Ground over 第四章 インペリアル・ラース その6 出港
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手荷物をまとめ、町長さんの奥さんに別れを告げた俺達は住み慣れた家を後にする。
奥さんは俺達に手作りのお弁当を渡し、また来てくださいと笑顔で見送ってくれた。
カスミや氷室さんは礼儀良く挨拶をし、キキョウなど泣きベソをかいていた。
本当に………最初から最後まで微笑みの絶えない女性だった。
名残惜しいが、いつまでも留まれない。
依頼を達成して街は平和になったが、復興はまだまだこれからだ。
街の代表として、町長さんは先頭に立つ。
長雨で被害を受けた家屋や堤防の復旧、街の人達への支援など仕事は山積みだ。
辛い事だってまだまだ沢山あるだろう。
精神的にも肉体的にも負担のかかる日々が待ち受けている。
でも……この女性が傍に居る限り、町長さんはやっていける。
いつか、この街は本当の意味で全てを取り戻す日が来るだろう。
俺達に出来るのはもう、その日が来るのを願うだけだ。
「本当にありがとうございました。奥さんもお元気で」
今日は出港日―――
最後の言葉を贈って、俺達は新しい旅路へと就いた。
初めてこの街に訪れたあの日。
河を見に向かった俺達を待ち受けていたのは、左右両端に堅固に繋がれている鎖だった。
立ち入り禁止の警告を前に足止めをくらい、街の人々に取り囲まれた。
びっくりしたな、あの時は……
一ヶ月にも満たない過去が随分遠く感じられた。
今では封鎖は解けて、雨に薄汚れていた港への道は丁寧に整備されている。
ゆっくりと歩く俺達の耳に、遠くから歓声が聞こえてきた。
「賑わっているようだな、港は……」
手荷物をしっかりと持ち、葵は自らの進路先へ目を向ける。
「この街にとっては久しぶりの船出だからな。
今日の日を夢見て、皆頑張ってきたんだぜ」
その祝いの日の為に一役買った俺としては、胸に宿る興奮を抑えきれない。
小学生時の遠足の日を思い出す。
弁当(親が居ないので俺が作った)を持って、学校へ向かう時の高揚。
一歩一歩踏みしめるごとに、わくわくした。
まあ今日は一歩一歩と言っても―――
「……重くありませんか?」
「だ、大丈夫っす」
―――愛車を担いで歩いているんだけどな。
長い間町長さんの家に預けていたままのバイクを押して、俺は歩いていた。
タイヤがついているとはいえ、中型バイクの押しっぱなしはやや辛い。
乗って飛ばしたい衝動に駆られまくるが、ガソリンの消費が痛い。
じんわり汗が浮かぶ俺を静かに見つめる氷室さんに、俺は精一杯の空元気で答えた。
「その馬の乗船の手配は済んでいる。
あまり大勢の人に見られると厄介だ、港に着いたら船倉に早くしまっておけ」
「ふう、ぜえ……あ、ああそうする。
悪いな、面倒事まで頼んでしまって」
「お前の大切な馬なのだろう?この先、必要にもなるだろう。
最後まで面倒を見てやれ」
バイクについての詳細は以前簡単に説明したが、彼女なりのニュアンスで捉えているようだ。
氷室さんが少し不思議そうな顔をしているのが面白かった。
人々の声はどんどん近付いて―――
「うわー、見てください京介様!すっごいですぅ!」
俺の肩から飛び上がって、晴れ渡る空よりキキョウは歓声を上げた。
子供か、お前は。
―――と、普段なら呆れる俺も流石に度肝を抜かれた。
「……これが…………」
青空の下で、目の前に広がる光景。
俺の想像を軽く凌駕し、心の中を全て吹き飛ばした。
膨大な水量を誇る河―――
彼方に見える地平線は、どれだけ手を伸ばしても届かない。
晴天だからこそだろう。
右から左へゆっくり流れる河は落ち着いていて、貫禄すら感じさせた。
「……自然とは偉大だな、友よ」
隣で見つめる葵の漏らした声に、俺は黙して同意する。
もしも堤防が決壊していたら、この街なんて一瞬で飲み込まれていただろう。
圧迫感と奇妙な安堵を覚えながら、俺は河を見つめ続けた。
流れが無く水が青ければ、海だと信じて疑わなかっただろう。
「……日本では見られない光景ですね……」
その声に、どんな感情が込められているのか分からない。
ただそっと小さく、真っ直ぐな目で俺と同じ風景を見つめていた。
その綺麗な横顔に見惚れてしまう。
睫長いよな……目元も整ってるし……
「京介」
「のうえわっ!?」
「きゅ、急に大声を出すな!」
ギョッとして振り返ると、カスミが整った顔をしかめている。
旅立ちとあって、胸元の鎧と腰に挿した剣が勇ましい彼女。
蒼い瞳をこちらに向けて、カスミは言い放った。
「馬を先に船に預けて来い。その間、乗船の手続きを済ませておく。
早く並ばないと乗せられないぞ」
「並ぶ……?げっ、ほんとだ」
河から街を守る堅牢な堤防の向こうに、小さな港がある。
河と比較すればちっぽけな港だが、今は大勢の人間で賑わっていた。
街の人々もそうだが、冒険者らしい服装や装備を見につけている者がいる。
港の復旧に聞きつけてやって来た人達だろう。
河の向こうへ渡る者、港や船を見に来た者……
簡易店舗も沢山並んでおり、商売に精を出す逞しさも見受けられる。
その中でとびっきりの長蛇の列があり、列の先は俺達の乗る船へ続いている。
この世界の船は初めて見るが、フェリーとまでいかなくとも立派な帆船だった。
流れのある河を渡るのだから、まさか風だけが動力とも思えない。
人力か、エナジー関連の力を頼るのか―――少し興味はあった。
だが、今はあの列に並ぶのが最優先だ。
「んじゃ、俺は先にバイクを預けに行って来る」
「分かった。我々はあそこの待合所で待っている」
船から少し離れた場所にある建物。
出港時間を待つ人達が腰を下ろす場所で、家族連れやお年寄りが集まっている。
待ち合わせには丁度いい場所だな。
「出港時間も確認しておいてくれ。俺もすぐ行く」
「了解した。迷わぬようにな」
俺は子供か、と言いたいがこの人ごみだとありえないとも言えない。
黙って手を上げる事で答えて我が相棒を連れて一人、船へと向かった。
「天城…京介…さん、ですね。はいはい、聞いておりますよ。
お預かりする荷物はそれだけですか?」
「そうです。宜しくお願いします」
カスミの根回しが利いているのか、何も聞かれずに預けられる事となった。
流石に人任せには出来ないので、船倉まで俺が持っていくとなったのだが。
一時間待たされた疲労を何とか堪えて、受付が終わった俺は船員の案内で船倉へお邪魔する事となった。
人の流れに身を任せて、俺はバイクを船まで押していき―――
ガンッ!
『うおわっ!?』
・・・・・・・空耳だろうか?
隣を歩いている人が持つ樽から、声が聞こえた気がした。
<その7に続く>
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