Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その16 募集
科学技術と聞くと機械やハードウェア等具体的な道具や技巧のようにイメージされがちだが、技術の使用とは単純な道具にする事だけではない。
今回の村興し計画における俺の目標は、正にその点。俺はあくまで科学者であって、開拓者ではない。村の発展を求める事で、自分自身の成長を追求するのが目標だ。
単に己の知識で技術化するのではなく、科学技術の本質である環境適応力。環境を適応し制御する能力を高めていき、知識を実用化して幅広い概念を求めていく。
今回の実験は、"テクノロジーを使用した、コミュニケーションへの心理的障壁の低減"。
電話やインターネット等の科学的発明により、人類は世界的規模で自由に対話出来るようになった。閉ざされた世界は開放され、国交は引かれていったのだ。
無論、俺一人の力で異世界中にネットワークを広げるのは不可能だ。科学知識をどれほど積み重ね、科学技術を磨いていっても、個人では限界がある。
科学者はまず、自分の限界というものを見定める。立ち塞がる壁の高さや厚みを分析し、どうすれば突破出来るのか失敗と成功を積み重ねる。今回も、その一環。
村興し計画は、今のところ順調に進んでいた。
「見習い冒険者はそろそろ頭打ちになってきているが、逆にベテランが増えてきているな。意外な結果だ」
「意外でも何でもない。熟練された冒険者だからこそ、旨みのありそうな話には敏感だ。噂を目敏く聞きつけてきたのだろうよ」
ヤブガラシ村の名簿に登録された冒険者の数は、日増しに増えてきている。カスミが最初に育てた一回生の教え子の中で、教官として新しく加わってくれた者もいるほどだ。
短期集中ゆえ成果はどうしても個人のやる気や能力に左右されるが、カスミの教え方が良いのか見習い達もナズナ地方のモンスター相手には戦えるようにはなっていた。
港町の冒険者案内所とも連携しているので、教習課程を終えた者達に仕事を斡旋している。話を聞いた限りでは、そこそこ物にはなっているらしい。
そろそろ、カスミに代わる後釜も選んでおかなければならない。そういう意味でも、ベテラン冒険者が来てくれたのはありがたかった。
「様子見といったところか、ふむ。冒険者の武器や道具を取り扱う行商人が来てくれたのもよかったな」
「この村にはそもそもお店がなかったからな、商売の新しい開拓先にはもってこいだ。わざわざ俺相手に、営業をかけに来てくれたよ」
妖精であるキキョウの観光ガイドも評判が良く、ヤブガラシ村に立ち寄る旅人や行商人も増えてきた。彼らの目的地はあくまで港町だが、立ち寄ってくれるだけでも話題にはなる。
ナズナの森を通る危険ルートと、ヤブガラシ村を通る安全ルート。危険か安全か、今まではその二者択一だったが村興し計画により選択肢に新しい要素が増えている。
安全であり、観光にもなるルート。単なる遠回りではなく、時間に余裕を賭けて道中を楽しむ。観光要素が加われば、危険なだけの道など誰も選ばない。
「カスミが熱心に教えているとはいえ、常に強くなれるとは限らないからな。ナズナの森へ度胸試しに行った連中の中には、怪我人も出ている」
「レベルが低くてもモンスターだ、仕方あるまい。誰もが皆、吾輩のように英雄となれる訳ではない」
「……思いっきり否定してやりたいけど、お前も毎日ナズナの森を探検してレベルアップしてやがるからな。大学生が野生化してどうする」
「やはり冒険者こそ吾輩の天職だったということだ、ふふふ」
俺が科学の道を探求している最中、葵も着実に冒険者としての道を歩んでいる。修行に鍛錬、そして実践稽古と、寝る間も惜しんで毎日頑張っていた。
アニメやゲームと異世界では冒険者の定義は明らかに違うはずなのに、理想と現実のギャップに悩む素振りは一切ない。嬉々として、モンスター退治に励んでいた。
