Ground over 第三章 -水神の巫女様- その12 噂
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「何かあんまりぱっとしないな」
二手に別れた俺達は情報収集を兼ねて、街中へ買い物へと繰り出した。
この街にはしばらく滞在はするつもりだが、それも雨が止むまでの事。
今も降り注いでいる大雨が止みさえすれば、港から船が出航出来る。
都までの旅がまだまだ続く以上、日用品等は早めに買っておかなければならない。
―――のだが、街中は思っていたよりも深刻な雰囲気に見舞われていた。
「うむ。閉店している店も多いようだ」
俺の呟きに、周りを様子見ながら葵が答える。
氷室さんの召還騒ぎも落ち着いて、町も元の状態に戻ったらしい。
道行く人は少なく、看板が並ぶ店通りは活気というものがまるでない。
これでは客足が遠のいていく一方だろう。
情報収集はおろか、買い物を満足にするのにも事欠いてしまう。
「うう、冷たいですぅ〜・・・・
京介様、何処かで一休みしませんかぁ?」
「さっき来たばかりだろうが。もうちょっと辛抱しろ」
行動開始数十分でもう根をあげるキキョウ。
根性なしと言いたいところだが、気持ちは分からないでもなかった。
俺や葵は購入したフィートで全身を覆っているが、キキョウはすっぴんのままである。
さすがに雨避けのフィートに妖精用のミニサイズはなかった。
まあ、当たり前のといえば当たり前なのだが。
元々小さな布を巻いたような涼しげな服を着ているだけのキキョウに、強い雨足は堪えるらしい。
肩に留っていたのも束の間、今では俺の胸元にちゃっかり収まっている。
こそばゆいので出て行けと何度も言っているのだが、聞きもしない。
葵に押し付けたかったが、笑って断れた。
「さて、どうする友よ。武器屋や道具屋はないようだ」
「そうだな、店が閉まっているんじゃどうしようも・・・って、待て」
さらっと何やら不可思議な言葉を耳にして、俺は葵にジト目を向ける。
「何だ、その武器屋や道具屋って」
「知らないのか、友よ。
武器や道具を売っている店の事だ」
「そんな小学生でも分かる事を聞いているんじゃない!
何で武器屋になんぞ行かなければいけないんだよ」
ちなみに、武器屋なんてのがこの世にある訳ないだろうとは言わない。
これは俺の予想だが、多分・・・あるだろう。
何しろ冒険者や傭兵なんぞが跋扈している世界だ。
モンスターがいるのもしっかり肉眼で確認した。
盗賊が村を襲うなんて話も、この世界じゃ起こり得ない事柄ではない。
戦いが世界に必要となっているのなら、強力な武器も当然必要となる。
普通の町にもあるのかどうかは分からないが、大きな街だときっとあるだろう。
そう考えると、ちょっと興味は沸かないかと聞かれたら頷いてしまう。
葵も同じ心境なのか、
「武器!男だったら誰でも興味が湧くではないか、友よ。
剣!槍!!斧!!
ふっふっふ・・・・血が沸き立つ、沸き立つぞ!!」
・・・・そこまで言われるとひいてしまうぞ、我が腐れ縁。
「とにかく、武器なんぞ必要はない。
今買わないといけないのは、服とかそういう生活用品だ。
第一武器買ったって使えないだろうが」
俺や葵は平和な日本で生まれ育った一般人である。
別に格闘技をやっていた訳でもなし、武器をまともに扱う技能もない。
カスミ程の熟練者なら話は別だが、俺や葵では武器を持つ事も出来ないだろう。
真剣でも重さは相当なものだと聞いている。
まして斧となると、平凡な大学生が持てば振り回されるだけである。
「浪漫が足りないな、友よ。
所有するだけでも心が満たされるものだぞ」
「それは別の意味で満たされている気がするが・・・」
この馬鹿にこれ以上付き合っていても仕方がない。
雨の中じっとしていても風邪をひくだけである。
俺は寒々とした店通りを見回して言った。
「とりあえず、一軒一軒回ってみるか。
必要な物があれば買う。
ないにしても、水神に関する事を聞く。
情報最優先、買い物は二の次で行くぞ」
雨を止めない限り、俺達は一歩も先には進めない。
町長の話では水神が原因らしいので、その水神を何とかするしかないのだ。
キキョウの召還があてに出来ない以上、別の切り口から迫るしかない。
