Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その15 名所
盗賊退治に悪天候の克服、渡川でのモンスター退治に女王との情報戦。今回の仕事は今までの事件と比べて危険は無いに等しいが、成功率は正直あまり高くはない。
科学万能を信じて疑わない俺だが、信念というよりは目標に近い。科学万能を信じるがゆえに、科学者としての自分を追求し続ける。この仕事も人助けではなく、自分自身の挑戦でもあった。
別に、自分だけに限った事ではない。キキョウを含めた仲間達も個別に目標は異なるが、皆自分が設置したハードルを超えるべくこの仕事に専念している。
目標は違えど目的が一致すれば、俺達に不可能はない。
「セージの案内所より仕事の紹介を受けた。あんたが依頼人だな?」
「ああ、そうだ。紹介状を見せて貰えるか」
「これだ、確認してくれ。"蒼い目"のファイターラビット――報酬は魅力的だが、実在も疑わしいだろう。何故、わざわざ依頼を?」
「お宝探しさ。もしも発見出来れば、この村の良い宣伝材料になる。見ての通り寂れてしまっていてね、逸話であっても縋りたくなるものさ」
「事情は分かるが、捕獲出来た場合報酬はきちんと払って貰えるんだろうな……?」
「先行投資と考えれば安いもんさ。ということで村の復興の為に、是非ご協力を。美味しいお食事でもいかが?」
「ははは、ちゃっかりしてやがる。分かった、分かった、飯代と宿代くらい出してやるよ」
港町セージで築き上げた豊富な人脈と冒険者案内所の看板を借りた宣伝等が功を奏して、冒険者や傭兵達が紹介を受けてヤブガラシ村へと訪れる。
冒険者や傭兵といえど熟練者ではなく、その日暮らしの労働者に等しい者が大半だ。でなければ、それこそ実在も疑わしいモンスターをわざわざ探しに来たりはしないだろう。
発見できれば儲けもの、空きっ腹抱えて港町をうろつくよりはまし。立身出世ではなく、一発逆転を求めてこの村へとやって来る。それこそ、宝くじを買うような気分で。
当然、期待値は低い。だからこそ、予想外は効果的となる。
「葵、セージの案内所からまた一人冒険者が来たぞ。これが、紹介状」
「ふむ、登録したばかりの冒険者か。年齢はやや高いな、転職組だろうか」
「最近港が開通されて街も賑わい出しているからな、お前みたいに新しい可能性を求めて来たんじゃないのか」
「男は誰でも心の中にヒーロー像はあるものさ。いいだろう、同じ夢を見る者同士吾輩が鍛えてやろう」
「お前だって素人に毛が生えたようなものだろう、まだ。とにかく、勧誘は任せたぞ」
「氷室女史が作成したこのパンフレットも、効果的な宣伝材料となっている。まあ見ておけ、すぐに新しい生徒にしてみせよう」
World Wide Web、コンピュータ技術を応用した人間ネットワークによる宣伝は確実に効果を見せているが、急激に成果が出てきたりはしない。
自分が元居た世界でも、インターネットを使えたからといって商売繁盛する訳ではない。科学技術がどれほど便利になろうとも、使う人間の手腕にかかってくる。
港町での噂により冒険者達も来てくれてはいるが、次から次ではない。物見遊山、興味本位で話を聞いて断られたケースもある。勧誘に関しては、失敗も多い。
俺達にとって強みなのは、自分と仲間を信じている事。成果を決して焦らず、多くの失敗をひたすら積み重ねた上で一つの成功に喜んでいる。
「……天城さん、宿屋の清掃が終わりました。料理のメニューも増やせそうです」
「色々頼み込んでごめんね。雑な連中ばかりだから、家事万能な氷室さんにしか頼めなかったんだ」
「気にしないで下さい、港町で天城さんが食材の仕入れを頼んでくれたからこそです」
「冒険者案内所に口利きしてもらって、"術"に関する書物は取り寄せて貰ってる。食材と一緒に来るだろうから、少しだけ待っていてね」
「はい」
自殺した男の宿屋は放置されたまま、村人の誰も所有権を訴えないので使わして貰っている。無論所有者が名乗り出れば、利益の全てを提供するつもりでいる。
掃除や料理といった裏方仕事は全て、氷室さんが一任してくれた。接客は苦手との事だったが、良家の御令嬢だけあって家事全般は万能。試しに作ってもらった料理も、プロ並みだった。
花嫁修業との本人の談だが、彼女のような才女を嫁に迎えられる男はさぞ幸せだろう。政略結婚させられる本人はたまらないだろうが。
ともあれ、どのような経緯であっても貴重なスキル。変に遠慮したりせず、共通の目的の為力を貸してもらっている。
「京介様、お客様が見えられました!」
「それは、どっちの?」
「港町へと向かわれる、旅のお客ではないかと」
「よし、今こそお前の出番だ。"旅行ガイド"の心得は、葵から叩きこまれているな?」
「任せて下さい、京介様! 早速、自分を売り込んできますです!」
確かに、此処ナズナ地方のモンスターレベルは低い。冒険者では駆け出しの葵でも戦える、危険度の低い地方。安全を優先して、わざわざこの村へ立ち寄る必要もない。
