Ground over 第四章 インペリアル・ラース その10 船速




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「―――で、どうする友よ」

「……嬉しそうだな、お前」


 願ってもない展開で、真剣な顔を一応しているが心の中では小躍りしているだろう。

現在甲板にいるのは船員数名と船長、それに俺達。

他のお客さんは全員船室へと避難している。

俺も本当は逃げたかったのだが、キキョウが余計な事を言ったので協力する羽目になった。

こうなってしまった以上、無関係ではもういられそうもない。

現在の状況を再確認しておこう。

乗客を乗せた船は現在予定通りの針路を取り、最大船速で進んでいる。

本当はもっとゆったりした船旅の予定だったが、後ろから迫ってくる魚が許さない。

船尾より身を乗り出して見ると、青々とした鱗にびっしり覆われた巨大魚が一心にこっちへ向かっている。

この船の速さも相当なものなのに、引き離せる様子はまるで無い。

気のせいか―――徐々に近付いている感じすらする。

いや、楽観的な見方は止めておこう。

この世界に来て嫌と言うほど身に染み付いている。

何事も最悪を考えて動くべきだ。

この場合―――この船よりキラーフィッシュの方が速いと思うべき。


「この船ってこれ以上速くはならないのか? 」

「船の専門家ではない私に断言は出来ないが、これ以上速度を上げると船の耐久性に問題が生じるかもしれない」


 難しい顔をしてカスミは答えてくれた。

バイクもリミッターを超えて加速すると、当然ボディそのものに重大な悪影響が出る。

今だって快適な旅とは言い難い速度が生じていて、甲板に立つ俺の頬に激しい風がぶつかっていた。

一番の問題は、その船の速度に付いて来ている魚なんだけど。

船については船長に聞いてみるのが一番か。

でもその前に、モンスターの専門家に話を聞いてみよう。


「で、はっきり聞くけど―――弱点は? 」


 キラーフィッシュの恐ろしさは分かった。

現状、放置していたら駄目なのも理解した。

余計な手助けを買って出た虫のお陰で、逃げられないのも哀しく覚悟した。

追っ払うにしても、倒すにしても無策で挑める筈も無い。

カスミは厳しい眼差しを向ける。


「奴の鱗はどういう形状をしているのか分からないが、刃物を一切通さない。
以前別の船が襲われた時、数十もの銛を撃って全て跳ね返されたそうだ。
敵は水中―――剣や斧の類では戦えない」

「・・・・・・一応聞くけど、その船は? 」

「どてっ腹に穴をあけられて沈んだ。生き残ったのは船員一人だ。
後は船ごと全員奴に貪り食われた」


 船ごと!?

節操の無い食欲だと感心する前に、次の獲物に自分が含まれている現実に肌が泡立つ。


「何とかならないのか!? このまま逃げ切れるか怪しいし」

「いざとなれば、私が何とかする。
水中でどれほど剣が扱えるか分からんが、囮にはなる。
時間を稼いでいる間に、お前達は船で―――」

「駄目だ! そんなのは許さない」


 言い切られる前に、きっぱりと断る。

魔法が成り立つこんな世界は認められなくても、生きる人間は別だ。

俺はカスミに死んで欲しくなかったから、ルーチャ村へあの時戻った。

勝つ目の無い戦いに挑もうとしていた彼女が―――彼女が死ぬのがどうしても許せなかった。

警護を頼んだのは事実だが、犠牲を出してまで先に進むつもりは無い。


「ん? 」


 ・・・・・・結構、大声を出してしまったのだろうか?