ルーチャア村では盗賊さえ何とかすればよかったが、今回は得体の知れない存在である。
探せば見つかる訳でもなく、呼べば出てくる来る訳でもない。
俺達は水神とか何かも知らないのだ。
出口の見えない迷宮を攻略するには、手掛かりをかき集めるしかなかった。
「なるほど、友の言い分はもっともだ」
葵も納得したのか、力強く頷く。
「町の人達の話を聞く。冒険の初歩だな」
・・・・言い分は間違えていないのに、拒否したくなるのはどうしてだろう。
俺は空しい自問を繰り返しながら、身体に何とか元気を取り戻す。
「カスミ達もその辺は分かっているだろうからな。
俺等もしっかり頑張って行こう」
「了解だ」
「はいですぅ!」
話し合いも終えて、俺達は店通りへと足を踏み出して行った。
日本にいた頃の一切の常識が通じないこの世界。
モンスターだの魔法だのが蔓延している理解不能な世界だが、少なくとも喫茶店はあるらしい。
ずぶ濡れになったフィートを脱ぎ捨てて、俺達は中へと入りコーヒーを注文した。
「結局、大した情報は掴めなかったな・・・・」
雨の中歩く事数時間。
広い街ではないにしろ、歩き回った徒労で身体も重かった。
それなのに、収穫は殆ど無し。
愚痴の一つでも言いたくなる。
「水神に関する事も町民は何も知らないに等しいようだな。
要領の得ない答えばかりだった」
一つ一つ店を回っては、水神に関しての質問を繰り返す。
水神とは何か、どこから来たのか、どこに住んでいるのか、どういう力を持っているのか――
丹念に調査したのだが、町の人達の反応は薄い。
協力を得られなかったのではない。
町の人達は本当に何も知らなかったのだ――
「あれだけ騒いでいたのに、まさか何も知らないとはな」
「噂が一人立ちしていたのかもしれないな、友よ。
一人が大袈裟に言えば、周りも大げさに聞こえるものだ」
葵の言う事には一理ある。
毎日異常気象が続き、それが原因不明となれば誰もが悩み苦しむ。
そこへ誰かが水神が原因だと騒げばどうだろう。
馬鹿にするだろうか?
何を言っているんだと嘲笑うだろうか?
ただの空想で言っているのなら、誰も信じないだろうが――
「でもでもぉ、水神様がいらっしゃるのは間違いありませんよぉ。
町長さんも言ってましたし、町の人達も絶対にいる筈だって言ってたじゃないですか」
「それなんだよな・・・・」
キキョウの熱のこもった言葉に、俺は嘆息する。
町の人達は誰もが信じている。
水神はいるのだと、降り続く雨も水神が原因なのだと。
不確かではあるが、この街に言い伝えがあるのも事実らしい。
水神に関する文献もある、という話も聞いた。
誰かが空想して言ったのではないのは確かのようだ。
水神はいる、それは間違いないらしい。
結局、今日の聞き込み調査は水神の存在を確かにしただけだった。
「いるのはいいとして、どうやって対処すればいいんだか分からんだろうが」
「そ、それはぁ・・・その・・・」
疲れたように言う俺に、キキョウも困った顔をする。
俺達の仕事は水神を見つけることじゃない。
雨を止めるのが仕事だ。
その為の手掛かりになるのが水神なのに、肝心の情報はないに等しいと来ている。
一歩も前進してないのと変わりないな、これじゃ・・・・
「カスミ殿や氷室女史は何か掴んだのだろうか?」
思いついた様に言う葵に、俺は投げやりに答える。
「無理だろう。俺達は今日何軒店を回ったと思ってる?
あいつらだって似たり寄ったりさ」
そういえば一度も会わなかったな、あの二人。
少しは仲良くやっているのだろうか?
二人の様子に思いを馳せていると――
バタンッ!!
「!?ここにいたのか、お前達!!」
突然喫茶店のドアが激しい音を開いて、誰かがズカズカと入ってくる。
って、カスミじゃないか。
「何だ、どうし――」
「・・・京介さん・・・・大変です・・・・」
「うおわっ!?」
飛びのいて振り返ると、いつそこにいたのか氷室さんが立っていた。
び、びっくりした・・・・・
っと、落ち着く暇もないまま氷室さんは淡々と言った。
「・・・川が氾濫したそうです・・・」
「ああ、そうなの・・・
って、えええっ!?」
本当に、落ち着く暇もなかった――
<第四章 水神の巫女様 その13に続く>
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