Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その18 選抜
目的と目標が、噛み合っていない。せっかく仲間達がそれぞれの目標に向かって協力し合っていたというのに、現実は完全なる一致を許そうとしない。
今回は依頼を受けておらず、報酬は自分達の目標達成のみ。手段は村の再生であり、村人達の復帰。モンスター退治は蛇足でしかなかった。
苛立ちを強く感じるが、自制心は働いている。自分の失敗にいちいち腹を立てているようでは、科学者は務まらない。科学の進歩とは、万の失敗と一の成功の繰り返しなのだから。
押し寄せてくる、モンスター兎の群れ。群を率いているのは、青い目のファイターラビット。伝説が、牙を剥いている。
「私が先頭に立ち、指揮を執る。なんとか時間を稼ぐから、お前は策を立ててくれ」
「俺は軍師じゃなくて、科学者なんだけどな……信頼されている、と考えていいのかな」
「科学者の何たるかは知らないが、冒険者とは結果が全てだ。異世界の文化や技術には詳しくはないが、お前の頭脳は頼みにはしている。頼んだぞ」
カスミは剣を抜き放ち、我先にと戦場へ飛び込んでいく。短期間であれ、彼女が育てた生徒達は強き先生の参戦に色めき立っていた。
予想以上に、冒険者の育成は効果を上げている。予期せぬ襲来ではあったが、結果的に生徒達の熟練度をはかる良い機会となるかもしれない。
モンスター兎の大群には、正直度肝を抜かれた。青い目のファイターラビットはツチノコに匹敵する、存在不確かなモンスターなのだ。科学でも、予測は出来ない。
だが結局モンスターであり、物理的に存在しているのであれば退治は出来る。ツチノコとて発見すれば、捕獲するのは難しくはないのだ。
広い草原を踏み荒らすあの数は脅威だが、幾つか既に対策は立てられた。その中で一番現実的なのは、港町に救援を求める事だろう。
物量に対抗できるのは物量、港町には人望と資金がある。女王との情報戦で整備したネットワークを駆使すれば、人数を集めることも難しくはない。
時間はカスミが稼いでくれている。後は自分が人を集め、情報を生かせれば、戦いの規模は拡大してしまうが退治する事は出来るだろう。
「きょ、京介様!? 急いで、村の皆さんを逃しましょう!」
「……そうなるよな、やっぱり」
「当たり前じゃないですか!」
村の外の異常を察して駆けつけてきた妖精の進言に、俺は唸ってしまう。ネックとなるのは、モンスターウサギが群をなして狙っているヤブガラシ村の存在。
ファイターラビットは獰猛だが、それほど強くはない。救援を呼べば、間違い無く倒せる。脅威なのは実力ではなく、モンスターの数と統率力であった。
青い目のファイターラビットは非言語コミュニケーションを用いて、膨大な数のファイターラビットを指揮している。恐るべしは、そのコミュニケーション能力。
一桁二桁、下手をすれば三桁の数の兎を倒しても、連中は仲間の死体を踏み越えて突撃してくる。連携の取れた獣の大群を、村の手前で引き留めるのは困難極まりない。
ヤブガラシ村を戦場とすれば、家々に引き篭っている村人達が犠牲となってしまう。今俺の立てた策はモンスター退治に主眼を置いており、目標とはかけ離れている。
一刻も早く、村人達を逃さなければならない。キキョウに言われなくとも、分かってはいる。
「どうやって村人全員を逃がすんだ?」
「一軒一軒回って、皆さんを連れ出しましょうよ!? 時間がありません!」
「逃げる気力がはたして残っているのか、あいつら」
「ええっ!? 自分も、同じ村の人達の命も危ないんですよ!」
絶対逃げてくれる筈だとキキョウは強く主張するが、俺は賛同出来なかった。現実逃避と、危機回避は決定的に異なる。
今、彼らは現実から逃げている。過疎化していく村、出ていく若者達、働き手のいない土地。そのどれも突き詰めれば、自分への生命の危機に繋がる。
