Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その19 復興






 カスミが率いる新人冒険者チームと、蒼い目のファイターラビットが率いる兎軍団。量より質、質より量。実力で勝り、数では押される激しい攻防戦が続いている。

状況は一進一退、防衛戦は維持されていて人間と動物の戦争は続いていた。少なくとも、十分な足止めにはなっているのは救いか。

いずれにしても冒険者ではないからといって、のんびり構えていられる状況ではない。一刻も早く、準備しなければならない。


「――なるほど、"地域おこし"を行うのですね」

「御名答、同郷の人間は話が早くて助かる」


 同じ大学のアイドルは、俺の説明を聞いてすぐに察してくれた。容姿端麗にして、頭脳明晰。一緒に地域連携課にでも行きたかったな。

過疎化した地域が経済力や賑やかさを向上させる為に行う『地域おこし』は、地域振興や活性化に繋がる。そのイベントを開催しようというわけだ。

ナズナ地方を活性化する事で、この村の人々の主体性が強調される。家の中の怠惰な引き篭もりより、家の外の賑やかな楽しさに目を向けてもらう。


その効果を少しでも高めるために、科学技術を積極的に活用する。


「氷室さん、葵の荷物からポータブルプレーヤーを持って来てもらえるかな」

「この村の規模は小さいですが、それでも音響機器としては不十分では?」

「足りないものは生み出すのが科学者なのですよ」


 俺と葵はキキョウの術により、大学帰りに異世界へ召喚させられた。俺が持ち込んだのは学生鞄とバイク、葵は毎日のように持ち歩いている趣味のグッズの数々。

盗賊退治にはエアガンを使用したが、今回はポータブルプレイヤーを使用する。あの馬鹿のプレイヤーに入っているのはアニメやゲームの名曲、子供から大人まで盛り上がる音楽が揃っている。

無論、学校の運動会等などのような音響設備を揃えるのが無理だ。氷室さんの疑問も理解できる。機材や部品が足りないのならば、流用すればいい。


港町で女王と情報戦を繰り広げた際、機材や部品の代わりになりそうな素材を買い集めている。そのままでは使えないので、コツコツと改造は施したが。


剣と魔法の世界だからといって、科学技術を腐らせるつもりはない。知識さえあれば、錬金術まがいの芸当は出来る。

傭兵や冒険者は毎日鍛錬を行うのと同じく俺も日々技術を磨き、研究を積み重ねている。異世界にいようと、科学の追求は決して怠りはしない。

同じ世界から来た氷室さんの知識も借りて二人で共同作業を行い、準備を整えていく。イベントと称しているが、本当に急拵えだ。


はたして間に合うか――村の中と外で、それぞれの戦いが繰り広げられている。


「みなさーん! 一人でずっとお家の中にいるより、勇気を出して皆で一緒に外に出ましょう!」

『――』


 村興しを推進するキキョウは、家に引き篭もったままの村人達を懸命に説得している。多少ずれた呼びかけではあるが、あの娘なりに懸命なのはよく分かる。

政治家ばりの名演説よりも、気持ちが込められた不器用なメッセージの方が心に訴えかけるものがある場合もある。こればかりは、科学者でも太刀打ち出来ない。

実験成果を学会で発表するよりも、ある種難しいであろう。説得できるかどうかも未知数、俺に出来るのは後押しする事だけだ。


氷室さんに持って来てもらったポータブルプレイヤー、そして港町で取り揃えた素材を改良した部品類。材料を元に、開発に着手する。


大学では優秀な成績を収めている氷室さんにも手伝ってもらって、臨時の音響設備を組み立てていく。本格的な物は必要ない、取り繕えばいいのだ。

ナズナ草原で繰り広げられている戦争の激しさは、村の中にいる俺達の耳にも届いてくる。直接的な戦闘音ではなくとも、戦に空気が震えるのだ。

盗賊退治での出来事を思い出して、身震いする思いだった。あの時は善戦していたのに、盗賊側の切り札によって全滅寸前に陥ってしまった。


カスミが重傷を負ったあの日の出来事は、結果として科学者の敗北でもあった。何かできた筈なのに、ただ見ていただけだった。


「手伝ってくれてありがとう、後の開発工程は俺一人でも出来る。
氷室さんは開発した音響設備を効果的に展開できる、配置を考えてほしい。村の周辺図は頭の中に叩き込んでいるよね」

