Ground over 第三章 -水神の巫女様- その11 水神




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 朝起きて外が雨だと、どうしても気分は滅入ってしまう。

自分の世界にいた時から、雨の日はあまり好きではなかった。

理由は単純で、外に一歩出れば濡れるからだ。

大学に通っていた頃はバイク通学だったので、雨が降ってしまうと金を払って電車に乗る羽目になる。

俺にとって、雨の日は外出禁止を余儀無くされるのと変わらない。

静かに溜息し、俺はベットから起き上がり窓の外を見る。

外は昨日と同じく大雨で、街中を濡らしていた。

こんな憂鬱となる雨はこの街の人達にとっては忌まわしき災害であり、強制された日常でもある。


「止んでる訳ないか・・・・」


 ひょっとしたら次の日は晴れているかもと思ったが、現実はそう甘くはなかったようだ。

やはりどうしても俺達で原因究明しなければいけないらしい。

雨の中の行動は乗り気ではないが、早速行動を開始するか。

俺は窓から離れて、着替えにかかった。















 奥さんより朝食をご馳走になり、行って来ますと挨拶をする。

気兼ねない奥さんのいってらっしゃいのお返しの挨拶を背に、ドアを開けて外へ出る。

人間住めば都と言うが、宿泊して数日で町長さんの家にもすっかり慣れてしまった。


「人間の適応能力を馬鹿にしてはいけないぞ、友」

「勝手に思考を読むんじゃない!」


 したり顔で頷く葵を睨み、俺達は町長さんの家の前に並ぶ。

葵・カスミにキキョウ。

そして昨日より旅の連れとなった氷室さん。

まだ朝は早いのだが、全員普段通りの顔できちんと起きて集まっていた。

別に集合時間を決めていた訳でもないのだが、皆申し合わせたかのようにぴったりと出てきた。

葵はこの世界での毎日を楽しむ為だろうが、氷室さんも見た目に合って規則正しい生活をしているようだ。

・・・ん?


「氷室さん、その服・・・・」


 氷室さんは昨日と同じ黒のドレスを着ていた。

似合っているのは事実だが、雨の中の行動では動きづらいのではないだろうか?