多少危険だが近道出来るナズナの森と、安全だが遠回りになるヤブガラシ村。二者択一ならば、安全よりも時間を選択するだろう。
だが、全員が全員時間を必要とはしていない。命の価値は時間よりも高い。多少遠回りとなっても、安全を買う旅人だって当然居る。今は、数が減っているだけだ。
冒険者のみならず、旅人も立派なお客様。通りすがりをそのまま見過ごすような人間は、商売人としてやってはいけない。積極的に、売り込んでいく。
旅人を相手に村の長期滞在を強要するのは逆効果。彼らは旅人であり、目的地があることを忘れてはならない。そんな彼らには、金よりも情報を商売とする。
彼らは安全を求めて、この村へ至るルートを選択している。そんな彼らが求めているのは護衛者であり、ガイド役。安全に旅が出来るように、案内人を推薦する。
古今東西、何処の世界であってもガイド役は可愛い女性が好まれる。まして、世にも珍しい妖精の女の子がガイドとなれば旅の土産話にもなる。
キキョウ本人が村を通り過ぎる旅人に話しかけて、売り込みを開始。護衛者を求められれば、この村へやって来た冒険者に仕事として紹介する。
ガイド料も護衛料も当然格安、あくまでも宣伝が一番の目的。旅人を通じて旅行ガイドを広く宣伝して貰うためにも、目先の利益よりも評判を優先する。
冒険者達も護衛という仕事が得られて、喜んで引き受けてくれる。実力は低くても、この地方のモンスターレベルならば対処は可能。護衛者とは、ただ居てくれるだけでも安心するものだ。
旅行ガイドの概念がないキキョウを、葵に教育させた。弁の立つあの男はアナウンスなども上手で、性格の明るいキキョウは早くもマスターしたらしい。
旅の妖精ガイドと、見習い冒険者の誠実な護衛役。この二つで、開通した港に訪れる旅人を取り込んでいく。村を、憩いの名所とするために。
「冒険者の教育は順調に進んでいるか、カスミ」
「お前が案内所から用立てて貰った教材を元に、指導を行っている。港町の繁栄に触発されたのか、未経験どころか知識も何もない人間もいて危なっかしい」
「案内所から紹介を受けた冒険者はともかく、噂だけ聞いて来る奴らもいるからな」
「にわか仕込みだと、逆に危険だぞ。ある程度の選別は必要ではないか?」
「別に冒険者養成所を作るつもりはない。あくまでも、冒険者になる為の手助けだ。素人だからこそ、教わった知識や技術を大っぴらに使って宣伝してくれるしな。
こちらからの選別は、良識の有無でいいと思う。悪用されないようにだけ、注意する。それに」
「それに?」
「あんたが先生ならば、立派な冒険者になれるだろうからな。なかなか、評判いいぜ」
「――厳しく鍛えているつもりなんだがな」
厳しさは、分かり辛い優しさでもある。無関心であるのならば、耳障りがいいだけの雑な指導をするだろう。そして、命を落としていく――冒険者家業は、バイト気分では務まらない。
その点カスミは仕事であっても、全力で教え子を教育する。俺個人は塾やハローワークのセミナーをイメージしていたのだが、すっかり冒険者育成キャンプになってしまった。
自衛隊も真っ青の訓練に教え子は阿鼻叫喚なのだが、脱落者は一人も出ていない。熟練冒険者であるカスミの教官ぶりは板についており、教え子にも尊敬されていた。
おかげで、冒険者育成の評判はうなぎのぼり。町の外での実技指導でモンスター退治も行われ、自信を身につけた冒険者が気前よく金を払ってくれる。
"蒼い目"のファイターラビット捕獲は失敗しても、実力さえ身につければ逆に案内所に推薦も出来る。紹介料も見込める上に、良い宣伝材料となってくれていた。
村おこしは、順調に進んでいる。まだまだ繁栄には程遠く、村の外見は寂れたまま。けれど――人の声は、常に木霊するようになった。
仲間達が頑張ってくれているからこそ、俺もまた戦える。
「はっはっは、商売は順調だな。村に来てくれるお客さんも増えてきたし、宿屋を増築するか。
いや――むしろ、彼らの家を建てるのも悪くないな。どうせ寂れた家ばっかりだし、壊して新しい家々を作っていこうかな」
わざわざ口に出して、過疎村の破壊を宣言して回る。返答も何もなく、カビが生えた家は閉ざされたまま。人の反応は、久しく途絶えてしまっている。
自分達の村、故郷が余所者に好き勝手される気分はどんなものだろう……? 想像なんてしたくもないが、さぞ不愉快に違いない。
引き篭もりを相手に、無理やり連れ出しても荒れるだけ。何より俺は医者ではない、他人を救う義務など無いのだ。
今回の敵は、危険ではない。命の危機に脅かされず、見過ごしても何の問題もない。けれど、俺は戦うと決めた。
現代病、引き篭もりと言う名の敵。発達した技術でもどうにも出来ない、人の心。言わば、禁断の領域に俺は今手を突っ込んでいる。
決して治せない、病気。だからこそ、俺は挑戦する。
科学者というのは――不可能だと言われたら挑戦したくなる、負けず嫌いにしか務まらない。
<続く>
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