Ground over 第三章 -水神の巫女様- その14 天候
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俺達は町長の家に戻った。
河の様子は気になるが、あの場にいて俺達に出来る事は無い。
邪魔にならないように退散するしかなかった。
皆何も言わず部屋に戻り、濡れた服を着替える。
帰りも始終静かで、葵も珍しく押し黙っていた。
何も言える事が無かった。
今起きている事態に対して、俺達はあまりにも無力だ。
皆歯痒い気持ちを抱え、やがて客間に集合する―――
「俺達で何とかしよう」
全員がソファーに腰掛けて落ち着いた途端、俺は開口一番言い放つ。
どちらにしろ、もう無視は出来ない。
奔流する河を、降り続ける雨をどうにかしない限り、事態は悪化するばかり。
俺達も先には進めない。
何より、俺はもう見たくはない。
全身を雨に浸らせて絶望に喘ぐ人々の顔を―――
ルーチャア村での悲劇を思い出してしまい、吐き気がしてしまう。
「その言葉を待っていたぞ、友よ」
賛成とばかり、葵が大きく頷く。
「友の正義魂が熱く燃えれば、雨とて蒸発せしめる。
我々に怖いものは無い」
「俺にそんなものはない!」
ま、こいつらしいけど。
調子が出て来た葵に、俺は少し安心した。
「私も賛成ですぅ!
町長のおじさん、すごく悲しんでましたぁ。
私、助けてあげたいですぅ!」
・・・正義魂ってこいつにこそ宿っているんじゃないか?
毎度同じ台詞で燃え上がる小さな正義の味方に、俺は嘆息する。
「依頼を受けた以上、必ず果たす。
その点に異論を挟む気は無い。
しかし、実際どうするつもりだ?」
「それなんだよな・・・・」
流石歴戦の冒険者、言う事が違う。
問題点をカスミに質問されて、俺は考え込む。
そう、肝心なのは解決法だ。
元々事態を収拾する手立てが無かったから、今まで何も出来ずにいたのだから。
「・・・水の神様が原因とお聞きしましたが・・・?」
「そうそう、そのお陰で氷室さんまで巻き込んでしまったんだよな・・・
今になって言うのもなんだけど、ごめん」
「・・・いえ。お気になさらず・・・」
謙遜か本気か、彼女の表情からは見えない。
今は蒸し返すより、手立てを考えよう。
俺は申し訳なさを内心ぐっと殺して、全員を見渡す。
「町長さんの話からすると、もう猶予はないと思う。
何か行動に出るなら、今からでないと間に合わない」
河の様子は見れなかったが、俺の予想に間違いないだろう。
第一港が飲み込まれたら、復旧にだってとてつもない時間と予算がかかる。
手をこまねいていては、俺達だっていつまで経っても帰れない。
「友の話は分かった。我輩としても反対はない。
しかしそうなると、水神を呼び出さないといけないのではないか?」
「うーん・・・・」
雨の原因は水神によるもの。
ならば交渉するなり頼むなりするにしても、呼び出さないとどうしようもない。
話が出来なければ、永遠にこのままだ。
それは分かるんだが―――
「呼び出すには、こいつの召還術をまた頼らないといけないんだぞ?
また失敗したらどうするんだよ」
水神を呼び出せれば御の字だが、一度失敗している。
次も失敗しないと言う保証は何もない。
そして今度失敗すれば、また一人俺達のような境遇に落としてしまう。
「わ、私頑張りますぅ!今度こそ、今度こそ・・・・」
「彼女もこう言っているぞ、友よ。
大丈夫、我らの熱い友情魂があれば必ず成功する!」
・・・・そんなものがあるなら、初めから成功する気がする。
二度目で何故成功する比率が上がるんだよ、おい。
「現実的ではないな。止めた方がいい。
未熟な腕で行えれば、今度はどのような現象が起きるか分からない。
周囲を混乱させるだけだ」
「えぅー・・・・」
カスミの冷静な意見に、キキョウはがっくり落ち込む。
それでも反論しないのは自覚がある為だろう。
「俺もカスミの意見に概ね賛成だ。
もし手立てが見つからず、追い詰められたら最終手段で実行するしかない。
でも違う方法があるかもしれないし、もっと考えてみようぜ」
事は人命と俺達の行く末がかかっている。
軽はずみな行為は事態を悪化しかねない。
葵もそれ以上執着する気は無いのか、ふむと意見を取り下げる。
一同、無言のまま――
俺も俺で必死で考えるが、何も思い浮かばない。
以前の村では異世界で敵は武装した盗賊だったが、それでも人間だった。
人間相手である以上弱みはあるし、付け込む隙だってある。
しかし今回の相手は水神。
神を相手にどう立ち向かえと言うんだ?
