Ground over 第三章 -水神の巫女様- その13 水害






 傘が無いのが不便だと、今日ほど痛感した日は無かった。

息を切らせて街中を駆け抜け、顔や露出した肌に水滴がかかる。

靴もずぶ濡れで走り辛いが、急がなければいけなかった。

恐れていた事態がついに来たのだから――


「本当に氾濫しているのか、今?」

「分からん。我々もそう聞いただけだ」


 冷静に、されど顔を険しくしてカスミは端的に言う。

河の水量が限界を超えた――

話を聞いて、俺達は買い物を取り止めて港へと走っていた。

あんな大規模な河の水が氾濫すれば、この町はひとたまりもない。

河を渡れないとか言う問題ではなくなる。

俺達のみならず、町の人々が水に飲まれてしまうだろう。

急いで港へと行かなければ・・・・・・


「ところで、友よ」

「何だよ、こんな時に」


 緊急事態なのに普段と変わらない葵に、俺は目を向けずにぞんざいに聞く。

相手にしている暇は無い。

何とかして事態を打開しなければ、尋常ならざる被害が出てしまう。

思わず苛立った声を上げる俺だが、葵は平然と言った。


「現場に向かうのはいいが、我らは具体的に何をするんだ?」

「・・・え?」

「友は一直線に向かっているからな。
考えがあるのなら、事前に聞いておきたいのだが」

「・・・・・・」


 雨で濡れきった身体に、冷たい汗が流れる。

しまったぁぁぁぁぁ、考えてなかったぁぁぁぁっ!!

葵の言う通りだ。

緊急事態なのは確かだが、だからと言って俺たちが言って何か出来るのか?

そもそも何も出来ないから、今まで悩んでいたのではなかったか?

出来る事があるのなら、最初からやっている。

焦りのままに行動を起こしたが、何も考えてなかった・・・

まるで葵のような勢いだけの行動を取ってしまい、俺は恥ずかしくなる。

俺は必死で頭を働かせて答えた。


「ま、まず現場を見てからだ。
完全に手遅れって事はないだろうから、避難活動を手伝う。
まだ何とかなりそうなら、復旧作業を手伝おう」


 それしかないだろう。

水を止められるのならそうしたいが、俺達にそんな力は無い。

その辺の町民以下の俺達に出来るのは、せいぜい現場での手伝い程度だ。


「・・・臨機応変に、ですね・・・」

「仕方が無いな・・・」


 氷室さんとカスミのそれぞれの一言。

二人の性格の違いが出ていて面白いが、和んでいる場合ではない。


「頑張りましょうですぅ〜、困ってる人を助けるんですぅ!」

「元々お前さえ成功すれば、こんな事にはならなかったんだけどな」

「・・・えぅ〜・・・」


 盛り上がるキキョウに、水をさす俺。

悪気は無いが、人の肩の上で使命感に燃えられても困る。


「大丈夫。我々なら力になれる」

「どういう根拠があって言ってるんだか・・・」


 葵の一言に嘆息し、俺は港へと急行した。
















「おお、皆さん・・・」

「町長さん!? どうなっているんですか、今!」
どんな感じです? そっちは」


 町に到着した当日に町民達に囲まれた港の前――

港を封鎖していた鎖は今は解かれており、代わりに町長がその場に立っていた。

雨に濡れてか、それとも逼迫しているのか、顔色が悪い。


「・・・激流で、堤防が一部決壊したんです。
町の皆さんの協力で今は何とか持ち直しましたが、それも・・・」


 暗い表情で、町長さんは顔を俯かせる。

沈みきったその表情で、現状が分かる。

町の人達の努力で川の氾濫は止められたのは喜ばしいが、それも・・・・・・一時凌ぎだろう。

リミットはすぐ近くまで来ている。


「船はどうですか?」


 落ち着いた顔でカスミが尋ねると、


「も、勿論無事です。船がなくなれば、この町は終わりですから・・・」


 船が流されてしまえば、巨大な河を行き来する事が出来なくなる。

そうなれば船の往来による人の流れはなくなり、この町は寂れるだろう。

この町で過ごしていて分かった。

船が動かない現状において、この町には活気というものがない。

日々の不安に加えて、来訪する人間もいないのでは寂れて当然だ。


「何か出来る事があれば手伝うがどうだろう? 町長殿」


 先程の俺ではないが、葵が申し出る。


「いえいえ、皆さんにそこまでしていただく訳にはいきません」


 町長さんは小さく首を振って、弱々しく笑った。


「この町は何としても我々が守ります。
・・・と言いたいですが、それもどこまで出来るか・・・
皆さん、どうぞ・・・どうぞよろしくお願い致します・・・」


 何かを堪える様に、表情を歪めて深々と頭を下げた。

真剣で切実な気持ちが伝わってくる。

俺はそんな町長さんを見て、苦々しさが胸の奥から湧き出てきた。

この人は、本当にこの町の事を考えている。

救いたいと、何とかしたいと心の底から思っている。

町を救う代わりに命を差し出せと要求すれば、この人は何の躊躇いもなく差し出すだろう。


「・・・頭、上げてください」


 その気持ちは分かるが、俺には何の力もない。

降り続ける雨をうすればいいのか?

水神が本当にいるのなら、そいつに対して俺は何が出来るのか?

町の人々がどうにも出来ない事を、俺達がどうにか出来るのか?

・・・一介の学生に・・・


「・・・何とかします」


 でも――


「俺もいい加減・・・雨には飽きましたから」


 本当に―――飽きた。

何も出来ないのだと、うじうじするのは。

俺がいじけている間にも、町の人々は苦しんでいる。

目の前の町長さんだって悩み続けている。

そんな彼らにそっぽは向けない――

俺は顔を上げた町長さんに、努めて真剣な顔を見せる。


「やりますよ、必ず」


俺は、固く町長さんに約束をした。



















<第四章 水神の巫女様 その14に続く>







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