だ。映像に映し出されているのは、他でもない彼らなのだから。
『はい、こちら現場です。停泊中の船に役人が大挙していて、2重3重に囲んでいる模様です』
「お、王女殿下ーー!?」
ヘリではなく、白い翼を広げた美しい少女がにこやかに撮影している。
彼らの求める探し人は堂々と無事な姿を見せたのだ、驚愕するのも当然。
この放送は街全体に広がっており、街中の人間が野次馬根性丸出しでやって来るだろう。
彼らとて、無能ではない。そのくらいは簡単に想像出来る。
「た、隊長、いかが致しますか!? 今回の出動は秘密裏の筈では――」
「くっ、王女殿下の安全を確保するのが第一だ! 至急だ!」
「は、はい!」
立場は逆転、時間の問題となったのは向こう側。他ならぬ住民によって、彼らは追い詰められる。
秘密裏に動いているのならば、真実をさらけ出せばいい。王女の存在が、それを可能とする。
どれほどごもっともな名目を並べようと、大義名分はこちらにある。
「敵の情報活動の効果や機能を低下させるのも、情報戦の一環だ。
科学者を甘く見ると痛い目にあうぞ、女王」
女王に先手を打たれたが、敵の同種の行動に対して味方を防護する策は用意してあった。
慣れない謀略戦に頭痛がするが、その痛みが現実逃避をさせない。
科学知識に満たされた脳みそを振り絞って、恐るべき権力に対抗してみせる
味方の情報活動を有利にするための、あらゆる活動を行って――
犯罪者と取り締まる側、その真偽を見定める民衆。この港は今、裁判所となった。
<第五章 その28に続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[NEXT]
[ BACK ]
[ index ] |
Powered by FormMailer.