Ground over 第四章 インペリアル・ラース その5 残影
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眩い光に照らされて、眠りから覚める。
学生から旅人になって随分と経ち、睡眠のサイクルも変化してきている。
早寝早起きが基本となっているのだ。
身体を起こして薄っすら残る眠気をそのままに、窓の外を見る。
天気は快晴、街は今日も元気に活動を始めている。
見慣れた街も今日で見納めだった―――
「んー!」
思いっきり身体を伸ばし、ほぐす。
復旧作業は街の人々の尽力による賜物で、予定より早く港は開通された。
今日は久しぶりの出港日となり、街中の人間が集まってくるに違いない。
最後の最後まで心配されていた雨だが、清々しい青空で天は満ちていた。
「事件は一応解決はしたからな、一応は……」
昨晩を思い出して、投げやりに俺は言った。
少なくともこの街が雨の脅威に晒される事はもうない。
ふざけた話だが……犯人が安全を保証してくれたのだから。
「起きていたか、友よ」
苦々しい気持ちでいると、自室の扉が開いて葵が顔を覗かせていた。
準備は万端なのか、朝支度も済ませているようだ。
能天気な表情が俺の顔を一目見て、少し真面目になる。
「昨晩の事を気にしているのか、友よ」
「・・・・・・いーや、もう関わる事はないだろ。
いちいち気にしてられないし、俺は無視する」
「そうだな。我々は今日新しい大地へ船旅する。
門出の日に思い煩うのも馬鹿な話だ。では、客間で待っているぞ」
「ああ、部屋片付けて俺も行く」
何日も世話になったからな、ここも。
雨の中この家を訪れて、悩み苦しんで、ロケットを製作した。
短い間だったが、ここは間違いなく俺の部屋だった。
ガラにもなく感傷的になり、俺は気恥ずかしくなって室内の荷物をまとめにかかる。
「ふう……」
『ふう……』
思わず、どでかい溜息を吐いてしまった。
本来は緊迫する場面なんだろうが、ここ最近の事件の数々が精神を鍛えてくれた。
・・・・・・科学者が精神鍛えてどうするんだ、ほんと。
『随分落ち着いているな、友よ。敵だぞ』
『お前こそ落ち着いてるじゃないか。敵なのに』
敵―――
闇夜に現れた突然の姿無き来訪者。
周りを見渡すが人っ子一人おらず、どこかに隠れている様子も無い。
気配も感じない・・・・・・とこういう時言うのだろうが、生憎俺は一般人である。
そんなもの、明確に意識した事も感じた事も無い。
『こんばんは、お二人さん。いい夜ね』
耳に響いているのか、頭に響いているのか―――
反響もしていないのに、何処から声が伝わっているのか全く分からない。
判るのは知り合いじゃないという事だ。
『ふむ、確かに気持ちのいい夜ですな』
『――普通に返答してどうするんだ、お前』
『礼儀には礼儀だ』
腹が立つくらい正論だった。
こんな状況でまともな事を言うのは、ある意味で異常とも言えるが。
意味も無く言い合っていると、クスクスと笑い声が聞こえる。
『変わった人達ですね……自信があるのか、命知らずなのか』
物騒な発言だが、悪意は感じられない。
俺はとりあえず周囲を警戒―――するのを止めた。
相手は俺達に姿を悟らせず、今も尚気付かせていない。
どのような技術か、はたまた実力なのか知らないが、警戒してどうにかなるとは思えない。
なら、緊張しても疲れるだけだ。
やばそうなら、可能かどうかは別にして有無を言わず逃げよう。
『変わってるのはあんたもだろ。
最近の女性は姿も見せずに声をかけるのか?』
『ごめんなさい……恥かしがり屋なんです』
面白がっている声の主。
女性である事は否定しなかった、と。
『ふーん、そうなんだ。
で、その恥かしがり屋さんの婦女子は影でこそこそ雨を降らすのか?
ちょっと趣味が悪いと思うけど』
いきなり核心をつく。
相手がまるで判らないのは脅威だが、向こうも俺達を正確に把握していない筈。
ましてや、異世界の人間だなんて判別するのも無理だろう。
―――などと、素直に考えるのも危険だ。
相手が誰だか知らないが、召還術に熟知していればこの程度は辿り着ける。
危険性も判断出来ないこの状態で、うかつな態度は身を危うくする。
何とか相手の情報を引き出し、俺達の事を悟られないようにしなければいけない。
『貴方がたの御活躍は拝見しておりました。素晴らしかったですわ。
街の人々も大層喜んでおりました』
『あんたやあんたのお仲間には残念だったな。目的も果たせずで』
表面上は友好的に、内面では腹の探り合い。
仲間や目的については全然分からない。
フェイトの話と俺なりの推察で、カマをかけてみる。
しばらく返答は無かったが、やがて―――
『・・・いいえ。ワタクシは貴方のような魅力的な殿方に出会えただけで充分ですわ』
『それなりに成果はあったんだ。そいつは良かった』
自信たっぷりに堂々と話しながらも、内心適当すぎて焦ってはいた。
犯人がこいつである事は間違いない。
わざわざ声だけで登場して、俺に嘘をつく理由などない。
放置していても俺達はここから出て行くつもりだったし、その事も別に隠していない。
フェイトの話は本当だった。
長雨は人為的災害で、犯人はちゃんといたのだ。
そうなると、気になるのは目的だ。
俺は実験・怨恨・快楽の三つに絞っていた。
この中で怨恨の線は、この一時の会話で消えた。
街か街の人々に恨みや憎しみがあるのなら、俺達は間違いなく邪魔者だ。
襲い掛かるなり、敵意を見せるなりするだろう。
声の主からはそんな反応は全然無い。
そうなると残る可能性は愉快犯か確信犯か―――
俺はどちらとも取れる内容で、さらに追撃をかけてみた。
的外れだったら、それはそれで相手の反応次第で推論を立てられる。
どきどきしながら待っていると、
『今宵は挨拶だけ―――
また何処かでお逢い出来る日を楽しみにしておりますわ』
『あ、おい―――!』
『ごきげんよう、キョウスケさん』
……声はそのまま途絶えた。
しばらくそのまま待っていたが、もう反応は一切ない。
『……一筋縄ではいかないようだな、友よ』
『……結局、何も得られなかったよ』
また一つ、溜息が出た。
「これぐらいでいいか。さーてと―――」
部屋の片付けも終わり、もう一度だけ窓から外を見る。
あの声の主より取り戻した風景―――
もう二度と見ることはないだろうけど、せめて心には刻んでおく事にした。
<その6に続く>
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