人間は働かなければ、生きてはいけない。生命活動は人間の本質だ、動かずにいれば緩慢に死んでいく。彼らは近くはないが、遠くもない死を自分で選んでいた。
死を選んでいる彼らに、生きる為の避難を訴えても聞き入れてもらえるか疑わしい。
「だから村を活性化させて、暗い家の中より明るい家の外に出そうとしたのだよ。お前だって、分かっているだろう」
「今外は危ないから、家に隠れたままでいると言うんですか!? そんなの、絶対おかしいです!」
「健全な精神ならば、そもそも家に引き篭もったりしないだろう」
「家の中にいても安全じゃないんですよ!?」
「引き篭もりはどういう訳か、自分の世界に安らぎを求めるからな……」
己こそ絶対、己の家こそ不変なる領域。絶対神話を何処かで信じていて、家の外に出ない事も考えられる。キキョウは、頭を抱えていた。
こうなると、冒険者達が今戦っているのもマイナス要因となりかねない。彼らが戦ってくれているのだから、自分は安心だと思いこむ。
俺の立てた策は、結局彼らの安全神話を立証するだけだ。いずれ助けてくれると勝手に思い込んで、自分から絶対動こうとしないだろう。
キキョウに説明してやると、俯いていた顔を上げる。泣きそうであった。
「だ、だったら、お願いです。村の皆さんを、助けてあげて下さい!」
「俺の説明をちゃんと聞いていたのか? 今助けてしまえば――」
「い、命には変えられないです。生きてさえくれれば、いつかはきっと立ち直ってくれるです……!!」
キキョウは血を吐くように、自分の目標を捨てた。今村人を助ければ、村人は二度と立ち上がれない。永遠に誰かに助けを求め、依存してしまう。
自分の夢を捨てることになるというのに、この小さき少女は俺に助けを求めた。村興しの失敗を痛感しつつも、彼女は救うことを求めている。
心の底から――馬鹿であればよかったのに。本当に残念だが、異世界の妖精は優先順位を間違えなかった。村人を救うのではなく、助けることを第一とした。
彼女は、正しい。今はそうするべきだ。犠牲を払ってまで、自分の目標に固執してはならない。人の命を、犠牲にしてはいけない。
俺は科学者だが、マッドサイエンティストではないつもりだ。科学は追求するが、その過程で人間の命を無碍に扱う真似は絶対にしない。
冒険者に誇りがあるように、科学者には矜持というものがある。
「本当に、いいんだな?」
「はいです」
「……いい返事だ」
これで踏ん切りがついた。優先順位さえ誤らなければ、この案件は片がつく。目標さえ捨てられれば、目的は達成できるのだ。
失敗にいつまでもクヨクヨしているようでは、前進できない。頭を切り替えて、行動に移そう。
俺は自分の立てた策の数々を、今こそ――実行に移さず、さっさと脳味噌から消し去った。
「カスミが時間を稼いでくれている。お前は村に戻って、村人達を説得に行け」
「ふえっ!? い、家から出すのは難しいと、さっき仰れたのでは……?」
「前にも言っただろう、キキョウ」
人差し指を、立てる。自分なりの、気障なポーズ。本当は、単なる照れ隠し。
「不可能を可能にするのが、科学者だ」
「京介様……!!」
燃えてきたぞ、この野郎……実験動物の分際で、調子に乗りやがって。貴様らなんぞ、科学貢献の生贄にしてくれるわ。
村人を救い、モンスターも退治する。目標と目的が噛み合わないのならば、バラバラに分解して、設計図を立てて、ネジを回し、油を差して、組み上げ直す。
事態が複雑化しているのならば、全てをバラして、根本から整理して、新しい戦略を練り上げる。科学の可能性を、どこまでも追求しろ!
「お前はとにかく、村人達に必死で訴えかけろ。ありったけの気持ちを、ぶつけてこい」
「分かりました、お任せ下さい!」
「それと、氷室さんを呼んできてくれ。彼女に手伝ってもらいたいことがある」
「どうされるおつもりですか!?」
「イベントを開催する」
<続く>
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