「・・・・こういうのはどうでしょう・・・」
「お?何かいい考えがあります?」
重い沈黙を破ったのは氷室さんだった。
葵やキキョウはともかく、彼女だったら現実的なアイデアを閃く事が出来そうだ。
「・・・古来より伝わる天気回復の祈願が・・・・」
「おお!それは!?」
何やら凄そうな感じじゃないか!
多分俺なんか及びもつかない伝統か何かを、彼女は知っているに違いない。
期待を込めて続きを促すと、氷室さんはきっぱりと言った。
「「・・・てるてる坊主さんです」
「・・・・へ・・?」
え、えーと・・・・・
「・・・これだけの雨量ですと、十個程作れば・・・・」
「・・・・・・」
・・・・な、何て言えばいいんだ!?
葵だったら全力で突っ込むし、キキョウなら馬鹿にするが、相手は氷室巴。
我が大学のアイドルに差し込める言葉が思い付かない。
冗談かと思ったが、彼女は真剣らしい。
「そ、それは・・・・」
「・・・駄目でしょうか?」
・・・・駄目とか言う以前の気がする。
「なるほど・・・・流石は氷室女史。
そのような方法があったとは迂闊だった!」
「ええ!?」
何やら悔しそうな葵。
このままだと強引に話が進んでいく!?
採用されそうな勢いに、俺は慌てて待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待て!そんな古典的な方法で・・・」
「・・・・いけませんでしたか・・・?」
「う・・・・」
氷室さんが俺をじっと見る。
ここで素っ気無く否定すれば、彼女を傷つけてしまうだろうか?
透明な瞳に心を圧迫されながら、俺は試行錯誤を張り巡らせて言葉を捜す。
「い、いや、氷室さんの案は確かに有効的な面はあるとは思う。
で、でも、その・・・この雨は普通の雨じゃないからさ、ほら!
神様の降らす雨に効くかどうかは・・・び、微妙なんじゃないかな・・・・?」
「・・・・それもそうですね・・・・」
よし、納得した。
俺は汗を拭って、勝利の余韻を味わう。
・・・なにがどう勝利なのか自分でもよく分からないが。
氷室さんはさしてがっかりした様子も無く、窓の外を見つめて呟いた。
「・・・この雨は神様のお怒りによるもの・・・・
人の力では及ばぬ領域なのかもしれませんね・・・・」
人が立ち入れない領域、か・・・・・
俺は氷室さんの言葉を反芻する。
雨――
地球のどの国でも、制御すら出来ない自然の恵み。
科学が発達した今日でも、天気の移り変わりは絶対的に観測出来ない。
人為的な力は通じない領域なのだ。
それが神の仕業なのならば、もう―――
「・・・・・ん?」
神の、仕業?
・・・・・本当にそうなのか、これは?
考える。
そもそも、だ――
俺達はその水神とやらを見ていないし、今の今まで知らなかった。
町の人々にしてもそう。
彼らだって見てもいないし、こうして雨が降るまでは知らなかったと言う。
実際調べてみても、手がかりらしき物も何もなかった。
じゃあ・・・・・何でそんなのがいるのだと断定出来る?
根拠も何もない。
これじゃあまるで・・・・・・あっ!?
「・・・・そうか・・・・」
「友・・・?」
怪訝に尋ねる葵の声も、右から左に流れる。
俺は客間の窓から外を睨む様に見つめる。
降りしきる雨――
窓枠に流れる水滴を目にしながら、俺は頭が冴え渡るのを感じた。
何を寝ぼけてたんだ、俺は!
「くっそ、俺ともあろうものが・・・・・
前提を間違えてどうするんだよ!」
「何か分かったのか、友よ!」
身を乗り出してくる葵に、俺はにっと笑った。
「分かったと言うか・・・・思い出した。
神様なんぞくそ食らえって事をさ」
俺はにっと笑って答えた。
そう、俺は忘れていた。
ルーチャア村で学んだ大切な事を―――
「よし、ちょっと聞いてくれお前ら」
顔を見合わせる一同に、俺は一から説明を始めた。
<第四章 水神の巫女様 その15に続く>
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