傘もない上に、ロングスカートは水溜りに少しでも接触すれば濡れてしまう。

その事を指摘しようとしたのだが、語尾が曖昧になってしまった。

・・・理由は分かっている。

俺はまだ氷室さんに気後れしている――

思わず悩んでしまう俺に、氷室さんは無表情で小声で呟いた。


「・・・気に入っていますから・・・」


 何とも分かりやすい答えだった。


「そ、そう?ならいいけど、はは・・・・・」


 俺は照れ臭そうに笑ってそう言いながらも、身体中にむず痒さを感じる。

遠慮する気はないのだが、氷室さんと対面しているとどう話せばいいのか困る。

ぞっとする程の美貌と、彼女の持つ独特の雰囲気。

普通に接してはいけないのではないかと、俺の心の何処かが訴えかける。

こんなもどかしさは初めてだった。

人見知りする性質ではないのだが、他人から見れば明らかに俺が緊張しているのが分かるだろう。

氷室さんが気づいてなければいいのだが。


「・・・・それに・・・・」

「な、何!?」

 こらこら、過剰反応してどうする俺。

うわ、葵の奴こっち見て笑ってやがる。

畜生、そのニヤニヤ笑いを後で嫌というほど後悔させてやる。

俺は内心毒つきながら、氷室さんの言葉の続きを待つ。

彼女は俺達の無言のやり取りには気づかない様子で、そのまま淡々と述べた。


「・・・・着替えがありません・・・」

「あ」


 考えてみれば当たり前だ。

氷室さんは昨日来たばかりで、手荷物類は何も持っていなかった。

俺と葵は大学帰りだったのである程度荷物類はあったが、氷室さんは何もない身で召還されたんだ。

巻き込んでしまった俺達がもっと気遣ぶべきだ。

配慮の足りなさに、俺は恥ずかしさと申し訳なさを覚えた。


「・・・ごめん、氷室さん」

「・・・・いいえ。お気になさらず・・・」


 俺の謝罪に、氷室さんは何も感じていない様子で平静に答えた。

今後はもうちょっと気をつけよう。

俺は自己反省し、今後についても考える。

氷室さんは俺達と旅をする。

昨晩決めて、氷室さんも了解してくれた。

となると、まず旅の支度をする必要がある。

そうでなくても依頼が解決していない以上、俺達はこの町でしばらくは滞在しなければいけない。

着替えも必要だし、何より生活用品を購入しないと駄目だ。

・・・・よく考えてみれば、俺や葵も最低限の生活用品しかない。

ルーチャア村は盗賊団に荒らされて物資不足で、ろくに買い物も出来なかった。

俺は皆に向き直った。


「今日は今から調査する予定だったけど、ついでに買い物も行くか。
氷室さんもそうだけど、俺も何かと買いたい物があるし」


 俺が提案すると、葵も同意する。


「賛成だ。まだこの世界の事はよく知らないからな。
どのような物が売られているのか興味がある」


 俺も実は多大に興味はある。

この世界に来てからいきなりトカゲに追われたり、盗賊退治をしたりと落ち着く暇もなかった。

雨が止まないのは確かに困りものだが、実質的な被害はまだ出ていない。

調査ついでに買い物をしても、致命的なロスにはならないだろう。

元々解決法もまだ見つかっておらず、原因も定かではないのだ。

買い物くらいはいいだろう。


「店に回って何か買い物でもすれば、聞き込みもしやすい。
巴の買い物には私が付き合おう」


 いきなりの名前呼びにも気を悪くする事はなく、氷室さんは頭を下げる。


「・・・・よろしくお願いします・・・」

「気にしなくていい。私も女だ。
何かあれば相談してくれ」

「・・・・はい・・・・・・・・」

 おお、なかなかうまくいっているじゃないか。

カスミも妙な貫禄を出しているが、氷室さんと接する時の目は優しい。

頼りがいのあるお姉さんと言った感じだ。

年齢は殆ど変わらないとは思うけど。


「じゃあ二手に分かれようか。俺と葵、カスミと氷室さんで。
聞き込みは全員でまとまってやるより、ばらけた方が効率がいいだろう」


 男の俺達が一緒だと困る買い物だってあるだろうしな。

流石にそこまで俺は無神経じゃない。


「京介様ぁ〜、私はどうしましょうかぁ?」


 俺の眼前を飛んで、困り果てた顔でいるキキョウ。

そういえば、こいつ忘れてたな・・・・

女同士、カスミ達とでいいかな。

人外のこいつといると、目立ってしまうのも嫌だ。

キキョウに言ってやろうとすると、カスミがさらっと言った。


「キキョウは京介達と行動してくれ。
世間知らずの二人では何を買ってくるか分からん」

「はぁーいですぅ!」


 何ぃ!?

思いっきり反論したい衝動に駆られるが、この世界の常識すら知らないのは本当である。

生活用品もしても、ここは雨傘すら存在しない世界だ。

今まで向こうの世界で日常的に使っていた物がないどころか、代用品すら見つかるかも怪しい。

カスミの言う通り、案内役は必然的に必要となる。

でもな・・・・


「お前、ちゃんと案内できるのか?」


 世間ズレしているのは、俺もこいつも変わらない気がする。

あんまり一般常識に精通しているようには見えない。

俺の疑惑の視線に、キキョウはへこたれずに強調した。


「大丈夫ですぅ!
私が何でも教えますからぁ!」 


 任せてくれといわんばかりに、キキョウは意気揚々と答えた。

こいつの大丈夫が当てにならないのは、昨日の召還で思い知らされている。

が、他に適任者がいないのも事実だった。


「よいではないか。キキョウちゃんに案内してもらおう、友よ」

「う〜ん、仕方がないか。じゃあお前、こっちで俺達と一緒の行動だ」


 葵の示唆もあり、俺はキキョウを誘うと嬉しそうな顔をした。


「はい!ありがとうございますぅ、頑張りますぅ!」


 キキョウはにこにこ笑って、そのまま俺の肩に止まった。

まったく・・・雨の中元気な奴だ。

俺は苦笑し、女性メンバーに視線を向ける。


「集合場所はここにしよう。
聞き込みと買い物が終わったら戻って来てくれ。
金は持っているよな?」

「ああ、大丈夫だ。そちらも情報収集を忘れずにやるようにな」


 こうして俺達は二手に分かれ、大雨の降る街中へと乗り出していった。

水神の手がかりを求めて・・・・・・・・



















<第四章 水神の巫女様 その12に続く>

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