Ground over 第四章 インペリアル・ラース その8 小波
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多くの人々と快適な天候に祝福されて、結晶船は無事に出港した。
動力源となるエナジーの塊である結晶よりエネルギーは船内を循環し、駆動力となる。
ゆっくりと動き出した船は漲る力を放出するかのように、その速度を増していく。
見る見るうちに港は見えなくなって、人々の歓声も消えていった。
甲板で最後までその光景を見つめていた俺達。
後戻りしない限りもう二度と訪れる事はないだろうけど、あの街での出来事は忘れないだろう。
「無事に出発できたな、友よ。何かあるかと期待もしていたのだが」
「期待するな、そんなもの!平穏無事が一番じゃないか」
……実は言うと、俺も警戒はしていた。
雨雲を吹き飛ばしてから船出までのここ数日、順調に行き過ぎていて逆に不安だったのだ。
被害者意識が強くなっているのかもしれない。
結局例の犯人も見つからなかったから、余計にそう思えるのだろうか?
「……風が気持ちいいです」
手摺りに寄り掛かって、長い髪をなびかせている氷室さん。
その綺麗な横顔に、他のお客さんが見とれている。
向こうでは自由が許されなかった彼女―――
今、初めて自分の目で世界を見つめる事が出来ているのかもしれない。
「京介様、京介様ぁー!お菓子、買って来てもいいですかぁ?」
「お菓子?んなもの、何処に―――」
売っているんだ?と言いかけて止める。
露天商の親父が甲板の真ん中で思いっきり営業スマイルで売り出していた。
許可もらっているんだろうな、あのおっさん―――
風呂敷を広げて並べられたお菓子類に、俺は舌打ちして財布を取り出した。
俺達の旅の路銀はカスミに預けている。
この世界の治安は日本に比べれば安心とは言えない。
盗賊が出る世の中なのだ、スリやかっぱらいも出る可能性もある。
俺や葵、氷室さんやキキョウでは何かあった場合対応するのが難しい。
とはいえ流石に無一文では何も出来ないので、最低限の金は個人個人で管理していた。
盗賊団退治と長雨阻止による依頼達成で、報酬はもらっている。
無駄遣いは出来ないが、お菓子を買うくらいの余裕はある。
銅貨を渡してやると、キキョウは喜び勇んで買いに行った。
俺はその様子を見つめて、
「……妖精って珍しい存在なんだよな?」
「……普通は。あの娘は特別なのだろう」
この世界の特別天然記念物のくせに、お菓子をがっつくなよ……
平和な妖精に、俺とカスミは揃って嘆息する。
ま、食べていれば大人しくなるだろう。
下手に騒がれるのも疲れるので、俺は放っておいてカスミに話しかける。
「この船が対岸に到着するのは大体夕方くらいか?」
「順調に行けばそうだが、恐らく夜に差し掛かるだろうな。
河の流れが厳しいと聞いた」
……そっか、河なんだよな……
見渡す限り水・水・水で、海と間違えてしまいそうになる。
「街へついたらどうするつもりだ?」
「そうだな……まず宿を取って、腰を落ちつけようぜ。
今後の計画も立てないといけないから」
カスミは旅の先導役をやってくれている。
このまま予定を立ててくれてもいいと思うのだが、いつもこうして俺に先に聞いてくる。
俺としてはカスミがリーダーでも全然いいのに、律儀に伺いを立ててくる。
自分は雇われの身だと一歩引いているのが分かって、俺はいつも落ち着かない気分にさせられる。
「次の街は大きいって聞いたんだが、服屋さんとかある?」
「当たり前だ。
―――丁度いい、全員の装備を整えておこう。
お前達のその服装は目立って仕方がない上に、実用性が無い」
旅慣れたカスミから見れば、俺や葵の洋服って嘗めてるとしか言い様が無いからな……
氷室さんなんて、今も黒のドレス姿だし。
街へ着いたら、服屋さんで探すのもいいかもしれない。
「うむ、冒険者と言えば武器と防具が基本だ。
我々に合った属性のアイテムを選ぼうではないか、友よ」
「あい……てむ?」
「馬鹿は気にしなくていいから、カスミ」
現実世界にゲーム設定を持ち込むな、葵。
……い、いや、俺にとってはここも現実じゃないけど!
咳払いして、言い直す。
「何度も言ってるけど、俺達は素人だぞ。使える武器なんかないって。
逆に下手に装備して戦いに挑む方が危ない」
下手の横好きは趣味に留めておいた方がいい。
俺達の目的は元の世界に帰る事。
命を賭ける理由でもない限り、戦いは避けていかなければいけない。
俺の意見に、意外にもカスミが反対した。
「ミナセの意見にも一理ある。丸裸では不安だ。
せめて、護身用の武器を購入した方がいい」
「いや、でも俺らは……」
「戦いは望まない、だろう?それは分かる。
しかし、旅の行程全てが安全とは言えない。
護衛として私も全力で勤しむが、女性だっているんだ」
今までのようにはいかない、か。
葵と俺だけなら別にどうとでもなったが、今は氷室さんだっている。
物事に動じない人なのはここ数日で分かったが、それでも女性だ。
……別に剣や鎧を買えと言われているんじゃない。
俺のこだわりで皆を危険に晒す方が、よっぽど問題だ。
「……分かった。街に着いたら、武器屋さんに行ってみよう」
「さすが友だ。話が早い」
嬉しそうな顔しやがって、この野郎は。
きっと今のこいつの頭の中は、モンスター相手に武器を携えて立ち向かう自分がいるに違いない。
絶対にそんな場面は来ないと断言してやる。
「京介様ぁー!」
「……天城さん」
見れば、船の先端より手を振る二人。
無表情に手を振る氷室さんがちょっと怖いが、キキョウに付き合ってやっているのだろう。
ミーティングも終わったので、俺は二人のところへ歩み寄る。
快調に進む船は揺れも少なく、気分が悪そうなお客は居ない。
氷室さんが居る場所は流れる河の風景がよく見えて、他のお客さんも沢山いた。
「楽しんでるみたいだな、二人とも」
「すっごいですよぉー、ビュンビューンって船が進んでます」
「……進んでます」
……どうでもいいが、虫の分際でリンゴ飴を舐めるな。
自分が持てないからって、氷室さんに迷惑がかかってるじゃないか。
黒いドレス姿でリンゴ飴を持たされている彼女が、恐ろしく不釣合いだった。
「気持ちいいですねぇ……心が洗われるようですぅー」
「ストレス溜まらない人生送っている奴が何言ってんだか……」
何の悩みの無いこいつが羨ましい。
「……青い空……白い雲……」
氷室さんは景色そのものを楽しんでいるようだった。
キキョウにも氷室さんのように風景を楽しむ趣は無いものか―――
「……大きな河……大きなお魚さん……」
うんうん、雄大なる河に巨大な魚―――
…。
……。
………。
…………。
―――魚?
「ひ、氷室さん。魚って―――」
「……あそこです」
何気なく視線を送ると、
「どえぇぇぇぇぇぇっ!!」
氷室さんが指差す先――――
十メートルを遥かに超える大きさの魚がこちらへ猛加速で突撃してきた。
<その9に続く>
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