カスミはおろか、氷室さんや船員さん達まで目を丸くして俺を見ている。

視界の隅で葵が笑みを深めているのが分かって、俺は目を逸らした。


「と、とにかくその案は却下。全員生き残れる策を考えよう」


 どの道、標的にされているのは船だ。

船の安全を守れなければ、俺達やお客さん・船員達も犠牲になる。

何とか手立てを講じなければ・・・・・・


ドドンッ


 全身を揺さぶる激しい振動。

船底から突き上げる衝撃に、俺はバランスを崩して甲板に叩き付けられた。


「あぐッ!? っつぅ・・・・・・」


その後も余波が何度も船を突き動かし、あちこちで悲鳴が聞こえる。

横転して身体中を打ち付けた俺は、激痛にのた打ち回った。


「いぢぢ・・・・・・くそッ!? 何がどうなった!? 
カスミ! 氷室さん!! 」

「我輩の名前が無いのが気になるが、氷室女史は無事だ友よ」


 少し離れた場所で、葵がしっかりと支えているのが見える。

大丈夫だと言わんばかりに、氷室さんは小さく頷いて立つ。

葵の場合、船から落ちても生き残るから心配しない。

カスミは――――


「お前こそ怪我はないか? 」

「い、いや、大丈夫・・・・・・」


 カスミは別に何でもないように、普通に立っていた。

そっか、カスミはプロの冒険者だった。

研究に没頭していた一般人以下の俺とは、鍛え方からして違う。

足腰やバランス感覚は常人を超えている。


「・・・・・・何があったんだ、一体? 」


 さすがに一人甲板に転がってばかりいるのもかっこ悪いので、痛みを我慢で殺して立ち上がる。

気のせいか、船がちょっと傾いているような気がする。


「京介様、京介様ぁー!!! 」


 船内から慌てて飛び出してきた妖精。

俺達と船長との連絡係として、さっきまで操縦室に行かせていた。

こいつが来たという事は・・・・・・


「大変です、大変ですぅ! お魚さんがこの船に思いっきりぶつかったんですよ! 」

「もう襲い掛かってきたのか!? 」


 速すぎる!?

最速で逃げても追い付かれるのは時間の問題だったのは、少しは分かっているつもりだったのに。

予想は悪い形で裏切られた。


「で、船の被害は? 」

「お船の皆さんが急いで船の一番後ろに見に行かれましたぁ!
船長様は『大丈夫だこの程度、がはははは』と言っておられましたぁー」


 ・・・・・・あのおっさんには危機感が無いのか?

船を信頼しているのか、ただ楽観視しているだけなのかさっぱり分からない。


「・・・・・・大丈夫でしょうかぁ」

「ぐらついているけど、沈む気配はないからまだ平気だろ」

「お魚さん、こんな固い乗り物に思いっきりぶつかったんですぅ。
お怪我をされているんじゃ・・・・・・」

「お前の心配はそっちか! 」

「キャンッ!? 」


 デコピンを食らわせて弾き飛ばしてやる。

能天気な幼虫にかまっている暇は無い。

体当たりされただけで、あれだけ船が揺さぶられたのだ。

何回も攻撃されたら、船が横転してしまう。


「何か有効的な攻撃の仕方は無いのかよ。このままじゃやばいぞ」

「いつもお前が使う妙な術はどうだ? 」


 何時の間にか隣りに来ていたカスミが、蒼い髪を揺らして俺を覗き込む。

綺麗な顔に期待の色が浮かんでいるのが分かって、困ってしまった。

使える物はある。


爆裂弾・催涙弾・煙幕弾・照明弾。


手持ちで使用出来るのはこれが全てだ。

どれも点検は済んでおり、使用はすぐに出来る。

ただ―――弾数が少ない。

使い切れば補充するのが不可能だ。

これからの旅を考えればストックはしておきたかったんだが・・・・・・

慌しくなってきた船の様子を見ると、もうそうも言ってられないか。

しばし逡巡して―――俺は決意した。


「葵、付き合ってくれ。アイツと戦う」


 打つ手が他に無い以上、仕方ない。


ただ―――戦えるだろうか、俺に?


躊躇いを振り払って、俺は自分の荷物を取りに船倉へ走った。


















































<その11に続く>

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