葵は決して、争いを好む性格ではない。破天荒な言動と行動力に惑わされてしまうが、この男は意外と良識を持っている。むしろ、科学者である俺の方が異端だった。
ヒーロー願望なんて大抵子供の頃に捨ててしまうものだが、大人になるまで持ち続けていると素質に化けるのかもしれない。信じるものは、救われる。
子供の頃の夢を、葵は本当に叶えてしまいそうだった。カスミに言わせれば、まだまだヒヨッコのようだけど。
「友も今では村の顔役だからな。村長代理を名乗ってみてはどうだ?」
「役職に就くと腰を据えてかからなければならなくなる。俺達の最終目標はあくまで、村人を家から出すことだ」
科学者としての可能性、冒険者としての可能性。俺達はそれぞれに今チャレンジしているが、最終目標は同じ。カスミや氷室さん、キキョウもあくまで目標に向けて動いている。
ただ、その肝心の最終目標にまだ辿り着けていない。俺もまだまだ未熟なのか、計画に狂いが生じつつあった。
「京介様、行って参りましたー!」
「どうだった……?」
「呼びかけてみたのですが、駄目ですね。何だか諦めちゃっているみたいで、家から出ようとしません」
「むぅ……村の中が余所者で賑わっているというのに、関心も無しか」
計画は順調に進んでいる、順調過ぎるといっていい。その成果が、逆に閉じ篭っていた村人達を萎縮させてしまっていた。
計画の成功が失敗になりかねないとは、予想外のミスだった。なまじこれまで成功し続けていただけに、己の成功が足枷になるとは夢にも思っていなかった。
実験の成功を望まぬ科学者なぞ、矛盾している。あってはならない存在。だが――科学者で在り続けるがゆえに、今の現状を招いてしまっている。
褒められた話ではないのは、分かっている。村興しといえど、村のためにやっているのではない。自分の目的である科学の追求、ただそれだけの為に。
村を使った検証、村人相手に人体実験しているのと同じだ。自分の成功が村人を救う事に直結しなければ、俺はそれこそマッド・サイエンティストになってしまう。
「村長さんも、村が乗っ取られたと泣いていました」
「……好き勝手にやり過ぎたかな」
「目的にこだわり過ぎたのが原因か、友らしいミスとも言えるがな」
引き篭もりの気力の無さを、甘く見てしまっていたか。現代の難病と言われるのも頷ける。俺が思っていた以上に、この病気は人間の心を殺すらしい。
村民がどれほど長く引き篭っているのか、聞いておかなかったのも失敗だった。引き篭もる時間が長ければ長いほど、余計に出辛くなってしまう。
村興し計画を中止させては、元の木阿弥だ。カスミや氷室さん達の協力も無駄になる。折角来てくれた冒険者達を切り捨てなければならなくなる。
かといってこのまま村興しを大成功させたら、完全に村を乗っ取ったことになってしまう。俺はあくまで、村人がその気になれば譲り渡すつもりで居たのだから。
募集した以上に人数が集まり、村も活気づいてきている。後は村人の気持ち一つなのだ。このまま計画を続けるべきか、どうか――
成功を確信していただけに、俺は今成功が恐ろしくなってきていた。
「キョウスケ、大変だ!?」
「どうしたんだ、カスミ……?」
自分が組み立てた計画図を前に悩んでいると、カスミが飛び込んできた。彼女にしては珍しく、慌てた様子で息せき切って駆け込んできた。
カスミがこれほど取り乱すことは、滅多にない。不吉な予感に、俺は思わず席を立った。
鞘に収まったままの剣を手に、彼女は言い放った。
「モンスターが、現れた」
「この辺にモンスターなんて幾らでもいるだろう?」
「"青い目のファイターラビット"だ! 伝説のモンスターが大暴れしていて、被害が多く出ている!」
自分の計画により出た嘘が、本当になってしまった。狂い始めた計画が、ついには暴走し始めている。何が何だが、分からない。
村人の不安を拭い去るよりも前に、自分に不安が生じてしまっていた。
<続く>
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