「大丈夫です、任せてください」


 当然のように難しい注文をした俺を、戸惑う事なく承知してくれる。本当に村の構成を隅々まで記憶しているらしい、頭の良い女性だった。

時間に追われる作業は、肉体よりも精神的に疲弊させられる。村の外ではカスミや葵が肉体的に傷付いているのを思うと、余計に重くのしかかる。

氷室さんやキキョウもそれは同じなのだろうが、音を上げたりはしない。俺も同じだ。俺達は決して、強くはない。


仲間が頑張っているから、自分も頑張れる。今の村人達に足りないのは正に、一丸となるその気持ちだった。


将来の夢や自分の今の目標を、常に同じにしなくても良い。気持ちを一つにするとは、他人に合わせる事ではないのだ。

些か腹立たしいが、俺はこの異世界でその事を経験した。研究室で一人実験するよりも大変極まりないが、充実していて心が高揚する。

人生が常に上手くいく保証はない。けれど、挑戦する気持ちを失っては冷めていくだけだ。


村人達よ、どうか思い出してくれ――懸命に生きる、喜びを。


「出来た!」
「配置のチェックも完了です」


 すぐに、作業に取り掛かる。科学者でありながら、開発物のテストもしないなんてどうかしている。検証もせず実戦投入する愚かさは、科学者が一番良く知っているというのに。

怖いなんてものじゃない。勇気と蛮勇はまるで違う。自分が製作した音響設備が機能しなければ、俺の考えるイベントは恐らく成功しない。


それでも、結果を求めて作業に取り掛かる。とにかく時間がない。仲間達が傷付いている中で、呑気に実験している暇がなかった。


氷室さんと二人で汗水流して、村中を回って設置を終える。音響設備と称しているが、ビジョンを利用するので電気の類は基本的に必要ない。

科学と魔法の、融合。それでも開発物と言い張るのは科学者の矜持というより、俺自身の意地なのだろう。我ながら、子供じみている。

準備を終えた途端、葵が飛び込んできた。傷だらけになってはいるが、何とか無事らしい。


「港町の冒険者案内所より、救援が来た。戦況も大分持ち直している」

「このまま勝てそうなのか?」

「増援が来たのは、敵も同じだ。"蒼い目"をどうにかしない限り、敵は増える一方。
敵側もそれが分かっているのか、我々を"蒼い目"に決して近付けようとしない」

「知恵を働かせているというより、本能でボスを守っているようだな。集団行動を取るモンスターらしい戦術だ」


 やはり、戦争は長期戦にもつれつつある。このまま争いが拡大すれば、ナズナ地方一帯の支配権をかけた侵略戦争に発展するだろう。

ファイターラビットは基本的に雑魚なので犠牲者は出ないだろうが、戦争ともなれば治安にも影響してくる。


伝説をかけた戦い――盛大に、利用させてもらおう。


「お前が来てくれたのは、ちょうどいい」

「おお、さすが友だ。既に打開策を考えてあるのだな」

「残念ながら、戦闘に関してはプロに任せるつもりでいる」


 キッパリと、戦争への介入を否定する。村を守ってくれる彼らには本当に申し訳ないが、俺達は戦いそのものには介入しない。

無論、作業が終われば戦場へ向かう。叶うのならば、指示も出す。"蒼い目"の戦略を破る手も、考えている。


結局俺の役割は、変わらない。仲間達を助け、自分の目的を果たす。


「この機材を、持って行ってくれ」

「どうするつもりだ、友よ」


「村中に流すのさ。村を守ってくれる、お前達の声を」



 "地域おこし"――閉塞している村人達の心の奥底にまで、村を守らんとする者達の声を轟かせる。

まるで祭りのように、賑やかに。高らかに、剣戟を鳴り響かせて。












































<続く>






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