Ground over 第四章 インペリアル・ラース その9 怪魚
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魚類であるのは間違いない。
独特のフォルム、背びれ、全身を覆う鱗。
濁った魚眼をこの船に向けて、河を滑るように泳いでくる。
ただ通常の魚と一線するのは―――その想像を絶する大きさだった。
目測なので何とも言えないが、二十メートルは軽く超える全長を誇っている。
俺のいた世界最大魚のジンベイ鮫に匹敵するんじゃないか!?
その気になれば、人間だって簡単に丸呑み出来る。
「……大きなお魚さんですね……」
「いや、そんな当たり前のように言われても!? 」
あの魚、明らかにこっちに向かってきている。
あんな自信満々で船に特攻してくる魚に、敵意を感じるなと言う方が無理だ。
「京介様、京介様! 」
「な、何だよ? 」
「あのー、お魚さんってお菓子とか食べたりしますでしょうかぁー? 」
「……頼むから緊張感を持ってくれよ! 」
食べるかもしれないけど! そうかもしれないけど!
認識のずれた二人を相手にしていると気が狂いそうなので、俺は対処を試みる。
・・・・・・カスミなら何か知ってそうだ。
何かが起こってからでは手遅れなので、俺はひとっ走りする。
俺達の他にも魚に気付いた人達が、甲板から身を乗り出しては騒いでいる。
幸い近くで葵と話していたので、二人一緒に連れてきた。
突然手を引っ張られて驚いた顔を見せていたカスミも、巨大魚を見て真剣になる。
「……あれはキラーフィッシュだ」
「キラーフィッシュ? 」
ある程度予想していた名前だった。
単に該当する名が他に無かったというだけだが、改めて言われると緊張してしまう。
「水中に生息するモンスターは沢山居るが、奴は特に暴れん坊で知られている。
これまで何隻もの船が、奴に沈められている」
「おいおい、船って……」
町長さんは一度もそんな話をしてなかったぞ。
河で何か起きていたら、あの人だって忠告くらいはしてくれるだろうに。
疑問が顔に出ていたのか、カスミは補足する。
「厄介なのは具体的な生息地が不明な点だ。
活動期に入っては移動し、住処を変える。
そしてその移動中、目に付いたモノに襲い掛かる。
獰猛な牙の餌食になるのは船であり、人間であり、同じモンスターでもある」
「随分節操の無いモンスターだな、カスミ殿。
通り魔に出くわしたようなものか」
「……少し違うが、似たようなものだ。
出会ったのが不運だと思うしかない」
船乗りの間で有名なのはその凶暴さゆえって事か。
人間だけが標的なのではなく、あの魚にとってはどんな対象でも格好の的になるのだろう。
同種族であろうと知ったことではない。
水中は奴の領域―――
自分勝手に行動し、侵入したモノを敵とみなして襲い掛かる。
……いや、違うな。
遊び相手として、だな。カスミの話だと―――
「折角事件が解決したところだって言うのに………」
少しは平穏な旅が出来ないのか、俺たちは。
次から次へ起こる事態に、頭を抱えたくなった。
「で、どうする友よ?話が本当なら、この船も危険だぞ」
確かに何度も体当たりされたり、船底を齧られたりするとやばい。
万が一瞬発力を発揮して、甲板に乗り出してきたら客さんが襲われる。
俺は少し考えて、
「……船員か船長さんに報告しよう。
出港の時、船員があの魚について話しているのを聞いた。
対処法を知っていると思う」
船の運航に関しては俺達よりプロだ。
キラーフィッシュの対策も知っているかもしれない。
俺の提案に、葵は訝しげな顔をした。
「いやに消極的だな、友よ。
それでは一般のお客さんと変わらないではないか」
「俺達は一般のお客さんなの! 」
あーもう、この男は!
こいつの考えている事なんて丸分かりだ。
キラーフィッシュ発見 → モンスター退治 → 船の救出 → 伝説への第一歩。
とか何とか英雄気取りな事を考えてるに違いない。
今回の今回こそ関わったりはしないからな!
「しかし放っておけば客にも被害が及ぶぞ、友よ」
「その為に船員達がいるんだろう!? 」
「モンスター退治は彼らの領分に含まれてはいないのではないか? 」
「俺達の仕事でもないの! 」
「何を言う!このような事態に対処するのが冒険者としての務めであろう! 」
「……なかなかもっともな事を言うな、ミナセは」
「カスミも感心しないでいいから! 」
誰か、誰か俺の味方になってくれる人―!!
科学者は孤立無縁な存在だが、こういう孤独な戦いは嫌だ。
このまま押し切られたら負ける。
少し考えてみても、俺達がどうにかなる相手じゃない。
ここは河。
陸地ならともかく、水の世界で奴の相手をするのは無理だ。
唯一の戦力であるカスミでも、この状況では不利だろう。
悪戯に手を出して、痛い目を見るのはごめんだ。
状況に流される前に、俺は自分に出来る一般的な対応を取る事にする。
「船員達は―――もう気付いてるみたいだな……」
お客さんのどよめきに不審に感じた船員が、キラーフィッシュを見て騒いでいる。
「キキョウ、今直ぐ船長にモンスターが出たって伝えてこい」
「分かりましたですぅ! 」
ビューンと、小さな羽を羽ばたかせて船内へと飛んで行く。
船員達もお客さんを船内に避難させているのが見える。
遠目からだが、不安がるお客さん達を勇気付けて誘導しているようだ。
俺達もすぐに避難しよう。
まだ何か言いたげな葵を黙らせて連れて行こうとすると―――
「連れてきましたぁー」
「おうおうおう、おめえらかい。第一発見者ってのは」
うわー、いかついおっさんだな……
真っ黒な顎鬚を揺らし、顔にごっつい傷のある男がのっそりと出て来る。
薄い船乗りの服を押し上げる筋肉は、暑苦しい事この上ない。
このおっさんが船長か……
「たくよ、ほんっと参ったぜ。
久々に気分良くおいらの相棒を動かしてたってのに、邪魔が入りやがってよ」
おっさんはこんな事態なのに、がははと陽気に笑う。
景気のいい船長だが、本当に大丈夫なのだろうか?
何か不安を感じる……
「……だが、ま。キラーフィッシュが相手だってんなら不足はねえ。
鬱陶しい雨ばっかで鈍ってたおいらと相棒だ。
久々にたっぷり暴れてやるぜ、がははははは!」
暴れてどうする!?
キラーフィッシュとある意味でいい勝負しそうだ。
「それにおめえらも手を貸してくれるそうじゃねえか!
今時の若造にしちゃ、根性があるぜ」
「…………は?」
――――そんな事一言も言ってないぞ?
「ん? 何でえ、そのツラは」
「い、いや、俺たち手伝うとは……」
「そこのちっちゃい嬢ちゃんが言ってたぞ?
私達にもお手伝いさせてくださいって」
「…………」
船長が指差す先には―――にっこり笑って手を振るキキョウ。
…………。
しまった、伏兵がいたぁぁぁぁっ!!!!
このパーティの解散を真剣に考えようと思う。
<その10に続く>
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